悪魔で女神なお姉さまは今日も逃がしてくれない

はるきたる

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第七章 インサイド

36.海辺の少女

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『昔々、あるところに自由に憧れる女の子がいました。

けれど、その女の子は私利私欲にまみれた大人たちに囚われていて、自由を手に入れることは不可能でした…。



この大きな屋敷のなかで、どれだけの時間を過ごしたのでしょう。

庭に出ることさえ許されなかった女の子は、窓辺から海の向こう側にある街を眺めることだけが唯一の楽しみでした。

……




「巫女様、どうかそのお力を貸してください。」


今日もまた、金銀財宝を持った大人達が私のもとにやってくる。

物心ついたときからすでにこれが日常となっていた。


目を閉じれば、遠くの場所でもまるでそこにいるかのように見ることができる。

耳をすませば、皆が口にしなくとも内に秘めてるものが聞き取れる。

私の声は遥か彼方にまで届けることができる。


両親は言った。
『神の子なのだからその力で皆を助けなさい。』と。

両親は思っていた。
『悪魔の子なのだから少しは私らの役に立て。』と。


私はわかっていた。

(私に力があるのは、あなた達みたいに泥のように濁った目をしてないからよ。)



「か弱い身体のうえ、異常な力を持ったあなたが外に出るのは危険なのよ。いい子ならわかるでしょ?」


そう言って両親は部屋に鍵をかけた。
外は私を利用しようとしてくる悪者ばかりらしい。


「それでも外に出てみたいの。体力つけるし、能力は隠すから!」


だだをこねる私に両親は折れ、身体を丈夫にする薬をくれた。
薬を飲んで、元気になったら外に出てよいと。

けれど、体の調子は一向に悪くなるばかり。


そんな毎日が何年も繰り返されると、私をここに縛り付けるために薬を飲ませてるんだと勘づきはじめた。

けれど、薬を飲むのを拒否すると無理やり口のなかにねじ込まれるから、疑念を持ちつつも飲むしかなかった。



それでも両親の愛を信じてたよ。


だって私がいなくなったら、必ず見つけ出してくれるもん。




「奥様、またお嬢様が隠れんぼを…。」


よく召し使いの目を盗んで、部屋を抜け出して屋敷の至る所に身を隠した。
すぐに息切れしてしまい、たいした場所に隠れられないんだけどね。

両親が慌てて私を探す姿を見るのが好きだったのだ。


「もう、こんなところにいたの?心配したのですよ。」


それに、ふりでも心配されるのが嬉しかったから。


……



(…お姉さま…。)

ページをめくるたび、僕の知らなかった部分へ踏み込んでゆく。

お姉さまの心のなかはとてつもない深さを隠し、僕の心を引きずり込む。


この少女はお姉さまだとわかっているのに、この後どうなったかを知りたくなるのはなぜだろうか。

本を開く前と違って、ページをめくる手は止まらない。


……



自由に外で過ごす夢が諦めきれない私は、ある時から薬を飲むふりをして捨てるようになった。


「…歩いていても苦しくない……!」


日に日に身体の調子が良くなってくる。
部屋を抜け出すのも精一杯だったのに、まだ息切れもしてない。


「これなら、もっと遠くに行けるかも…。」


ある朝、私はついに屋敷から出ることができた。
両親は昨夜、遅くまでパーティーに出掛けていたからしばらくは起きてこないだろう。


家の前の森を抜ければ船があるはず。
そうやって何度も大人達が屋敷へ来るのを私は見ていた。


希望を持って森へ入ってく。

初めて触れる自然の音、匂い、色…すべてが美しく、心を踊らせ、わくわくさせた。



……



「…あれ?」
 
文はここで止まっている。
ページをめくっても白紙のままだ。


雪の結晶がふわりと本に落ちた。
真っ白なページに描かれなかった物語は、まるで誰も歩かない冬の庭のよう。

僕は降り積もる雪に足跡を残しながら荷物を抱えて学生寮に戻っていった。



「お姉さま、何してるんですか?」


部屋のソファで丸まっている物体。
いつしかみたような光景だ。


「私の本の何がいけなかったっていうのぉ?」

(まだいじけてる。)


自分の本をミネルウァ様に課題としては不合格通知をされて以来、お姉さまはいじけモードに入ってしまっていた。

早いもので休日明けはミネルウァ様の転生日だ。つまり、課題の締め切りでもある。


「合格した生徒は上級生でもほとんどいないらしいですし、今回の課題はそれだけ難しいものなんですよ。」

「それどうせローズ情報でしょお?一般生徒はできなくても私にはできるはずなのよぉ!」


お姉さまは今まで成績も良く、特別課題もほぼこなしてきたらしい。
自分に絶対の自信を持ってたからこそ、納得がいかないのだろう。


「ミネルウァ様は今のお姉さまを表してない…とか言ってましたね。」

「今の私は私自身が表してるじゃないのよぉ。」

「それじゃ課題の意味ないじゃないですか。」


ミネルウァ様の話からすると、自分自身の奥深くを理解するのが一番課題のクリアに近づけるはずだ。

本を読んだ限り、お姉さまは自身の深くを理解してると思ったのだが…。



「…これ、お返ししますね。」


本をお姉さまに手渡す。
お姉さまはパラパラと本をめくってから、ポツリと呟いた。


「私、なんでこんな本書いたのかしら…。」

「え…?」


「こんなの書いて、図書室に隠して。自分のやったことだけど、不思議に思っちゃうわね。」


(図書室に"隠して"…。)


驚いた。
皆が読めれば楽しめるとか言ってたのに、進んで自分のことを見せようとしたわけじゃなかったんだ。


「お姉さま、この本途中で終わってるみたいですが、続きは書かないんですか?」

「うーん…なんか書く気が起きなかったのよね。それでそのままにしてたの。」

「…この後どうなったか聞いてもいいですか?」


お姉さまはキョトンとした顔でこちらを見る。


「チカがそんなに食い気味になるの珍しいわねぇ。
この後は、つまらない話よ?
森に行ったはいいけど迷ってしまって、両親の捜索を待ったけどついに迎えは来なかったってオチよ。天からの迎えは来たけどね。」


茶化したようにお姉さまは話す。
でも僕は何故か、その話を聞いて心にあったモヤモヤしたものが消えていくのを感じた。


(隠すように置かれた本に違和感があったのは…。)


「お姉さまとその本は同じなんですね。」


お姉さまはしばらく黙り、腑に落ちたように答えた。


「…そうね。"だった"、が正しいのかもしれないけれど。」

「…?」

「チカ、ペンを取ってくれる?」


ペンを渡すと、本を開いて空白のページに何か書き込み始めた。
それが終わると、すっと立ちあがり部屋の玄関へ歩いていった。


「お姉さま??」

「私、図書室へ行ってくるわ。」

「え、でも。」

「何よ?休日でも責任者のミネルウァが入り浸ってるんだから図書室は開いてるわよ。」

「そうじゃなくて、その格好で行くんですか!?」


裸に毛布をまとったままでは行かせられない。
僕は文句を言うお姉さまに暖かな服を着せて送り出した。



しばらくして、部屋に戻ってきたお姉さまの顔を見た僕は察した。
いじけモードはやっと終わりを告げて、自信満々な通常運転が再開されたんだと。





図書室の窓辺に座る1人の女神。
手には赤いカバーの本を開いている。


「『セレーネは、天の世界でたくさんの人々に、そして地上からやってきた可愛い女の子に見つけてもらえたのでした。』、…ね。

あらあら、本名まで出すなんてセレナさんどうしたんでしょう。
ふふ。けど、これで良かった…。」


たくさんの生徒達の物語をみてきた。
どんな物語も、結末も、私にはなかった未知の世界。


「今度は私の番…。」


図書室に閉館の音楽が流れる。

明日は転生の日。
まっさらな自分のページに物語を綴るため、ペンを手に持つ時がきた。
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