M00N!! Season2

望月来夢

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時には紳士をやめることも大切

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 アメジストの街中を、猛スピードで走る車が車が二台。より正確には、先頭を行く大型バンと、その後を懸命に追うセダンが、互いに競い合って公道を駆け抜けていく。
「ムーン、どうなってるんだ!?この車、全然スピードが出ないぞ!!」
 ハンドルを握るマティーニが、前方を見据えたまま大声で叫んだ。
「うーん、おかしいなぁ……」
 尋ねられたムーンは、落ち着き払った態度で腕を組み自身の顎に手を当てる。
 彼が愛車と呼ぶこの車は、優秀な開発者パトリックによって、無数の改造を施されている代物だった。エンジンだって、スポーツカーにも引けを取らない性能を発揮すると言われている。だが何故だか今回ばかりは、乗用車程度の速度しか出すことが出来ていなかった。ムーンは首を捻るものの、決して車に詳しいわけではないため、正確な原因の特定は難しい。専ら本来の用途、つまり移動手段になりさえすれば満足で、後は瑣末な問題と捉えていたせいである。
 とはいえ、このまま振り切られてしまえば人質の身にも危険が及ぶ。彼は試しに、指を伸ばしてカーナビをタップした。パスワードを入力すると、画面が切り替わって、幾つものボタンがディスプレイに表示される。ムーンはしばし迷った末、右下の一つをおもむろに押した。
 直後、ポコンと軽快な音がスピーカーから流れ出す。同時に、車体の下部から何かが排出されて、すぐに路面に落下した。その上をセダンが行き過ぎ、数秒後、轟音を立てて爆発が起こる。
「おっと!すまない、これは地雷だった」
「……なるほど。よく分かったよ」
 予想外の事態に、ムーンは眼鏡の奥で目を見開き、後ろの方へ振り返った。もうもうと立ち上がる黒煙や、悲鳴を上げている人々をミラーで眺め、マティーニが頷く。
「え~っと、その、隣のやつだったかな?」
 苦笑いで誤魔化しつつも、ムーンは諦めずに新たな挑戦を試みた。今度はマティーニが、彼の代わりにボタンを押す。
「そう、それ……違う。それは巨大アーム。それはトゲ鉄球。それは……な、何だろうね」
 彼が画面に触れる度、車からは新たな機械や道具が、次々と射出された。鋼鉄製のロボットアームに、炎を纏ったモーニングスター、果てはワイパーから放たれるビームまで。
 一体これを、いつ如何なる状況で使えというのか。絶対にパトリックが趣味で作ったであろう、コミカルな設定のオンパレードにムーンはしばらく声を失う。呆然と見上げる彼の眼鏡に、ワイパーから飛び続けているビームの青い光が反射した。
「いや、どんだけ機能あるんだよこの車!分かりにくいっ!!」
 マティーニが非難の声を上げて、どんとハンドルを片手で叩く。その瞬間、車内の何かのスイッチが押されて、唐突にボンネットの留め金が外れた。ただ乗せられているだけの金属板は、風に流されて無力にも地面へ滑落する。そしてムーンとマティーニの視界には、エンジンルームにでんと佇む、謎の物体が飛び込んできた。
「何だ?でかい……巻き取り機ウィンチ?」
 怪訝そうに眉を顰めて、マティーニが疑問の声を漏らす。彼の言う通り、そこには頑丈な綱の巻き付けられた、ウィンチが置かれていた。オレンジがかった綱の先に、自動開閉式のフックが取り付けられている。
「撃ってみる?」
 ムーンが人差し指を立てて、相棒に提案した。一瞬、馬鹿げたことだとマティーニは鼻を鳴らしかけたが、即座に思い留まり考えを改める。
「確かに、いけるかもな!」
 フックの先を相手のリアバンパーにでも引っ掛けてしまえば、少なくともこれ以上距離を取られる心配はなくなるだろう。やってみる価値はあるのではないかと、彼はムーンの肩を強めに叩いた。
「ムーン、早く、やってみてくれ!俺じゃ操作が出来ない!!」
「いたた……はいはい、分かったよ」
 急かされたムーンは、軽く息を吐きながらも彼に従い作業を進める。画面に表示される車外カメラの映像を確かめ、フックを撃つ際の角度や位置を、絶妙な具合に調整した。しかし、追手を撒こうと蛇行や急カーブを繰り返している車に、的確に照準を合わせるのは実質不可能に近い。こちらだって、周囲の車や障害物を回避する必要があるのだから、フックを発射する機会などないかと思われた。
 しかし、ちょうどいいタイミングで、誘拐犯たちのバンが狭い路地に入り込んだ。急な展開にマティーニは舌打ちをしつつ、巧みなハンドル捌きで彼らを追う。二人の乗ったセダンも間もなく、アスファルト舗装の綺麗な道路から、大地が剥き出しのガタついた道に頭から突っ込んだ。
 流石は裏通りというべきか、そこは場末のスナックや、格安のアパートが並ぶ薄暗い道だった。気怠そうに歩いていた通行人が、いきなり現れた暴走車に仰天して尻餅をつく。店の看板を仕舞ったり、窓辺でタバコを吹かしたりしていた女たちが、興味深げに首を伸ばした。彼らの好奇の眼差しを浴びても尚、マティーニは一切スピードを緩めることなく、前進を続ける。風圧で向かいの建物まで伸ばされたロープが揺れ、干されていたシーツやタオルが舞い上がった。
 思いの外狭い道幅に戸惑っているのか、前方のバンは若干速度を落としている。幸いなことに辺りに曲がり角はなく、完全な一本道だった。今なら、獲物を捕らえることが出来るだろう。
「ムーン、準備はいいか!?」
「もちろん」
 マティーニの質問に、ムーンは首を縦に振り、画面に表示された射出ボタンを押した。
 かすかな排出音を立てて、メタリックに輝く銀のフックが放たれる。大きなウィンチが目まぐるしく回転し、飛距離に合わせてどんどん綱を解放していった。
「いける……!」
 小さく、だが確信に満ちた独り言をこぼして、マティーニが拳を握り締める。これで、ゴールの見えない危険運転も終了かと、彼は希望を抱いて前方を見つめた。対するムーンは冷静に、ウィンチの方を一瞥し、微妙な面持ちを浮かべている。
 モーターの回転音が響く。巻かれた縄は解かれた端からピンと伸びて、その分標的との間はみるみる縮まっていった。もう少しで、フックの先が車体の尻に触れそうだ。
「捕らえた!」
 マティーニの叫び声。彼に激励されるまでもなく、フックは撃たれた時のエネルギーに身を任せて、前へ前へと飛び続けた。そして、逃げ惑う犯人たちに肉薄する。
 ガチンッ!と銀色の歯が噛み合った。
 だが、その間隙には何も挟まっていない。何故なら、フックに括り付けられた長い縄が、限界まで伸び切ってしまっていたからだ。ウィンチは最後の一回りまでを終え、ロープはすっかりと張り詰めて限界を告げている。それどころか、発射時の反動を受けて、フックが元の位置へと舞い戻ってきた。
 凄まじい速さで、ムーンたちのもとに金属塊が迫る。彼は体をわずかに倒して、物体の軌道上から逃れた。飛んできた物体は容易に防弾仕様のフロントガラスを破り、セダンの車内へと侵入してくる。二人のすぐ横を高速ですり抜けて、後部座席にまで到達すると、シートの背もたれに深くめり込んだ。ウィンチと繋がった縄が無力に垂れ、だらしなく揺れて彼らの二の腕を撫でる。
 しばし、誰も何も言わない時間が流れた。車内はどうしようもない空気に満たされ、後に、ムーンの朗らかな声が紡がれる。
「……どうやら、失敗のようだね?」
「F***!!」
 彼のにこやかな笑みに刺激され、マティーニが悪態をこぼした時であった。
 どこかからガゴン、と重たい音が鳴って、車の仕組みが変更され始める。車体が両側から数センチ狭まり、座面がやや下がって、空気抵抗の低い形状に変わった。タイヤも太くグリップ性能の高いものに変更され、何よりもエンジンの加速性能がグンと一気に上昇。登録された人物の指定された発話を聞き取り、動き出したAIアシスタントが声を発する。
「認証しました。セダン型特殊装甲専用車両LOGOS、これより追跡チェイスモードに移行します」
「……あぁ、これだった。君が今言ったのが、パスワードだったんだよ」
 今更記憶の蘇ったムーンが、間の抜けた台詞を口にした。
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