M00N!! Season2

望月来夢

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救出作戦

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「はっ、離せ!このっ……縄を解け!!」
 ムーンとマティーニが茶番を繰り広げている間、誘拐されたガイアモンドは一人、必死に抵抗を繰り返していた。彼を乗せた黒いバンは、運転手の男が非常に荒っぽくハンドルを切るせいで、ぐらりぐらりと絶えず左右に揺れている。おまけに、ちゃんとしたシートがあるのは最前列のみで、後は全員ビールケースに板を渡しただけの臨時座席に座っているため、全く走行中の衝撃から逃れることが出来なかった。少し車体が傾くだけで、体のどこかしらをシートやドアにぶつける羽目になってしまう。
「黙れ!!」
 そのことが苛立たしかったのか、あるいは単にガイアモンドが煩わしいのか、隣に腰掛ける男が鋭い声で一喝した。勢いよく振られた硬い拳が、窓ガラスを木っ端微塵に叩き割る。空中に散った破片は、かすかに陽光を受けて煌めいたものの、車の速度が速過ぎてすぐに見えなくなった。
「こうされたくなきゃ、大人しくしてるこったな。俺たちは、お前を殺さずに連れてこいとしか言われてねぇ。つまり、殺さなきゃ何してもいいってことだ。分かるな?」
 低い声で脅され、ガイアモンドはなす術なく唇を引き結んだ。そのまま、車内にいる男たちの姿を見回す。
 自分を攫って、この車に詰め込んだ犯人は、総勢四名。皆服の上からでも分かるほどの、屈強な肉体をしていた。誘拐された時の連携も巧みであり、まるで一瞬の出来事のように感じられたほどだ。恐らく、人攫いを商売にしているプロたちなのだろう。覆面をつけずに、あえて特徴的な傷やいかつい顔を晒しているのも自信の表れに違いない。研ぎ澄まされたナイフのような、油断なく野蛮なオーラを放つ彼らを、ガイアモンドは無言で凝視した。
「あぁん!?何だその目は!!」
 それが、相手の逆鱗に触ったらしい。窓を殴りつけた男がもう一度怒号を発し、ガイアモンドの襟首をきつく掴み上げる。
「ぐっ……」
 彼は息苦しさに呻き抗おうとしたが、両手は手錠をかけられていて、何の役にも立たなかった。むしろ、男の太い眉の間に刻まれた渓谷を、一層深めることになってしまう。
「さっきからチラチラチラチラ、小馬鹿にしたような目で見やがって!どうせお前ら上流階級共は、俺ら傭兵上がりなんざ、腐った豚みてぇにしか思ってねぇよなぁ!?違うか!?んんっ!?はっきり言ってみろ!!」
 至近距離から絶叫を浴びせられて、彼は鼓膜が破れそうな思いを味わう。だが、仮にも街を代表する大企業のリーダーとして、簡単に屈するのはプライドが許さなかった。ガイアモンドは唇を噛み締めると、目に一層の力を込めて、男を意図的に睨みつける。
「ふざけるな……君たちこそ、この僕をこんな汚い場所に閉じ込めて、歓迎しているつもりか?勘違いも甚だしい!」
「何だと!?」
「まともに相手してほしかったら、相応の礼儀とマナーを学んでくることだな!本当は君も気付いているんじゃないか?自分たちの卑しさに!だからああも敏感に、見下されることを恐れるんだろう!その程度のことも自覚出来ない馬鹿と、一秒だって同じ空気を吸う趣味はないね!!」
「てめぇッ!!」
 険悪な調子でこめかみをひくつかせる男に、ガイアモンドはわざと挑発的な言葉を投げかけた。終いにはあからさまな嘲笑まで浮かべてやると、とうとう相手は激昂し、ポケットからナイフを取り出す。回避する暇もなく、ガイアモンドの首筋に鋭利な刃が突き付けられた。
「調子に乗るなよ、グズが……!自分の置かれた状況が分かってんのか?」
「……っ」
 視界の隅に、金属の放つキラリとした冷たい輝きが映る。流石に、急所に刃物を近付けられれば、これ以上話すことも身動ぐことも出来ない。冷や汗をかいて硬直している彼を、男は殺意のある眼差しで射抜いた。
「おい、落ち着けって」
 緊迫した空気を見かねたのか、仲間の一人が止めに入る。彼は反対側の座席に腰を下ろしていたが、胸の前で組んだ腕を解くと、男の怒りを宥めようと努めた。
「お前のその、怒りですぐカッとなる癖、直した方がいいって言ったろ?」
 ところが、仲間に優しく諭されても男は全く鎮まる様子がなかった。
「黙ってろ!!俺はこいつの舌引っこ抜いて、顔の皮剥いでやらねぇと気が治らねぇ!!」
 絶叫と同時に、煌めくナイフがガイアモンドの顎の下に当てられる。
「ハロー」
 直後、間の抜けた挨拶が、割れた窓から飛び込んできた。ガチャリと音がして、安全装置の外れた銃が、ガイアモンドを脅す男の頭部を真っ直ぐ捉える。
「それと、さよなら」
 男が振り向きもしない内に、躊躇いなく引き金が引かれた。頭を撃ち抜かれた彼は、呻き一つ漏らすことなくその場に崩れ落ちる。
「なっ!?」
「何だお前は!?」
「ふざけるなっ!!」
 仲間の命を奪われたことに、男たちはいきり立ち一斉に大声を発した。ガイアモンド一人だけが、襲撃者の顔を見て安堵に目を輝かせている。
「ムーン!!」
「大丈夫かい?ガイア。随分無茶をするものだね。この状況で、わざわざ敵を怒らせるなんて」
 ムーンは相変わらず危機感のない調子で喋りながら、もう一人の男をも銃で黙らせた。助手席にいた彼はほとんど即死して、ダッシュボードに無力に突っ伏す。追い打ちをかけるように、マティーニがハンドルを回し、車に思い切り体当たりを食らわせた。追跡モードとやらに変わったセダンは、さっきまでとは見違えるほどのスピードを発揮し、今や二台は完全に並行状態となっている。
「ムーン、助けてくれ!!たすけ」
「うるせぇっ!!」
 ガイアモンドは咄嗟に声を張り上げ、彼らに向かって呼びかけた。手錠をかけられたまま立ち上がった彼を、先程仲裁役を務めた男が力任せに蹴り上げる。
「ぐっ……!」
 脇腹に膝が食い込んだ衝撃で、ガイアモンドは息を詰め、身体を半分に折り曲げた。彼が懸命に咳を堪えている間に、ムーンは強引にドアを引き開け、車の中へ素早く転がり込んでくる。
「おまっ……ムーン!?」
 事前に相談を受けていなかったのか、マティーニまでもが驚愕に目を見張って、彼の姿を探していた。だが、ハンドルから手を離せない彼には、どうすることも出来ない。
 突然、窓ガラスの一枚が割れた。後頭部を男に掴まれたムーンが、足を持ち上げられて外へ放り出されそうになっている。彼の滑らかな金髪が、風に靡いてバタバタとはためいていた。しかし、彼もただではやられていない。体重をかけて押し潰してくる男の手を捻って指をへし折り、間髪を容れずに銃も発砲するが、寸前で身をかわされた。
「ひっ!?」
 標的に当たらなかった弾は、傍観者と化したガイアモンドのそばを掠める。あと少しでも体が左に傾いていれば、腕や胴を撃たれていたところだ。彼は声にならない悲鳴を漏らし、慌てて頭を低くする。心臓が激しく脈打ち、汗がどっと噴き出すのが分かった。
「イテッ、イテ……」
 ムーンは男に殴られ、関節技をかけられながらも、力尽くで彼を沈める。男の胸ぐらを掴んで無理矢理床に叩き付けると、容赦なく引き金を引いた。相手が絶命したのを確認してから、一つゆっくりと息を吐く。
「ふぅっ、これで三人目だ」
「ムーン、血……血が」
 乱れた金髪をかき上げ、呟く彼に、ガイアモンドは額を指して指摘する。
「?」
 疑問符を頭に浮かべ、首を傾げたムーンの目の上から、どろっと生温かい血が流れてきた。彼はそれを掬い取ると、あからさまに面倒臭そうな顔つきになる。ガイアモンドは拘束されたままの手で、ポケットのハンカチを取り出そうかと迷った。
 その時、唐突にけたたましいクラクションの音が、彼らの耳を劈いた。
「くそっ!くそっ……!何でこんなことになったんだ……!俺はただ、言われた仕事をしてただけなのに!!」
 運転席から、唯一生き残った最後の一人の猛烈な罵倒の声が聞こえてくる。己に責任はないと、彼は必死になって弁解の言葉を紡ぎ続けていた。
「そう言えば、違法行為もなかったことになるとでも?」
「ムーン、待て」
 男に冷ややかな一瞥を投げかけ、大股に近付こうとするムーンを、ガイアモンドはすかさず押し留める。眼差しだけで意図を理解したムーンは、銃をもう一度発砲し、ガイアモンドの手錠を破壊した。強い衝撃と共に、両手を繋ぐ鎖が断ち切れ、ガイアモンドは自由を取り戻す。
「いい加減、ここまでにした方が良くはないか?」
 彼は硬くなった関節を解しながら、ツカツカと運転手に歩み寄った。シートの一部に手をかけて、顔を覗き込むとわざとらしく背後を振り返る。サイレンを響かせたパトカーが、今まさに交差点を曲がって、走ってくるところが見えた。
「もうすぐ、警察も追い付くだろう。君が本当に、ただ運転を命じられていただけだと言うのなら……いいさ、僕が口添えしてやる。君を雇った連中や、仲間についても詮索しない。僕らの仕事じゃないからな。だから早く、車を止めて、僕たちを下ろしてくれ。出来るな?」
「従わない場合は……どうなるか、分かっているよね?」
 ガイアモンドは切々と、仕事で築いた交渉能力を活かして説得しにかかる。男は少し心を動かされたように、視線を彷徨わせて迷っていた。彼の後頭部にハンドガンを突き付けて、ムーンが決断を急かす。
「おい、ムーン」
 余計な刺激を与えるなと、ガイアモンドは彼の肩を叩こうとした。
 その瞬間、何もないはずの場所から、突然誰かの足が出現した。それはガイアモンドの眼前を凄まじい速度で過り、整えられた黒髪を乱す。そして、そのままムーンの胸に衝突すると、彼の体を思い切り後方に吹き飛ばした。
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