M00N!! Season2

望月来夢

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不穏な影

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「ぷはっ!!……はぁっ……はぁ」
「はぁ……大丈夫かい?ガイア」
 ムーンに腕を掴まれたガイアモンドは、彼によって引っ張られ水の上に顔を出した。体が反射的に酸素を吸い込む度、靄がかかっていたような思考も正常に戻り始める。
 彼らがいるのは、アメジストを横断する大河、コキュートスの中央だった。すぐそばには、高欄が一部壊れた短い橋が見えている。そこには既に警察の者たちが到着していて、交通規制や人員整理に駆け回っていた。
「君のおかげで助かったよ。爆発が起きたおかげで、車は木っ端微塵に吹き飛んだ。でなければ、僕たちは車内に閉じ込められて、窒息していたかも知れないね」
 ムーンはガイアモンドの腕を支えたまま、にこにこと微笑んで、恐ろしい事実を口にした。その態度が気に障ったガイアモンドは、憮然とした調子で反駁する。
「それは、嫌味か?」
「はは、まさか」
 彼の笑顔から判断することは難しかったが、ガイアモンドによって二人の命が救われたことは、紛れもない事実であった。車が着水する一瞬前、彼が起こした魔法の爆発。それが窓ガラスやドアを内側から破壊し、水中の脱出を容易にさせたのだ。たまたま使っていたのが防御系の魔法であったことも、ムーンや彼自身の身を守ることに繋がった。尤も、完璧主義のガイアモンドには、中々受け入れ難い現実であったけれど。
「よいしょっと」
 川岸に辿り着いたムーンは、緩慢な動作で水から這い上がる。彼の力を借りて、ガイアモンドも陸に上がった。ぐっしょりと濡れた服が肌に張り付いて、不快だ。おまけに、とても寒い。
「おーい!大丈夫か!?」
 二人を見つけたマティーニが、セダンの窓から大声を響かせた。ムーンは笑顔を保ったまま、大きく手を振って彼に合図を送る。ガイアモンドも、無言で手を上げることで応えた。車を停めたマティーニは、急いで運転席から飛び出して、毛布片手にやってくる。
「よく無事だったな、ムーン……はい、社長も。とんだ目に遭いましたね。今、救急車を呼びますから」
 彼はペラペラと話しながら、携帯を操作しレジーナや救急隊に連絡を入れ始めた。彼に渡された厚手の毛布に包まり、ガイアモンドは息を吐き出す。少しずつ、危機は去ったという安堵感が湧いてきて、彼の体からは緊張による強張りが解けていった。
「ふぅ……全く、最悪な一日だ」
「そうだろうね」
 ぽつりと呟くと、ムーンが相槌を打って彼の隣に腰を下ろした。ガイアモンドは濡れて束になった前髪を、指で額から引き剥がす。ムーンもまた自身の眼鏡を外して、レンズの水滴を拭っていた。
「それにしても、君は本当によく攫われる。『モモヒメクエスト』の主人公みたいだ」
「は?何だって?」
 彼が放った冗談に、ガイアモンドはつい聞き返してしまう。するとムーンはニヤリと口角を持ち上げ、わざとらしく先を続けた。
「人間たちが作ったゲームだよ。モモヒメってお姫様が、悪の大王に捕まって、そこから脱出する話なんだ。頻繁に続編が出て、その度に毎回攫われているから、君に似ていると思って」
「ふざけるな」
「あははは」
 冷淡に叱責すると、ムーンは楽しそうに笑う。ガイアモンドは彼を一瞥し、不服そうに鼻を鳴らした。
「でも、最近殊に多くないかい?君を生け捕りにしようとする連中」
 靴を脱いで中に入り込んだ水を捨てながら、ムーンはガイアモンドに尋ねる。すると、相手は酷く淡々とした調子で、その通りだと頷いた。
「そうだな。今月だけでも、これでもう三度目だ」
「誰かの恨みでも買っているとか?」
「可能性はある。というよりも、あり過ぎて分からないくらいだ」
 彼の態度はいかにも落ち着いていたが、語る内容はとてもではないが常識的なものではない。普段のガイアモンドだったら、『どうして自分がこんな目に』だとか『早く首謀者を突き止めろ』だとか、不満げに騒いでいたことだろう。にも関わらず何故、今回ばかりは当たり前のように受け止めるのか。ムーンは訝しげにゆっくりと首を曲げ、彼の顔をまじまじと覗き込んだ。
「もう少し、身辺に気を付けた方がいいんじゃないか?仕事も、自宅か社内で片付くものに限って」
「そんな暇はない」
 珍しく優しいと言えたムーンの言葉も、しかし、ガイアモンドはぴしゃりと拒絶してしまう。彼はいつになく冷たい声色で、機械的に話し出した。
「今、会社は大きな買収案件を抱えてる。社長の僕が動かなきゃ、何も進まないんだ……立ち止まっていたら、何も変わらない!」
「……どうした?君らしくないな」
 雫の滴る拳を握り締め、語気を荒げて言い募る彼に、ムーンはやや圧倒されるような感覚を覚える。何だか目の前にいる人物と、かつて友人と呼んだガイアモンドとは、決定的な差異があると感じられたのだ。彼らは同一の存在で、肉体も容姿も声色も、何も違ってはいないはずなのに。どうしようもなく、中身が異なっている気がした。
「僕は実感したんだ、メレフの一件で!もっと僕が……ヘリオス・ラムダぼくたちが強くなければ、街は守れない。そのためには、金が要る。もっと、もっと会社の資本を増やさなければ……分かるだろう?ムーン。ここが、正念場なんだ」
 彼は誰もいない虚空に熱い眼差しを向けて、自分自身にのみ聞かせるように語っている。それから突然こちらに目を遣ると、黒い瞳に窺いの気配を込めて同意を求めてきた。
「いや、分からないな。ならば尚更、気を配るべきだと思うが」
 ムーンは遠慮なく首を横に振って、意味不明だと断言する。どこまでも相手に斟酌せず、はっきりと己の意思を告げる彼に、ガイアモンドはわずかな苛立ちを表した。だが、すぐに意識を切り替えると、眉間の皺を消し、毛布を持って立ち上がる。
「そろそろ行くよ。夜は大事な会食があるんだ。それと確か、本社で会議が……」
「社長!!」
 彼の声音を遮ったのは、遠方から響いてきたレジーナの感極まった叫びだった。彼女は緑のヒールを履いた足で、コンクリート製の急な階段を危なっかしい足取りで降りてくる。そして、ガイアモンドとムーンの前に、一秒の時間も惜しいという雰囲気で近付いた。
「レジーナ、いいところに」
「ご無事だったんですね。何よりですわ……社長を誘拐した犯人共は、私がきっちり調べ上げて報告しますから、ご安心ください」
 微笑と共に口を開いたガイアモンドは、すぐに再び沈黙を余儀なくされる。レジーナは彼の不機嫌そうな表情に気付かず、堰を切ったように喋りまくっていた。彼女の気持ちも当然斟酌するべきだと分かっているのか、ガイアモンドは何も言わない。ムーンは思わず好奇心に駆られて、二人の顔を交互に見比べ、真意を探ろうと凝視した。ところが、その鼻先にビシリとレジーナの細い指が突き付けられる。
「ムーン、あなたも手伝ってね!社長の邪魔をする者は、誰であれ」
「分かった、分かったよ。この件は君に一任する……それよりも、会議は何時からだったか教えてくれ」
 強気な調子で息巻いている彼女を、今度こそガイアモンドが遮った。彼は両手を上げて秘書を宥めると、次々と自らの疑問や要望を述べ立てる。
「既に始まっているのか?議長に、今からでも参加すると連絡を……いや、やっぱり無理だ。どの道、この格好じゃ行けない。一旦家に戻るよ。レジーナ、車を回してくれ」
「は……今すぐにですか!?」
 彼はほとんど独り言のように話し続け、自分の外見を見下ろすと、うんざりした様子で嘆息する。彼は立ち尽くしているレジーナに、淀みなく命令し行動を促した。だが、流石の彼女も驚愕の反応を隠せないでいる。何しろ彼は今し方、名も知らない男たちに誘拐され、川に転落するなどという大変な経験をしたばかりなのだから。本来なら、警察の事情聴取を受けなければならないし、病院にだって行くべき事態である。しかし、レジーナの反駁をガイアモンドは一言で撥ね付けた。
「必要ない。僕は、今すぐ仕事に戻るつもりだ。議長に後で議事録を共有しろと伝えておいてくれ」
 彼はそれだけ発すると、足早に階段を上がり車の通れる道へと戻っていく。レジーナは瞳に戸惑いの色を浮かべながらも、困惑を押し殺し慌てて彼の後を追った。一人取り残されたムーンは、推しメレフを失った悲しみで痩せ、スリムになった彼女の姿を感情の読めない面持ちで見送っていた。
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