M00N!! Season2

望月来夢

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謎の女性アデレード

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 その光景は今でも、ムーンの目に強く焼き付いている。
 どこからか注がれる何者かの視線。放たれた銃弾がわずかな音を立てて、跪くメレフの頭部を真っ直ぐに撃ち抜く。脳髄を破壊された彼は無力に倒れて、砂まみれの地面に血の染みが広がっていく。
 手を下したのは、ムーンと同程度の狙撃能力と、彼以上の隠密スキルを持つ人物と予想された。彼あるいは彼女は、誰にも気付かれることなく最適な位置に身を潜め、引き金を引く瞬間を眈々と待ち侘びていたのだ。
 昨日出会った女も、自分から姿を現すまで、全く存在を知覚出来なかった。彼女の動作には隙がなく、ナイフ捌きも手慣れたものだった。もしもガイアモンドの言葉通り、彼女がアデレードなのだとしたら、メレフを仕留めたのも彼女である可能性が高い。彼女はセイガの命令に従って、自分たちの存在を喋られる前に口封じを済ませた。同様に、セイガの指示を受けてガイアモンドを攫うことも企てたのだろうか。
「今まで、黙っていて悪かったな、ムーン」
 別れ際、ガイアモンドはいつになく殊勝な態度で、彼に向かって頭を下げた。
「君を欺くつもりはなかった。だが、僕自身迷っていたんだ……組織のトップたる者として、公私混同はすべきじゃないと、分かっていたからな」
 だが、その結果、事態を余計に悪化させることになった。剰え周囲をも巻き込んでしまったと、彼は後悔して唇を噛む。しかし、ムーンは穏やかに首を振り、微笑みを浮かべて彼を宥めた。
「君を責める気はないよ。確かに、隠し事をされたのには腹が立つが、事情を聞いて尚怒り狂うほど偏屈でもない……というか今度のことは、僕にも非があるよ。君の立場を蔑ろにし過ぎたな」
「む、ムーン……!」
 ガイアモンドには彼なりの、経営者としての苦悩があることをムーンは考慮出来ていなかった。彼は気まずげに頬を掻き、きつい詰め方をしたことを素直に謝罪する。普段と似つかわしくない、しおらしい振る舞いをするムーンに、ガイアモンドは思わず胸を打たれた。
 だが、ムーンともあろう者が、簡単に頭を下げるだけで終わらせるはずがない。彼は落としていた視線を上げると、手を後ろで組んでふてぶてしく言い放った。
「でも、驚きだな。君にも意外に脆いところがあったとは。てっきり、恋愛方面には淡白なものとばかり思っていたよ。僕の誤解だったね」
「おい、いい加減に怒るぞムーン……」
 あまりにも図々しい物言いに、ガイアモンドは抱きかけた感心を即座に捨て去る。瞳を閉じ、童話に出てくる猫のようにニンマリと笑うムーンの瞳を、彼は容赦無く睨み付けた。それも途中で遮られ、ウラヌスに腕を掴まれて半ば強引に連れて行かれたのだが。何度思い出しても愉快極まりない出来事に、ムーンはこっそり含み笑いを漏らした。
  *  *  *
 突然、ガタンという強い揺れが、硬い座席を通して伝わってきた。ムーンは小さく声を漏らし、右にあるアシストグリップを掴む。
「悪い、石踏んだ。大丈夫か?」
 横に座るマティーニが、ちらりとこちらを一瞥した。ムーンはにこやかに頷いて心配ないと伝える。ハンドルを握るマティーニは、前方に視線を戻すと再び口を開いた。
「さっき、ネプチューンと会ったよ。君に無視されたって喚いてたぞ」
「あぁ、医者って彼だったのか。気が付かなかった、急いでいたから」
 指摘されて初めて、ムーンはミヤのもとへ向かう途中、何者かとすれ違ったことを思い出した。レジーナが呼んだ医者だろうとは予測していたが、まさか同じ特級エージェントの一人だったとは。意外な事実に、彼は少し瞼を持ち上げる。
「気付かなかった?あんな癖の強い奴なのに?」
 隣のマティーニは、信じられないとでも言いたげな表情で失笑していた。彼が自慢する赤色のSUVは、一時停止から発進する度に、鈍重そうなエンジン音を響かせている。そのバカでかい車体は今、ムーンと運転手の彼の他に、一つのスーツケースと大きめの鞄を載せていた。
 マティーニはこれから表の稼業である記者として、ハデスに出張する予定があった。数週間は戻れない仕事のため、ムーンとのバディはしばし解消。アメジストでの任務からも離れることとなっている。そのため、出発前の挨拶でもしようとクリスタル・ピラミッドまで出向いたところ、偶然ムーンと鉢合わせたのであった。そして、家族のもとに戻るつもりだったムーンを送り届けることになった。
「しかし、意外だな。君の子供って、もっと大人しいイメージだったけど」
「それは多分、ケンタロウの方だね。娘のアスカは気が強くて、ミヤさんとよく喧嘩していた」
 道すがら、大体の概要を聞かされたマティーニは、取り繕わない率直な感想を告げた。彼のコメントを聞いたムーンは、緩やかに首を振って訂正する。
「えっ?……あぁ、そうか。俺はアスカちゃんに会ったことないんだ」
 一瞬驚いたマティーニだったが、すぐに納得して唸った。
 彼が思い違いしていたのも無理はない。二人は互いに、家族や過去についてほとんど会話をしたことがなかった。元々その手の話題に興味を抱く性格ではなかったし、個人の安全を守るため、エージェント同士の親しい交流は禁じられていたからだ。にも関わらず、過ごした時間だけは長いせいで、相手のことを深く知っている気になってしまう。本当はムーンの妻の顔さえ、朧げにしか記憶していないというのに。
「僕の大事なミヤさんに涙を流させるなんて、実の娘でも許し難いね」
 ムーンは助手席の窓を開け、前髪を風に吹かせながらミヤに告げたのと同じことを呟く。彼の目はぼんやりと過ぎていく景色を眺め、声の調子にも強いものはなかった。普段と変わりない、穏やかで温和なムーンであった。しかしそれが、いつも以上に恐ろしく不気味なこと思われる。
 彼はマティーニにさえ、妻を一番に愛していると公言して憚らなかった。彼が二人の子供を大切にしているのも、彼らがミヤとの子供であり、彼女の血を引く存在だからに他ならない。故にこそ、妻を苦しめる者がいるなら、たとえ実の子供が相手でも容赦はしないはずだ。彼は懸命に平静さを保ち、きっと内心では煮えくり返っているはずのマグマを隠している。そのため、いつも以上に完璧に出来ている微笑みが、何故だかマティーニを怖気付かせた。
 無論、彼にだって父親としての分別くらいはついているだろう。話を聞く限りでは、確かにアスカには大人の導きが必要だとも分かる。けれども、これから娘に起こるだろう出来事を想像すると、同情心も湧いてくるのだった。温厚な父親だと思っていた男が、巧妙に装着していた仮面を脱ぎ、とうとうその本性を露わにするのだから。真実の片鱗を見るだけでも、娘にとっては一体どれほどの衝撃となることか。
 だが、時間は誰にとっても平等で、どんなに悩んでいても確実に過ぎていった。アメジストの街中を走り続けた車は、ムーンの家のあるザクロ地区まで辿り着いている。個人情報保護のため、家の前まで行くことはせず、マティーニは数ブロック手前で彼を降ろした。礼を言って立ち去りかけたムーンを、マティーニはほぼ反射的に呼び止める。
「なぁ、ムーン!」
「?」
 彼は無言で踵を返し、首を傾けて訝った。マティーニは少々言い淀んだ末、意を決して彼に尋ねた。
「全部、話すのか?娘さんに。その、僕らの仕事のことも」
「……どうかな。知りたいかい?」
 ムーンは肩を竦め、開いたままの窓から車内を覗き込んだ。マティーニは彼から目を逸らし、ハンドルに腕を置いて返す。
「いや。少し気になっただけさ」
「アスカは僕の娘だよ?無闇に危険に晒したくないのは、当たり前のことじゃないか」
「はは、だよな」
「珍しいね。君がそんな風に気を遣うだなんて」
 笑い声を上げると、わざとらしく聞こえたのか、ムーンが鋭く切り込んできた。マティーニは密かに心臓を跳ねさせつつ、戯けた返事を絞り出す。
「らしくないって意味だろ。分かってるよ……けど、最近ちょっと想像する機会があってさ。俺に子供がいたら、どんなだろうなーって」
 いつになく真剣な声音で話す彼を、ムーンはすかさず鋭い眼差しで観察した。
「子供ね。でもまず、奥さんがいなきゃ話に……もしかして、いるのかい?いい相手が」
「そういうの、セクハラだぞ、ムーン」
 揶揄い混じりで探ってみたが、マティーニは軽口で誤魔化すだけであった。ムーンは今度こそ背を向けかけて、慌ててまた振り返る。
「ちょっと待って!もう一つ、聞きたいことがあったんだ」
「何だ?手短にしてくれよ。転移局が閉まっちゃうから」
「君、アデレードって知ってる?」
「え?あー、誰だっけな。昔、そんな奴がいたような、いないような……」
 端的に問うと、マティーニはシートベルトをつける手を止め、首を捻って考え込む。その反応で、ムーンの知りたいことは全て判明した。要するに、彼はアデレードやガイアモンドの交友関係に関して、ほぼ何の情報も持っていないということだ。
「いいんだ。大したことじゃない。忘れてくれ」
「あっ、おい、ムーン!」
 片手を振って質問を撤回し、すたすたと迷いのない足取りで自宅へと歩き出す。ムーンの後ろ姿を困惑げに見つめて、マティーニは小さく悪態をついた。
「何だよ、失礼な奴……訳分かんないな」
 言いながら、彼は愛車を大きくUターンさせて、アメジスト-ハデス転移局への道を辿り始めたのだった。
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