M00N!! Season2

望月来夢

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父娘の対面

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「あの子を探して、必ず連れて帰ってくる。約束するよ。危険なことになんか、微塵も首を突っ込ませない」
 アスカの家出について、ミヤから一部始終を聞いたムーンはきっぱりと言い切った。確固とした口調に、ミヤは信頼と深い安堵を抱く。ムーンは彼女の肩を叩くと、すぐさま立ち上がり手早く支度を整えた。玄関に向かいながら早口に捲し立てる彼を、妻は急いで追いかける。
「君はレジーナに連絡して、この麻薬のこととか、色々事情を聞いておいてくれ。それと、最悪のケースについてだが……もし、これが本物で、アスカが使用していた場合」
「下手に庇ったり、助けたりしちゃ駄目ってことよね。分かってるわ。分かってるけど……」
 ドアの前で歩みを止め、こちらを振り返ったムーンに、ミヤは途切れがちな返事をこぼした。ムーンは彼女を安心させるべく、出来るだけ穏やかに笑みを作る。
「大丈夫。僕も全力で支えるから。それに、まだ実際に使ったのかは不明だ。不用意にあの子を疑うのも、気が引ける」
「分かってるわ。マディー、早く戻ってきてね」
「あぁ。君も、早くレジーナに電話を。アスカが帰ってきたり、例の危ない連中とやらが現れたりしたら、すぐに教えてくれ」
 落ち着きを取り戻した彼女は、気丈に頷き出て行くムーンを見送った。彼は重要事項を繰り返し伝えてから、通ったばかりの庭を抜け外へと踏み出す。
 しかし探すと宣言はしたものの、特に当てがあるわけでもなかった。反抗期の娘の行き先など、把握しているはずがない。ただでさえ家に帰ることが少ない彼は、子供の友人や休日の過ごし方について、ほぼ何も知らないに等しかった。
「いや、待て」
 一つ、手がかりはある。娘が投稿していたとかいう、写真だ。そこに写っていた、謎の茶葉と男たち。恐らく、彼らがアスカに茶葉を渡したのだろう。ならば、彼らを見つけ出すことが出来れば、アスカの居場所も分かるのではないか。あるいは、本人もそこにいるかも知れない。
 慌ててスマートフォンを取り出して、例のSNSにログインする。記憶していたユーザー名から娘のアカウントを探そうとして、はたと気付いた。今時、鍵もつけずにSNSを使う者がいるだろうか?芸能人ならまだしも、一般市民には危険過ぎる行いだ。それでも、駄目元で入力したところ、立ち所にヒットした。だが、案の定鍵がかかっている。
 どうするか、とムーンはしばし頭を悩ませ、突如閃いて再び端末を操作する。ある番号に電話をかけると、仮眠でもしていたのか眠そうな声が応答した。
『……あい。何?』
「パトリック、至急頼みたいことがある」
『今?あんたが壊した車の修理中で、忙しいんだけど』
「車より大事な話だ。あるアカウントが投稿した写真に、映っている店舗を特定したい。手伝ってくれないか?」
 数秒の沈黙。身動ぐような音がして、返事が聞こえてくる。
『調べるのは簡単だよ。写真に映ってる場所を特定するなんて、今時一般人だって息をするようにやってる。でも、それってわざわざ僕に頼むこと?任務に関係するなら、レジーナを通せよ』
「無理だ。レジーナには頼めない。これは正式な任務じゃなくて、ごく個人的なことなんだ」
『はぁ?』
 相手は至極面倒臭そうに捲し立ててきたが、ムーンは即刻遮った。スピーカーから聞こえてくる訝しげな呻きを無視して、早口に畳みかける。
「君と僕は友達だろ?詳しいことは後で話すが、実は娘が大変な危機に陥っているんだ。もし君が協力してくれなければ、彼女は逮捕されて、一生を惨めな牢獄の中で過ごすことになるかも知れない。そうなったら、僕は君を永遠に恨むだろうな。君がよく見ている映画の登場人物のように、華麗な復讐を目指して」
『分かったよ、分かったって!やるから!……君と友達になった覚えはないが、同僚のよしみでやってやるよ』
 優秀な開発者パトリックは彼の不穏な脅しに怯み、分かりやすく狼狽を始めた。ムーンは少しやり過ぎたかなと反省しつつ、事態が片付いたら詳細を説明することを確約する。彼が無意識に用いた飴と鞭に踊らされ、パトリックは瞬く間に作業を進めたのであった。
  *  *  *
 ザクロ地区の外れには、ちっぽけな港がある。周囲には荷物を仕舞うための倉庫が並び、その隙間を縫うようにして、定食屋や居酒屋が紛れ込んでいた。
 だが、新しい高架道路が出来てからというもの、船による輸送の需要は少なくなり従業員の数も減った。彼らの代わりに一帯を支配し始めたのは、地元の若者たち。彼らは人気のない倉庫を荒らしたり、勝手にバイクの練習場を設けたりと、暴虐の放題を尽くした。かろうじて営業を続けていた店々は、たちまち彼らと仲間たちに占拠された。
 この店、カサブランカもその一つである。
 数ヶ月前から、アスカはここに出入りするようになっていた。確か、友人の一人に紹介されて来たのだが、店内を一目見て愕然としたことを覚えている。謎の汚れでベタつく床に、剥がれかけた壁紙は、お世辞でも綺麗とは言えない様相を呈していた。床板は浮き上がって、一歩踏み出す度に軋みを立てる。室内の至るところに淀んだ空気とタバコの煙が充満し、耐え難い匂いを生んでいた。メニューは紛失し、飲み物も酒しか置かれていない。つまみや菓子になるものは、全て他の店から持ち込まれたものだった。誰が置いたのか、部屋の隅にミキサーと照明が取り付けられ、場末のダンスクラブらしい雰囲気を演出している。カウンターや立ち飲み席がほとんどだったが、片隅には奇怪な柄の衝立で仕切られた半個室も作られていた。そこは専ら、不良の中でも筋金入りの人物と、わざわざ呼び付けられた風俗嬢とに占領され、卑猥な行いをするためにだけに使われている。
 まさしく、混沌と下賤の具現としか思えない光景だ。アスカも当初はあまりの汚らしさに臆したものの、次第に感覚は麻痺しもはや定位置さえ出来始めていた。最奥の壁に面した、カウンターの真ん中。色褪せたワインレッドのスツールに座って、いつもと同じカクテルを注文する。甘い味と、強烈なアルコールのパンチが対照的で心地良かった。
「よぉー、アシュ。来てたのか」
 人混みを抜けて、一人の男が近付いてきた。色の白い、細面の男だ。華奢な体を隠すようにオーバーサイズの服に身を包み、金色に輝くネックレスをわざとらしく揺らしている。変な形に逆立てた髪と左右非対称のピアスが、妙に野暮ったい。けれども、アスカは決して表情を変えず和やかに応じた。
「まぁね」
「またババアに何か言われた?アシュん家、キビシーんだろ?」
「そんなところ」
 彼女は、ここではアシュだった。誰が名付けたかは不明だが、いつの間にか浸透し今ではほぼ全員にその名で呼ばれている。この男も多分、アスカという本名を知らないに違いない。だからこそ、彼らと共にいる時は鎖から解き放たれたような気分を覚えた。誰の娘でもなく、浪人中の身でもなく、ただの若者の一人として生きることが出来た。とても快い体験だった。最初の内は。
「ったくよー、どうして親ってこうもウザいもんなのかね。俺んとこのババアも早く死んでほし~」
 適当に答えただけだというのに、男は何故か調子付き、カウンターにもたれかかって悪態をついた。大仰な物言いと大胆な身勝手さが、アスカの心にさざなみを立てる。
「あは……分かる」
「アシュもさ、もっとはっきり言ってやりゃーいいのに。勉強なんかしたくない。勝手に産んだくせに、支配しようとすんなクソ毒親って」
「本当、それ」
 だが、彼女は微笑を絶やさず、同調するふりをした。父からの遺伝なのか、彼女は本心を隠した愛想笑いが格段に上手い。故に、鬱屈とした気持ちを中々吐き出せず、いきなり無鉄砲な行いに走ってしまったのだ。
「おー、こっちこっち!」
 突然、喋り続けていた男が手を挙げ、誰かに合図を送った。入口の方にボディピアスをつけた、赤い髪の女が立っている。決して美しいとは言えない顔には、体を売って稼いでいる女らしい下卑た甘ったるい笑みが浮かんでいた。
「んじゃ、彼女来たから行ってくるわ~。そんで、今日こそはあのボックスで一発キメてくる」
 どうせ相手には客の一人と思われているだろうに、男は健気にも髪を整え格好つけて去っていく。アスカをちらりと見る眼差しには、得意の色が宿っていた。何とも哀れで、痛々しいことだ。あれで自分が世界一のつもりなのだから、もはや滑稽ささえ感じられる。
「……バッカみたい」
 小さく呟いて、カクテルを口に含む。その時だった。
「本当にね。馬鹿みたいだ」
 唐突に、何者かが彼女の隣に座った。黒いスーツを着込んだ男が、長身を丸めてカウンターに腕を乗せる。いかにも親しげな態度からは、下心がふんだんに覗いていた。きっと、自分だけは若い女の気持ちを理解出来ると思い込んでいる、気色悪いナンパ親父だろう。
「は?んだよ、オッサ……」
 アスカは容赦なく、母譲りの勝気さでもって苛烈な睨みを浴びせる。直後、相手の姿を確認した彼女は、驚きのあまり絶句した。唇が意味もなく開閉し、色白の頬を汗が伝う。
「しばらくぶりだね、アスカ。元気そうで何よりだ」
 男は口先だけ穏やかに告げながら、おもむろに眼鏡を外し、内ポケットに仕舞った。本名を呼ばれた彼女は、乾燥しひりついた喉から掠れた声を絞り出す。
「と……父、さん……」
 彼女を見据える父の瞳は、いつになく鋭い、冷徹な眼光を発していた。
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