M00N!! Season2

望月来夢

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不良娘の本心

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 店に面した道路から、夕陽が消え灰色の薄闇に変わっていく。日没はまだ少し先のはずだが、今夜は雨でも降るのか、空には暗雲が集まりつつあった。
 パトリックの協力を得て突き止めたカサブランカという店は、ザクロ地区を中心に展開するチェーンだった。写真からどこの店舗かまでを正確に特定することが出来たため、ムーンはこうして娘に会いに来たのである。
 彼女の姿を見て初めて、ムーンは妻の説明にかなりの省略があったことを知った。何故なら、彼女の風貌は、彼の記憶にあるそれと大きく乖離していたからだ。毒々しい色合いをしたクロップド丈のタンクトップと、安物のダメージジーンズ。ミヤに似たプラチナに近い淡い金髪は、毛先の部分が瞳に合わせたピンクパープルに染められていた。長い髪の隙間から、耳についた巨大なリング状のピアスが揺れている。あまりの変貌に、一度は気付かず店を出て行ってしまうところだった。しかし、かろうじて働いた父親の直感が、彼女の存在を察知したのだ。そこで、彼は何気ない風を装い、アスカの横に居座ることに決めた。まさか父親に出くわすとは思っていなかったアスカは、案の定強い動揺に襲われているらしい。
「な、何で……ここにいるの」
「探したんだよ」
 戸惑いながら父に尋ねると、この上ない端的な答えが返ってくる。何の感情も感じさせない低い声音は、彼女の知る父とは全く異なっていて、アスカを気後れさせた。彼女は彼の目を見ることも出来ずに、俯いてカクテルグラスの足を弄ぶ。
「いいから、早く帰ってよ。あんたと話すことなんかないし」
「そうか。残念だが、僕にはある」
「はぁっ!?」
 早口に告げると、彼は平然とした口調で彼女の要望を拒絶した。にべもない返答につい苛立ちを覚え、アスカは顔を上げてしまう。そして、珍しく瞼を上げた父の真顔を目の当たりにした。
 赤く小さい瞳が、まるで獲物を狩る寸前の肉食獣のように彼女を凝視している。父の顔からは一切の感情が抜け落ち、魂のない無機質な冷たさを湛えていた。
 父がこんな面持ちをするところなんて、アスカはこれまで見たことがなかった。彼女の知る父親といえば、いつも目を細めてにこにこと笑ってばかりで、怒るどころか真剣な表情さえ示しはしなかった。何の仕事をしているのかも知らないが、家にいる時間は少なくて、いないに等しい存在だった。にも関わらず、妻のミヤには頭が上がらない父は、どんな理不尽な主張をされても恭しい姿勢を崩さなかった。子供たちにだって、声を荒げたことはないはずだ。その父が自慢の笑顔を取り消し、代わりに無慈悲な視線を注いでいるのだから、アスカが怯んでしまうのも無理はなかった。
「意味、分かんない……こんな時ばっか、父親ヅラしないでよ。キモい!」
「今度は『キモい』か。中々、反抗期というのも面白いものだね」
 それでも何とか懸命に言い返すと、父は何故か愉快そうに肩を竦めて鼻を鳴らす。いかにも大人ぶった余裕の振る舞いが、尚更彼女の神経を逆撫でした。
「ウッザ!もう放っといてよ!あたしは、勉強止めて一人暮らしするんだから!二度とあんな家には帰んないし」
「ほう?それは興味深い」
 挑発的な怒声を浴びせられても、ムーンは全く動じない。親しくもない知人と話す時と同じ、俯瞰的で他人行儀な態度を貫き続けていた。彼は立ち上がりかけたアスカを制し、もう少し待てと手で伝える。
「君が本気なら、反対はしない。だが、せめてビール一杯分くらいは付き合ってもらうよ?それで僕が同意しさえすれば、今後一生の縁が切れるんだから。十分かそこらの談笑なんて、安い犠牲だろう?」
「……分かったよ」
 アスカが渋々頷くと、ムーンは店員に体を向け勝手に酒を注文した。数秒と経たない内に、カウンター上に琥珀色のビールが入ったトールグラスが置かれる。無償で提供されたピーナッツを剥いて、彼は数粒摘んだ。
「君は?」
「えっと……さっきと同じやつ」
 いきなり問われたものだから、アスカは焦って普段通りに応対してしまう。恥ずかしくて頬を赤らめる彼女だが、幸いムーンは気付いていなかった。間もなく、彼女の前にも新しいカクテルグラスが差し出された。
「まさか、君と飲める日が来るとは思っていなかったよ」
 父は彼女の方を見ないで、のんびりとグラスを傾けている。やはりその言動は父親らしくない、どこか余所余所しい気配に満ちていてアスカは戸惑った。何と言うか、自分たちの関係に相応しくないと感じたのだ。現在の二人は、まるでビジネスの場で出会った、友人でもない顔見知り同士のように会話を交わしている。それが何とも形容し難い、不自然に思えた。一方で、“父”に帰属する“娘”ではなく、対等な個人として扱われて嬉しさを覚える自分もいる。
「法的には、一年早いがね」
「気付いてたんだ……」
「娘の年齢を知らない父親がいるとでも?」
 鋭く指摘され、頬を引き攣らせると、揶揄い混じりの一瞥を向けられる。だがその言葉を聞いても、肯定的な感情は浮かばなかった。
「だって、父さんいっつも家にいないじゃん。仕事仕事仕事って、家族のことはどうでもいみたい」
 憤りのあまり棘のある言い方をしてしまったが、口走った内容はまさに本心であった。
 子供心に、自分の家庭は少々変わっていると、勘付いてはいた。父の仕事は不規則で、朝早くに出て行く時もあれば、夜遅くまで帰ってこない時もある。出張だとか言って、何ヶ月もいないことさえあるくらいだった。ませたクラスメイトから、父は浮気をしていて、別の家庭があるのだと囁かれ号泣した記憶もある。しかし実際父に会えば、愛されていることが分かったし、母も文句一つ口にしなかった。だから、大丈夫だと思っていた。まるで片親の家庭のような生活でも、安心して暮らすことが出来た。でも、寂しさが全くないわけでもなかった。
 特に、浪人中のこの一年は、今まで以上に孤独が堪えた。ただでさえ勉強は苦手な上に、推薦を逃した悲しみも伴っていたのだ。遊んでいた自分が悪いと言われれば、もちろんその通りだが、誰かに愚痴を吐き出したいのも事実だった。慰めてほしかったし、今度こそ頑張ろうと励ましてほしかった。だが、父は滅多に家に帰ってこないし、母は執筆業で忙しく、その割に口やかましさだけ増していた。暇さえあれば、勉強、勉強、勉強のオンパレード。壊れそうだった。だからなのか、成績も思うように上がらなかった。学んだはずの知識が、脳の隙間からこぼれ落ちていく。息抜きにと覗いたSNSには、かつてのクラスメイトたちの、楽しそうなキャンパスライフが溢れ返っている。孤独だった。同時に、停滞している気がした。他の皆は順風満帆な人生を歩んでいるのに、自分だけが、取り残されて一人部屋に閉じこもっている。何も進まず、周囲から切り離されて、忘れられていく。孤独だった。父も、母もいるはずなのに。どうしてこんなに苦しいのだろう。一日に何度も、同じことを思った。何度も、何度も。思考がループし、重なっていく。
「まっ、いいけどね!あたしはもう、あんたらの家族止めるんだから」
 憂鬱になりかけた気持ちを、鼻で笑って吹き飛ばす。
 もう、何もかも過ぎたことだ。今更、過去の恨み辛みをぶつけることに意味はない。彼女は人生をやり直すことを、新しい一歩を踏み出すことを決断したのだから。
「家族を、止める?」
 アスカの言い分を聞いたムーンは、わずかに首を傾け、横目でちらりと彼女を見遣る。父の声色に敵意を感じたアスカは、相手が続ける前に早口に付け足した。
「そーだよっ!幽霊みたいな父親と、生まれた時から成功してる母親と、今はいないけど根暗な弟なんかと暮らすのはウンザリ!あたしは一人になりたいの。あんな家、早く出て行きたい!」
「大学は?行かなくていいのかい?化学の研究者になりたいって、子供の頃からの夢だったじゃないか」
「あんなの、ドラマで見て憧れてただけだし!」
 語気を荒げて捲し立てるが、父は一切激昂しない。ただ黙って、こちらをじっと眺めていた。アスカにはそれが、とてつもなく怖かった。隠しておきたい、心の奥底まで見透かされる気がした。いっそ怒りに任せて怒鳴りつけてくれた方が、余程楽だったろう。これ以上今の父と、面と向かって話をするなんて彼女にはとても耐え難い行為に思えた。しかし、ムーンの問いかけは終わらない。
「それの何がいけないんだ?夢の原点なんて、得てしてそんなものだろう。僕の友人だって」
「あたしはもう疲れたの!!」
 アスカはついに、金切り声を迸らせた。
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