M00N!! Season2

望月来夢

文字の大きさ
24 / 85

親子の和解

しおりを挟む
 カサブランカからムーンの自宅までは、三十分ほどで辿り着けた。無論、タクシーを使えばもっと早く戻ることも出来たのだが、アスカがそれを望まなかったため、二人は歩いて戻ってきたのである。そして、目的地ももうごく近く。すぐそこの角を曲がって直進すれば、家が左側に見えてくるというところで、突如アスカの歩みが止まった。数歩分後ろにいたムーンは、黙って立ち尽くす娘を訝り、隣へと並ぶ。
「アスカ?どうしたんだい?」
 彼女の顔を覗き込むと、驚いたことに、彼女の大きな瞳からは無数の涙が溢れていた。呆気に取られて狼狽するムーンの腕に、彼女は弱々しく縋り付いてくる。
「父さん、あたし……騙されてた」
「……うん、そのようだね」
 絞り出すように呻く彼女を、ムーンは優しく抱き寄せて曖昧に慰める。アスカはそれには答えず、拳を固く握り締めて懺悔を続けた。
「馬鹿だった……!自分の悩み、分かってもらえたって思って、いい気になって。あたしには友達が沢山いるんだって、自信になってた。でも、実際は、利用されてるだけだった。麻薬を売りつけるために」
 ムーンは再び、無言で彼女を抱き締める。何と声をかけていいのか、言うべき事柄が見つからなかった。アスカの悲痛な訴えは何一つ間違っていなかったし、否定することの出来ない事実でもあったからだ。彼女はそのことを正しく認識したからこそ、自分自身に対する憤りに駆られているらしい。
「あたし、それが悔しいの!情けなさ過ぎるじゃん!笑われてるのにも気付かないで、一人だけカッコつけてさ。ダサいにも程があるよね」
「……そんなことはないさ。大事なのは、これからのことだよ」
 足元に転がった石を蹴り、自虐的に笑う彼女の肩をムーンはぽんと軽く叩く。すると、アスカは弾かれたように顔を上げ、父の瞳を直視した。
「これからのことって、そんなの、決まってるよ。あたし、あいつらを見返したい!あたしのこと、馬鹿にして、見下してた奴らに、思い知らせてやりたいの!!あたしはそんな馬鹿じゃない。あんたらに、笑われるような女じゃないって!」
「そうか。それなら、どうする?彼らを見返すために、君は何がしたいんだ?」
 強気に捲し立てる彼女に、ムーンはのんびりと問いかける。
「そのために……あたしは……?」
 アスカは必死に悩んでいたが、すぐには思い付かないのだろう。自分の考えがまとまらないことに彼女は酷く気落ちして、悲しげな戸惑った表情を浮かべた。
「アスカ、僕は君に、隠していたことがあるんだ」
 嘆息する彼女の背中に手を当て、ムーンは近くのバス停に置かれた、小さなベンチへと誘導する。落ち込んでいるアスカは、反抗することも忘れて大人しく腰を下ろした。ムーンも彼女の隣に座り、足を組んで話し始める。
「言っても君を怖がらせるだけだと思って、ずっと話していなかった……僕の、過去のことだ」
 そういえば、とアスカは事情を思い出し、父の横顔を凝視した。彼女が問い詰めたとはいえ、父の隠し事について、当日中に打ち明けられるとは思ってもみなかったからだ。彼女の驚きに気付きつつも、ムーンは何食わぬ様子で先を続ける。
「僕は子供の頃、酷く貧乏していてね。学校に通うどころか、日々の食事にさえ困る始末だった。だから、大人になるまで、ろくに読み書きも出来なかったよ。大学なんて夢のまた夢。完全に、自分とは別の世界だと思っていた」
「それ……ホントの話?」
「本当だとも。君たちが生まれる前、オメガ社が今の三分の一以下の規模だった頃、この辺りはただの田舎町だったんだ」
 彼は平然と喋っていたが、だからこそ、アスカには中々信じることが出来なかった。彼女にとっては今の豊かな生活が当たり前で、父の語る過去は映画かドラマの中にしか存在しないもののように感じられたのである。しかし、こんなことで彼が嘘をつく理由もない。アスカは無理矢理自分を納得させて、未だ若干困惑を残しながらも静かに耳を傾けていた。
「だけど、ミヤさんに出会って、君とケンタロウが生まれて、僕の前には新しい世界が開けた。君たちと、家族という世界が。まさに、夢のような体験だったよ。絶対に、何があっても守ろうと誓った」
 父の瞳や顔付きからは、これまで全く見たことのない知らない感情がこぼれ出ていた。慈しみなのか、愛情と言うべきか。己を常に思っていてくれる、親という存在の偉大さをアスカはほぼ生まれて初めて理解した気がした。知らぬ間に、彼女の瞳から新たな涙が流れ落ちる。
「君には、幸せになってほしい、アスカ。少しでも長く、楽しく、君の人生を謳歌してほしいんだ。別に、勉強が心底嫌なら、止めたっていい。生きるか死ぬかの瀬戸際にあっては、学歴なんてクソの役にも立たないものだからね」
 極め付けとばかりにムーンが悪戯っぽく微笑むと、彼女は潤んだ瞳を笑いに歪めて聞き返す。
「……クソの役にも?」
「そうだ。トイレットペーパーの方が何倍もマシだね」
「ふふっ、何それ」
 真面目な調子で付け加えられて、アスカはとうとう吹き出してしまった。ムーンも少しだけ肩を揺らしてから、真剣な声音に戻り話の軌道を修正する。
「僕は本気で言ってるんだよ。君には君のやりたいことを、君の夢を、見つけて叶えてほしいんだ。だからもう一度、自分と向き合ってみないか?アスカ。大丈夫。辛いことがあっても、僕が支える。何たって僕は、君の父親なんだから」
 彼が真摯に訴えかけると、再び不安が募ってきたのか、アスカは表情を曇らせた。
「で、でも!父さん、仕事忙しいんでしょ?あたし、ママとは大喧嘩しちゃったし……記憶にはないけど。きっとママは怒ってる。それに、あたしは麻薬依存症かも知れない!」
「もちろん、病院と警察には行くさ。だけど、ミヤさんは話せば必ず分かってくれるよ。君が、きちんと伝えさえすればね」
「……分かってる。でも……」
「自信がない?」
 俯く彼女の横顔に問いかけると、アスカはたった一回、首を縦に振ることで肯定を返した。そして、おもむろに口を開く。
「……あたし、今まで散々逃げてたから。勉強だって、最後にいつまともにテキスト開いたかも覚えてない。それくらい、ずっと逃げてた。だから、今は良くても、その内また駄目になっちゃう気がする。あたし、一人で何か頑張るっていうの、凄く苦手で……苦しくなる!息が詰まるっていうか、誰かのサポートが、ほしくなると思う」
 彼女は訥々と、時には考え込みながら喋っていたが、ムーンはその全てを丁寧に受け入れた。彼はしばし間を開けた後、ゆっくりと返答を紡ぐ。
「分かっているよ、アスカ。誰だって、生まれた時から完璧なわけじゃない。少しずつ、成長していくんだ。皆と力を合わせて、一緒に……だから君も、もっと周りを頼っていい。助けてと、声を上げて泣きついてもいいんだ。なんて、仕事にばかりかまけていた僕に、アドバイスする資格はないんだけどね」
 彼の言葉を聞く度、アスカは目から大粒の涙をこぼして、小さくしゃくり上げていた。ムーンは彼女の頬を撫でて、己も深い反省に浸る。
 彼らは多分、子供たちに対してどこか線を引いていたのだ。過干渉になるくらいならと、大人と同じ付き合い方でいることを選んだ。そのことが、かえって子供たちを孤独にし、心細くさせていたのだろう。個人を尊重するために置いていた距離が、彼らの苦しみの原因となった。自分の問題は一人で解決しなければならないのだと、思わせてしまっていた。当然、まだ子供の彼らには不可能なことだ。だからアスカも、背伸びした振る舞いを続けてきた結果、反動を受けて分別を失った。つまり今回の騒動の原因は、元を辿ればムーンにあることになる。彼はその事実を、非常に深刻なものとして受け止めていた。
「君に信じてもらえるよう、僕たちも努力する。だから君も、もう少しだけ、前に進んでみないかい?」
 かといって、娘の世話を放棄して自己嫌悪に陥っていては意味がない。彼は気を取り直すと、父親らしく娘を導いた。尋ねられたアスカは、目尻に溜まった雫を拭ってから勢いよく顔を上げる。
「あたし、やっぱり、大学行く!どんなに大変でも、絶対頑張って勉強して、研究職になる!それで、誰もが驚くような大発見をして、あたしのこと見下してた奴らをギャフンと言わせるんだ!!」
 彼女はムーンの目をキッと見据え、力強く宣言した。迷いなく言い切るその態度に、ムーンは愛する妻と娘の姿が重なるのを感じ、ふと口元を綻ばせる。
「流石、僕の愛する女性ミヤさんの娘だよ、君は」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く 

液体猫
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/  香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。  ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……  その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。  香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。  彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。  テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。  後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。  シリアス成分が少し多めとなっています。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

明治かんなぎ少女の冥契 五百年の時を超えて、あなたに愛を

花籠しずく
キャラ文芸
 ――ですが、わたくしは生まれました。あなたに会うために。  月のものが来るようになってから、琥珀は不思議な夢を見る。誰かに探されている夢。きっと大切な人だったことは分かるのに、目が覚めると朧気で何も思い出せない。婚約者である志貴の言いなりの人形になる生活をし、生家とは会うと脅され、心が疲弊していたある日、家からひとり抜け出すと、妖魔のようなものに出会う。呪術師である志貴に、一時祓ってもらいはしたが、不思議と心が痛む。夢に美しい男が現れ、声に導かれるようにして、ある山のふもとの、廃れた神社の中に入ると、そこには苦しそうに蹲るあの妖魔がいた。琥珀はそれが夢に現れた、蘿月という男だと直感する。全身が黒い靄で包まれた彼の、靄を払う方法を、どうしてか琥珀は知っていた。口づけをし、息を吹き込むように、生きて、と願った。  帰ってすぐに志貴に殴られ、月のものがはじまっていたことが志貴にばれる。琥珀を穢そうとする志貴の様子に恐ろしさを覚えて、助けてと叫んだその瞬間、闇を裂くようにして、蘿月が現れた。 「琥珀は、俺が五百年待ち望んだ花嫁だ」  これは、時を超えて紡がれる愛の物語。そして虐げられた少女が、愛を知り、愛のために生きる自由を選ぶ物語。 ※R-15っぽいゆるい性描写があります。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~

悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。 強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。 お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。 表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。 第6回キャラ文芸大賞応募作品です。

処理中です...