M00N!! Season2

望月来夢

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こそ泥グシオン

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「あ、あんた……!」
 立ち上がった者の顔を見て、レジーナは思わず声を漏らす。そこにいたのは、かつてアイオラ地区のサーカスで働いていた男、グシオンであった。ついでに言えば、ガイアモンドと少女カルマを誘拐し、身代金を要求した人物でもある。随分と姿が変わってはいるものの、彼の特徴的な瞳の色と顔立ちは、決して間違いようがない。そんな彼と意外な形で再会したことに、レジーナは強い驚きを覚えた。
「元気そうで何よりだよ、グシオン。久々に会えて嬉しいね」
 ムーンは相変わらずにこにことした笑みを保ちながら、彼に握手を求めていた。しかし、グシオンは応じない。驚愕に見開いていた目を迷惑そうに細めると、彼から顔を背け何事か喋ろうとした。
「ひ、ひぇ……っ!」
「あっ、おい!」
 突如、彼らと同じテーブルについていた学生が、カバンを胸に抱いて駆け出す。明らかなマルチ商法の勧誘に恐れをなしたものの、逃げるタイミングを掴めずに困っていたのだろう。今だとばかりに走る彼を、グシオンは慌てて引き留めようとしたが、時既に遅しだった。学生は情けない悲鳴と共に、自動ドアを潜り抜け表通りの雑踏に紛れ込んでしまう。数秒と経たずにその姿は通行人の中に紛れ、発見することは不可能となった。
「……お邪魔だったかな?」
 全てを見届けた後、ムーンがわざとらし過ぎる一言を投げかける。嫌味な言動に、グシオンは頬の筋肉を引くつかせて彼を一瞥した。唇がかすかに上下に動いて、何やら悪態をついているらしいことが伝わってくる。
「何か?」
「何でもねぇよ。あーぁ……ったく、とんだ邪魔が入ったもんだぜ。せっかくいい鴨、じゃなかった、生徒を捕まえてたところだったってのに」
 ムーンが聞き返すと、彼はひらひらと手を振って適当にあしらった。大袈裟に嘆いてどかりと席に戻る彼は、以前より幾分か体重が増しているようだ。かつては骨が見えそうなほど痩せ細っていた腕や胴には十分な肉が付き、がっちりとした押しの強い印象を与えている。浅黒い肌や短髪は変わっていないが、栄養のあるものを食べているのか、ツヤと張りに満ちていた。荒れて傷だらけだった手指も整い、爪の先までケアが行き届いている。身に纏う品々、茶色のスーツと黒の革靴、金属ベルトの時計は、それなりに上質な物で統一されていた。だが、流石に趣味までは洗練されないのか、あるいは意図的に選んでいるのか、ジャケットの下には派手な柄のシャツを着込んでいた。黒い生地の上に、大きな羽を広げるニワトリの姿が鮮明にプリントされている。ネクタイを締めない開放的な胸元からは、純金に輝くチェーンのネックレスが覗いていた。
 こんな格好をしていては、学生に怖がられるのも仕方がない。怪しげな商売への勧誘はおろか、すれ違っただけでも恐れられる姿だと、自覚していないのだろうか。とはいえ、金回りの良さそうな暮らしぶりをしているのは中々興味深いことだった。少し前まではカーニバルという俗悪な男のもとで、奴隷同然に働かされていたというのに、今や別人かと思うほどの大変身を遂げている。
「懐かしい顔が見えたものだから、ついね」
「よく言う……」
 白々しい台詞を口にして、ムーンは当たり前のような面持ちで彼の向かいに腰を下ろす。手招きされて、レジーナも渋々ムーンの隣に席を移した。グシオンは嫌悪感も露わに眉を寄せて、テーブルから肘を退かす。
「それで?君は今、何をしてるんだい?マルチの勧誘?」
「馬鹿言うんじゃねぇよ。これは立派な社会奉仕だ。恵まれない若者に、商売ってものが何たるかを講義してやってんだよ」
「うん、マルチの勧誘だね」
 さらりと言い訳を否定すると、彼は苛立った様子で目尻を吊り上げた。しかし、ムーンは構わずに続ける。
「さっきの子、どう見ても貧乏には見えなかったよ。バッグもハイブランドの本革を使っていた。大方、親に大事にされ過ぎたボンボンってとこかな。軟弱で世間知らずで、ターゲットにするならもってこいだ」
「うるせぇよ……」
 流暢に相手の論を崩していくムーンに、グシオンは腹の底から絞り出したような、低い声を浴びせた。殺気のこもった鋭い視線が、ムーンの顔を容赦なく睨め上げる。テーブルに置かれた拳は硬く握り締められ、細かく震えていたが、さして警戒すべき事柄には感じられなかった。グシオンの肉体は確かに力を蓄えているが、エージェントの彼と渡り合えるほど、訓練された暴力を身に付けているわけではない。本人もそれを十分に理解しているらしく、実際に殴りかかってくることはなかった。
「ねぇ……」
 一瞬緊迫しかけた空気を破ったのは、グシオンの横に座っていた女だった。勧誘を効果的に進めるための、サクラか何かだったのだろう。女子大生風の小綺麗な格好をしていたが、全身から滲み出る、水商売の女の気配は隠しきれていない。スーツの袖を媚びるように引かれたグシオンは、胡乱な目付きで彼女を見遣った。
「何だよ、まだいたのか?もう帰れって。見りゃ分かんだろ?客に逃げられちまったんだから、今日の儲けはパァ。お前にも用はねぇ。謝礼?あーハイハイ、出してやるから、これ持ってとっとと帰んな」
 彼は気怠い声音で答えると、懐の財布から紙幣を抜き取り、彼女の膝に放った。目的のものを得たサクラ女性は、嬉々として荷物をまとめ、速やかに席を立つ。別れ際、グシオンの背に向かって顰め面をして去った彼女を、ムーンとレジーナは黙って眺めていた。
女性レディーに対して、随分な扱いね?」
 彼のあまりにもぞんざいな応対が気に食わなかったのだろう。レジーナが険のある口調でグシオンを咎める。だが、彼はまともに取り合うこともなく、ただ鼻を鳴らして失笑しただけだった。
「はっ、レディーねぇ……ってかあんた、誰?」
「何ですって?」
「彼女はレジーナ。覚えてないかい?君らがうちの社長を連れ去った時、彼女もその場にいた」
 不躾な物言いに柳眉を逆立てかけた彼女だが、すかさずムーンが割って入った。説明を受けたグシオンは、最初はポカンとしたものの、すぐに思い至り瞠目する。
「は?ってことは、あんた、あの姉ちゃんか!?」
 彼は顎が外れそうなほど大きく口を開け、愕然としているが、それも無理のないことだった。彼と同様レジーナにもまた、劇的な変化が起こっているのだから。原因は単純で、彼女の応援していた音楽家がテロリストであると判明したせいである。ヘリオス・ラムダの業務を通じて、男の恐ろしい本性を知った彼女は、希望を打ち砕かれて強い精神的ショックを受けていた。食事も睡眠も満足に取ることが出来ず、鬱々とした日々を過ごしている内に、いつしか体重が激減していたのだ。そして、休暇明けに出勤してきた頃には、誰もが見惚れるレベルの細身に生まれ変わっていた。
 とはいえ事情が事情なだけに、ダイエットに成功したことを褒められても、全く嬉しさなどは感じない。グシオンの反応も既に見飽きたそれと変わらないもので、レジーナの胸に不快な気持ちを呼び起こした。
「驚いたな……何でまた、そんなにスリムになったんだ?失恋でもしたのか?」
「セクハラよ、それ。今度言ったら張っ倒すからね」
「カカカッ、確かにあん時の姉ちゃんだ!そのおっかなさ、忘れもしねぇぜ~」
「よく言うわ」
 彼女に睨まれても臆すことなく、グシオンは笑って無邪気に手を叩く。一頻り思い出に耽り、懐かしさを噛み締めた彼は、おもむろに頬杖をついて二人を見比べた。
「それで?あんたら、何のつもりで俺に声かけたんだ?」
 退屈紛れの雑談を装ってはいるが、その眼差しには鋭いものが混じっている。ムーンたちが邪魔をするためだけに接触したわけではないと、彼はとっくに看破していたらしい。やはり侮れない男だと、ムーンは密かな感心を抱いた。
「それは君も分かっているはずだよ。壺のことだとか色々喋りながら、僕らの会話を盗み聞きしていただろう?」
「人聞きが悪いねぇ~。何のことだかさっぱりだ」
「僕が最初にセイガの名を口にした時、君はわずかだが、反応を示した」
 肩を竦めて惚けたグシオンだったが、ムーンに図星を突かれると押し黙ってしまう。憎らしげにこちらを睨む彼に、ムーンはかすかに小首を傾げてにっこりと微笑みかけた。
「街を守る特級エージェントを、欺けると思ったのかな?」
「ムーン、気付いていたの?」
 彼女が察するより早く、グシオンの存在に勘付いていたと語るムーンに、レジーナは虚を突かれて声を上げる。グシオン自身もまた、敬服した様子で彼に賛辞を送った。
「流石だな~。分かっていて、話を続けたのか。俺を泳がせるために……まさか、最初っから俺を狙って、この店に来たのか?」
「いやいや、全くの偶然だったさ。でも、君なら何か知ってるんじゃないかと思ってね。直感ではあったが、カマをかけたら立ち所に動揺した……君はセイガを、知っているんだな?」
 彼の疑いを手を振って否定し、ムーンは本題に踏み込む。瞼の隙間から覗く赤い瞳を、グシオンはしばし無言で見つめ返し、それからふと唇の端を皮肉げに捻じ曲げた。
「それをお前に、教えると思うか?」
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