M00N!! Season2

望月来夢

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 閑散としたコーヒーショップの店内で、テーブル越しに睨み合うムーンとグシオン。偶然に再会を果たした者同士とは思えぬほど、彼らの周囲には張り詰めた空気が流れていた。殊に、肝の太いグシオンは、ムーンの脅しにも臆さず戯けた笑みを浮かべてさえいる。
「一杯食わされたのは口惜しいが、仕方がねぇ。だが仮に、俺があんたの知りたいことに答えてやれるとして、応じる理由がどこにあるってんだ?言っとくが、俺ぁあの学生ほど、甘くもねぇし馬鹿でもねぇぞ」
 彼はムーンから視線を逸らし、店の外を眺めながら浅黒い指先でコツコツと天板を叩いた。ちらりとムーンを一瞥した眼差しには、隠しきれない鋭い敵意が仄見えている。
「カーニバルの一件、片付けてやったのは誰だったかな?魔法の契約で縛られ、事実上の奴隷だった君を、僕が自由にした。それとも、過去をなかったことに出来るとでも?」
 対するムーンもまた、高圧的な口調で恩着せがましい発言を浴びせた。常人であれば、怯むか憤りを示しそうなところだが、グシオンは意外にも理性を保ったままだ。
「生憎だが、その借りはもう返済が終わったとこだ」
 彼は平坦な声音で告げると、凝り固まった首を軽く回した。硬くなった筋肉のほぐれる、ボキボキという音が響く。
「あんたはついさっき、俺の顧客を一人逃したよな?ありゃあ相当な大物だった。上手くいってりゃ、数百万の儲けが出たかも知れねぇなぁ!……けど、あんたにゃ恩義がある。その程度の損失で、ゴチャゴチャ言うのは間違いだよな。さ、これで貸し借りはチャラだ。一昨日来な」
 グシオンはテーブルに両肘をつき、組んだ指に顎を乗せてムーンを一瞥した。にべもなく振られた手が、早く出て行けと言外に命じる。失礼な態度にレジーナは苛立ち、椅子から身を乗り出したが、隣のムーンは彼女を小突いて止めた。
「……なら、手っ取り早くこうしよう」
 彼は何気ない調子で答えると、懐に手を忍ばせて素早く銃を取り出す。そしてテーブルの下から、グシオンの腹部を狙って真っ直ぐに構えた。安全装置を外すカチリという音が、同じ場にいる全員の耳に届く。
「ちょっと、ムーン!」
 あまりに直接的過ぎる脅迫に、レジーナは飛び上がって非難した。さしものグシオンも、顔を強張らせ胸の前で両手を広げている。
「おいおいおい……野蛮なこったなぁ、優秀なエージェント様ともあろう者がよ!」
「静かに。それとも無理矢理黙らされたいか?股間か、鳩尾か……足の先から順に試してもいいな」
 大声で抗議するグシオンを睨み、彼は冷酷に言い放った。それから周りの客たちに視線を配り、優雅に足を組み替えて余裕のある仕草を見せる。
「ハァ~……分かったよ。話す、話します」
 とうとうグシオンも諦め、降伏宣言と共に情報提供者になることを約束した。ムーンは少し驚いたふりをしてから、再び無駄のない動作で銃を仕舞い、ジャケットの乱れを直す。逃れようのない状況に陥ったという事実に、グシオンは重苦しい溜め息を吐き、両足を思い切り投げ出してだらしない姿勢を取った。
「んで、何を知りたいって?」
 聞きながら、ブランド物のシガレットケースからタバコを抜き出して咥える。が、瞬時に伸びてきたレジーナの指が、ケースごとそれを引ったくった。
「おい」
「禁煙よ、ここ」
 刺々しい口調で指摘されて、グシオンは迷惑そうに舌を打つ。一方のムーンは二人のやり取りを無視し、早速とばかりに尋問を始めた。
「君はセイガについて、どの程度知っている?顔を見たことはあるか?直接、話したことは?」
「さ~てな……知ってると言えるかどうか……俺にもよく分からねぇ」
「どういう意味だ?簡潔に話してくれ」
 グシオンは金の瞳をぐるりと回して冗談めかすが、自分でも無謀な試みだと分かってもいた。故に、彼はムーンから冷たく睥睨されただけで態度を変え、無礼を詫びるつもりで肩を竦める。
「わーったよ、ったく……じゃ手短に言うがな、要するに俺も、あんたらと同じ目的を持ってるってことだ」
「同じ目的?」
「そ。俺もセイガって野郎を探してんだよ。つっても俺の場合、ビジネスのコネクションを求めての話だけどねー」
 眉を顰めて繰り返すレジーナに、彼は指を一本突き付け肯定を示す。話の核心が掴めないムーンは、指先で眼鏡を押し上げて問うた。
「セイガに会えば、仕事を分け与えてくれるということか?つまり君は、奴の仲間になりたいと?」
「カカッ、まさか!馬鹿言うなよ、ムーンさん。俺は今更、誰かの下につく気はねぇ」
 長い間奴隷同然に扱われ、苦しんできた自分には考えられないことだと、グシオンは偉そうにせせら笑う。彼はもったいぶった動きで背を反らし、椅子に体重を預けてから退屈紛れにコーヒーをかき混ぜた。
「それに、あれほどの男が、易々と身内を増やすとも思えねぇしな」
「何?」
 独り言じみて落とされた呟きを、ムーンは耳聡く拾い上げて眉を寄せる。彼の視線の先にいるグシオンは、眠たげに半分閉ざした金の瞳から油断のない眼差しを彼に注いだ。ムーンが堂々と見つめ返すと、彼はしばし沈黙した後おもむろに口を開く。
「あんたらは、どこまで知ってんの?」
「セイガのことについて?正直、君の半分にも及ばないだろうね。僕たちが知っているのは、セイガという名前の若手投資家が、何らかの不法な手段で暗躍しているということだけ。彼は様々な犯罪組織への投資で、莫大な富と名声を確立した。そして今は、ここアメジストへの進出を狙い、既に目的を果たしつつある」
 グシオンの率直な問いを受け、ムーンも同じく虚勢を張らずにありのままを打ち明ける。一切揶揄う余地のない真面目な返答がつまらなかったのか、グシオンは呆れ果てて頭を振っていた。
「間違っちゃいねぇが、本当に半分にも満たねぇんだな。どこで調べた?インターネットか?」
 かと思えば、思い切り挑発的な言葉を投げかけられて、レジーナは怒りを爆発させそうになる。しかし、ムーンはあくまで冷静さを保っていた。
「ま、無理もねぇか……セイガと繋がりを持ってんのは、裏の社会でも第一級の大物だけだ。あんたらが手懐けてるような、耳っちい小悪党に突き止められる相手じゃねぇ」
「君だってその、耳っちい小悪党の一人じゃないか」
「おぉ、言うねぇ~」
 明らかにこちらを嘲弄している発言にも、ムーンは辛辣な意見で反撃する。しかし、グシオンは激昂するどころか、歯を剥き出してケタケタと笑っていた。
「カカカッ、まぁ俺の場合は広く浅く、愚直にコツコツ顔売ってた成果だなー。そのスジの情報屋でも見つけたら、後は酒でも飲ませて上手いこと……ってやつだよ」
「それで、何が分かった?セイガはどういう人物なんだ。何故、アメジストを狙っている?」
「さぁ、そこまでは知らねぇけど……って、本当だぜ?この後に及んで嘘なんかつかねぇよ」
 彼はそこで一旦区切ると、また銃口を向けられる前にと先んじて弁解する。ムーンは黙って眼鏡越しに赤い瞳を覗かせ、疑ってるわけではないことを伝えた。安堵に胸を撫で下ろしたグシオンは、気を取り直して説明を再開する。
「とにかく、俺が聞いたのは、奴はアメジストの出身ってことだ。この街で生まれて、すぐに出てった。こっちに戻ってきたのは、要は里帰りみたいなもんだって、馴染みの店でこぼしてたらしい。ちなみに俺が捕まえた情報屋ってのは、その店の副店長なんだけどな」
 有益な情報を持っている人物を探し出したら、次はごく自然に近付いて、酒でも飲ませてしまえば仕事は完了。生きる蛇口と化した相手から、知りたいと思う事柄をいくらでも語らせることが出来る。もちろん、それは誰にでも可能な技ではなかった。頭では理解していても、実行するのは酷く難しい芸当の一つだ。にも関わらずグシオンは華麗な成功を収め、結果を誇ることもしないで、ニヒルに口角を上げていた。
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