M00N!! Season2

望月来夢

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グシオンの思惑

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「セイガは生まれ故郷アメジストに、また戻ってきたってわけだ。何のためかは知らねぇが、そう長くいるとも思えねぇ。暮らしてた時間で見りゃ、ハデスかヘルヘムのがよっぽど長いんだからな……パーッと暴れて派手に稼いだら、すぐに古巣に帰るんだろ。ここじゃ、どんなに頑張ったって首都に代わるほどの儲けは出ねぇからな~」
 グシオンは椅子の背もたれに腕を引っ掛け、大儀そうに呻いて肩を竦める。彼は散々勝手に好きなことを喋った後、唐突に二人に向き直ると早口に付け足した。
ヘリオス・ラムダあんたらもいることだしな」
 分かりやすい媚びへつらいに、ムーンは全く反応を返さない。何かを深く考え込んでいる様子の彼に代わり、レジーナが口を開いた。
「セイガは他の街で、どんな連中と関わってきたの?金になるなら手段は問わない、合理的な性格らしいけど」
「合理的っつか、もはや変態だな。超がつくほどのサド侯爵さ」
 彼女の言い分では生ぬるいと、グシオンは手を振って否定する。
「奴はコッチの社会でも指折りの冷血漢だ。テロ活動、人身売買、臓器売買、麻薬の流通……世に犯罪と憎悪の種を撒くためなら、どんな顧客だって歓迎する。時には多少足が出ても、太っ腹に援助してくれるそうだ。全く、あんたらの社長ボスとは正反対じゃねぇか。奴は皆の先頭に立つ英雄じゃなく、陰に潜む指導者フィクサーのつもりなんだから。ほら、確か映画でもあったな?ゴッドファーザーとかジョー何とかっていう」
「ゴッドファーザー……」
 彼はふざけて例えを用いたが、それこそがムーンの脳に決定的な閃きを与えた。彼は以前にも、その単語を耳にしたことがあると思い出したのだ。あの時、あの男メレフを追い詰めて尋問した時に。
『私には、スポンサーがいた。莫大な金と、情報網で裏の世界を牛耳る……洗礼者ゴッドファーザーのような男がな』
 彼は何者かに狙撃される直前、確かにその言葉を使っていた。だが、詳細を確認するよりも早く、飛来した銃弾が全てを葬り去ってしまった。結局、正確なことは何一つ分からず、現在まで謎として記憶の中に残っている。
 しかし、グシオンの情報が真実ならば、やはりメレフの背後にいたのはセイガである可能性が高い。もしかしたら、彼はメレフの一件がきっかけで、アメジストに食指を伸ばしたのかも知れなかった。多額の金を注ぎ込んで支援した事業が失敗したために、今度こそは成功に導き、損失を取り戻そうと画策している……
「ということか?」
「だから、そこまでは知らねぇって。俺に聞くなよ」
 思わず独り言ちるが、グシオンは憮然としてあしらうだけであった。ムーンは彼の反論には答えず、再び思索の沼へと頭から沈んでいく。仕方なしに、もう一度レジーナが質問を投げかけた。
「あなたの話が嘘ではないという証拠はあるの?」
「ないよ」
 冷淡な声音で尋ねてくる彼女を、グシオンはさも当たり前のように見遣る。鼻を鳴らして軽蔑の表情さえ浮かべる彼に、レジーナの頬が苛立ちでひくついた。彼女の気持ちを鋭く察したグシオンは、両方の手で顔を支えながら続ける。
「逆にあると思ったのか?姉ちゃん。俺だって、奴の顔を直接拝んだことはねぇんだぜ?都市伝説みたいなもんだよ。実在するのかも分からねぇ……だからこそ、確かめてみたいと思わないか?実しやかに囁かれる噂話が、本物かどうか」
「オカルトに付き合っている暇はない。その程度の信憑性なら、話を聞くだけ無駄だったようだな。行こう、レジーナ」
 軽薄な態度が気に障ったのか、唐突にムーンが口を挟むと、レジーナの腕を取って椅子から立ち上がらせる。
「おい待てよ!!」
 そのまま店を出て行こうとした彼らの背中に、グシオンの大声が浴びせられた。彼はツカツカと革靴を鳴らして追ってくると、ムーンの肩を強く掴み力尽くで振り返らせる。どうやら、信頼を得られなかったことが相当不満だったらしい。
「無理矢理口割らせといて、挙句がこれか?こっちだってリスク負ってんだよ。あんたらみたいな連中にペラペラ喋ったのがバレたら、俺が面倒なことになる」
「だったら尚更信じられないな。奴らの敵になることを恐れて、出まかせの嘘八百を並べ立てたのではないと、どうやって証明する?」
 押し殺したような声で主張する彼に、ムーンはゆっくりと、しかし有無を言わさぬ調子で首を振ってみせた。グシオンは腹立たしげに眉を寄せ、今にも怒号を発しそうではあったが、咄嗟に踏み留まって自制する。
「……ペン、貸せ」
 彼の要望に、ムーンは応えることが出来なかった。目顔でさりげなく訴えられ、呆れた様子のレジーナが愛用の万年筆をグシオンに渡す。グシオンはすぐさま付近のテーブルから紙ナプキンを一枚取ると、紙面に何やら絵図のようなものを描き始めた。そこにはたちまち、不格好ながらも簡潔で明瞭な地図が表れる。彼は最後に息を吹きかけてインクを乾かすと、ムーンに紙を差し出した。
「アレキサ地区にあるキャサリンってハプバー。看板や店名は出てねぇ。入り口のイルカのネオンが目印だ。バックヤードの奥に地下通路があって、その先にVIPだけが入れる特別室があるんだと。セイガのアジトはそこだ。俺の話が嘘か本当か、そこに行ってみりゃ分かんだろ?」
 ムーンは受け取った物をスーツの内ポケットに仕舞うと、彼の瞳を見つめた。
「君は行ったのかい?」
「何度かな。だけど結局、会えず終いさ。あんた、もしセイガに会ったら、後で俺にも教えてくれよ。儲かるビジネスについて、二人で論じるんだから、なっ」
 グシオンは馴れ馴れしくムーンの背中を叩くと、先程までの憤りも忘れて、大股に歩いて店を後にする。勘定を払っていかなかったと、レジーナが発見した頃にはもう遅かった。
「全く、本当にどうしようもない男ね……食い逃げだなんて、今度会ったら張り倒してやるわ!」
 駅まで歩く道すがら、レジーナが悔しげに自身の拳を掌に打ち付ける。苛烈な反応に苦笑いをこぼしつつ、ムーンは彼女を宥めた。
「まぁまぁ、いいじゃないか。彼のおかげで、貴重な情報が得られた。早速今夜にでも行ってみるよ」
「待ってよ、ムーン。あんな男の言葉を信じるっていうの?」
 平然と語るムーンだったが、レジーナはそう簡単には納得しない。彼女は突然彼の前に立ち塞がると、彼を激しく詰問した。ところが、彼女はすぐに反駁されて口ごもってしまう。
「逆に君は、どうして信用しないんだ?」
「どうしてって……」
 あまりにも淡々と尋ねられたことに戸惑い、レジーナは少しの間躊躇ってから、根拠となり得る要素を抜き出して捲し立てた。
「私たちが必死で調べても、セイガの情報は見つからなかったのよ!?アメジストに来ていることすら、あなたから聞くまで掴めなかった!それなのに、あんな三下の小悪党が、口が上手いってだけで簡単に辿り着けるものかしら?信頼がどうとか言ってたけど、大体あの男からして、胡散臭さの塊じゃない!」
「君の言い分も分からないでもないけど……僕は、彼の意見にも同意出来るよ」
 彼女はすかさず訴えるが、ムーンはあくまで形ばかりの共感しか示さない。彼は不思議そうに首を傾げるレジーナを見下ろし、慎重に説明を加えた。
「裏の世界は、表の世界よりも格段に用心を必要とする。大きな事件や巨額の金が絡む話なら、余計にね。だから、君の情報網にセイガのことが引っかからないのも、当然と言えばその通りなんだ。今日昨日出会ったばかりの他人に、打ち明け話をする者は滅多にいないからね。でも、グシオンはそんな相手の懐に易々と入り込んだ。それだけで、彼の能力の程度は十分理解出来る」
 彼ほどに頭が切れて、対人スキルの高い人物はヘリオス・ラムダにも多くはない。ましてや、レジーナでも調べられない情報を握っているというのは、アメジスト全体においても稀なはずであった。その彼にムーンを欺くつもりがあったのなら、もっと強固な証拠なり担保なりを用意している方が自然だろう。疑われる危険を冒してわざわざ下手な嘘をつくというのは、彼の知能と技術に見合わない愚行だった。
「で、でも、適当なことを言ったのではないと、どうやって分かるの?罠かも知れないじゃない」
「……やってみれば分かるさ」
 とはいえ、ムーンのほとんど博打じみた考えを、レジーナが諾えないも当たり前のことではある。彼は次第に説得するのも面倒になってきて、適当な返事で議論を切り上げるとスタスタ歩き出した。レジーナは慌てて、彼の後を追いかける。
「待ちなさい!」
 ヒールの音が小走りについてくるのを聞く傍ら、ムーンは無意識に懐に手を伸ばし、突然立ち止まる。真後ろに迫っていたレジーナが、止まりきれずに彼の背に衝突する。
「痛っ、何よ!」
「……銃がない」
「えっ!?」
 二人は素早く振り返るが、無論そこにグシオンがいるわけはなかった。ただ休日の昼間の、晴れ渡った空と真っ直ぐに伸びた道があるだけだ。忙しなく行き交う人々の狭間に、彼の特徴的な姿が隠れていることもない。
「全く……手癖の悪い猿だ」
「あっ、私も万年筆盗られたわ!!」
 恐らく、背中を叩かれた隙にポケットから掠め取られたのだろう。相変わらずの早業に、ムーンは怒りを通り越して感心を覚える。同様に愛用の品を盗まれたレジーナも、憤激の叫びを上げたが今となってはなす術もなかった。
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