M00N!! Season2

望月来夢

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妙案

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 アレキサ地区のハプニングバー、キャサリンにはもう一つの顔がある。
 簡潔に言えば、レンタルスペース。月額制の会員費を払っている客たちに、要望に応じて部屋を貸すというシンプルかつ重要な事業である。
 会員たちは支払いさえ忘れなければ、目的や用途に応じて、様々な種類の部屋を無制限に借りることが出来た。一方で、店側は徹底した守秘義務を貫いているため、室内でたとえ何が起ころうとも外には決して漏れない。仮に殺人の現場に選んでも、銀行強盗の計画を相談しても、誰にも気付かれる危険性はなかった。剰え、金額次第ではオプションを追加することも可能になっている。
 故に、このサービスはアメジスト中の様々な権力者に愛用され続けてきた。表立っては話せない、非人道的で残虐な趣味嗜好を持つ金持ち。何かしらの便宜を図ってもらおうとする事業家と、彼らからの“贈り物”を懐に入れる政治家。そして、常に警察やヘリオス・ラムダの目に怯えて生きる、裏社会の大物連中。山程の資金と、ちょっとした“ルール”さえ守ることの出来る者なら、大抵はこの店の恩恵に預かっていると言っても過言ではなかった。
 ムーンが偶然知り合った女性フェンリルも、数少ないVIPの仲間らしかった。尤も、彼女の場合は、太客が半ば親切心で会員費を払ってくれているだけなのだが。とはいえ、従業員たちにとっては、サービスの対象である事実に変わりはない。初めはフェンリルを見下していた警備員も、カードが本物と分かるや否や態度を翻した。彼が所持したトランシーバーで同僚に連絡すると、瞬く間に部屋が整えられたと報告が挙がってくる。結果、二人は速やかに開いたドアの奥に通され、細い通路を直進して、突き当たりのエレベーターに乗り込むことが出来たのだった。
 数分後、何事もなく割り当てられた部屋に入り、ムーンはほっと溜め息をつく。
「ふぅ、作戦成功!」
 中央に置かれたベッドに背中からダイブして、フェンリルが拳を掲げた。ムーンはストライプ柄の壁にもたれて、乱れた前髪を直しつつ応じる。
「驚いたよ。まさか、君がVIP会員だったとはね」
権利カードを持ってるってだけだよ。どっかの金持ちのバカが、気を遣ったつもりで支払ってくれてるだけ。あたしは、危険なことに巻き込まれたくなかったから、今まで一回も使ってなかったけど。オジサンを驚かせたくて、ギリギリまで黙ってたんだ~」
 彼女は悪戯が成功した子供のように、楽しそうに笑っていた。ムーンはそれには反応を返さず、黙って室内を観察する。
 彼らに与えられた部屋は、ビジネスホテルかと見紛うほど小綺麗で整頓された空間だった。というこの建物全体が、清潔で落ち着いた雰囲気に保たれているらしい。エレベーターも廊下も、決して広くはなく小規模ではあったが、暖かみのある穏やかな内装で統一されていた。唯一の欠点は、隣のビルとの距離が非常に近いせいで、窓からの眺めを味わえないことだろうか。
「でも、あんた本当に仕事なんてもらえるの?」
 そんなことを考えていると、突然フェンリルからの質問が飛んできた。ムーンは部屋中のチェックを中断すると、彼女の方を振り返って先を促す。
「あたしだったら、知らない相手に急に押しかけられたら、警戒すると思うけど。それも、こんなところで」
 フェンリルは肩を竦め、彼に疑うような眼差しを注いでいた。ムーンは適当に嘘をついた過去の自分を恨みながら、言い訳を探してしばし沈黙する。
「……まぁ、そうかも知れないね」
 だが、彼は何も尤もらしい返事を見つけられずに、渋々と頷くことしか出来なかった。その苦々しい声音を聞いたフェンリルは、何故か得意になって上体を反らす。
「でしょ?それに、客同士の接触は禁止されてる。勝手に部屋を出たら、すぐに警報を鳴らされるよ。必ず、内線で連絡を入れなきゃ」
 指摘されるまでもなく、この店の規則についてはムーンも警備員から伝えられていた。例えば、他の部屋を決して訪れてはならないこと。エレベーターに乗ったら真っ直ぐに与えられた部屋に向かうこと。帰りの際もフロントに一報を入れ、見送りをつけること。更には、店の存在や場所、中で見聞きした全てを一切他言しない、などなど挙げていけばキリがない。最後に、細かな約束の一つでも守れなければ、相当の“ペナルティ”が課せられると警告までされた。
 また、客たちの行動を確認するために、エレベーター内や廊下には無数の監視カメラが設置されているらしい。どのカメラも部屋の出入り口に焦点を当てているから、別の部屋に近付けばすぐに気付かれてしまう。そもそも、ムーンは本当にセイガのアジトがここにあるのかも、何号室なのかも知らないのだからどうしようもなかった。
「ってかあんた、相手の部屋知ってるの?」
 タイミングよく、フェンリルからも同じことを問われる。今度は誤魔化しも叶わずに、ムーンはキッパリと首を振った。
「いいや。分からない」
「じゃあ、どうするの?片っ端から調べる?」
「いや、それは無理だろう。どうしてもカメラに映ってしまう」
 ムーンは自身の顎に手を当てて、しばらくの間思案した。フェンリルはそれをひたすら無言で眺めている。彼女の視線を感じながら、彼は己の記憶を掘り起こす作業に集中した。部屋までの道のりと、大量に置かれたカメラの位置と数、死角になり得る場所、何もかもを正確に想起しようとする。そして、前触れもなく閃いた。
「そういえば、すぐそこに非常階段があったな。307号室の向かいに」
「え?あぁ、うん、よく覚えてるね」
 彼の唐突な発言に、フェンリルは驚き半ば無意識に同意する。しかし、正直なところほとんど理解が追いついていなかった。ムーンは彼女を咎めることなく、自分の思考にどっぷり沈んだまま早口に捲し立てる。
「僕の記憶が間違っていなければ、階段の周辺にカメラは設置されていない。306との境界にも、かなり広い死角があった……」
 フェンリルが部屋のドアを開ける直前、彼はさりげなく辺りを見渡し、監視の有無を確認していた。というか、彼は地下の扉を潜って以降ずっと、あらゆる事柄に絶えず気を配ってきたのである。その鋭い観察眼と記憶力が衰えていなければ、一台のカメラにも捉えられない移動も、恐らく理論上は可能となる。問題は、その前にあった。
「でも、部屋から出られないんじゃ、意味なくない?」
「そうだな……あぁ、違う。それは問題ない」
 彼女の言う通りだと、ムーンは頷こうとして慌てて踏み留まる。必死に頭を働かせたついでに、もう一つ、忘れていた事実を思い出したためだ。
「どういうこと?」
「フェンリル、あと一つだけ、僕の頼みを聞いてくれないか?」
 訝しげに瞬く彼女に近寄り、ムーンは優しく頼み込む。彼の言わんとするところを察しかねて、フェンリルはまたもや端正な顔を顰めた。彼女の前で意図的な笑みを浮かべたムーンは、眼鏡の奥の瞳を煌めかせ、挑戦的に言い放つ。
「いいことを思い付いたんだ」
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