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束の間の別れ
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「あ、もしもしー」
洗面所から出てきたフェンリルが、ベッド脇のチェストに置かれた内線電話に歩み寄る。
「もう帰るから。送りをお願い……あぁ、いいのいいの。あんなオジサン、どうせカモだったし。クスリで眠らせてあげたから、一晩は起きないと思う。うん……あー、待って。やっぱりメイクも直す。うん、五分後に来て。よろしく~」
彼女は片手で器用にイヤリングを直しつつ、反対の手で受話器を取り上げ、フロントに連絡した。慣れた様子で喋る彼女に、相手もまた淀みなく応対する。
『かしこまりました。それでは、五分後に伺います』
フェンリルは無言で頷いて、速やかに通話を終了させた。カチャッという軽い音を聞き付け、ベッドに腰を下ろしていたムーンは素早く立ち上がる。
「ありがとう、フェンリル。君にはとても」
「だからそういうのウザイって、オジサン」
せっかくの礼を、無情にも彼女はたった一言で瞬殺した。
「う、うざ……」
娘と同じ年頃の女の慈悲のない罵倒に、思わずムーンは衝撃を受ける。しかし、彼女は全く意に介さず、手鏡を見ては口紅を引き直していた。
「ねぇ、最後にさ、あんたに聞きたいことがあるんだけど」
「何だい?」
「あんたが会いたいって相手は誰なの?」
反問したムーンに向かって、彼女は一足飛びに核心に触れる質問を投げかけた。彼がすぐには答えないでいると、フェンリルは鏡とコスメをバッグに放り込み、くるりとこちらを振り返る。
「本当に、知りたいのかい?」
ムーンは一つ慎重に瞬きをして、牽制するように彼女の目を見据えた。だが、フェンリルは決して怯まない。彼と冷静に対峙し、芯のある声音で言い返した。
「そんなわけない。あたしは面倒が嫌いだから。余計なことに首突っ込んで、巻き込まれるなんて嫌……だけど、あたしだってこの街で、もう何年も商売してんだよ。空気の変化や、騒動の前兆になりそうなことは、大体分かるつもり。勘っていうのかな。それが、働くの。上手く言えないけど」
彼女は首を横に振り、わずかに俯いてから話を再開する。
「最近は特に、危険な連中が増えた。街の外から大量に入ってきた連中が、みんなの暮らしを壊してる。あたしの同業だって、この前顔も知らない誰かにいきなり殴られたって言ってたし……元々些細だった幸せとか平和が、もっともっと減っていって、手からこぼれていくみたい」
フェンリルはブレスレットをカチカチと鳴らして、自身の手を持ち上げた。そのまま掌を凝視している彼女を、ムーンもまた穴が空くほどじっと見つめてしまう。街の治安が乱れているだなんて、そんな情報は今までどこからも上がってきていなかったからだ。市民の平穏な生活や命そのものまでが脅かされているなどという話は、レジーナも組織の幹部たちも、誰一人として口にしてはいなかった。もし彼らの認識が誤りで、グシオンやフェンリルの方が事実を知っているのだとしたら、組織はあまりにも後手に回り過ぎていることになる。状況は、ムーンが思っているよりも遥かに深刻なのかも知れなかった。
「……あたしは、この街が好き。そりゃ、こういう仕事してるから、辛い思いをすることも多いけど。だけど、やっぱり離れられないんだ。だから、あんたに力を貸した。見極めるために」
「僕を、試したのか?」
驚愕を隠しきれないムーンを、フェンリルは鋭い眼差しで射抜いた。彼女は長い睫毛を上下させ、唇を引き結んで彼を睨む。頭の切れる彼女は、彼の目的がただの金儲けではないことをとっくに看破していたのだろう。
「正直に答えて。あんたの仕事は、街に災いをばら撒くこと?それとも……」
彼女は低い声色で、物静かに問いかける。同時にゆっくりと足を前に出して近付くが、ムーンは逃げることも言い訳もせず、じっとその場に佇んでいた。二人の距離がどんどんと縮まっていく。
直後、礼儀正しいノックが響き、彼らの鼓膜を震わせた。きっかり五分経ったことを確かめたフロントが、彼女を迎えにやって来たのだ。不審に思われないよう、フェンリルは急いでドアに駆け寄る。レバー式のノブを掴む彼女の手を、ムーンは背後からそっと押し留めた。そして、潜めた声で囁きかける。
「僕だって、この街の住人だ。僕の仕事は、災いを為す者に弾丸を撃ち込むこと。そのために、ここに来た」
彼の言葉を聞いたフェンリルは、はっと息を飲んで彼を見上げた。しかし、もう時間がない。ムーンはドアロックを外すと、数歩後退して近くの壁に背をつける。それから左手の小指に嵌めた指輪を、指先で二度タップした。
「さぁ、開けて」
言われるまでもなく、フェンリルはノブを引き重量のある扉を開ける。
「出口までお見送り致します」
彼女の姿を認めた途端、待機していた従業員が慇懃な態度で頭を下げてきた。深緑の帽子とコートとを纏った、ホテルマン風の服装の男だ。フェンリルは鷹揚に頷くと、もったいつけた足取りで部屋を後にした。支えを失った扉が、重みに従って自動的に閉まる。
その刹那、隙間からぬるりともう一つの影が滑り出た。にも関わらず、従業員の男が感知することはない。実のところ、影は扉が開く前からフェンリルのそばに立ち、今もまだ彼女の背後にピッタリと寄り添っているのだが、気付く者はいなかった。彼が左手に装備している、魔法のアイテムの効果である。
“不可視の魔法”。文字通り、使用者の姿を不可視にする力を持っている。剰え、肉眼だけでなく、映像や遠赤外線カメラの映像をも欺くことが出来る優れ物だ。ただしあらかじめ、その手の魔法に対する対抗の魔法が仕掛けられていなければ、の話ではあるが。開発者のパトリックが無駄に探知対策の精度を高めたせいで、肝心の発動時間が三十秒と異常な短さになっている点も、欠陥の一つだった。
とはいえ、全く使い道がないわけでもない。ムーンは制限時間内で確実に事を終わらせるため、息を殺してフェンリルの横を通り過ぎた。
「こちらです」
従業員はやたらと大袈裟な手振りで、エレベーターまで彼女を導く。来た時に使っているのだから場所は知っているというのに、わざわざ示すとは馬鹿丁寧でいっそ腹立たしい。男の眼差しからどことなく溢れる、軽蔑の気配も癪に触った。やはりどれだけ取り繕っても、商売女だからと見下す気持ちは抑えきれないのだろう。尤も、月額料金すら客に肩代わりさせている身分としては、仕方のない待遇なのかも知れなかった。もちろん、かといって何も思わずに受け流すのも不可能ではあるが。
彼女が愛想笑いをひくつかせた瞬間、ムーンは行動を開始する。男の首に背後から腕を回すと、自分の方へと思い切り引き寄せた。見事カメラに映らない一角に連れ込むと、力に任せて男の気道を圧迫する。
「ぐっ!?」
男は呻いて暴れようとしたが、ムーンの技に敵うはずもない。彼の意識はすぐに朦朧とし、その後呆気なくぶつりと途切れた。男の体から力が抜けたのが分かると、ムーンは素早く腕を解き相手を床に転がす。
「……あんた、やっぱり普通じゃないんだね」
魔法の効果が切れ、姿の現れた彼を一瞥して、フェンリルが呟いた。作戦を把握していた彼女は、透明な犯人に襲われもがき苦しんでいる従業員を、悠々と傍観していたのである。
「あんたって、もしかして」
「動かないで。そう。それ以上こっちに来ちゃいけない」
こちらへ歩み寄ろうとした彼女に、ムーンは止まれと手で伝えた。彼女にまでカメラの埒外に出られたら、見張りの者たちに怪しまれ、確認に来られてしまう。
「君の協力には必ず、相応の謝礼を支払う。だから、どうか今夜のことは忘れてくれ。永遠に」
ムーンは彼女の方を振り向かぬまま、淡々と作業を続けた。自然な体勢になるよう、男の手足を折り曲げ、弾みでポケットからこぼれた業務用端末を拾う。指紋認証でロックを解除すると、全画面に現在の部屋の使用状況と客の情報とが表示された。ムーンは己の携帯でそれを撮影し、男のスマートフォンを元通りに仕舞う。一連の動作をしている彼の背中に、フェンリルからの声がかかった。
「オジサン、そいつの時計も盗って」
「え?」
「友達が欲しがってたの。あたしへの謝礼は、それでいいよ。例の大金なんか、やっぱり必要ない」
驚いて振り返ると、彼女は軽く顎をしゃくって倒れた男の左腕を指した。ムーンは言われた通りに、男の手から時計を外し床の上を転がして彼女に渡す。
「だが、多分これは盗品だ。大した値打ちじゃない」
「いいの。これと見込んだ相手には、採算度外視で協力するべき、だから。これ、友達の言葉」
意外な返答に彼は驚き、立ち上がって彼女を見つめる。フェンリルは腕を組んだ姿勢を保ち、顔を背けながら首筋を撫でていた。その仕草や表情はいかにも不満そうで、本当は眼前の利益を損ないたくないと思っていることが明白に察せられる。だが、己の欲望以上に友人とやらの言に従いたい意思が強いらしい。
「ってことで、ツケにしとくから。よろしく~」
彼女は懸命に葛藤を断ち切り、不満を押し込めると、割り切った調子で別れを紡いだ。ムーンが何か返事をするのも待たず、彼女は下手なウィンクと共に手を振って、軽快な歩みで去っていく。取り残された彼は、気絶した従業員以外誰もいない廊下に、ぽつんと一人立ち尽くしていた。ふと目線を下に落とすと、毛足の長いカーペットに点々とけばが立ち、彼女のヒールが踏み付けた跡を克明に表していた。
洗面所から出てきたフェンリルが、ベッド脇のチェストに置かれた内線電話に歩み寄る。
「もう帰るから。送りをお願い……あぁ、いいのいいの。あんなオジサン、どうせカモだったし。クスリで眠らせてあげたから、一晩は起きないと思う。うん……あー、待って。やっぱりメイクも直す。うん、五分後に来て。よろしく~」
彼女は片手で器用にイヤリングを直しつつ、反対の手で受話器を取り上げ、フロントに連絡した。慣れた様子で喋る彼女に、相手もまた淀みなく応対する。
『かしこまりました。それでは、五分後に伺います』
フェンリルは無言で頷いて、速やかに通話を終了させた。カチャッという軽い音を聞き付け、ベッドに腰を下ろしていたムーンは素早く立ち上がる。
「ありがとう、フェンリル。君にはとても」
「だからそういうのウザイって、オジサン」
せっかくの礼を、無情にも彼女はたった一言で瞬殺した。
「う、うざ……」
娘と同じ年頃の女の慈悲のない罵倒に、思わずムーンは衝撃を受ける。しかし、彼女は全く意に介さず、手鏡を見ては口紅を引き直していた。
「ねぇ、最後にさ、あんたに聞きたいことがあるんだけど」
「何だい?」
「あんたが会いたいって相手は誰なの?」
反問したムーンに向かって、彼女は一足飛びに核心に触れる質問を投げかけた。彼がすぐには答えないでいると、フェンリルは鏡とコスメをバッグに放り込み、くるりとこちらを振り返る。
「本当に、知りたいのかい?」
ムーンは一つ慎重に瞬きをして、牽制するように彼女の目を見据えた。だが、フェンリルは決して怯まない。彼と冷静に対峙し、芯のある声音で言い返した。
「そんなわけない。あたしは面倒が嫌いだから。余計なことに首突っ込んで、巻き込まれるなんて嫌……だけど、あたしだってこの街で、もう何年も商売してんだよ。空気の変化や、騒動の前兆になりそうなことは、大体分かるつもり。勘っていうのかな。それが、働くの。上手く言えないけど」
彼女は首を横に振り、わずかに俯いてから話を再開する。
「最近は特に、危険な連中が増えた。街の外から大量に入ってきた連中が、みんなの暮らしを壊してる。あたしの同業だって、この前顔も知らない誰かにいきなり殴られたって言ってたし……元々些細だった幸せとか平和が、もっともっと減っていって、手からこぼれていくみたい」
フェンリルはブレスレットをカチカチと鳴らして、自身の手を持ち上げた。そのまま掌を凝視している彼女を、ムーンもまた穴が空くほどじっと見つめてしまう。街の治安が乱れているだなんて、そんな情報は今までどこからも上がってきていなかったからだ。市民の平穏な生活や命そのものまでが脅かされているなどという話は、レジーナも組織の幹部たちも、誰一人として口にしてはいなかった。もし彼らの認識が誤りで、グシオンやフェンリルの方が事実を知っているのだとしたら、組織はあまりにも後手に回り過ぎていることになる。状況は、ムーンが思っているよりも遥かに深刻なのかも知れなかった。
「……あたしは、この街が好き。そりゃ、こういう仕事してるから、辛い思いをすることも多いけど。だけど、やっぱり離れられないんだ。だから、あんたに力を貸した。見極めるために」
「僕を、試したのか?」
驚愕を隠しきれないムーンを、フェンリルは鋭い眼差しで射抜いた。彼女は長い睫毛を上下させ、唇を引き結んで彼を睨む。頭の切れる彼女は、彼の目的がただの金儲けではないことをとっくに看破していたのだろう。
「正直に答えて。あんたの仕事は、街に災いをばら撒くこと?それとも……」
彼女は低い声色で、物静かに問いかける。同時にゆっくりと足を前に出して近付くが、ムーンは逃げることも言い訳もせず、じっとその場に佇んでいた。二人の距離がどんどんと縮まっていく。
直後、礼儀正しいノックが響き、彼らの鼓膜を震わせた。きっかり五分経ったことを確かめたフロントが、彼女を迎えにやって来たのだ。不審に思われないよう、フェンリルは急いでドアに駆け寄る。レバー式のノブを掴む彼女の手を、ムーンは背後からそっと押し留めた。そして、潜めた声で囁きかける。
「僕だって、この街の住人だ。僕の仕事は、災いを為す者に弾丸を撃ち込むこと。そのために、ここに来た」
彼の言葉を聞いたフェンリルは、はっと息を飲んで彼を見上げた。しかし、もう時間がない。ムーンはドアロックを外すと、数歩後退して近くの壁に背をつける。それから左手の小指に嵌めた指輪を、指先で二度タップした。
「さぁ、開けて」
言われるまでもなく、フェンリルはノブを引き重量のある扉を開ける。
「出口までお見送り致します」
彼女の姿を認めた途端、待機していた従業員が慇懃な態度で頭を下げてきた。深緑の帽子とコートとを纏った、ホテルマン風の服装の男だ。フェンリルは鷹揚に頷くと、もったいつけた足取りで部屋を後にした。支えを失った扉が、重みに従って自動的に閉まる。
その刹那、隙間からぬるりともう一つの影が滑り出た。にも関わらず、従業員の男が感知することはない。実のところ、影は扉が開く前からフェンリルのそばに立ち、今もまだ彼女の背後にピッタリと寄り添っているのだが、気付く者はいなかった。彼が左手に装備している、魔法のアイテムの効果である。
“不可視の魔法”。文字通り、使用者の姿を不可視にする力を持っている。剰え、肉眼だけでなく、映像や遠赤外線カメラの映像をも欺くことが出来る優れ物だ。ただしあらかじめ、その手の魔法に対する対抗の魔法が仕掛けられていなければ、の話ではあるが。開発者のパトリックが無駄に探知対策の精度を高めたせいで、肝心の発動時間が三十秒と異常な短さになっている点も、欠陥の一つだった。
とはいえ、全く使い道がないわけでもない。ムーンは制限時間内で確実に事を終わらせるため、息を殺してフェンリルの横を通り過ぎた。
「こちらです」
従業員はやたらと大袈裟な手振りで、エレベーターまで彼女を導く。来た時に使っているのだから場所は知っているというのに、わざわざ示すとは馬鹿丁寧でいっそ腹立たしい。男の眼差しからどことなく溢れる、軽蔑の気配も癪に触った。やはりどれだけ取り繕っても、商売女だからと見下す気持ちは抑えきれないのだろう。尤も、月額料金すら客に肩代わりさせている身分としては、仕方のない待遇なのかも知れなかった。もちろん、かといって何も思わずに受け流すのも不可能ではあるが。
彼女が愛想笑いをひくつかせた瞬間、ムーンは行動を開始する。男の首に背後から腕を回すと、自分の方へと思い切り引き寄せた。見事カメラに映らない一角に連れ込むと、力に任せて男の気道を圧迫する。
「ぐっ!?」
男は呻いて暴れようとしたが、ムーンの技に敵うはずもない。彼の意識はすぐに朦朧とし、その後呆気なくぶつりと途切れた。男の体から力が抜けたのが分かると、ムーンは素早く腕を解き相手を床に転がす。
「……あんた、やっぱり普通じゃないんだね」
魔法の効果が切れ、姿の現れた彼を一瞥して、フェンリルが呟いた。作戦を把握していた彼女は、透明な犯人に襲われもがき苦しんでいる従業員を、悠々と傍観していたのである。
「あんたって、もしかして」
「動かないで。そう。それ以上こっちに来ちゃいけない」
こちらへ歩み寄ろうとした彼女に、ムーンは止まれと手で伝えた。彼女にまでカメラの埒外に出られたら、見張りの者たちに怪しまれ、確認に来られてしまう。
「君の協力には必ず、相応の謝礼を支払う。だから、どうか今夜のことは忘れてくれ。永遠に」
ムーンは彼女の方を振り向かぬまま、淡々と作業を続けた。自然な体勢になるよう、男の手足を折り曲げ、弾みでポケットからこぼれた業務用端末を拾う。指紋認証でロックを解除すると、全画面に現在の部屋の使用状況と客の情報とが表示された。ムーンは己の携帯でそれを撮影し、男のスマートフォンを元通りに仕舞う。一連の動作をしている彼の背中に、フェンリルからの声がかかった。
「オジサン、そいつの時計も盗って」
「え?」
「友達が欲しがってたの。あたしへの謝礼は、それでいいよ。例の大金なんか、やっぱり必要ない」
驚いて振り返ると、彼女は軽く顎をしゃくって倒れた男の左腕を指した。ムーンは言われた通りに、男の手から時計を外し床の上を転がして彼女に渡す。
「だが、多分これは盗品だ。大した値打ちじゃない」
「いいの。これと見込んだ相手には、採算度外視で協力するべき、だから。これ、友達の言葉」
意外な返答に彼は驚き、立ち上がって彼女を見つめる。フェンリルは腕を組んだ姿勢を保ち、顔を背けながら首筋を撫でていた。その仕草や表情はいかにも不満そうで、本当は眼前の利益を損ないたくないと思っていることが明白に察せられる。だが、己の欲望以上に友人とやらの言に従いたい意思が強いらしい。
「ってことで、ツケにしとくから。よろしく~」
彼女は懸命に葛藤を断ち切り、不満を押し込めると、割り切った調子で別れを紡いだ。ムーンが何か返事をするのも待たず、彼女は下手なウィンクと共に手を振って、軽快な歩みで去っていく。取り残された彼は、気絶した従業員以外誰もいない廊下に、ぽつんと一人立ち尽くしていた。ふと目線を下に落とすと、毛足の長いカーペットに点々とけばが立ち、彼女のヒールが踏み付けた跡を克明に表していた。
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