M00N!! Season2

望月来夢

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攻防戦

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 薄闇に包まれた広い室内に、沈黙が流れる。ムーンには及ばないまでも、そこそこの高身長のセイガは、至近距離で彼の瞳を凝視していた。一方のムーンは、彼に気取られぬようさりげなく片足を引き、急所を庇ってからおもむろに尋ねる。
「宣戦布告……?何のために?君の目的は、一体何だ?」
「そこに置いてやっただろう」
 彼の疑問を、セイガは馬鹿馬鹿しいと嘲笑う。彼の視線の先には、ムーンが先程まで読み耽っていた、大量の資料が聳えていた。だが、それだけではムーンの困惑も消えない。
「古代遺物、不死鳥の心臓?本当にあるかも分からない、御伽噺じゃないか」
「いいや、存在する。調べれば分かることだ」
 彼の意見を、セイガはまたもや笑い飛ばした。明らかに相手を怒らせることが目的の態度だが、ムーンは決して挑発には乗らず、ただ質問を重ねる。
「手に入れて、何がしたい?」
「馬鹿か。そんなもの、決まっているだろう」
 セイガは彼を睥睨すると、感情の読めない侮蔑的な声色で答えた。罵倒されたムーンは、必死に頭を働かせて、記憶の奥に仕舞われていた情報を引っ張り出す。しかし、彼が口を開くよりも早く、セイガの自信と傲慢に満ちた大声が轟いた。
「フェニックスは時を操る大魔導師だ。不死鳥の心臓は、奴の叡智と秘術の結晶。その効果は……永遠の命!!」
「……あぁ、そうだったな」
 彼の叫ぶ、あまりにも突飛かつ非現実的な野望を、ムーンは否定も肯定も示すことなく受け止める。何故なら、彼はメレフとの一件で、伝説が現実に変わる瞬間を目の当たりにしていたからだ。似た考えを持つ者が再び現れたとしても、今度は驚愕などしなかった。
「『その雫一滴は千の病を直し、果実一口は万日の寿命を延ばす。全て食べ尽くせば不老不死の肉体を得る』……だったかな?心臓とは名ばかりで、実際の見かけはリンゴの形に似ている、とも言われているね」
「そうだ。老いることも死ぬことも、怪我で苦しむこともない。終わらない悠久の時を、無限に生きることが出来る!それが俺の望みだ」
 昔、娘に読み聞かせた童話の一節を暗唱すると、セイガは活力に満ちた面持ちで頷く。彼の声音や言動は、彼が伝説の存在を信じていることを明白に物語っていた。だからこそ、ムーンは戸惑いを覚える。
「あー……失礼だが、何故そんなことを?死ぬのが怖いのか?それとも、何か治療不可能な深刻な病を患っているとか?」
「それはお前たちに関係ない。知らせる義理も、必要性もないことだ。話したところで分からないだろう……つまりは、無意味だ」
 だが、彼の問いかけを、セイガは取りつく島のない調子で遮った。ムーンは尚更訳が分からなくなって、再び尋ねる。
「では、何故話したんだ?宣戦布告だとか言っていたが、要は僕らに、争奪戦のライバルになってほしいということか?」
「違う。事実だからだ」
 セイガは次こそ返答したが、やはりその内容は意味不明だった。ムーンはわずかに小首を傾げて、彼に先を促す。
「俺が果実を手中に収め、死を克服するのは変わりようのない事実!お前たちがいくら足掻こうと、起こることは避けられない。確定した未来だ!!」
 すると、セイガはブルーグレーの瞳を狂気に染め、昂った口調で異常なことを捲し立てた。奇怪極まりない思想と欲望に、ムーンはどう接するべきか判じかね、反射的に辺りを見回す。彼に向かって、セイガはもう一度、氷の刃のような視線を浴びせた。
「俺はお前たちを出し抜き、必ず潰す……不死鳥の心臓は、もうすぐ俺のもとに届く。邪魔は許さない。絶対にだ」
 低く紡がれたのは、紛れもない脅しであった。だが、ムーンはあくまで落ち着いた表情を保ち、セイガの瞳を覗き込む。
「……君は、それを伝えるために来たのか?全て打ち明ければ、僕たちは君の敵になるんだぞ?君みたいな頭のおかしい犯罪者を止めるのが、上から与えられた任務なんだからね」
 彼はもはや自らの正体を隠すことも、下手な誤魔化しを繰り返すこともしなかった。理由は簡単で、組織の存在を白状してでも、セイガの目標を突き止めたかったためである。何故、彼が不老不死の身体を求めるのか、どうしても知る必要があったのだ。
「あぁ、分かっている。最初からお前たちは俺の敵だ。だから教えてやったんだ。せめてもの花向けとして」
 セイガは酷薄な薄笑いでもって、ムーンを見下した。場の雰囲気が一変したことに、ムーンは即座に気が付き、視線で銃の在処を探る。
「特級エージェント、ムーン。まずはお前だ。その死をもって、手始めとしよう」
 わずかな音を立てて、彼の顔に銃口が向けられた。セイガは鍛え上げられた細腕を真っ直ぐ伸ばし、安定した姿勢でリボルバーの照準を定めている。殺意のこもった鋭い瞳が、ムーンの額の中央を射抜く。
「そうか……だったら、延期してもらうしかないなっ!」
 ムーンも合わせて、油断ない目付きを彼に送ると反撃を開始した。
「チッ」
 セイガが舌打ちと共に、引き金を引く。しかし、ムーンは彼の腕を押し上げて狙いを逸らすと、上体を屈めて回避した。空を切った銃弾は、彼のすぐ上を通り抜け、奥の窓ガラスを粉砕する。両側に寄せられていたカーテンが、風に吹かれてバタバタとはためいた。
 ひとまず無傷で済んだムーンだが、喜んでいる場合ではない。彼は咄嗟にセイガの拳銃を掴んだものの、存外に苛烈な抵抗に遭って困窮しているところだった。身長は彼の方が有利で、エージェントとしての格闘の経験もあるにも関わらず、セイガを抑え付けることは中々に難しい。瞬く間に巧みな身ごなしで攻撃され、ムーンはわずかによろめいた。その隙に放たれた弾丸が、彼の右手首を掠める。出血は少なかったけれど、スーツの袖口は破れ、皮膚にも火傷痕が刻まれてしまった。とはいえ、ムーンもただではやられていない。彼はセイガの腕の関節を捻って、薄く筋肉のついた背中に肘を叩き込んだ。左腕の銃創が弾みで引き攣れるが、アドレナリンが出ているのか、さほど痛みは感じない。そのまま抗う隙を与えず、セイガの肩を掴むと、キッチン横のカウンターに思い切り頭部を打ち付けてやった。しかし、セイガは諦めずに暴れ、ムーンの横腹に膝蹴りを入れる。不意を突かれたムーンは苦悶の呻きを漏らしつつも、どうにか体勢を立て直そうと試みた。ところが、セイガから華麗な回し蹴りと足払いのコンボを受けて、彼の体は吹き飛んだ。真後ろに置かれていた大きなカウチに衝突して、なす術なく床に転倒した。そこへ、すかさずまた銃弾が撃ち込まれ、カウチの革に穴が空く。慌ててかわしていなければ、ムーンのこめかみに同じことが起きていたに違いない。危うい状況に冷や汗をかく彼の視界に、自分が蹴飛ばしたハンドガンのグリップが映る。直後、考えるより先に体が動き、武器を拾って立ち上がっていた。本能に任せて発砲すると、セイガの手から銃が弾かれて虚空を舞う。セイガ本人も、手の甲から血の飛沫を滴らせて、カーペットの上に倒れ込んだ。だが、すぐに受け身を取って反転し、勢いのままに上体を起こす。彼の動作は迅速で、一秒にも満たなかったが、ムーンにとっては十分な時間だった。
「動くな」
 ガチャリと重たい音がして、セイガの額に銃口が突き付けられる。冷たい無表情を強張らせ、硬直する彼にムーンは低い声で命じた。
「残念だが、今君に殺されるわけにはいかない。もちろん、君を殺すことも出来ないが……」
 彼が完全に動きを止めたことを確かめてから、ムーンは荒い息の合間を縫ってのんびりした話し始めた。絶対的優位に立つ者の余裕か、わざとらしく肩を竦めて、微笑みさえ浮かべてみせる。
「君をこれ以上野放しにはしておけない。君は古代遺物を狙う不審者だし、たった今僕を殺そうとした危険人物だ。目的が何であれ、街の治安を乱す者は悉く“排除”する。それが僕らの仕事でね。まぁ、その他諸々の通達事項はまだあるが、とりあえず一緒に来てもらおうか」
 彼はポケットから魔封じの手錠を出し、セイガに歩み寄ったが、途中ではたと立ち止まった。扉の奥から、かすかに複数名の足音が聞こえてきたせいだ。細心の注意を払っているらしいが、ムーンの優れた知覚能力を、魔法もなしにあざむくことは出来ない。
 ムーンは警戒心を強めて、ドアの向こうにいるだろう連中を窺った。セイガがあらかじめ手配していた仲間か、もしくは銃声を聞き咎めた店の者たちかも知れない。いずれにせよ、戦闘に慣れたプロ集団の気配がふんだんに伝わってきた。
 このまま戦ったところで、勝ち目はないに等しい。いくら経験と頭脳を活かしたところで、結局数の差を覆すことは不可能なのだから。ましてや、相手が手練れとあっては尚更危険な状況だった。残念だが、今回は一度撤退した方が良いだろう。ムーンは悔しさを噛み締めながらも、速やかに踵を返してバルコニーへ走り寄った。
「無駄だ」
 突然、セイガの一言と共に、コインでも弾くような甲高い音が聞こえた。咄嗟に動きを止めたムーンの足元に、半透明の丸い粒が無造作に転がってくる。球体からはかすかに煙がたなびいているように見えたが、厳密には違った。温度の低い表面から放たれる冷気によって、周囲の空気が霧状になり、白く濁っているだけだ。つまり、この球体の正体は。
(……氷?)
 答えを察した直後、ムーンの身体を激痛が貫いた。
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