M00N!! Season2

望月来夢

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救世主(?)現る

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「驚いたな。あんた、まだその状態で喋れんのか」
 軽快な身ごなしでバルコニーに降り立ったグシオンが、気取った歩みで室内に入ってくる。どういう方法でか、彼は状況を把握していたようで、重傷を負ったムーンを見ても微動だにしなかった。むしろ感心したと言わんばかりの様子で、じろじろと彼を観察し、興味深げに瞳を瞬かせている。
「今の、気分は、どうだ……?僕を、罠に嵌めて……満足か?」
 ムーンは氷に固められた首を動かし、精一杯の迫力で彼を睨み付けた。しかし、左肩を串刺しにされ無力化されている彼に、発揮出来る威圧感などたかが知れている。当然、肝の太いグシオンは微塵も怯むことなく、薄笑いを浮かべてムーンに近寄ってきた。
「さて、どう思う?」
「馬鹿な、ことを……ゲホッ、ゴホッ!」
 悪戯っぽく問われ、ムーンは反駁しかけたが、込み上げてきた咳がそれを邪魔した。咽せる度に口の端から赤い液体が滴り、自身を捕らえている冷たい檻を汚す。
「あーあー、もう死にかけじゃねぇか」
「……っ」
 明らかに弱っている様子の彼を、グシオンは面白がって小馬鹿にした。ムーンが珍しく険しい表情で眉を顰めると、彼は尚更ふざけた態度でダイニングテーブルの角に浅く尻を乗せる。
「そんな怖い顔すんなよ。俺がここで帰っちまったら、困るのはあんたの方じゃねーの?だって、それどうする気なんだ?生きたまま固められちまってさ。自力で脱出する当てがあんのかぁ?」
 指を突き付けられ、流石のムーンも閉口してしまった。グシオンの発言はまさしく的を射ていたし、これ以上議論を重ねる余力も残されていなかったからである。今はとにかく、彼に氷を破壊して助け出してもらわねばならない。信用出来ないとか、嵌められたとか、些細な問題を論っている場合ではなかった。もちろん分かってはいるのだが、納得出来るかどうかはまた別の話でもある。
「なぁ、ムーンさん。言っとくが俺ぁ、別にあんたを嵌めるためにゲロったわけじゃねぇぞ。そりゃ、多少は?ムカつくあんたが痛い目を見りゃあ、気分がいいとは思ったさ。あんな野郎に近付いて、タダで済む奴はいねぇだろうからなぁ。実際、あんたもこ~んな悪趣味なインテリアにされちまって……だが、今あんたにいなくなられたら困るんだよ、ムーンさん。俺はヘリオス・ラムダあんたらと、ちょいと取引がしたいんでね。いやぁ~全く、盗聴してて良かったぜ~!最新の技術ってのは便利なもんだ!盗聴器なんか仕掛けなくても、アンテナの先を向けるだけで、どんな会話も盗み聞きし放題なんだから、さっ」
 逡巡する彼にグシオンは馴れ馴れしく話しかけ、流暢に並べ立てた。彼が取り出してみせたのは、警察などが使っているレシーバーに似た物体。強力な魔法の気配が感じられる点を鑑みるに、かなり高価なアイテムらしい。恐らく彼はこの品を用いて、ムーンとセイガのやり取りを密かに窺っていたのだろう。だからこそ、負傷をし動けなくなったムーンの前に、格好付けて現れることが出来たというわけだ。
「何の……ために……?」
「ま、その辺の話は後だ。ほら、さっさと選べよ」
 ムーンが問うと、彼はテーブルに座ったままぐるりと目を回した。浅黒い手がおもむろに懐に伸び、芝居がかった仕草で銃を抜き取る。数時間前に、彼がムーンから掠め取ったハンドガンだった。
「このままここで、ゆっくり凍って死んでくか、今俺が楽にしてやるか。二つに一つだ。さ、決めな」
 グシオンは意外にも、無駄のない動作で得物を構える。彼の油断ない眼差しと、真っ黒な口を開けた銃の切先とがムーンの胸の中央を捉えた。グシオンは腕を真っ直ぐに保ち、低く厳かな声音で決断を迫る。淡々とした調子で急き立てられたムーンは、一瞬も迷うことなく、彼を見据えて答えた。
「一発で、頼む」
「カカッ、了解!」
 躊躇いのない選択に、グシオンは肩を揺らして哄笑を弾けさせ、素早く引き金を引いた。
  *  *  *
「どういうことだ!?ムーンが負傷だと!」
 翌日の朝早く、オメガ社本社の社長室にガイアモンドの絶叫が響いた。彼に事態を報告したレジーナは、デスクから数歩離れた位置に立って所在なげに俯いている。
「はい、そのようです……」
「そのよう、だと?意味が分からない!君は監督者だろう!何故正確な情報を把握していない!?」
 歯切れの悪い返答を告げる彼女に、ガイアモンドは激怒して机の天板を叩いた。詰問されたレジーナは、大袈裟に頭を下げて情けなく謝罪するばかりだ。
「申し訳ありません!私も、さっき事情を聞いたばかりで、確認を取っていないんです……」
 今にも消え入りそうな声音で話すレジーナだったが、ガイアモンドの思考は既に別のところへ及んでいた。彼は頭を抱え、セットしたての黒髪を乱しながら、ツカツカと室内を歩き回っている。
「大体、どうして負傷なんてしたんだ!ネプチューンから連絡が来たということは、仕事絡みのいざこざにでも巻き込まれたのか?だが、彼には今、任務を与えていないはずじゃないか!家族との時間がほしいと、話を聞かされたのは他でもない、この僕だぞ!?」
「それが……恐らく、一人で、行動したのではないかと」
 早口に捲し立てるガイアモンドに対し、レジーナは酷く弱々しい態度で意見した。呟きにも等しい小声を、ガイアモンドは耳聡く聞き咎めて彼女を睨む。
「何だと?一人で、何をしたというんだ、ムーンは」
 レジーナはしばし適切な表現を探して思い悩んでいたが、ガイアモンドが更に苛烈な眼差しを注ぐと、観念した様子で打ち明けた。
「実は……昨日、偶然セイガに関する情報を得たんです。ですが、真偽の程が怪しく……確かめてくると、ムーンが言いました。つまり、その」
「セイガに接触したということか!?僕の許可も、報告もなく!!」
 彼女の釈明が終わらぬ内に、ガイアモンドは甲高い声音で非難を迸らせた。あまりの剣幕に、レジーナは完全に萎縮し、肩を竦めて立ち尽くしてしまう。しかし彼女にも構わず、ガイアモンドはただ自分の憤懣を発散するために喚き続けていた。
「君はっ……君たちは、一体何てことをしたんだ!セイガがどれくらい危険な男か、奴にも伝えてあるはずだぞ!?君も、何故止めなかった!?エージェントを束ねる役目を怠った時点で、同罪だ!!挙句、翌朝になって、負傷の知らせだと!?彼は特級エージェントなのに!!」
「申し訳ありません!!」
 怒り狂って激情を爆発させる彼に、レジーナが返せる反応は一つしかない。彼女はひたすら深く腰を折り、誠心誠意謝罪を繰り返した。
「セイガの件は、私の担当でした。ですが、中々調査が進まず……でも、ムーンなら、行き詰まった状況を打開してくれると考えたんです。ほんの、補助的な業務という認識で……だから、何か収穫を得るまで、社長にご報告することはないと思っていました。それに、最近の社長は、大きな案件が重なっていてお忙しいですし、今は心痛を増やすべきではないと判断しておりました」
 訥々と語っている内に、レジーナの胸中には沸々と自己嫌悪の念が湧いてくる。何故、ムーンを放置してしまったのか、過去の自分の行いが信じられない気持ちであった。
「子供の手伝い程度の、些細な仕事のつもりで?それで彼に、単独行動を許したのか?」
 だが、ガイアモンドは冷淡な視線で彼女を一瞥する。それから、再び語気を荒げて強く訴えた。
「あの、ムーンだぞ!!無謀さにかけては、第一級を誇る男だ!!君だって散々振り回されてきたはずじゃないか!!それなのに……!!もう二度と、奴には勝手を許すなっ!!」
 ガイアモンドの言う通り、ムーンは非常に優秀なエージェントである反面、組織一の危険人物でもある。危機管理能力に乏しいというよりも、危険な目に遭うことをまるで恐れていない、無鉄砲な男だった。自分の仕える者のためなら、時には命さえ平気で差し出すと豪語したこともある。ガイアモンドもレジーナも、彼の無茶に何度も苦労させられ、叱責の手間をかけさせられてきた。にも関わらず、彼の欠点とリスクを忘れ、怪我をさせてしまった自らの失策をレジーナは恥じる。ネプチューンから聞かされた話では、彼は深夜に重傷を負って現れ、未だ昏睡から目覚めていないとのことであった。このまま彼を永久に失ってしまうのではないかと、最悪の想像がしつこく彼女の脳裏を過ぎる。同時に、負担をかけまいと気遣ったはずのガイアモンドに、結局新たなストレスの原因を与えたことも悔いていた。
 要するに、彼女の試みは何一つとして上手くいってはいなかった。少し立ち止まっていれば、自身の考えが希望的観測であることを理解出来たはずなのに。物事の片面だけを確かめた彼女は、それで全力を尽くした気になって、満足感を覚えていた。何も始まらない時から、全部を成功に導いたつもりになっていただけ。どうしようもない、傲慢だ。
「……もういい、レジーナ。話は分かった」
 彼女のネガティブな心を察たのか、ガイアモンドは一つ溜め息を吐くと、片手を振って退出を命じた。しかし、落胆しているレジーナは彼の声を聞き逃し、いつまでも同じ場所に突っ立っている。ガイアモンドは再び嘆息し、今度こそ言い渡した。
「今の君に出来ることはない。下がれ」
 はっきりと断言されてしまえば、彼女にもうなす術はなかった。レジーナは消沈した気分で、肩を落としたまま部屋を去る。彼女を通した扉が閉まるのを待たず、ガイアモンドは秘書課に内線を入れると別の秘書を呼び出した。
「ムーンが入院したらしい。病院に見舞いの品を持って行ってやれ。それと、彼のご家族にこれを。必ず、奥様に手渡ししろ。住所は……両方ともレジーナが知っているはずだ」
 現れた秘書に仕事を与える傍ら、彼はサラサラと手紙と小切手を書き記し、封筒に魔法の封蝋を押した。事情を全く把握していない秘書は、何故レジーナに直接頼まないのかという、愚かしい質問を間一髪で飲み込む。口をつぐんで恭しく一礼し、足早に出て行く彼をガイアモンドは険しい表情で見送った。
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