M00N!! Season2

望月来夢

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支配者の再起

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 重苦しい調子で、ガイアモンドが訂正する。彼はムーンの認識は誤りだと伝えるために、緩慢な動作で首を振り、音もなく立ち上がった。しかしながら、それきり何も話そうとしない彼を、焦れた様子でネプチューンが急かす。
「違うって?どういう意味なの?社長」
 尋ねられたガイアモンドは、しばしの間逡巡し、唇を意味もなく開閉させてから決断を下した。
「……そもそも、君の知識は間違っている、ムーン」
「どういうことだ?」
 意外な指摘に、ムーンは目を瞬かせて彼を凝視する。ガイアモンドはその視線を真っ直ぐ受け止めると、疲弊して蒼白になった顔で慎重に続けた。
「あの事件の後、焼け跡からは成人の遺体しか発見されなかった。デルバールと、その妻だ。彼らには息子がいたはずだが、行方を突き止めることは出来なかった。警察は、巻き添えになったか逃げ遅れたかして、骨まで燃えたのだろうと結論付けたそうだが、決して確認が取れたわけじゃない」
「何ですってェ!?」
 告げられた真実に愕然として、ネプチューンが絶叫する。彼とは違い無言ではあったが、ムーンもまた大きな衝撃を受けていた。数秒の時間を経て、彼は気分を沈静化させてから質問を投げかける。
「ガイア、君が言いたいのはつまり……デルバールの息子が生きていると?」
「そうだ」
 ガイアモンドはあくまで端的に、明瞭な返事を寄越した。それが意味するところを悟り、ムーンとネプチューンは揃って眉を曇らせる。
「なるほどなぁ~。セイガの正体が見えたじゃねぇの」
 彼らとは対照的に、泰然としたままのグシオンが呑気に独り言ちた。彼は頭の後ろで組んだ両手を解き、二本目のタバコに火を灯す。そして、身軽な動きで椅子から飛び降りた。
「かつて、あんたらが殺したやり手のマフィア。その息子が、オヤジの敵討ちに来たってわけか……何とも、泣ける話だねぇ」
 彼はもったいつけて両手を擦り合わせ、道化じみた仕草でもって、涙を拭うふりをする。その表情から嘲笑の気配を読み取って、ガイアモンドは思わず反論した。
「デタラメだ!!僕たちは奴を殺していない!殺すわけがないだろう!?あんなっ……あんな薄汚い男を!!」
 激しい身振りと共に捲し立てるが、グシオンは薄笑いを浮かべて彼を見つめ返しているだけだ。愚弄されていると感じたガイアモンドは、尚更苛立ちの滲む口調で訴える。
「第一、証拠がないじゃないか!!単なる噂だけで、根拠は何も」
「関係ないんだろ、奴にゃ!証拠とか根拠とか、御託なんざどーでもいい。ただ一方的に身内を奪われた怒りと、行き場のねぇ喪失感があるだけだ。ポッカリ空いた心の穴に、スポッと綺麗な蓋さえ嵌めれりゃ、デタラメでもヘッタクレでも何でもいいってことだよ」
 ところが、グシオンは途中で片手を上げて彼を遮り、大声で断言した。態度はいかにも気楽そのものだが、それがかえって聞く者の心を掻き乱す効果を持つと、よく知悉しているらしい。
「ふざけるな!!」
 案の定、ガイアモンドは怒りに駆られ、彼の胸ぐらを鷲掴んだ。咄嗟に、ネプチューンが仲裁に入ろうと足を出しかけたが、グシオンは目顔で必要ないと答える。明らかに暴力に慣れていない様子のガイアモンドが、実際に誰かを殴るなど出来るはずがないと高を括っているのだろう。
「そんなことのために、僕の会社は……!アデレードも!!勝手に振り回されて、利用されたのか!!逆恨みのために!!」
 彼の予想通り、ガイアモンドは寸前で踏み留まると、硬く握り締めた拳を緩めた。それでも、わずかに封じきれなかった衝動が込み上げて、彼はグシオンの肩を軽く小突く。凄絶な理不尽を受け止めかねて、彼の唇は戦慄き、目頭からは熱い雫が伝い落ちていた。だが、グシオンはその光景を、眉一つ動かさずに眺めている。と思いきや、突然掌を翻して、ガイアモンドの手を掴み思い切り引き寄せた。
「っ!?」
「ごちゃごちゃ喚くんじゃねぇよ!ここで駄弁ってても、何も変わらねぇだろうが!!」
 狼狽するガイアモンドを至近距離から睨め上げ、彼はドスの効いた声で吠える。いきなり怒号を浴びせられ、ガイアモンドは驚いて身体を硬直させた。グシオンは素早く彼の手を離すと、仕返しとばかりに彼の肩を強く押す。突き飛ばされたガイアモンドは、ソファの縁に踵を引っ掛け、尻から無様に倒れ込んだ。
「いっ……!」
「しっかりしろや、社長さん。あんたって奴は、無駄にプライドが高いだけで、その実何の役にも立たねぇクソなのか?おい、はっきり答えろよ、あ?」
 グシオンは痛みに顔を顰めるガイアモンドを、冷徹に見下ろして問い詰める。今度こそネプチューンが抗議しようとしたが、すかさずムーンが制止した。二人のやり取りに気付いたグシオンは、鼻を鳴らしてガイアモンドを指差す。
セイガあいつが話の通じる相手じゃねぇってこたぁ、最初っから分かってんだろが。どんな事情があったとしても、自分てめぇに仇なすモンはぶっ潰す。それがあんたらのやり方で、“正義”だったはずだろ?それとも、あれか?このまま奴に好き放題やらせて、街が壊れてくのを指咥えて見とくとでも言うのか?」
 彼の言い分は無駄に喧嘩腰ではあったものの、確実に的を射てもいた。蔑みのこもった金の瞳に挑発され、ガイアモンドの青褪めた頬がにわかに紅潮する。
「うるさい……!そんなこと、君に言われずとも、ずっと分かっている!」
 彼は喉奥から嗄れた声を絞り出し、グシオンの手を払った。無礼を働かれたことと、何よりセイガへの憤りに煽られて、ガイアモンドの萎んでいた活力が著しく回復していく。三人を鋭く見据える瞳には、街の最高支配者らしい叡智と気迫とが蘇っていた。
「僕らがやるべきことはたった一つ。まずは、今起きている問題を全て片付けることだ。泣くのも、嘆くのも、他のことはいつだって好きに出来るからな」
「素晴らしい。君の言う通りだよ、ガイアモンド」
 断固とした宣言を、ムーンがわざとらしい拍手で褒め称える。その後、彼はガイアモンドに手を差し伸べ、起き上がるのを手伝った。
「でも、どうするのヨ?戦うって言っても、相手の居場所が分からなければ、何にも出来やしないじゃない」
「それについては、心配いらないわ」
 彼らを見遣って、冷静なネプチューンが現実的な疑問をぶつける。直後、背後から唐突に女性の声が飛んできて、彼の心臓を縮こまらせた。慌てて後ろを振り返ると、階段のすぐ付近に一人の女性が立っている。
「レジーナ!いつからいたんだい?」
「ちょっとヤダ、あんた、驚かさないでヨ!」
 彼女の存在に驚き、ムーンとネプチューンは交互に文句をこぼした。しかし、彼女はどちらにも取り合おうとせず、迷いない足取りでガイアモンドに接近する。カツカツとヒールの音を鳴らし、真っ直ぐ彼の前まで進み出ると、脇に抱えていた黒いバインダーを手渡した。
「ど、どうして君がここに?」
 反射で受け取ってから、ガイアモンドは気まずげに彼女の顔色を窺う。ムーンの負傷の件で叱責して以来、彼女とは中々会話をする機会がなかったため、距離感を掴みかねていたのだ。更に言えば、あの時つい感情的になって、厳しくしてしまったことも罪悪感となっていた。
「たった今、重要な情報を掴みまして。直接お伝えしようと、急ぎ参った次第です」
 一方のレジーナは、動揺など少しもない堂々たる口ぶりでガイアモンドに報告する。薄いフレームの眼鏡の奥で、彼女の深緑の瞳が意味ありげに煌めいた。
「セイガが次に何をするか……目的地が分かったので」
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