M00N!! Season2

望月来夢

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君主の器

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「ガイア?何故ここにいる?隠れ家セーフハウスに移ったんじゃないのか?」
 ムーンの声を発言を耳にして、後の二人も驚きの表情を作る。運転席のネプチューンが忙しなく辺りを見回している間に、ガイアモンドは反対側のドアを開け、助手席に滑り込んできた。
「僕も同行しよう。会社を守るための合理的判断だ」
「何言ってんの、社長!危険なのヨ!?」
 淡々と言い放つ彼に、ネプチューンが猛然と抗議するもガイアモンドは取り合わない。いつも通り高飛車な態度を聞き取り、レジーナが深い溜め息を漏らした。
『ハァ……私たちも止めたのよ。でも、社長は一度言い出したら聞かないから。諦めるしかなかった。それで、ここまで乗せてきたの』
 疲労の滲んだ口ぶりからは、既に彼女がガイアモンドを止めるため、相当の努力をしていたことが窺える。ということは今頃、隠れ家で合流する予定だった他のエージェントたちも、計画の変更を知って戸惑っているに違いない。
「どうしてそんなことを……ガイア、僕たちでは君の護衛を務められない。どう見ても、人数不足だ。分かるだろう?」
 あまりにもリスクが高過ぎると、ムーンは必死に説得する。しかし、ガイアモンドの決意は揺るがなかった。
「うるさいっ!僕に指図するな、ムーン!行くと言ったら行くんだ!これは命令だ!!」
 癇癪を起こした子供のような、甲高い調子で叫ばれてムーンは眉を顰める。彼が激しやすいのは把握しているつもりだったが、今日はまた一段と苛烈な勢いだった。無論、自分だけが安全な場所で待機するという状況を、受け入れ難い気持ちは共感出来るが。
「カカカッ、いいじゃねぇか!少なくとも、手下が体張ってるって時に、のんびりうたた寝してるボスよりかはよっぽど好感が持てるぜ?」
 二人のやり取りを面白がっているのか、グシオンが乾いた笑いを爆ぜさせる。両手を打ち鳴らして嬉々とする彼を、ネプチューンが鋭く睨み付けた。
「グシオン、黙ってなサイ!あんたはただの協力者で、何の責任も持たない身でしょうが!!」
 その“責任”という単語が、ガイアモンドの中の何かを刺激したらしい。彼は突然、暗さを湛えた真顔に戻ると低い声音で呟いた。
「そうだ、僕には責任があるんだ。結果がどうあれ、SGPを探るなら社長の僕が矢面に立たなければならない。不可侵協定を破るのは、正直気乗りしないが……金が振り込まれている以上、見て見ぬふりは出来ないからな」
 彼がそれほどまでにSGPを警戒するのには、もちろん理由がある。簡潔に言うならば、SGPという団体は、権力者インペラトルの息がかかった組織だからだった。
 インペラトルとは、太古の昔より生きる真の強者たちと、“契約”を結ぶことで服従を誓い、見返りに莫大な魔力と地位とを与えられた者を指す。彼らは獲得した権力を用いて巨額の富を築き、この魔界を好き放題蹂躙し続けてきた。SGPの取り組んでいる魔法道具の研究事業にも、彼らの資金がふんだんに流れ込んでいる。つまりSGPに楯突けば、背後にいるインペラトルを刺激することに繋がるのだ。誰とも契約を交わさず、自力で生き抜いているガイアモンドにとっては、中々に憂慮すべき事態である。
 かといって、彼はインペラトルを不用意に恐れるつもりもなかった。同じくSGP側も、いくら後ろ盾があるとはいえ、街のトップと敵対するのは悪手と捉えたのだろう。両者はある時秘密裏に会談を行い、相互不可侵協定なるものを締結させた。詳細は省くが要するに、互いを信じ無闇に詮索しないこと、半年毎に活動の概要を報告することを確約するという内容であった。彼らは利権を巡って対立するライバルではなく、街を守るために共闘する仲間同士という間柄を選んだのだ。二つの勢力はこれまで、自分たちの取り決めに忠実に従い、良好な関係を維持してきた。だが、それももうすぐ終わりを迎える。否、もっとずっと以前から、破綻は生じていたのだろう。原因は不明だが、結局SGPはヘリオス・ラムダではなく、テロリストに加担することを選択した。成り立っていた信頼が崩れ去った以上、相手の闇を追及しないわけにはいかない。
「たとえインペラトルを敵に回しても、僕たちの見立てが間違いだったとしても……行かなければならないんだ。こんなところで、立ち止まってはいられない。そして、そのためには僕が要るんだ。他の誰でもない、社長の首が」
 彼らが本当に、不死鳥の心臓を保有しているのかは定かではない。もしかしたらセイガとも、一連の事件とも全く関係がなく、誤解をしているだけという可能性もなくはなかった。あるいは、真実を暴いたところで、インペラトルに介入され抹殺されるかも知れない。けれど、会社と街を守るには、もはやこの道しか残されていないのも事実。そのためガイアモンドは、己が身を犠牲にしてでも、SGPと戦う覚悟を決めたのであった。
「……分かったよ、ガイア。君に従おう」
「ちょっと、ムーン!」
「流石だぜ、ムーンさん!」
 友人として、彼の思いを受け止めたムーンは厳かな面持ちで頷く。傍らで見守っていたネプチューンとグシオンは、同時に対照的な反応を示した。ムーンは二人を一瞥してから、再びガイアモンドへと視線を送る。
「ただし、危険なことには首を突っ込まないでくれ。僕たちから離れず、常に身を守れるよう備えておくこと。必要な時が来るまで、君には生きていてもらわなくてはならないのだからね」
「あぁ、もちろんだ」
 指示されたガイアモンドは、尤もらしい態度で首を縦に振った。そして、耳に嵌めていたイヤホンを調整し、通信の先にいるレジーナへと呼びかける。
「レジーナ、僕の身に何かあったら、後のことを頼む。君には毎回、色々と苦労をかけているが……今回も、いつものように対応してくれるな?」
 彼の声色は相変わらず傲慢で、謎の自信に満ち溢れていたが、上司としての温かみを含んでもいた。確固とした信用が仄めかされていることに、レジーナは思わず喜び、胸を熱く湧き立たせる。過去の失態によって生まれていた蟠りが、今やっと元の状態にまで解消されたらしい。
『えぇ……えぇ、承知しましたわ、社長。お気を付けて』
 感慨と謝意のこもった返事を紡ぎつつ、彼女は椅子に座ったまま深く頭を下げる。固く閉ざされた口の中では、四人が無事に帰ってくることを祈る言葉が繰り返されていた。
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