M00N!! Season2

望月来夢

文字の大きさ
62 / 85

最後の戦い

しおりを挟む
 車を降りたムーンは歩道の角に佇み、正面に聳える巨大な建物を見上げる。朝日を背景にしてどっしりと構えるSGPの研究所は、まるでSF映画に登場する宇宙人の住処を思わせる外観をしていた。眩いばかりの白い壁と、曲線的にカーブしたガラス窓。植木の類は一本もなく、ところどころに銀色の謎のオブジェが飾られている。
 そろそろ出勤時刻になるからか、アスファルト舗装の道路にはちらほらと、仕事に向かう職員たちの姿が見受けられた。おまけに、大規模な爆破事件の直後でもあるため、道の端々には警察官らしき人影が点在している。一般市民に気が付かれまいと、懸命に身を潜めている彼らを、ムーンは無情にも丁寧に看破していく。同様のやり方で、セイガもどこかに隠れているのではないかと想像し、彼はレンズの奥の瞼を細く開いた。
「あぁ~……やっと時間か。待ちくたびれて、肩が凝っちまったよ」
 続いて外に出たグシオンが、スライド式のドアを閉め、両腕を思い切り伸ばす。肩甲骨辺りの関節が、バキリと音を立てるのが聞こえてきた。
「君も、本当に行くのか?グシオン」
「はぁ?何言ってんだよ、ムーンさん。そんなの、今更聞くまでもねぇだろうが」
 ムーンはグシオンの方を振り返り、短く質問をぶつける。彼としては優しさを示したつもりだったが、グシオンは心底呆れ果てた様子であしらった。その瞳には、狙っていた獲物がようやく手に入るという期待と興奮が宿り、獰猛な光を湛えている。
「君の狙いは、分かっているぞ。だが、もし本当に不死鳥の心臓が存在して、永遠の命をもたらす効果があるのだとしたら……君に渡すわけにはいかない。君は、ヘリオス・ラムダぼくたちを敵に回すことになるんだぞ?」
 グシオンの目的を察しているムーンは、低い声音を発し彼を牽制した。相手を射竦める眼差しには、若干の殺意さえこもっていたにも関わらず、彼はまるで微動だにしない。やがて、グシオンはゆっくりと口の両端を持ち上げたかと思うと、悪事を企んでいる者特有の卑劣な笑みを作った。ムーンが応じて眉間にわずかな皺を刻むと、彼はパッと表情を変え、月並みな凡人の演技に立ち戻る。そして、つまらなさげに話題を変えた。
「そういや、この前あんたと一緒にいた男はどこ行ったんだ?ほら、あの三流記者みたいな格好の、地味な奴」
 いつ見ても慣れない華麗な豹変ぶりに、ムーンは数秒沈黙し、思考を切り替える間を設ける。グシオンの用いた侮辱的な描写にも、どう反応するか迷ったが、結局諦めて口を開いた。
「……マティーニのことを言っているなら、彼は来ないよ。表の仕事でハデスに行って、帰れなくなったらしい。何でも、近郊の都市に天使の粛清が布告されたせいで、街から出ることが禁じられたとか」
「マジか。そりゃ、厄介だな」
 説明を聞いたグシオンは、大きな目を見開いて愕然とする。アメジストの街を離れたことがない彼でも、やはり天使の恐ろしさは身に沁みて分かっているのだろう。
「安全な場所なんて、この広い魔界のどこにもねぇってことだな~」
「アラ、違うわヨ!」
 頭の後ろで手を組み、したり顔で呻く彼の言葉をネプチューンが否定した。
「だからこそ、ワタシたちが力を尽くして、平和を守らなくちゃならないのヨ!誰もが安心して、豊かに暮らせる場所を作らなきゃ!あんただって、馬鹿じゃないんだから分かるはずでしょ!?」
 彼は二人の会話に割って入ると、熱心な調子で捲し立てる。肩を掴まれて不快に感じたのか、もしくはその生真面目な言動が癪に触ったか、グシオンは何故か皮肉げな薄笑いを浮かべた。
「でもよ、センセェ。人の営為にゃ限りってもんが」
「アラ!何ヨ、あんた、随分可愛い服着てるじゃない!!」
 ところが、彼の挑発的な発言を、ネプチューンは聞いてさえいない。彼は相手の意見を途中で遮ると、グシオンが纏っている鮮やかな柄のシャツを指差した。
「鯉かしらン?ちょっとブサイクだけど、そこがいいってやつネ!」
「鯉じゃねぇ、龍魚だよ!勝負服なんだぞ!!」
 お気に入りの服を揶揄われ、グシオンは憤慨した調子で反論する。ムーンもつられて視線を注いだが、白い生地の中を不規則に泳ぐ魚類は、確かに奇怪としか説明出来ないデザインをしていた。サイケデリックな赤い体色と捻じ曲がった背骨、眼窩からこぼれ落ちそうなほど膨れた眼球は、魚というよりエイリアンに思える。
「えっと……うん、そうだね、何と言うか……個性的なデメキンだ。体調が悪い時って、こんな雰囲気の夢を見るよね」
「あんた、仮眠もせずにふらふら出てったかと思ったら、こんなもの取りに行ってたわけ?」
「お前らなぁ……!」
 愛想笑いを浮かべてコメントに窮するムーンと、せっかくの貴重な時間を無駄にしたのかと憤るネプチューン。遠慮も慈悲もない彼らの振る舞いに、グシオンはひくひくと片頬を引き攣らせた。
「話は終わったか?早く行くぞ。このまま待っていても、目撃者が増える一方だ」
 彼らの下らない会話を、ガイアモンドの冷淡な声音が断ち切る。先刻までの激昂が鎮まった彼は、一転して厳かな面持ちと、落ち着いた態度とを携えていた。短時間とはいえ睡眠を取ったおかげか、彼の顔には多少の血の気が戻り、心なしか足取りも軽くなっている。仕立ての良いダブルのスーツを着込んだ様は、普段通り隙がなく、颯爽とした雰囲気を添えていた。丁寧に整えられた艶やかな黒髪が、風に吹かれて一房はためく。
「そうネ。やってやりましょ、皆♡」
 同意したネプチューンが、パフォーマーかモデルを彷彿とさせる、洗練されたポーズを決めた。しかし、今日の彼は女装ではなく男の格好をしているせいで、その動作はいつも以上に異様な光景に映る。戦いに備えるため、迷彩柄のカーゴパンツを履き、黒いタンクトップから隆々とした腕を剥き出した風貌は、どう考えても傭兵にしか見えなかった。ムーンよりも高い背丈と、日に焼けたスキンヘッドが尚更威圧的な印象を与えている。にも関わらず、慣れた仕草で流し目を送りウィンクを飛ばしてくるのだから、不自然で仕方がない。
「あぁ。何としても、真相を暴き、不死鳥の心臓を奪取するんだ。セイガより先にね」
 だが、ムーンは紳士的な対応でネプチューンを無視し、先頭に立って歩き出した。車内で拾った消臭スプレーを振ると、ジャケットに染み付いたタバコの匂いを消し去る。後についていく二人を、グシオンが欠伸を噛み殺しつつ小走りに追いかけた。そして四人は、これからセイガとの最終対決を迎えることになる、謎に包まれた地へと踏み込んでいったのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

処理中です...