M00N!! Season2

望月来夢

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永遠の命の定義

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 SGPの施設には、予想以上に簡単に入ることが出来た。偽の身分証を提示したムーンが、“昨日の事件”の担当をしていると告げると、受付の女性職員はすぐに意図を察したらしい。それから数分も経たない内に、施設の責任者だという人物が呼び出され、四人は所長代理の執務室へと通されることとなった。被害者に過ぎないガイアモンドが同行していても、誰も疑問を抱かなかったのは幸運の成せる業だろう。
「ご足労いただきまして、恐縮です。しかし、爆破テロの犯人を突き止めるのに、我々がお役に立てるかどうかは……」
 複雑に交差する廊下を進む傍ら、案内役を務める男が頼りなく弁解する。
「構いませんよ。今回は特段、協力を求めて来たわけじゃありませんから。参考までに、こちらの最高責任者にお会いして、直接ご意見を伺いたい。ただ、それだけです」
「な、なるほど……?」
 ムーンがにっこりと笑って応じると、彼は一層混乱を募らせた表情で曖昧な相槌を打った。その間も、手にした格子縞のハンカチでひっきりなしに額を拭っている。随分と落ち着かない様子の彼を、ムーンは横目にじっくりと観察した。
 ロバートと名乗った小太りの彼は、研究監督ディレクターという肩書きにはとても似合わない、気弱そうな外見をしていた。皺の寄ったシャツや汚れの付着した白衣を纏っているせいもあるだろうが、どことなく全身から、卑屈でくたびれた雰囲気が漂っている。温和な顔立ちは、レンズの分厚い丸眼鏡をかけているせいで、余計にぼやけた印象を与えていた。安物の整髪料でセットした髪が、蛍光灯の下を過ぎる度にテカテカと光る。しかし、決して危険な気配は感じられず、ただの平凡で無害な男に思われた。恐らく、街の最高権力者と急に対面して、狼狽しているだけなのだろう。
「に、しても巨大な建物ですねぇ~!ここで一体、どんな“研究”をなさってるんですか?ロバートさん」
 彼とほぼ同じタイミングで、値踏みを終えたグシオンが行動に出た。彼はぐるりと周囲を眺めると、わざとらしく感嘆の声を上げている。あまりに挑戦的な態度をネプチューンが眉を寄せて睨むが、鈍感なロバートは気付かなかったようだ。
「は、はぁ。一口に研究と申しましても、内容は多岐に渡ります……報告書は、半年毎にきちんと送付しているはずですが、何か不備でもあったでしょうか?」
 戸惑いの強い口調で問い返され、グシオンは微妙な苦笑を浮かべて取りなす。
「あぁ、いや、そうではなく。ちょっと疑問に思ったものですから。そういえば、永遠の命の研究は、どのくらい進みました?」
 片手を振って誤魔化しつつ、さりげなさを装って核心に切り込む。すると、ロバートは驚いて小さな目を見開いた。
「何ですって?永遠の、命?」
「えぇ。そうです。永遠の命」
 ぴたりと足を止め、ハンカチを握り締めて振り返る彼に、グシオンは一歩接近する。相手の瞳を覗き込み、噛み締めるように発音すると、ロバートは気圧された様子で後退った。
「す、進んでいるも何も、そんな内容の研究はありませんよ!一体、何の話をしているんです?第一、永遠の命だなんて、定義が曖昧過ぎる……そんなもの、研究どころか絵本の題材になるのがせいぜいでしょう」
「どういう意味です?定義が曖昧、とは」
 早口に捲し立てられた内容に、ムーンは引っ掛かりを覚えて尋ねる。何故彼が興味を持つのか、理由を測りかねたロバートは胡乱な眼差しで彼を一瞥した。
「どうしても、知りたいんです。どうかご教示いただけませんか?」
 だが、ムーンは構わずに、柔らかい微笑で依頼する。真摯な視線で射抜かれたロバートは、呆気なく折れて説明を始めた。
「……まぁ、私もその手の専門家ではないので、正確なことは分かりかねますが。研究者としての見地から言わせてもらうなら、果たして永遠の命がどういう状態を指すのか、それを明確にしなければ。研究をしたくとも、何も出来ないということです」
 彼は懸命に威厳のある佇まいを醸そうとしながら、もったいぶった調子で並べ立てた。今度は誰も口を挟まないと分かると、余計に勢い付いて言い募る。
「永遠の時を生きるとは、詰まるところ、何なのか。単純に死亡しなくなるのか?それとも、寿命が無期限に延長されるのか?あるいは、その両方かも知れません。たとえ仮に、具体的な条件を定められたとしても、実際に研究を進めることは困難でしょう。莫大な魔力が必要になりますし、現行の法律にも反していますから」
「つまり、永遠の命を研究することは、絶対に出来ないと?」
「その可能性は大いに」
「ちょっと、待ってくれ!」
 確認のためムーンが問いかけると、ロバートは深く頷いて肯定を示した。そのまま返事を紡ごうとする彼を、ガイアモンドが素早く遮る。
「今の説明では、分からないことがある。君が言った、二つの説の違いは何だ?死なないことと、それから……」
「あぁ、簡単なことですよ。要は、不老と不死の差というだけです。例えば前者の場合、加齢による死や自然死を迎えることはありませんが、怪我や病気で死ぬことはあり得えます。反対に不死は、文字通り“死”を克服したという意味になる。かの有名な不死鳥フェニックスのように、です」
 話に割り込まれたロバートは、一瞬不服そうに唇を歪めたものの、すぐに取り繕って回答した。尤も、相手が街の最高権力者とあれば、反発出来ないのも当たり前かも知れないが。
 彼の用いた例えが、偶然にも問題の中心を射抜いたことで、一同は反射的に互いを見交わす。最初に我に返ったガイアモンドが、怪訝に思われまいと更なる質問を投げかけた。
「そんな者がいたとしたら、実際にはどうなる?誰かが倒すことは可能なのか?」
「まさか!考えられませんよ!」
 途端にロバートは語気を荒げ、あまりにも荒唐無稽だと断言する。そして、おもむろに首筋の汗を拭き、呆れを含んだ声で告げた。
「もし法的な問題をクリアしたとしても、それほど高度な魔法を実現するには、大量の魔力を消費します。権力者インペラトル、いや統率者インペリアル・ロードの手を借りたとしても、達成の見込みは低いでしょう。机上の空論のようなものです」
「なら、全ての課題が解決したと仮定して、理屈だけで考えてくれ。永遠の命を持つ者を、行動不能にすることは出来るのかどうか、知りたいんだ」
 しかし、ガイアモンドは諦めずに食い下がる。答えを探せと命じられた彼は、自身の職業的な本能に突き動かされ、深い思考の沼の中へと沈んでいった。
「さぁ、何とも言えませんが……決して、不可能ではないでしょう。それが魔法の効果であるという、確かな前提があるのなら、ですが。必ず、どこかに弱点があるはずです。完璧な魔法というものは、存在しませんからね」
 やがて彼は、自らが納得出来る結論に辿り着いたらしく、得意げに披露してみせた。受け止めたムーンとガイアモンドは、それぞれ深刻な面持ちで彼の推論を噛み砕く。
「皆さんどうして、そんなことばかり聞くんです?」
 ところが、二人が何事かを返すよりも早く、ロバートからの疑念が飛んできた。彼はつぶらな瞳に無邪気な光を宿して、皆を順番に見遣っている。そこには、どんな悪意も潜んでいないことが、瞬間的に察せられた。しかし、だからこそムーンたちはかえって引け目を感じ、咄嗟に視線を彷徨わせてしまう。ロバートは当然、余計に警戒を募らせて、たるんだ首をわずかに傾けた。
 その時、凄まじい轟音が響き、建物全体を強烈な振動が襲った。
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