M00N!! Season2

望月来夢

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『コードCが発令されました』

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「何だ!?」
 足を取られるほどの衝撃に、ガイアモンドが驚きの声を発する。
「もしかして、また爆発があったんじゃ……!?」
 真新しい記憶を想起したネプチューンが、忙しげに辺りを見回した。
『警報、警報。コードCが発令されました。これより、直ちに全館封鎖を開始します。館内の職員は、速やかに“断裂溝”付近から退避してください。繰り返します。コードCが発令されました。全館封鎖を開始します』
 直後、天井の隅に取り付けられたスピーカーから機械的な音声が響き、非常事態が起きていることを通達する。しかし、その主張はあまりにも簡略化されていて、ムーンにはほとんど意味が理解出来なかった。
「あぁ、まずい……!」
 唯一、職員であるロバートだけは察しがついたらしく、肉付きのいい頬に冷や汗を浮かべている。ムーンは彼の腕を掴むと、険しい表情で詰問した。
「今のは、どういうことなんだ?何が起きている」
「た、た、大変です!施設内に、侵入者が現れたと!つ、つまり、コードCは、それを意味する暗号で……不審人物を撃退するプログラムが、これから発動するということなんです!!」
「侵入者?」
 体を揺さぶられたロバートは、慌てふためいた調子で早口に捲し立てる。彼の言葉を耳にした途端、ムーンは即座に事情を悟って、友人の方へ振り返った。
「ガイア!」
「あぁ、分かっている」
 名を呼ばれたガイアモンドは、間髪を容れずに頷いて応じる。
「んで?だから、俺たちはどうすりゃいいんだ?対抗ったって、具体的には何する気なんだよ?」
 脇から進み出たグシオンが、彼を押し退けてロバートに尋ねた。沈着な面持ちは一見いつもと変わりなく思えるが、眉間に刻まれたわずかな皺までは誤魔化しきれていない。
「ですから、建物中を封鎖するんです!全てのドアに魔法的な施錠ロックをかけて、廊下や階段もシャッターで細分する!!一つ一つの空間を完全に切り離せば、誰も簡単には移動出来ません!」
「そうすれば、身内は安全に守られ、敵は逃げ場を失う……あの大時計と、似たような仕組みか」
 ロバートの追加の説明を聞いて、ムーンは静かに呟いた。
 要するに、建物という箱の中に無数の仕切りを設け、小さなブロックに分割するつもりなのだろう。敵と味方の間を隔て、行動の自由を阻害する。そして、孤立した侵入者を内と外から追い詰める算段のようだ。昨日、ガイアモンドが脅しとして翳した策が、今度は実際に試されるということでもある。
「ですが、それだけではないんです!早く、どこかの部屋に逃げないと……!」
 顔を青褪めさせたロバートが、焦燥の強い口調で言いかけた時。彼らの背後で勢いよくシャッターが降り、長い廊下を寸断した。黒塗りのそれは随分と分厚く、どうやっても持ち上げられそうにない。規則的に並んでいたドアも、何らかの魔法に覆われ、がっちりと固められてしまった。
『封鎖完了。空間を“分離”します』
 再びアナウンスが流れ、またもや訳の分からない単語を並べる。ムーンに一瞥されたロバートは、どもりながら解説を加えた。
「い、いくら鍵やシャッターが強固でも、無敵というわけじゃありません。ち、力尽くでこじ開けられたら、貴重なアイテムや研究を盗まれてしまいます。だ、だ、だから、空間ごと“断裂”させて、それぞれの隙間に亜空間を接続する。膨大な魔力を使いますが、これが一番の方法なんです。その……断裂の位置に誰かが立っていない限りは」
「空間断裂だと!?この施設には、それほど高度な魔法が組み込まれているのか!」
 彼の話を遮って、ガイアモンドが愕然とした叫びを漏らす。
 時空系魔法は、あらゆる魔法の中でも最も制御が難しいと言われるものの一つであった。大量の魔力を必要とする上に、少しでも操作を間違えれば、術者のみならず周囲にも被害が及ぶ危険性がを孕んでいる。どこの時間軸にも空間にも属さない、未知の領域に吸い込まれて消失した、なんて事故さえ珍しくないほどだ。
 そのような危険極まりない魔法を、平然と常設しているとは。SGPの持つ膨大な魔力量と魔法的な技術に圧倒され、ガイアモンドは思わず顔を引き攣らせる。彼の反応をどう受け止めたのか、ロバートは何故か照れ臭そうな面持ちで額の汗を拭った。
「え、えぇ。ですが、断裂の強度にも段階がありまして……わ、我々の資源にも限界があると言いますか。こ、この辺りの通路を分ける断裂溝グルーヴは、主任チーフ以上の権限さえあればすぐに修復が可能です。ですから、えぇと」
「万が一、侵入者に職員が襲われた場合、封鎖を強制的に解除されるかも知れない。そういうことネ?」
 比較的大勢が開けられるドアなら、閉ざしたところでさほど稼げる時間は多くない。いつか敵の手に鍵が渡り、追い詰められることになるのが関の山だろう。
 彼が言い淀んだ箇所をネプチューンが補うと、ロバートは若干の当惑を示しながら頷く。きっと、男の外見をした人物から、女の言葉遣いが出てくる様に面食らったに違いない。ネプチューンは彼に無意味な困惑を与えないために、それまで必死に本性を隠していたのだった。
「何か、小難しくてよく分かんねぇけど、結局あんたが言いてぇのは、逃げろってことだよな?」
 二人の会話に、腕を組んだグシオンが割り込む。彼はしきりに首を捻り、怪訝そうに唸ってから、ロバートを指差して尋ねた。研究者が首肯すると、グシオンはニヤッと意味深な笑顔を見せる。
「だが、悪ぃが俺たちはその逆。侵入者さんとやらに会ってみたいんだよ」
「な、何を仰ってるんですか!?そんなこと、危険過ぎます!」
 彼の思惑を知ったロバートは、弾かれたように背筋を伸ばし、激しく反対を主張した。しかし、どれだけ切実に説得しても、グシオンが取り合うことはない。むしろ、聞こえないふりさえして呑気に口笛を吹いていた。
「彼らはどこにいるんだい?君なら、調べられるんじゃないかと思うが」
「で、ですが!」
 彼の横からムーンまでもが同調し、敬語をかなぐり捨てて問いかける。ロバートは泡を食ってもう一度抗議しかけたが、途中で諦めて降参した。
「……分かりましたよ。ただし、後で上に問い詰められた際には、脅されてやったと言いますからね。私まで、面倒に巻き込まれるのは困りますから」
「構わない。その時は、この僕が責任を取ろう」
 彼は意外にも強かな条件を提示してきたが、ガイアモンドが社長の威光を使って保証すると、反撃の術を失って沈黙する。
「かしこまりました。状況を確かめてみますので、少々お待ちください」
 やがて、ロバートは丸い肩を落として了承すると、壁に取り付けられた内線電話へ歩み寄った。受話器を取ろうとした瞬間、どこかすぐ近くでけたたましい物音が響く。
「!!」
 ムーンとネプチューンは咄嗟に、互いと視線を交わして同じ考えを抱いていることを確信する。
「調べる必要はなくなったみたいヨ。奴ら、もうすぐそこまで来てるみたいだカラ♡」
 ネプチューンが代表して宣言し、茶目っ気たっぷりにウィンクをしてみせた。その瞬間、かすかな振動と共に、彼らの正面に聳えていたシャッターが勢いよく開く。そして向こうから、無数の銃口が突き付けられた。
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