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戦闘狂ネプチューン
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薄暗い廊下の中央で、セイガは両腕を広げて叫んだ。その顔は相変わらずの無表情だったが、残忍な瞳は禍々しい光を湛え、声音にも邪悪の気配が宿っている。
「所長代理とは、何者だ?何の理由があって、君にそこまで協力する」
彼の挙動を注意深く観察し、ムーンは冷静に尋ねた。しかし、セイガは肩を竦めて、大したことは知らないと答える。
「直接会ったのは数回きりだ。素性は知らないし、興味もない。一々調べ上げる手間も惜しかった……だが、あの男は金に執着せず、俺への要求も慎ましやかなものだった。あの程度の見返りで、言うなりになるなら安い出費だ。別に、従わないのなら始末すればいいだけだしな」
セイガはあくまで淡々と述べているが、ムーンの胸中では嫌な予感が渦を巻いていた。
ロバートの話の通り、所長代理が人心掌握に長けた人物なら、セイガの本性を見抜けないはずがない。にも関わらず、力と金で他者を支配する男を、少ない報酬で厚遇する理由は何か。恐らく、金ではない他の目的があると考えるのが自然だろう。そのために、彼はセイガを便利に操り、使い捨てるつもりでいるのだ。つまり、二人は互いに相手を侮り、目的達成のための道具としか捉えていないことになる。一方で、所長代理はセイガの正体や計画を知悉し、勝手に変更を加えているのに対し、セイガはほとんど何も詳細を掴んでいないというのだから、差は歴然であった。しかし、セイガはそれに気付くどころか、優位に立っているのは自分だと信じ込んでいるらしい。
「お前たちも同じだ。ガイアモンド一人を殺すだけでは生ぬるい。家族も、社員も、周りの者は全員葬ってやらなければ、とてもではないが物足りない……さぁ、仕事だ。二人とも絶対に逃すな。確実に殺せ。分かっているな?」
是非とも誤解を解いてやりたいところだったが、生憎とムーンたちに与えられた猶予は少なかった。セイガは憎しみに満ちた口調で呟き、居並んだ部下たちに顎をしゃくって指示を飛ばす。取り囲まれたムーンとネプチューンは、咄嗟に視線を交差させて言外に相談した。じりじりと追い詰められていく二人の姿を、セイガは面白そうに眺めた後、くるりと踵を返して立ち去りかける。
「待てっ!」
ムーンは慌てて声を張り上げたが、彼は一顧だにしなかった。付近のドアを無造作に引き開けると、奥に広がる闇の中に消えていく。ジャケットを着た背中が扉に阻まれて隠されるのを、二人は手を拱いて見ているしか出来なかった。彼らを囲む男たちは、明確な戦意を全身から滲ませて、襲撃のタイミングを計っている。
「あぁもう!こんなふざけた茶番劇に、付き合ってなんかいられないわヨォッ!!」
突然、ネプチューンが野太く叫んだ。彼は憤懣やる方ない調子で拳を振り上げ、周りの敵たちを威嚇する。だが、その言い回しは先程セイガが用いた表現に随分と引っ張られていた。
「奇遇だね。僕も同感だ。だけど、どうする?この大量のエキストラを、一気に吹き飛ばす策でもあるのか?」
問いかけてから、ムーンは首を巡らして辺りを指す。包囲を形作っているのは、皆傭兵か金で雇われた殺し屋のようで、屈強な肉体と強力な武器を備えていた。無論、二人の特級エージェントが協力すれば突破は可能だろうが、それでもかなりの時間を食うことは間違いない。そして、彼らが苦戦している間に、セイガはまんまと事態を思惑通りに進めてしまうだろう。
「ネェ、ムーン。もし道を作ってあげられたら、あんたそこを抜けて行ける?ほら、よく言うじゃない?ここはワタシに任せて、先に行け!ってやつヨ♡」
「何だって?ネプチューン、それは」
「いいから!!早く準備しなサイ!!」
だが、耐え難い状況にも拘泥せず、ネプチューンは明るい笑顔を保っている。彼は意図的にふざけると、ウィンクと共にムーンの尻を叩いた。急かされた彼は仕方なく、覚悟を決めて唇を引き結ぶ。他に方法がないことも、よく理解していたからだ。
「分かったよ。それじゃあ、好きな時に合図してくれ」
「了解♡ウフフ……堪んないわネ、この感じ!昔を思い出すわ!!血が滾ってきた……!!」
ハンドガンの引き金に指を置き、ムーンは端緒が開かれるのを待つ。隣では、さりげない仕草でポケットに手を入れたネプチューンが、頬を恍惚に染めて敵たちを睨んでいた。危うい雰囲気を感じ取ったムーンは、つい呆れて溜め息を吐いてしまう。
「あ~、何でもいいけど、早めに頼むよ、ネプチューン。彼に逃げられたら、意味がないからね」
「分かってるわヨォ!せっかちネ、ムーン。こういうのは、気分が大事なんだカラ!」
彼の指摘を軽くあしらったネプチューンは、瞳をギラつかせると、豹変して獰猛な気配を漂わせた。様子を窺っていた男たちは、思わず圧倒されてわずかに狼狽する。その若干の隙を、彼は見逃さなかった。
「今ヨッ!!」
鋭い声と同時に、ムーンは素早く足を踏み出す。途端に両脇から銃口が向けられるが、ネプチューンのサブマシンガンによってすぐに排除された。ムーンは彼を信用して背後を任せると、全く速度を落とさずに敵陣を駆け抜ける。飛び交う弾丸を身を屈めて回避しつつ、自分でも銃を撃って進路を塞ぐ者を退けた。そのまま真っ直ぐに廊下を突っ切り、人波を縫って目指す扉に到達する。しかし、ドアノブに勢いよく飛び付いた直後、男の一人に後ろ襟を掴まれ引き戻されそうになった。彼の手に握られた、鋭利なナイフが煌めきを放つ。
「オラァッ!!邪魔すんなクソが!!」
間一髪、刃がムーンの肉体に食い込む寸前で、ネプチューンの手刀が繰り出され男の武器を叩き折った。彼は続けて相手の顔に掌底を当て、床に転倒させる。
「ムーン、早く行って!!」
「あぁ」
ムーンはたった一度だけ短く頷くと、ノブを横に捻った。ネプチューンは敵から奪った魔導盾を翳して、彼のためのスペースを確保してくれる。ムーンが無事に行ったことを確認すると、彼は盾を振り回して三人の男を力尽くで吹き飛ばした。
「ハァ……温まってきた。いい感じだわ♡さぁ、ここからが本番ヨッ!もっと、もぉっと楽しみましょう!?」
衝撃でヒビの入った盾を放り捨て、片手を壁につくと熱っぽい吐息を漏らす。戦いが苛烈を極めれば極めるほど昂っていく性格の彼は、いよいよ抑えきれない興奮を露わにして咆哮した。
「所長代理とは、何者だ?何の理由があって、君にそこまで協力する」
彼の挙動を注意深く観察し、ムーンは冷静に尋ねた。しかし、セイガは肩を竦めて、大したことは知らないと答える。
「直接会ったのは数回きりだ。素性は知らないし、興味もない。一々調べ上げる手間も惜しかった……だが、あの男は金に執着せず、俺への要求も慎ましやかなものだった。あの程度の見返りで、言うなりになるなら安い出費だ。別に、従わないのなら始末すればいいだけだしな」
セイガはあくまで淡々と述べているが、ムーンの胸中では嫌な予感が渦を巻いていた。
ロバートの話の通り、所長代理が人心掌握に長けた人物なら、セイガの本性を見抜けないはずがない。にも関わらず、力と金で他者を支配する男を、少ない報酬で厚遇する理由は何か。恐らく、金ではない他の目的があると考えるのが自然だろう。そのために、彼はセイガを便利に操り、使い捨てるつもりでいるのだ。つまり、二人は互いに相手を侮り、目的達成のための道具としか捉えていないことになる。一方で、所長代理はセイガの正体や計画を知悉し、勝手に変更を加えているのに対し、セイガはほとんど何も詳細を掴んでいないというのだから、差は歴然であった。しかし、セイガはそれに気付くどころか、優位に立っているのは自分だと信じ込んでいるらしい。
「お前たちも同じだ。ガイアモンド一人を殺すだけでは生ぬるい。家族も、社員も、周りの者は全員葬ってやらなければ、とてもではないが物足りない……さぁ、仕事だ。二人とも絶対に逃すな。確実に殺せ。分かっているな?」
是非とも誤解を解いてやりたいところだったが、生憎とムーンたちに与えられた猶予は少なかった。セイガは憎しみに満ちた口調で呟き、居並んだ部下たちに顎をしゃくって指示を飛ばす。取り囲まれたムーンとネプチューンは、咄嗟に視線を交差させて言外に相談した。じりじりと追い詰められていく二人の姿を、セイガは面白そうに眺めた後、くるりと踵を返して立ち去りかける。
「待てっ!」
ムーンは慌てて声を張り上げたが、彼は一顧だにしなかった。付近のドアを無造作に引き開けると、奥に広がる闇の中に消えていく。ジャケットを着た背中が扉に阻まれて隠されるのを、二人は手を拱いて見ているしか出来なかった。彼らを囲む男たちは、明確な戦意を全身から滲ませて、襲撃のタイミングを計っている。
「あぁもう!こんなふざけた茶番劇に、付き合ってなんかいられないわヨォッ!!」
突然、ネプチューンが野太く叫んだ。彼は憤懣やる方ない調子で拳を振り上げ、周りの敵たちを威嚇する。だが、その言い回しは先程セイガが用いた表現に随分と引っ張られていた。
「奇遇だね。僕も同感だ。だけど、どうする?この大量のエキストラを、一気に吹き飛ばす策でもあるのか?」
問いかけてから、ムーンは首を巡らして辺りを指す。包囲を形作っているのは、皆傭兵か金で雇われた殺し屋のようで、屈強な肉体と強力な武器を備えていた。無論、二人の特級エージェントが協力すれば突破は可能だろうが、それでもかなりの時間を食うことは間違いない。そして、彼らが苦戦している間に、セイガはまんまと事態を思惑通りに進めてしまうだろう。
「ネェ、ムーン。もし道を作ってあげられたら、あんたそこを抜けて行ける?ほら、よく言うじゃない?ここはワタシに任せて、先に行け!ってやつヨ♡」
「何だって?ネプチューン、それは」
「いいから!!早く準備しなサイ!!」
だが、耐え難い状況にも拘泥せず、ネプチューンは明るい笑顔を保っている。彼は意図的にふざけると、ウィンクと共にムーンの尻を叩いた。急かされた彼は仕方なく、覚悟を決めて唇を引き結ぶ。他に方法がないことも、よく理解していたからだ。
「分かったよ。それじゃあ、好きな時に合図してくれ」
「了解♡ウフフ……堪んないわネ、この感じ!昔を思い出すわ!!血が滾ってきた……!!」
ハンドガンの引き金に指を置き、ムーンは端緒が開かれるのを待つ。隣では、さりげない仕草でポケットに手を入れたネプチューンが、頬を恍惚に染めて敵たちを睨んでいた。危うい雰囲気を感じ取ったムーンは、つい呆れて溜め息を吐いてしまう。
「あ~、何でもいいけど、早めに頼むよ、ネプチューン。彼に逃げられたら、意味がないからね」
「分かってるわヨォ!せっかちネ、ムーン。こういうのは、気分が大事なんだカラ!」
彼の指摘を軽くあしらったネプチューンは、瞳をギラつかせると、豹変して獰猛な気配を漂わせた。様子を窺っていた男たちは、思わず圧倒されてわずかに狼狽する。その若干の隙を、彼は見逃さなかった。
「今ヨッ!!」
鋭い声と同時に、ムーンは素早く足を踏み出す。途端に両脇から銃口が向けられるが、ネプチューンのサブマシンガンによってすぐに排除された。ムーンは彼を信用して背後を任せると、全く速度を落とさずに敵陣を駆け抜ける。飛び交う弾丸を身を屈めて回避しつつ、自分でも銃を撃って進路を塞ぐ者を退けた。そのまま真っ直ぐに廊下を突っ切り、人波を縫って目指す扉に到達する。しかし、ドアノブに勢いよく飛び付いた直後、男の一人に後ろ襟を掴まれ引き戻されそうになった。彼の手に握られた、鋭利なナイフが煌めきを放つ。
「オラァッ!!邪魔すんなクソが!!」
間一髪、刃がムーンの肉体に食い込む寸前で、ネプチューンの手刀が繰り出され男の武器を叩き折った。彼は続けて相手の顔に掌底を当て、床に転倒させる。
「ムーン、早く行って!!」
「あぁ」
ムーンはたった一度だけ短く頷くと、ノブを横に捻った。ネプチューンは敵から奪った魔導盾を翳して、彼のためのスペースを確保してくれる。ムーンが無事に行ったことを確認すると、彼は盾を振り回して三人の男を力尽くで吹き飛ばした。
「ハァ……温まってきた。いい感じだわ♡さぁ、ここからが本番ヨッ!もっと、もぉっと楽しみましょう!?」
衝撃でヒビの入った盾を放り捨て、片手を壁につくと熱っぽい吐息を漏らす。戦いが苛烈を極めれば極めるほど昂っていく性格の彼は、いよいよ抑えきれない興奮を露わにして咆哮した。
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