M00N!! Season2

望月来夢

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傲慢と虚飾

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「イッテェッ!!!」
 呻きと共に、グシオンが背中から落ちてくる。硬い金網の通路に衝突した彼は、衝撃で若干バウンドし、大袈裟な悲鳴を漏らした。しかし、決して反撃の考えは忘れていないようで、身を起こすと即座に銃を取り出して構える。
「何があった!?グシオン、大丈夫か?」
 今にも銃撃戦が始まるのではないかと怯えながら、ガイアモンドは彼に近寄って尋ねた。グシオンはゆっくりと立ち上がると、グリップを握り直して答える。
「お客だよ。俺と……あんたにな」
 彼が顎をしゃくって囁いた瞬間、所狭しと密集する機械の狭間から、一人の女性が姿を現した。彼女は一際大きな設備を蹴ると、中空で華麗に姿勢を整え、自然な動作で彼らの正面に飛び降りる。着地と同時にヒールの踵が床を叩き、纏った赤いタイトドレスが風に乗ってはためいた。
「アデル!!」
「……お久しぶりね、ガイアモンド“社長”」
 彼女の顔を見るなり反射で叫ぶガイアモンドを、アデレードは他人行儀に一瞥する。それによって、ガイアモンドはふと己を恥じる気持ちに駆られて閉口した。沈黙する彼をアデレードはさりげなく無視し、乱れた裾や団子状にまとめた髪を手で直している。スリットから覗く太腿に、小ぶりのナイフが括り付けられているのをグシオンは鋭く看破した。
「来ると思ってたぜ、姉ちゃん。あんた、これを返してほしいんだろ?」
 彼はおもむろに腕を組むと、ガイアモンドの代わりに質問を投げかける。そして、手にした青い箱を開けると、中の指輪を摘み出した。蛍光灯の乏しい明かりの下で、繊細な装飾とブルーダイヤモンドが優美な輝きを放っている。ガイアモンドは眠っていた記憶が呼び覚まされるのを感じ、思わず瞠目した。しかし、彼とは対照的にアデレードは苦い表情を浮かべている。
「こいつは、かつてアメジストで人気だったブランドの品だ。しかも、腕利きの職人に作らせたオーダーメイドの逸品!かなり年季は入ってるが、競売にでもかけりゃプレミア価格がつくだろうな~」
 グシオンは得意げに胸を反らし、馴染みの盗品ブローカーが語った真実を、平気な顔で受け売りした。実は、彼は着替えを取りに行くという口実のもと、ついでに知り合いの店に立ち寄っていたのである。そこで熟練の審美眼を持つ店主に鑑定してもらったのだから、間違いはない。
「にも関わらず、あんたはこれを売却するどころか、肌身離さず持ち歩いてる……多分、もしかしなくても、相当大事な“誰かさん”にもらった物なんだろうなぁ?はてさて、そいつは一体、どこのどいつか」
「僕だ」
「あん?」
 ところが、意気揚々と話し続けるグシオンを、ガイアモンドが遮った。彼は隣から指輪を箱ごと引き取ると、慈しむような手つきで丁重に触れる。
「この指輪は、僕が彼女に渡した。婚約の証として」
「何だって?社長さんがあげた?こいつを?セ、セイガとかじゃなくてか?」
 補足の説明を聞いた途端、グシオンは眉を寄せて分かりやすく動揺した。当てが外れて困惑している彼に、ガイアモンドは静かな声色で己の過去を打ち明ける。
「そうだ。彼女は……アデレードは、僕の恋人だった。でも、この指輪を贈った直後に、彼女は姿を消したんだ」
「何だそりゃ?結婚詐欺でも仕掛けられてたのか?……いや、それじゃ説明がつかねぇ。カモからもらった物なんざ、即日換金か横流しがいいとこだもんな。なのに、ずっと手元に残してたってことは……じゃあ、あんたがこの女の大切なお相手ってことかよ?」
「黙って!!」
 彼は怪訝そうに首を捻りつつも、すぐに事情を察しアデレードに目を向ける。彼の言動に苛立ったのか、もしくは他に原因があるのか、彼女は急に激情を爆発させた。だが、それも瞬く間に抑え込むと、落ち着き払った口ぶりで二人に提案を持ちかける。
「……ここは危険過ぎるわ。ついてきて。もっと安全な場所で話しましょう」
 端的に指図した後、彼女はくるりと身を翻して歩き出した。その背中を、グシオンとガイアモンドは互いに目を見交わして窺う。アデレードを信頼すべきかは不明だったが、かといってずっと同じ場所に留まっていても、敵に襲われやすくなるだけだろう。加えて、ガイアモンドはまだ彼女に尋ねたいことが多くあったし、グシオンも自らの好奇心を抑えきれないでいた。結果、彼らはまだ若干の警戒を残しつつも、アデレードに従うと決めたのであった。
 彼女に促されるまま、二人は階段を上がり、通路を横切ってどこかへと進む。目的地も知らされない移動は少々危うかったが、アデレードは本当に彼らを欺く気などないらしく、銃を持った何者かに襲われることもなかった。むしろ、先に行けば行った分だけ、敵の気配や規則的な足音から離れているようだ。
 彼女は誰からくすねたのか、ロバートと同じ監督の権限を付与されたカードを持っていた。それを用いて、次々と道を切り開いていく。やがて、銀色の壁と床に包まれた細い廊下に足を乗せると、急に立ち止まって振り返った。
「何故、来たの?」
 唐突にぶつけられた問いは、あまりにもありきたりなもので、返答の必要性すら見出すことが出来ない。
「セイガを止めるためだ。奴に、不死鳥の心臓を奪われるわけにはいかないからな」
 だが、ガイアモンドは気分を害した様子もなく穏やかに応じた。こちらを真っ直ぐ射抜く彼の黒い瞳を、アデレードはただじっと無言で見つめ返している。かと思えば、ふっと目を背けて冷淡にあしらった。
「偽物かも知れないのに?実は、所長以外の誰も、古代遺物を目撃した人はいないの……セイガが勝手に、騙されて信じ込んでいるだけかも知れない」
「それでも、黙って見ていることは出来ない。たとえ想像でも、盲信した結果でも、奴の行動は僕たちにとって脅威だった。だから、止めに来たんだ。街と、会社を守るために……それに、その、君のためにも」
 彼女の機械的な発言を、ガイアモンドはぴしゃりと撥ね付ける。彼は初め熱っぽい声音で捲し立てていたが、最後の方に差し掛かるにつれて、次第に勢いを失っていった。
「私?」
 躊躇と羞恥の入り混じった眼差しを送られ、アデレードは意外そうに瞬きを繰り返す。自分を指して問いかける彼女に対し、ガイアモンドは腕を差し伸べ深刻な面持ちで訴えかけた。
「君は脅されていただけだ。違うか?アデレード。だからまだ、僕との思い出を持っていてくれたんだろう?」
「っ!!」
 彼らしい、自信と傲慢に満ちた言い分と仕草が、かつてないほどアデレードの神経を逆撫でする。憤慨なのか嫌悪なのか、正体の分からない衝動に駆られて、彼女の頭にカッと血が上る。気付いた時には、パンと乾いた音が響き、掌に相手の頬を張った痛みが伝わっていた。
「……思い上がらないで」
 暴力への後ろめたさを少しでも和らげるためか、アデレードは掠れた声を絞り出し、偽りで塗り固めた残酷な台詞を吐き捨てる。
「私は一度も、あなたを愛したことなんてなかった。全部嘘よ。私が本当に愛していたのは……セイガ。彼一人だったもの」
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