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罠?
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己の心がどちらを向いているのか、アデレードはとっくに自覚していた。けれど、自分こそがセイガの人生と精神を壊したという罪悪感は、どうしても消えない。彼を見捨てることだけは、最後に残った良心の欠片が決して許そうとはしなかった。結果として、彼女はセイガを裏切ることも、ガイアモンドのもとに逃げることも選べず、惰性で生きるしかなかったのである。その真の原因が、他ならぬ自らの弱さにあるとは気が付きもしないで。
「だから……お願いよ、ガイアモンド。あなただけでも、逃げてほしいの」
様々な言い訳を用いてはみたが、彼女は結局誰かから拒絶されるのが怖いだけなのだ。だからこそ、自由な思考と意思を放棄し、周りの流れに盲目的に従ってきた。聡明な彼女なら、自身の内奥に隠された真実に眼を向けることも出来ただろう。にも関わらず、アデレードはこれまでずっと、過ちを黙認し素知らぬふりを続けてきた。
「あなたの仲間たちは、もしかしたら難しいかも知れないけど、あなた一人ならまだ逃げられるわ。それで、どこかセイガの手の届かない場所に行って、安全に暮らして……あなたなら、またきっとやり直せる。会社も、街も、全部元通りに出来る。でしょ?ガイア」
彼女は胸の前で両手を組み、涙声で哀れっぽく訴える。だが、彼女の提案はガイアモンドにしてみれば、侮辱的な内容でしかなかった。
「ふざけるな、アデレード。僕を馬鹿にしているのか?酷い言い草だぞ!いくら元恋人でも、許し難い行為だ!!」
最初の内、彼は努めて冷静な口調で話していたが、やがて自分の言い草に煽られた様子でヒートアップしていった。とうとう彼は怒りで頬を紅潮させ、アデレードに勢いよく指を突き付ける。
「僕には、義務がある!これまで、熱心に尽くしてくれた社員たちに対する義務が!!確かに、肩書きで言えば僕は社長さ。だが、何も僕一人の力でなれたわけじゃないんだ!!瓦礫の上に、玉座は出来ないんだからな……会社だって同じことだ。オメガ社の事業は、僕一人では成立しない。沢山の仲間がいて、初めて成功に至るものだ!!」
彼は整えられた黒髪を乱し、アデレードに指を突き付けて捲し立てた。どうやら彼は、己の抱く責任感と使命感に押し潰され、暴走状態に陥っているらしい。そのあまりの剣幕と気迫に、アデレードモグシオンもすっかり圧倒され、口ごもってしまう。
「彼らは僕の理想に共感して、力を貸してくれた!僕には出来ない多くの仕事を、分け合って担ってくれたんだ!!だから、彼らが払ってくれた労力に、僕は必ず報いなければならない!彼らの求める、平和な日常を取り戻さなければ!散々貢献してもらったくせに、恩を仇で返すなんて絶対に出来ないんだよ!!ましてや、ここまで来て中途半端に投げ出すなんて、論外にも程があるだろう!?」
与えられた犠牲には、相応の見返りを提供しなければならない。それが組織の頂点に立つ者の務めだと、ガイアモンドは常々認識していた。そして、彼が最も大事にしている考えを、彼の最も近くにいたアデレードも受け入れてくれていると思ったのだ。
「それなのに、君ときたら……!全く、幻滅したよ、アデレード!!」
しかし蓋を開けてみたら、彼女は理解や共感を示すどころか、端から否定し蔑ろにする態度を取った。ガイアモンドは強い失望と落胆に駆られ、攻撃性の高い単語を並べては、アデレードに憤懣をぶつける。名前を呼ばれてようやく、彼女も我に返って反論を始めた。
「っ……どうしてよ!あなたはさっき、まだ私を思っているって言ったくせに!!どうして私の頼みを聞いてくれないの!?」
「君こそ、今すぐその願いを取り下げろ!!未だに指輪も捨てられないくらいなのに、何故僕のことを尊重してくれないんだ!!」
即座に、ガイアモンドも大声で応酬する。容姿端麗な二人は徹底的に争う構えで、しばし互いを睨み合った。だが、突如前触れもなく視線を逸らすと、体ごと相手から背けて苛立ちの溜め息を吐く。腕を組む動作まで揃っている姿に、グシオンが堪えきれない忍び笑いを弾けさせた。
「あんたらやっぱ、似たモン同士じゃねぇか!カカカッ」
彼らのやり取りが余程面白かったのか、あるいはやっと会話に混ざることが出来るからか、彼は楽しそうにはしゃいでいる。同時に、これ以上時間を無駄にするなと警告することも忘れなかった。
「けど、いつまでもこんなとこで屯していられねーだろ?ってことで、痴話喧嘩もそろそろ終いにしようや、お二人さん」
「あなたは黙ってて!!」
「君は黙っていろ!!」
早く先に進まなければ、再び追手たちに見つかってしまうかも知れないというのに、二人はグシオンの忠言をぴしゃりと一蹴する。またもやシンクロした叱責を浴びせられ、グシオンはぐるりと目を回して呆れた。
「……ったく」
彼がわざとらしい嘆息を漏らした直後。後方から飛来した小さな物体が、彼の左肩に衝突し、皮膚を食い破って肉に深く食い込む。
「ぐっ!?」
強烈な痛みと、理由は分からないが強烈な冷たさを感じて、グシオンは低く呻いた。アデレードが何事かを察して、ハッと瞠目する。彼女は咄嗟に思い切り腕を突き出し、肘でガイアモンドの鳩尾を抉った。凄まじい衝撃に、彼は悲鳴を上げることも出来ず崩れ落ちる。その隣では、撃ち抜かれた箇所を押さえたグシオンが顔を顰めていた。
「あぁっ、クソ、痛ぇ!!」
あえて大袈裟に騒いでみせるが、実のところ、彼の味わっている苦痛は相当なものだった。まるで体に押し入った氷の弾丸が、筋繊維を内側から破壊し硬直させていくような、今まで一度も経験したことのない未知の感覚。しかもそれは、刻一刻と酷くなるのだから耐え難くて堪らない。
「捕まえたか。流石は、俺のアデルだな。見逸れたよ」
無力な二人を睥睨して、誰かが拍手を響かせた。物陰からぬるりと現れた彼は、青い髪を音もなく揺らし、整った容貌に冷酷な表情を宿す。アデレードが速やかに前に進み、静かな調子で彼に報告した。
「えぇ、とても簡単だったわ。彼を見つけて、所定の場所に連れてくるのはね」
「だから……お願いよ、ガイアモンド。あなただけでも、逃げてほしいの」
様々な言い訳を用いてはみたが、彼女は結局誰かから拒絶されるのが怖いだけなのだ。だからこそ、自由な思考と意思を放棄し、周りの流れに盲目的に従ってきた。聡明な彼女なら、自身の内奥に隠された真実に眼を向けることも出来ただろう。にも関わらず、アデレードはこれまでずっと、過ちを黙認し素知らぬふりを続けてきた。
「あなたの仲間たちは、もしかしたら難しいかも知れないけど、あなた一人ならまだ逃げられるわ。それで、どこかセイガの手の届かない場所に行って、安全に暮らして……あなたなら、またきっとやり直せる。会社も、街も、全部元通りに出来る。でしょ?ガイア」
彼女は胸の前で両手を組み、涙声で哀れっぽく訴える。だが、彼女の提案はガイアモンドにしてみれば、侮辱的な内容でしかなかった。
「ふざけるな、アデレード。僕を馬鹿にしているのか?酷い言い草だぞ!いくら元恋人でも、許し難い行為だ!!」
最初の内、彼は努めて冷静な口調で話していたが、やがて自分の言い草に煽られた様子でヒートアップしていった。とうとう彼は怒りで頬を紅潮させ、アデレードに勢いよく指を突き付ける。
「僕には、義務がある!これまで、熱心に尽くしてくれた社員たちに対する義務が!!確かに、肩書きで言えば僕は社長さ。だが、何も僕一人の力でなれたわけじゃないんだ!!瓦礫の上に、玉座は出来ないんだからな……会社だって同じことだ。オメガ社の事業は、僕一人では成立しない。沢山の仲間がいて、初めて成功に至るものだ!!」
彼は整えられた黒髪を乱し、アデレードに指を突き付けて捲し立てた。どうやら彼は、己の抱く責任感と使命感に押し潰され、暴走状態に陥っているらしい。そのあまりの剣幕と気迫に、アデレードモグシオンもすっかり圧倒され、口ごもってしまう。
「彼らは僕の理想に共感して、力を貸してくれた!僕には出来ない多くの仕事を、分け合って担ってくれたんだ!!だから、彼らが払ってくれた労力に、僕は必ず報いなければならない!彼らの求める、平和な日常を取り戻さなければ!散々貢献してもらったくせに、恩を仇で返すなんて絶対に出来ないんだよ!!ましてや、ここまで来て中途半端に投げ出すなんて、論外にも程があるだろう!?」
与えられた犠牲には、相応の見返りを提供しなければならない。それが組織の頂点に立つ者の務めだと、ガイアモンドは常々認識していた。そして、彼が最も大事にしている考えを、彼の最も近くにいたアデレードも受け入れてくれていると思ったのだ。
「それなのに、君ときたら……!全く、幻滅したよ、アデレード!!」
しかし蓋を開けてみたら、彼女は理解や共感を示すどころか、端から否定し蔑ろにする態度を取った。ガイアモンドは強い失望と落胆に駆られ、攻撃性の高い単語を並べては、アデレードに憤懣をぶつける。名前を呼ばれてようやく、彼女も我に返って反論を始めた。
「っ……どうしてよ!あなたはさっき、まだ私を思っているって言ったくせに!!どうして私の頼みを聞いてくれないの!?」
「君こそ、今すぐその願いを取り下げろ!!未だに指輪も捨てられないくらいなのに、何故僕のことを尊重してくれないんだ!!」
即座に、ガイアモンドも大声で応酬する。容姿端麗な二人は徹底的に争う構えで、しばし互いを睨み合った。だが、突如前触れもなく視線を逸らすと、体ごと相手から背けて苛立ちの溜め息を吐く。腕を組む動作まで揃っている姿に、グシオンが堪えきれない忍び笑いを弾けさせた。
「あんたらやっぱ、似たモン同士じゃねぇか!カカカッ」
彼らのやり取りが余程面白かったのか、あるいはやっと会話に混ざることが出来るからか、彼は楽しそうにはしゃいでいる。同時に、これ以上時間を無駄にするなと警告することも忘れなかった。
「けど、いつまでもこんなとこで屯していられねーだろ?ってことで、痴話喧嘩もそろそろ終いにしようや、お二人さん」
「あなたは黙ってて!!」
「君は黙っていろ!!」
早く先に進まなければ、再び追手たちに見つかってしまうかも知れないというのに、二人はグシオンの忠言をぴしゃりと一蹴する。またもやシンクロした叱責を浴びせられ、グシオンはぐるりと目を回して呆れた。
「……ったく」
彼がわざとらしい嘆息を漏らした直後。後方から飛来した小さな物体が、彼の左肩に衝突し、皮膚を食い破って肉に深く食い込む。
「ぐっ!?」
強烈な痛みと、理由は分からないが強烈な冷たさを感じて、グシオンは低く呻いた。アデレードが何事かを察して、ハッと瞠目する。彼女は咄嗟に思い切り腕を突き出し、肘でガイアモンドの鳩尾を抉った。凄まじい衝撃に、彼は悲鳴を上げることも出来ず崩れ落ちる。その隣では、撃ち抜かれた箇所を押さえたグシオンが顔を顰めていた。
「あぁっ、クソ、痛ぇ!!」
あえて大袈裟に騒いでみせるが、実のところ、彼の味わっている苦痛は相当なものだった。まるで体に押し入った氷の弾丸が、筋繊維を内側から破壊し硬直させていくような、今まで一度も経験したことのない未知の感覚。しかもそれは、刻一刻と酷くなるのだから耐え難くて堪らない。
「捕まえたか。流石は、俺のアデルだな。見逸れたよ」
無力な二人を睥睨して、誰かが拍手を響かせた。物陰からぬるりと現れた彼は、青い髪を音もなく揺らし、整った容貌に冷酷な表情を宿す。アデレードが速やかに前に進み、静かな調子で彼に報告した。
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