M00N!! Season2

望月来夢

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セイガの残虐

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「愚かな人たちだったわよ。少しでもそれらしく話すだけで、あっさり信じてくれるんだもの。楽に欺くことが出来た」
 アデレードは冷淡な声音で告げ、ツンと澄ました仕草でセイガに近寄る。その美しい顔には、いかにも彼の忠実な部下と言わんばかりの恭順な表情が漂っていた。
「てめぇ……!俺たちをハメやがったな」
 彼女が芝居を打っていることに気付いたグシオンは、怪我を負っても尚衰えない遊び心に身を任せ、意気揚々と便乗する。尤も、彼の面持ちは痛みによって歪んでいたため、あまりあからさまに演技をする必要はなかった。
「あなたたちが悪いんでしょう?いつまでも過去の幻影に取り憑かれて、現実を見ようとしないから、騙されることになるんだわ……私は決して、あなたを愛していなかったというのに」
 横槍を入れられて驚きつつも、アデレードはすぐに取り繕って続ける。軽蔑の色濃い口調で詰られ、ガイアモンドは腹を押さえたまま眉を寄せた。一方、その場に片膝をついて蹲っているグシオンは、ニヤリと意味深な笑顔を湛えている。
「ふっ、お前の言う通りだ、アデル。事実はきちんと受け止めなければ、後で後悔することになる」
 何故かセイガまでもが同調して、酷薄な笑みを唇に乗せた。彼はゆっくりと皆に近付いてくると、わざとらしい手付きでアデレードの腰を抱く。彼女はしおらしく相手にもたれかかって、筋肉質な胸板を優しく撫でた。
「それで、彼らをどうするの?セイガ」
「決まっているだろう。殺す」
 耳元で囁く彼女に、セイガは無機質な声音で応じる。一切容赦するつもりのない発言を聞き、アデレードは茶色の瞳を小さく泳がせた。
「ねぇ……こっちの男は無関係よ。金目当てで協力しただけの、ただのこそ泥。わざわざ手を下す価値もないわ。でしょ?」
 己の動揺を隠そうとしているのか、彼女は数度瞬きを繰り返すと、更に甘ったるい眼差しでセイガを見遣る。綺麗に整えた爪で彼の肩をなぞり、指先を器用に蠢かしてネクタイを緩めると、手の隙間からひらりと滑らせて床に落とした。
「へっ、言ってくれるじゃねぇか。俺があんたから何を盗ったか忘れたのか?姉ちゃん」
 熱心な誘惑を試みる彼女に、再び諧謔心を起こしたグシオンが口を開く。貶されて憤ったふりをしながら、決定的な秘密を暴露する機会を窺っている彼を、アデレードは素早く睨み付けた。
「どちらでもいい。ヘリオス・ラムダに関わった時点で、邪魔者には変わりない。全員悉く排除するだけだ」
 しかし、セイガは構うことなく、微塵も崩れない無表情で一蹴した。彼はアデレードの腕を雑に引き剥がすと、乱された襟元を簡単に整える。そして、三人の瞳を順番に覗き込んだ。
「どうして、そこまでする必要があるの?」
 呆気なく拒否されたアデレードは、内心の失意を押し殺して尋ねる。途端、セイガはくるりと彼女の方へ振り返り、青髪を払って冷笑を浴びせた。
「今日はやけに噛み付くな。もう誤魔化す余裕もないか?」
「!?」
 指摘を耳にした瞬間、アデレードの顔に分かりやすい狼狽が表れる。蒼白になった肌に汗の玉が伝い、ヒールを履いた足が不安定によろめいた。じりじりと後退る彼女に、セイガは容赦なく接近して問う。
「知られていないとでも思ったのか?馬鹿な女だ……俺はとっくに分かっていた。お前が愛しているのは俺ではなく、この男だということを」
 彼の指が示した男は、今まさに彼女に傷付けられた苦痛を堪えて立ち上がるところだった。その憂慮を含んだ黒い瞳が、自分を凝視しているとアデレードは悟り、艶やかな唇を噛み締める。
「だが、全て許してきた。偽りを並べて奴から離れたことも、遠回しにガイアモンドを助けてきたことも、奴の手下ムーンを殺さなかったことも!気が付いていながら、容認したんだ。お前にガイアモンドを殺させる、最高の状況を作るためにな」
 セイガは彼女の頬を片手で掴み、冷徹な調子で言い募った。そして、反対の手が懐に伸びたかと思うと、愛用のリボルバー式拳銃が取り出される。咄嗟にアデレードは身体を強張らせるが、それでセイガが考えを改めるわけがない。
「さぁ、アデル。死にたくなければ、この男を殺せ。出来るだろう?お前は、そういう女だ。自分が生き延びるためには、どんな犠牲も厭わない。『仕方なかった』だの、『自分だけが悪いわけじゃない』だのと屁理屈をこねて、結局自我を貫き通す。そんなお前に、今まで多くの者たちが振り回されてきた。俺も含めてな」
 彼女に無理矢理拳銃を握らせ、セイガは得意そうに吐き捨てた。彼は蔑みとも自虐ともつかない感情で、口の端を捻じ曲げている。
「だが、お前もこれで終わりだ、アデレード。傲慢な生き方は、無限に続くものじゃない。お前は俺の復讐を代行することで、罪を償わなければいけない。その点ではむしろ、感謝するべきだろう?俺はお前を恨むどころか、むしろ罰を与えてやり直すチャンスをやっている。それも、許すとまで断言しているんだ。寛大な裁定だろうが」
 彼は随分と理屈の破綻した自説を展開するが、アデレードにはその半分も理解することが出来なかった。彼女の思考回路は強い驚愕によって麻痺しており、何かを考える余裕などなかったからである。
 まさか、自分自身の裏切りを暴かれ、ガイアモンドへの秘めた思いを看破されるとは想像だにしていなかった。剰え、昨日のオメガ社爆破に際しても、彼の部下を助けるため、あえて急所を外して撃ったことまで勘付かれているなんて。
「い……いつから?」
「ふん、覚えていないな。最近でないのは確かだが」
 震える手を懸命に押さえ付けて、彼女は問いかける。すると、セイガは薄い肩を竦めて鼻を鳴らした。記憶に残らないほど以前からだと断言され、アデレードは一層激しい衝撃を受けた。けれども同時に、どこか納得感に似た気持ちを抱いていることも自覚する。
 本当は、彼女もずっと疑問視していたのだ。重要人物を取り逃がしたり、肝心な情報のみを手に入れられなかったり、幾度も失敗を繰り返す彼女をセイガはいつも許してきた。本来は厳格な性格の彼が、どうして彼女だけを特別扱いするのか、部下の男たちも散々首を捻っていただろう。しかし、彼らの愚痴や不満、苛立ちをアデレードは決してまともに取り合ってこなかった。彼女が受け入れられているのは、他ならぬセイガの愛を勝ち得ているからで、周りの者はただそれに嫉妬しているだけと思っていた。だから、彼の心さえ掴めていれば、誰に何を騒がれても安全に暮らせると高を括っていたのである。
 ところが、彼女の考えは間違いでしかなかった。セイガはとりわけ彼女を愛していたわけでも、贔屓していたわけでもない。彼は最初から、彼女の本性も秘密裏の背反行為も把握していたのだ。だからこそ、あえて放任することで泳がせ、成り行きを見守っていた。
 愛情の盾が存在するなど、所詮はアデレードの驕りと自惚れとが作り出した、単なる誤解に過ぎなかったのだろう。彼女は結局、セイガに弄ばれひたすら醜態を晒す、頭の足りない女だった。掌の上で踊り狂う彼女を、その愚かさと滑稽さを、セイガはきっと腹が痛くなるまで笑っていたに違いない。あるいは、馬鹿馬鹿し過ぎてかえって反応を示すことも出来なかったか。
「お前は、きちんと教育を受けたことがない。文字だってろくに読めないくらいだからな。俺が与えた仕事をこなせないのも、初めはそれが原因だと思ったんだ。だが、途中で気付いた。暗殺者として育てられたはずのお前が、簡単な殺しすら出来ないのは不自然だ。お前が俺に尽くさないのは、学がないからじゃない。君主おれそのものに忠誠を誓っていないからだと……お前は俺から逃れたがっていた。殺しの仕事にも、俺の事業を手伝わされることにも、裏社会での生活にも心底嫌気が差していた。それでも留まっていたのは、他に行くところがなかっただけだ。そうだろう?アデル」
 真実を看破され、たじろぐアデレードをセイガは無慈悲な眼差しで射抜いた。
「そしてガイアモンドは、逃げ場を求めていたお前にとって格好の相手だった。まさか、暇潰しのつもりで始めさせた芸能活動が、こんな結果を引き起こすとは……運が良かったよ。信用出来ない手駒おまえには、せいぜい箔をつけて体を売らせるくらいしか、使い道がないと思っていた。だが、流石の俺も驚いた。お前はまんまと奴に惚れ込み、ボロを出すようになったんだからな」
 セイガはブルーグレーの瞳を冷酷に光らせ、アデレードを睥睨する。その冷たい視線に臆し、彼女はびくりと背筋を戦慄かせた。彼女の心を見透かすかのように、セイガは全身をゆっくりと眺めてから再び喋り出す。
「お前は俺のそばにいながら、次第にガイアモンドの味方をするようになった。自分では上手く隠していたつもりだろうが、甘かったな。俺に愛情があれば、騙されてやったかも知れないが、お前は俺を読み違えた。お前が巧妙な手口で、何度も奴を庇っていることはすぐに気が付いたよ。だが、それならそれで構わないと、しばらく様子を見ていたんだ。お前の明白な裏切りに、どんな罰を与えるべきか考えながら……そして、決めた。お前に、俺の復讐計画を手伝わせ、ガイアモンド殺害の実行を託す。それをもって、俺を利用し、依存先してきたお前に報いを受けさせると。そのために、今日までお前を生かし続けてきたんだ!」
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