M00N!! Season2

望月来夢

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ルナ・エクリプス

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「はぁ……っ、ガイアモンド!グシオン!どこにいる?」
 人気のない廊下を走り抜け、ムーンは逸れてしまった仲間を呼んだ。直後、物陰から武装した兵士らしき男が現れ、銃口を向けてくる。危機を認識した途端、彼の体は本能的に動き、敵の一人から武器を巧みに奪っていた。咄嗟に相手の腕をおかしな方へ捻り上げ、引ったくった銃の引き金を躊躇なく引く。だが、弾は発射されない。カチッと乾いた音と共に、撃鉄が空気を叩くだけであった。仕方なく、グリップ部分を振り下ろして兵士のこめかみに叩き付ける。失神し崩れ落ちた男を見下ろし、ムーンは大きな溜め息を吐いた。
 考えるより前に敵を倒してしまうのは、いつものことだからどうでもいい。頭を悩ませる意義もない些事だろう。しかし問題は、現状が長引き過ぎている点にあった。SGPの施設に入ってから今まで、一体どれだけの時間が経ったのか、合計で何人の敵を退けたのかも分からない。所持していた弾丸も使い果たして、魔法で補填するのもそろそろ限界が来ていた。適当に兵士たちから武器を拝借しても、同じく弾切れか状態の悪い物ばかりでうんざりする。おまけに、ずっと小走りで駆け回っているせいで脇腹が痛かった。散々捜索しているにも関わらず、ガイアモンドにもネプチューンにも、グシオンにも会えないとは腹立たしい。せっかく車両まで用意したというのに、レジーナとの通信が繋がらないのも笑えない皮肉である。
「はぁ……」
 もう一度嘆息し、ムーンは壁に片手をついた。突如、どこからか冷たい空気が吹き付けて、彼の背筋を粟立たせる。肌を撫でる真冬の風に、何となく覚えがある気がした。
(セイガは、氷の魔法を使う……)
 彼の魔導技術の高さは、わざわざ確認するまでもなく身をもって学習している。一度は氷柱で刺し貫かれ、二度目にはオメガ社の広大なロビーが、極寒の冷凍庫に変わるところを目撃しているのだから。自身の経験を鑑みれば、直感であっても信頼は十分に足りた。つまり、この寒風の発生源を探せば、セイガのもとに辿り着ける可能性が高いということだ。周囲の物音や気配に留意して、ムーンは静かに歩みを進めた。
 角を曲がった瞬間、警備隊なのかセイガの部下なのか、何者かに撃たれて転がった白衣の男に蹴躓く。男の握り締めていたIDカードに、ロバートと同じ“監督”の文字が記されていると気付いたムーンは、素早くそれを掠め取った。そして、前方の扉のロックを外して先へ行く。
「!!」
 ドアの奥からいきなり銃声が響いて、彼はピタリと足を止めた。急いで身体を引っ込め、先程拾った銃を持ち上げる。しかし、断続的な発砲音はすぐに消えたため、戦う必要はなかった。複数人の足音が規則正しく遠のいていくのを聞き、ムーンは安堵して壁につけていた背を離す。息を潜めたまま廊下に踏み入ると、眼前に無数の銃弾を浴びせられ、絶命した研究員が倒れていた。服が真っ赤に染まるほど出血し、両目を恐怖に見開いた状態で事切れた姿は、何とも言えない嫌悪感と不気味さを漂わせている。白過ぎる蛍光灯に照らされているのも、余計に不安を煽る一因となっていた。誰の仕業かは不明だが、惨いことをするものだ。きっと、施設の至るところに類似した姿の被害者が点在しているのだろう。これ以上犠牲者が増える前に、早く事態を収束させなければならない。ムーンは速やかに研究員から視線を逸らすと、銃を構え直して再び歩き出した。
 彼が開けた扉の先は、他の場所とは違って、曲線的なカーブを持つ廊下になっていた。見通しの悪い道の、右と左どちらを選ぶべきか、肌で室温を測って決断する。本当に自らの考えが合っているのか、確信はなかったがとりあえず一定の速度で足を運んだ。
 やがて、ぐんと辺りの温度が下がったのを感じて、彼は意識を集中させる。体の節々が寒さで強張り、漏らした吐息が白く濁るのが分かった。眼鏡のフレームにかかった前髪を払うと、何かの弾みで搭載された機能を発動させてしまう。建物内に張り巡らされた魔法のせいで、生命の感知や物体の透過を含めたあらゆる探知が使えなくなっていたが、どうやら誤解だったらしい。唯一生き残っていた物体温度感知サーモグラフィー機能が、電子音を立てて起動した。そして、直ちにムーンの付近の空間が、異様なほど冷えていることを示す。特に右手前に取り付けられたドアの周りは、ほとんど黒に等しい暗色で塗り潰されていた。
 彼は半ば無意識的に、呆然と腕を伸ばしカードリーダーに認証を求める。その指が目的の物に触れる寸前、扉が開いて奥から二人の人物が飛び出してきた。彼らはまるで何かに追い立てられているかのように、忙しない動きでこちらへと這ってくる。ムーンは反射的に銃を構え、油断ない眼差しを送ってからハッと気付いた。同時に、現れた者の片方が両手を挙げて彼を制した。
「ま、待て!撃つな!!ムーン、僕だ!!」
「ガイア?」
 声を耳にするまでもなく、ムーンは速やかに武器を下ろす。驚いて瞠目する彼の前で、ガイアモンドはよろよろと立ち上がり、乱れた息を整えていた。
「いてて……よぉ、ムーンさん、生きてっか?」
 同じく、ガイアモンドの隣に転がっていたグシオンも、ぎこちない動作で身を起こす。だが、魔法を食らった彼の上半身は、惨たらしい状態に変わっていた。肉体が左側から凍り付いて、細かな氷片が絶えずパラパラとこぼれている。セイガに埋め込まれた氷の弾丸が、着々と彼の内部を蝕み、現在も侵食を行なっているせいだった。
「君こそ、“それ”は平気なのか?」
「へっ、分かりきったこと聞くねぇ。平気そうに見えるか?」
 唖然と尋ねてくるムーンに、彼は捻くれた薄笑いで返答する。本来なら、肩でも竦めたい局面だったが、生憎関節まで凍っているおかげで叶わない。それどころか、表情を変化させるのさえ覚束ない有様であった。首筋から頬の筋肉までが硬直していて、全く思い通りにならない。冷たさのあまり、左腕は痺れて感覚が薄れかけていた。恐らく、放っておけばいずれ凍結は足まで及び、立っていることも不可能になるだろう。ところがグシオンには、事実を打ち明け助力を願い出る意思などなかった。
「ガイア、何があった?」
 彼に応じる気がないと察したムーンは、首を巡らしてガイアモンドを一瞥する。だが、こちらも冷静に対話する余裕を失くしているらしかった。
「はぁ……っ、何が、だと……?そんなもの、決まっているだろう!」
「おっと!落ち着くんだ、ガイア。暴力では何も解決しないぞ」
 拳を振り翳し、今にも殴りかかってきそうな男を、ムーンは慣れた調子で制止する。軽く肩を掴み、力尽くで押し留めると、彼はあろうことかその場に崩れ落ちそうになった。貧血に似た眩暈や倦怠感は、魔力欠乏の症状だろう。引っかかるのは、何がそこまで彼に魔法を使わせたのかということだが、考えるまでもなかった。グシオンの状態や、ガイアモンドの服についた氷の破片を見れば、誰だって想像がつくはずだ。銃弾が掠めたのか、わずかに血を滲ませているガイアモンドの腕の傷に、ムーンは手早く止血処置を施す。いつもなら高級スーツが傷んだとか大騒ぎする彼だが、今日に限っては一言も不平を口にしないのが、尚更危機感を煽った。
「この人がぶち上げちまったのさ。セイガの親父を殺ったのは、他ならぬ自分だってな」
 沈黙に耐えかねたグシオンが、彼の代わりに事の次第を説明する。その内容にムーンは酷く衝撃を受け、声を発そうとして中断した。『何故そんなことをしたのか?』なんて、聞く必要もない愚問に感じられたからである。
 ガイアモンドは決して、無謀な振る舞いをしない男だ。彼の行動には必ずれっきとした理由があり、それを推測することは全然難しくない。つまり、彼が自分自身を囮にしてまで守りたいと思うものは、たった一つしかないだろう。
「なるほど。それで、セイガは君の下手な嘘を信じたと……彼も、意外と単純なようだね」
 ようやく事情が飲み込めたムーンは、好奇心と興味を噛み殺して返す。無機質で感情を理解しない人形のようなセイガに、言葉の裏の意味を汲み取れないという弱点があったとは。可笑しさを覚えると同時に、膠着した現状を打開する方策を発見した気がして、彼の胸は弾んだ。
「気を抜くな、ムーン。来るぞ」
「ふふ、誰に向かって言っているんだい?」
 警戒体勢で命令するガイアモンドに、ムーンは少しだけ、普段の彼を真似た高慢な態度で微笑む。彼の開かれた瞼の間で、赤い瞳が獰猛な光を放った瞬間のことだった。大量の白い靄と共に、壁の陰から一人の男の影が躍り出る。魔法で作られた氷よりも冷たい、憎悪と怒りとを湛えた視線がムーンたちを睨んだ。
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