M00N!! Season2

望月来夢

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命を懸けた秘策

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 わずかの差で掴み損ねた手を、ガイアモンドはいつまでも諦めきれずに探し続けていた。網膜に焼き付いたグシオンの最後の表情が、彼の心をひっきりなしに刺激し、胸に内に荒波を引き起こす。
 絶望と驚愕に満ち、光を失った金色の瞳。しかし同時に、彼の口元には笑みが浮かび、まるで許しを与えているかのようであった。彼を救えなかったガイアモンドを、助けるのが間に合わなかったことを責める気はない。むしろ共倒れするよりはマシだと、相手の過失にも失態にも悉く目を瞑り、一切を咎めないと確約していた。そして、後に残された面倒事を何もかも託すと、眼差しだけで伝えて消えていった。
 その彼を失ったという事実に、ガイアモンドは打ちのめされガックリと膝を折る。二人は決して友人同士と呼べるほどの関係を築いてはいなかったが、かといって相手の死の瞬間を目撃して、尚も平気でいられるわけがない。
 強い精神的ショックを受け、呆然としているガイアモンドの背中をムーンは憂いげに見遣る。というよりは、彼の姿を憎悪の表情で睨んでいる、セイガのことが気にかかった。何とかして注意を逸らせないものかと、ムーンは自身のハンドガンを取り出すが、もう弾は一発も残っていない。体を張って止めたくとも、負傷している上に床が凍り付いていては、まともに歩くことも出来なかった。
 彼が苦悩している最中にも、セイガは淡々と拳銃を構え、ガイアモンドの頭部目掛けて照準を定めている。安全装置は外れ、引き金にはとっくに指がかかっていて、いつ銃声が響いてもおかしくない状況を作っていた。
(……仕方ない)
 他に術を思い付かなかったムーンは、心の中で嘆息して決断する。こうなってはもはや、成功するかも分からない、危険な策を試す以外の道はなかった。つまり単純に、セイガのもとまで走り寄って、背後から彼を突き飛ばすのだ。上手くいけば、彼の長身は手すりを乗り越え、あるいは足を踏み外して通路から落下するかも知れない。反対に、ムーンも巻き込まれて共に落ちるか、リボルバーで撃たれる可能性もあった。しかし、それでガイアモンドを守れるのならば、安い犠牲だろう。主のために身を挺して戦うのが仕事の彼と、何万という市民の生活を背負っているガイアモンドとでは、価値の差は歴然。おまけに、元々彼の命はガイアモンドによって救われ、導かれてきたも等しいのだから躊躇う理由はなかった。
 ムーンは覚悟を固めると、密かに体勢を整える。視線の先では、ガイアモンドがセイガに襟首を掴まれ、乱暴に引き倒されていた。抵抗する彼の顔に拳を叩き付け、セイガは無言で銃を向け直す。二人のすぐ近くには、グシオンが手放したと思しき小銃が落ちていた。知らぬ内に掠め取られた、ムーンの愛用の武器だ。駆け出すと同時にそれを拾い、残っているはずの銃弾を放つ光景をはっきりと脳裏に描く。ところが、イメージを実行に移そうとした直後、開け放たれた扉の陰から新たな影が現れた。
「待って!!」
 甲高い声を上げて、一人の女が割って入る。彼女の隣には何故かネプチューンが立ち、怪我を負った彼女に肩を貸してやっていた。尤も、彼もまた単独で数多くの敵と戦っていたため、身体中を傷だらけにし、服にも肌にも乾いた血をこびりつかせている。硝煙と埃で汚れた迷彩服の下にも、夥しい量の傷創が刻まれていることは想像に難くなかった。
「もう、やめにしましょう……セイガ、こんなこと、無意味だわ」
 ネプチューンの太い腕を肩から外し、彼女はおもむろにヒールを脱ぎ捨てると、凍った床の上を裸足で歩き出す。その身を包む赤いドレスは、ムーンと同じく腹部の辺りに穴が空き、傷口から滲んだ血で更に赤く染まっていた。大した処置を施していない様子の彼女を、隣の医師が不安げな目付きで眺めているが、相手は決して取り合わない。
「まだ叱言を言うつもりか?アデル。せっかく急所を外してやったんだ。大人しく寝ておけ」
 気怠げな調子で振り返ったセイガは、退屈と呆れを含ませた眼差しで彼女を一瞥した。あえて生かしてやったと侮蔑的に嘲られても、アデレードはめげずに反論を紡ぐ。
「いいえ、そんな暇はない。あなたも気付いているはずよ。ガイアモンドは両親の仇じゃない。彼は嘘をついているだけだって」
「何だと……?」
 キッパリと断言した途端、セイガの顔の筋肉がほんのわずかに引き攣った。彼女はその変化を鋭く看破し、早い口調で捲し立てる。
「彼は無関係よ。あなたが本当に恨むべきなのは」
「やめろ!やめるんだ、アデル!!」
 意図を察したガイアモンドが、語気を荒げて彼女を止めた。しかし、アデレードはろくに耳を貸さず、隠し持っていた銃をセイガの前に掲げる。
「あなたの敵は、私なの」
 ごく平坦な声音で、アデレードは決定的かつ驚くべき真実を告白した。最も避けたかった事態が実現したことに、ガイアモンドはより一層の衝撃を受けて絶句する。だが意外にもセイガ本人は、特に反応を示さず無表情のまま佇んでいた。彼が何も言わない内に、アデレードは息を吸い込んで再度畳み掛ける。
「あなたの家族を死に追いやったのは私。毎日毎日、奴隷のように働かされる暮らしに、心底嫌気が差していたの。だから、ギャングたちに接触しデルバールの殺害を持ちかけた。襲撃が上手くいくよう、必要な情報も全て提供したわ。ただ一つ、あなただけは見逃してほしいと懇願したけれど」
「ちっ、違う!彼女じゃない!!デルバールを殺したのは僕だ!!」
 冷静に語られる話を、ガイアモンドが狼狽し切った態度で遮り、真実ではないと主張した。彼は躍起になって、セイガの意識を彼女から逸らそうと試みる。
「彼は、奴は本当に酷い悪党だった!だから僕が……!アデレードじゃないんだ!!彼女は嘘を」
「黙って!!」
 ところが、彼の必死の努力をアデレードはたった一言で拒絶した。
「黙りなさい、ガイアモンド。私の邪魔をしないで」
「……!!」
 未だかつて向けられたことのない、機械的で敵意のある表情を目の当たりにし、ガイアモンドは今度こそ言葉に詰まる。どうして彼女がこんな振る舞いをするのか、微塵も理解が追いつかなかった。これ以上何かを喋れば、彼女は激昂したセイガによって、無惨に殺されるかも知れないというのに。
 混乱し黒い瞳を見開いているガイアモンドから、アデレードは静かに視線を外して続ける。
「私はね、セイガ。寂しかったのよ。デルバールたちを殺せば、確かに私は救われる。だけど同時に、知り合いを全て失うことにもなるの。それが、どうしようもなく怖かった……だって、この腐り切った世界で、一人でどうやって生きていくというの?汚れ仕事しか知らない、ちっぽけで無力な私が」
 彼女が話している間も、セイガは全く反応することなく、その場に立ち尽くしていた。彼の顔は深く俯いていて、そこにどんな感情が浮かんでいるのか推測することも出来ない。だが、アデレードは全く拘泥せずに言い募る。
「だから、私はあなたを助けた。あなたを生かし、世話をすることで孤独から逃れようとしたの……自分のエゴのために、あなたを利用していた」
 無論、それはセイガにも当てはまる現象だった。彼もまた、孤立を避けるために彼女を利用していた側面があるのだから。自らの弱さと愚かさを正面から直視し始めたからこそ、アデレードは彼の内心をも、明白に把握出来るようになったのである。
「だけどね、セイガ。やっぱりそれじゃ駄目だったのよ。互いに依存した関係は、当然長くは続かない。結局、あなたは憎しみに駆られて全てを壊してしまったし、私も……そんなあなたを止めることが出来なかった。手を拱いて、見ているしか」
 セイガをここまで歪めたのは、彼女だ。彼女の行為が、彼の精神を病ませひたすら復讐のみを望む盲目の男に、現実を認める能力を持たない荒んだ人格に変えた。剰え、彼という重荷だけでは飽き足らず、ガイアモンドとも関わり共に危険に巻き込んだ。否、ガイアモンドの周囲に集う、他の多くの者たちにも危害を加えてしまった。その責任は、何もかも彼女にある。
「だから私、命に換えてもあなたを殺すわ。あなたにこれ以上、破壊させはしない。私の大切な人を……彼が愛したものを守るために」
「やめろ……!駄目だ、アデレード!!」
 彼女は勝手に、一人であらゆる負債を背負おうとしている。直感的に察したガイアモンドは、ほとんどパニックに陥って抗弁した。しかし、咄嗟に飛び出したネプチューンが、彼を背後から押さえ込んで制止する。道すがら彼女の思いを聞かされていた医師は、それを尊重し手を貸すことを確約していたのだった。そのために彼は、きっと抵抗してくるだろうガイアモンドを封じるとまで誓っていた。今が約束を果たす時だと、ネプチューンはゴムの滑り止めのついた靴で、しっかりと踏ん張り暴れるガイアモンドを戒める。彼らの一連のやり取りを、セイガは本心の読めない不気味な面持ちで眺めていた。
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