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春
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しおりを挟むフリンダルの遅刻事件から、フォンラードの周辺は慌しく
変化していった。これまで、学生達との連絡手段は
<魔力伝線方式>という通信方法を使用していたが、
大学が生徒の入学時に個々に配布する魔石を使用しなくては
ならなかった為、正規の学生では無いフリンダルがそれを
使用する事は出来なかった。
そこで、ケルノが考案した<魔力相互送信方式>という
魔法術式を魔力線で繋ぐ通信方法を研究室では使用する事になった。
フリンダルには、その術式を刻んだペンダントをフォンラードは
渡した。彼女の中でキラキラと光るそのペンダントは、
栞の次に大事な宝物となった事は言うまでも無い。
いつでも連絡が出来る様になったフリンダルは、帰宅後も
用も無いのに研究室に居る学生に連絡を入れたりしていて、
とても嬉しそうであった。
環境の変化は勿論だが、フォンラードの交友関係も以前とは
違った物になった。その一人としてフォルヤード夫人がいる。
彼女はあの日から、ちょくちょく研究室に訪ねて来る様になり、
1、2時間滞在しては帰って行く。
ただ、いつも彼女の目的はフリンダルに会う事では無かった。
「いつも私、悩んでしまいますの。貴方の事、
伯爵とお呼びすべき?それとも教授かしら?」
「ははっ!どちらでも構いません。夫人」
「あら、そう?では教授とお呼びしますわね」
「えぇ、どうぞ。それより…あれから彼女の事を調べてみました」
「その声色だと、あまり良い情報は得られなかったのかしら」
「…はい。彼女のペンダントに位置検知の術式も組み込みましたが、
ある場所を最後に必ず位置座標が途切れてしまうんです」
「それは何処なのかしら」
「オルモンドにある貧民街の先です」
オルモンドの貧民街の先…最下層のスラム地区ね。
確かにあそこは国を追われた難ありな者達が住み着いていると
聞いているし、もしかしたら魔術師が検知を妨害する
魔術を施しているのかも知れないわね。
フリンダルはそんな場所に住んでいると言うの?
「ねぇ、彼女から家族の話なんかは聞いた事はないのかしら?」
「母親と兄四人に弟妹が三人だと聞いています」
「…そう。だとすればかなり困窮しているのでしょうね」
「……」
もし、フリンダルが後10年早く生まれていたら。
公に奨学金手続きや援助が彼女個人とする事ができたのに。
それに、何度か親御さんと話をさせて欲しいと言ったが
彼女は首を縦に振ってはくれない。
跡を着けてみたりもしたが、いつもオルモンドに着くと巻かれて
しまい家を探り当てる事が出来ない。
ビクトールも早めに手を打ったほうが良いと言っていた。
あいつは彼女を〈神の子〉なのだと言ったが、そんなお伽話を
信じているのかと聞き流していた…こうも足取りが掴めないと
なると、そんな馬鹿馬鹿しい話もそうなのではないかと思ってしまう。
「もし…」
「はい」
「もしも私があの子を養子に迎えたいと言ったら…
あの子はそれを受け入れてくれるかしら?」
「よ…養子…ですか?」
フォンラードは困惑した。
本来ならそれはとても幸運な事なのだが、フォンラードは何故か
それを素直に喜べなかった。
「あら?賛成して下さらないのかしら?」
「いっ、いえ。そんな事はありません…
それが可能ならば…彼女にとってこの上もない
幸運だと言えるでしょう…えぇ…とても幸運な事です」
「何が障害だと思われるかしら?」
「率直に申し上げますと…彼女が家族を大切にしていると
言う事です。母親や兄弟姉妹と離れる事を喜びはしないだろうと
思います」
「えぇ。だから一緒に住めば良いと思っているの」
「…はい?」
夫人はフォンラードに語った。
母親含め家族を引き受けると。兄達が成人しているのであれば、
母親と共に使用人として雇い、屋敷に住まわせれば良い。
ただ、彼女は養子にしたいと言った。
「…ならば彼女も使用人として雇っては?でなければ
兄弟姉妹は彼女にとっても使用人となってしまいますよ!
それに、夫人ならば金銭的援助をしても問題にはならない
筈です。」
「そこまで厳しく境界線を敷くつもりはないの。対外的に
そう振る舞ってくれさえすればそれでいいわ…実の親との
仲を引き裂くつもりもないのよ…でも、私が彼女の力に
なるには親という立場が必要だわ…私は大公夫人という
肩書はあっても、実際にはなんの権力も権限も無いのだもの」
この国では個人間での金銭の授受、援助、寄付も国からの
許可無しには許されない。それは貴族から平民に対しての
施しであってもそうだった。
夫人はどうしてもフリンダルを養子にするつもりなんだな。
確か、夫人には実子はいなかったが跡取りは居た筈だ。
彼が現フォルヤード当主なのなら、フリンダルの存在を
疎ましくは思わないだろうか?
「夫人…確かフォルヤード太公にはご子息が
いらっしゃいましたよね?」
「えぇ。レイが居ますわ。それが何か?……あぁ、
あの子がフリンダルを受け入れないとお思いなのね?
それは大丈夫よ」
「と、言いますと?」
「私は実家のリーン領を受け継ぎそこの領主をしているわ。
だから、夫の跡を継いだあの子とは何の関係も今はないんですの」
だから…なのか?
彼女がフリンダルの助けになりたいと思っている事は痛いほど
伝わって来る。だが、何故素直に私は彼女の手助けをしたいと
思えないのだろうか。
「私は結局の所、赤の他人ですから…彼女の人生を決める
権利はありません。なので、フリンダル本人とお話される事を
お勧め致します」
「そうね。そうしますわ、ただね。抜け駆けは私の趣味じゃ
ないのよ」
「抜け駆け?誰から抜け駆けするんですか?」
「あら……」
フォンラードは夫人の言っている事が分からなかった。
もしかしたら自分がフリンダルを養子にしたいと思っていると、
夫人は考えているのか?そう考えつつ、面倒な事になりそうだと
何も言わずにフォンラードは個室の扉を開けた。
「トルケン、フリンダルを呼んでちょうだい?」
「…」
「トルケン?」
「奥様…お嬢様を養子になさりたいと聞こえましたが」
「えぇ。そのつもりよ」
「お辞めになった方が良いかと思います」
「何故?」
「お嬢様は、先日私の記憶を術式を使用せず覗き見しました」
トルケンの言葉に、フォンラードは彼の肩を掴み揺らした。
「本当ですか?…嘘ですよね?…お願いします!嘘だと…」
「本当です。その際諌めましたが、記憶を見るという
事がどう言う事なのかを分かっていらっしゃらなかった」
「トルケン‼︎」
夫人は今までに聞いた事のない様な大声を出した。
トルケンとフォンラードは驚き振り返ると、そこには
眉間に皴を寄せ、肩を震わせ怒りを顕わにする夫人が
立っていた。
多くの者は、幼い時にこう習う。
<人間にも魔力はある、だが魔術は使えない>
その理由は大きく分けて二つあった。
1つ、魔核を体内で作り出す事が出来ない為。
2つ、魔力・魔法・呪法の総称<魔術>には明確な法則や公式がある為
体内に流れる魔力を制御して、空気中や大地に存在する魔力を
自在に扱う。という事は可能であるが、体内で魔核や魔力属性を産み
出すというのは人体の構造上不可能であった。
トルケンの言う記憶の盗み見。これは公式や呪法を用いれば大した
事ではないが、問題はフリンダルがそれらを用いず己の魔力だけで
それらを成す事が出来た。という事であった。故に、それらを捻じ曲げ理を新たに生み出す魔術師は忌み嫌われていた。そこにはそれが出来ぬ者の嫉妬と羨望もあるのだろう。
今の所分かっている事は、それが可能なのは<神>か生まれて直ぐに
魔術原理の公式を背中に刻む<王族>だけである。
だが、フリンダルはどちらでも無かった。
「…悪魔…の…目…そういう事なの…か?」
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