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春
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しおりを挟む夫人は怒っていた。
何故なら、トルケンがフリンダルを疎ましく思っているであろう事は分かっていたが、それをまさか言葉にするとは思っていなかったからだ。そして彼の言った事は、フリンダルが異端審問に掛けられても仕方が無い程の内容で、もしかしたらと夫人も思いはした物の、心の内に留めておこうと思っていた事だった。
「トルケン…貴方と言う人は」
「何か間違っていますか?」
「あの子は何も知らないのよ?これから学ぶべき事だった!私はあの子が可愛いの…素直で純粋で…私なんかに優しく触れてくれる」
「夫人…?」
「貴方が台無しにしたのよトルケン‼︎まだ幼いあの子を殺したい程嫌いなのね?何故なの!」
トルケンは無言で、怒りのままにトルケンを杖で叩きだした夫人を見ていた。その顔は悲しみとも憐れみとも取れる表情で、フォンラードはどうすべきかとただ二人を見ていた。
「奥様。魔術師はこの国では犯罪者です」
「誰が!何も知らない事を善か悪か…誰が分かるの⁉︎」
「それでも、犯罪者として裁かれるしか無いのですよ」
「ふざけないで!あの子は犯罪者なんかじゃないわ!誰かを困らせたりしたのかしら?それとも誰かを殺めたの?どんな罪を犯したと言うの⁉︎」
「前世で罪を犯した故に魔術師として生まれ付いた…皆様もそう言われている事位ご存知ですよね」
「前世と今世を混同するなんてどうかしてるわ!」
夫人の大声に、他の研究室から学生や教師達が騒ぎの起きている部屋の入り口を覗いていた。その中にはフリンダルもいた。
「あれぇ?夫人!遊びにきたの?先生とだけお話してずるいわ!」
「‼︎」
夫人は慌てて部屋に入ると扉を閉めた。
フリンダルは態度のおかしい夫人が気になり、フォンラードに駆け寄ると白衣の袖を引っ張っている。
「先生、夫人…怒っているの?」
「大丈夫だよ…何でもないよ。さぁ、部屋に戻って勉強の続きだ。問題は解けたのかい?」
「ううん。でも…夫人…泣いているわ」
「え?そうだったかい?」
「うん…悲しいって泣いてる」
夫人は泣いてはいなかった。
フリンダル…君はもしかして心を読んでいるのか?
だとしたらいよいよ見過ごせない事態になったな…。
「お嬢様、おやめ下さい」
「トルケンさん?」
「他人の記憶を見る事、心を読む事…それは犯罪です」
「トルケン‼︎」
部屋の中で会話を聞いていたのか、夫人が怒りをトルケンにぶつけた。フォンラードも拳で壁をドンと叩くと同時に頭も壁に打ち付けていて、フリンダルは恐れ慄き立ち竦んでいる。
「…トルケンさん…ちょっと…いい加減にしてくれ」
「フォンラード様。いくら貴方が教育を施そうとも事実は変えられません…悔い改めるならば早い方が良いのでは?」
「従者風情が偉そうに語ってくれるな!黙ってろ!」
怒気の籠った叫びに、フリンダルはビクリと体を震わせると俯き研究室へと戻って行った。
犯罪者って何?
私は悪い子っていう意味?
私…お勉強してるけど、お金を払ってないからトルケンさんは怒っているのかな。そう…だよね。私みたいにお金がない子はいっぱいいるわ…なのに、私だけ先生に優しくしてもらうのはずるい事だよね?
「フ、フ、フリン、フリンダルさん?」
「リアムお兄さん…私…お家に帰る」
「えっ…あの、あ、あ、あのっどどど、どう、どうして?」
「…だって先生苦しんでるんだもん」
フリンダルは椅子の背凭れに掛けた赤いコートを羽織ると、黙って研究室を出て行った。メルやリアムは慌ててフォンラードに駆け寄ると、フリンダルが今にも泣きそうな顔で出て行った事伝えた。
「…くそっ」
「先生、何があったんですか?」
メル達の質問に、フォンラードは手を振ると「何でも無い」と言ったが、納得出来ない二人はトルケンを見た。
「お嬢様は魔術師です」
散々夫人とフォンラードの怒りを見ている筈なのに、トルケンは隠す事なくその事実をメル達に伝えてしまった。フォンラードはその怒りが頂点に達したのを感じた。
バキッ
馬乗りになり、フォンラードはトルケンを殴り続けている。メル達がフォンラードをトルケンから引き離したが、それでも声にならない声でフォンラードは唸り、叫びながら掴み掛かろうともがいている。
「先生!やめて下さい!先生!」
「お前に何がわかる!あの子は私達の大事な仲間なんだ!お前にあの子の何が分かるんだ!」
「分かりませんよ!私は犯罪者の事など理解もしたくありません!記憶を見られる事、心を読まれる事をフォンラード様は許せるのですか⁉︎」
「読まれて悔やむ過去も、薄汚れた心も私は持ち合わせてはいない!」
「皆が皆、貴方の様に聖人君子ではありませんよ!」
春の日差しは去年より幾分強く、フリンダルの冷えた心には丁度良い様に思えた。泣きたいけれど、泣いては駄目だとフリンダルはペンダントを握りしめてトボトボと歩いている。
どこに行っても私はやっぱり仲間には入れてもらえない。
母さん、母さん。
「ふぇ…うぇっ…えっえっ…うぅっ。母さんっわたし、私やっぱり仲間外れになっなっちゃったぁぁ」
街の往来で、人目も憚らず泣き出したフリンダルを誰も気にも留めず、活気ある騒めきに彼女の悲しみは掻き消されてしまいそうだった。
「フリンダルか?」
「ふぇっ…えっえっ…グスッ…うぇぇん」
「何で泣いてるんだ?」
「うぇーーーん」
誰もがその存在を無視する中で、フォンラードの甥の家に魔力制御の指導に行っていた帰りのビクトールだけがフリンダルに声を掛けた。
「ビッ…ビク…ビクトルッお、おじちゃん?」
「どうしたんだ?そんなに泣いて」
「ふぇぇぇっん!」
「あぁっ!面倒だな。フリンダル…着いてこい」
ビクトールはそう言うと、フリンダルの手を引いて近くに借りている自分の家に連れて行った。そして、コーヒーに砂糖とミルクをたっぷりと入れるとそれをフリンダルの前に置いて『飲め』と言った。
「すんっすんっ…私…コーヒーまだ飲めない」
「なら飲まなくていい。カップを持ってろ…で、何があった」
「…私…トルケンさんに犯罪者だって言われたの」
「…そうか」
「お金…払ってないから。本当は学校に行っちゃいけないのに」
「どう言う事だ?」
「だって、学校へはお金を払った人しか行けないでしょ?でも…私は払えないもの。先生が優しいから、私を可哀想だって思ってタダでお勉強教えてくれて…お仕事くれてる…でもそれって本当は駄目な事だもの」
「なんだ、そんな事か。気にしなくて良い。何故なら金を払う必要があるのは大学の学生となる者達だからだ。お前はアシスタントだろ?補助スタッフの人選、雇用判断は研究室の室長である教授に権限がある。フォンラードがお前を雇うと決めた事に学校は口を出さない」
「でも…」
サリザンドはそれでも落ち込むフリンダルの頭に手を当てて、何かを空中で描いた。
「……なる程な。だから早めに手を打てと忠告してやったのに」
「ビクトールのおじちゃん、何しているの?」
「お前の見た物、聞いた物を調べている」
「どうやって?」
「魔力を使ってだ」
「それって魔術師ってこと?」
「それは違う」
ビクトールは一冊の本を手に取ると、フリンダルの前に置いた。
その本は魔法学概論の教書。そして、その1ページ目を捲るとビクトールはある一文を指差した。
「…魔力とは自然。そして魔術とは法則である?」
「そうだ。魔力は自然が生み出す力の事、その自然に人も動物も含まれている。そして、魔術とは魔力が起こす事象を縁取る線の様な物だ」
「よく分からない」
「…魔力は何処にでもある。そして魔力が形になる時…例えは火属性の魔力が炎を生み出した時、それは魔術となる。だが、それらには法則がある、お前も知っているだろ。レイビンスリーの法則だ」
「うん」
「法則は自然界が作った物を、人間が目に見える形に書き起こした物だ。そして、魔術師とはその事象を己の法則で生み出せる者の事を言う」
「…私…魔術師なの?」
「あぁ、そうだ」
「それって悪い事なんでしょう?」
「何故そう思うんだ?」
「だってトルケンさんの言ってた『犯罪者』って魔術師の事じゃないの?だとしたら私は捕まっちゃうのね」
「トルケンと言う奴はなんだ?魔術師に恨みでもあるのか?」
「知らないわ」
「確かに、異端審問に掛けられる奴もいる。だが、それは後天的な者に限っての話だ」
「後天的?」
「元々は何の知識も力もないが、魔法を学び、その学びを歪め魔力を変える事に成功した奴の事だ。お前は先天的…自然とは違う法則を生まれ持って知っている魔術師だ。だから捕まったりはしない。まぁ、教会で指導を受ける程度だな…だが、それは本当に稀な事だ。神の加護を持っている、もしくは王族の血筋を組んでいるかどちらかだ」
「他にも私の様な人はいるの?」
「過去にはいた」
フリンダルは自分が裁かれる事は無いと知り安堵した物の、同じ様な状況の人は居ないと知ると落胆した様にビクトールには見えた。
「レイビンスリーは好きか?」
「うん。好き」
「なら、お前はレイビンスリーの仲間だ。良かったな」
「?」
「レイビンスリーも先天的な魔術師だった」
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