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獣語 躍動編
クロウの最悪な一日
しおりを挟む安宿の階段は今にも抜けそうで、力の入る身体が階下に突き落と
されるのではないかとザザムは怯えながらも、背後を気にしながら
登った。
階段を登り切ると、一番手前の部屋でしばらく待ってから奥から
二番目の聖騎士のガイスの部屋をノックをした。
「はい」
「ザザムです」
ガイスは祈りを終え、風呂に入ったのか小ざっぱりとしていた。
「どうだった?」
ガイスはお茶を入れると木製のテーブルに置いて、ザザムには
ミードを渡した。
ザザムはそれを一気に飲み干すと、テーブルから身を乗り出し
早口で話し出した。
「いました!いましたよ!本人に会いました!」
「本当か⁉︎」
ガイスは驚きカップをドンとテーブルに置き、上着に手を掛けた。
「待ってください!でも…」
声の小さくなるザザムに、ガイスは手に取った上着を椅子の背に
戻すと座り直した。
「何があったんだ?」
「実はヒアリングで街の声を拾っていたら、ナナセの事を話している冒険者がいたんです。彼等の後を付けたのですが、必要以上の情報も無かったので戻ろうとしたんです」
「で?」
「そしたら、子供の名前…クロウと言うそうですが、その名を呼ぶ音を拾いました。振り返ったら、肩までの黒髪と黒目の男が子供と歩いていたんです」
「で、どこまで行けたんだ?」
「途中で気付かれました…いや…最初から気付いていたんだと思いますが、目が合って…刀を抜かれ掛けました」
「良かったな…」
「え?」
「あの雷刀に見逃がして貰えたんだ。幸運だったな…」
「雷刀?」
「最速の足と剣技を持つ冒険者ナナセの二つ名だ」
「…俺は見逃されたんですね」
「まぁいいさ。彼がこの街に居ると分かったんだ」
「それより…ガイスさん、飯食いに行きません?」
ガイスは窓の外から漂う肉の匂いに、腹を鳴らすザザムを見て
笑った。
ナナセとクロウはパサランで新作のケーキを食べると、買い物を
済ませて家へと戻った。
「ナナセーお帰りー!」
「ナナセ、腹が減った」
トーマスとサイランはナナセが商業ギルドに頼んで作ってもらった、
畳もどきのフロアマットにごろ寝しながら本を読んでいた。
「……なんでまだおうさまいるの⁉︎」
クロウは頬を膨らませトーマスを睨んだ。
「なんだよークロウ、まだ怒ってんのか?可愛い顔がぶちゃいくになってんぞ?」
トーマスがうりうりと頬を指で突くと、クロウがガウッと唸った。
「くろうぶちゃいくちがうもん!どじぇむのおじちゃんはいちばんかわいっていったもん!」
「おい、ナナセ!いい教育してんじゃねーか。いいか?可愛い男ってのはサイランみたいな男を言うんだよ!分かったか?」
トーマスはクロウの頭を軽く叩くと、腰を掻きながら寝転ぶサイランの
背後に横になってその腰に手を回した。
「陛下!子供相手になんですか!意味も無く叩くなんて!」
視線をちらりとナナセに向けると、溜息を吐いてしっしっと手を
振った。その姿に、流石のナナセも涙を我慢するクロウを抱えて
荷解きの終わっていない荷物を抱えた。
「はぁ。ここに居たいならどうぞ?私達は今日ギルドの部屋に泊まりますから…というか人の家に転がり込んでなんなんです?それに!うちの子は最高に可愛いですけど?目おかしいんじゃ無いですか?」
その言葉に、ファロは部屋から顔を出すが空気の悪い状況を見て
察すると、ナナセから荷物を取り上げて玄関の扉を開けた。
「えぇっ!ちょっと!待ってよ!」
サイランとトーマスは慌てて立ち上がると、ナナセの足元に縋り
付き、サイランはトーマスの頭を拳で殴るとクロウに謝り倒した。
「ごめん!ごめん!マジで!いやー行かんといてー!頼むよー!」
「明日!すっごい所連れて行ってあげるからさ!お城だよ?王都だよ!?普通は王都に入れないんだぞ!な?クロウ、王都の庭園に連れてってやるからさ!機嫌直してよー」
クロウはサイランの伸ばした腕に抱かれたが、首を振った。
「ごめんね?おーひさま。くろう、とますのおじちゃんきらいだからいかない」
「でもおーひさまはまたあそびにきてね?くろうとろーすのこうえんであそぼうね」
既に別れる事前提の言葉に、サイランは慌てて離れようとしたクロウの
尾を思わず掴んで引っ張ってしまった。
「ギャンッ‼︎」
急所の尾を握られ、激痛でクロウはナナセの足元に吐いてしまい、
蹲るとブルブルと震えキュンキュンと鳴きながら身体を痙攣させた。
「クロウッ‼︎」
「クロウ⁉︎」
ファロは慌ててクロウを横向きにさせると、自身の指を口に差し
入れた。クロウはゲボゲボと吐き続け、目はびくびくと震えて
痛みとパニックで泣いていた。
ナナセは包帯を棚から取り出すと尾に巻こうとしたが、触れるだけで
痛むのか手をバタつかせ唸っている。
「クロウ!大丈夫だ、落ち着け!」
ファロは抱き上げながら勢い良く尾を股下にぐっと押し込んだ。
「ギャン!ギャン!いたいーー!いたいー!」
「最初だけだ!」
ファロに抱きつき肩に噛み付くと泣きながら痛いと叫び続けた。
「あわわわわわわ!ごめんっ!ごめんよクロウ!痛いよな?ごめんー!トーマス!宮廷医呼べ!急げ!クロウが苦しんでる!」
「あっ!あぁ!すっすぐ呼んでくる!」
トーマスが慌てて部屋を出た時だった。
「おっと…失礼。あの…」
ガタイの良い男と、ひょろりとした男の二人がちょうどノックしようと
していた。
「なんだ!どけ!急いでいるんだ!」
「え?」
靴を慌てながら履くトーマスは、目の前の男の肩を押した。
「トーマス‼︎さっさと医者呼んでこい‼︎クロウが苦しんでる!」
「分かってるよ‼︎ちょっと退いてくれ!邪魔だ!」
トーマスに肩を押された男が、部屋の中を覗き込んだ。
「子供が怪我でもしたのか?」
「そうだよ!サイラン!行ってくる!」
トーマスが階段を駆け降りた後、その男がナナセに声を掛けた。
「ナナセ殿…この様な時に申し訳ないが。私の連れが魔道士だ、怪我も治せる…良ければ力を貸したいのだが」
その言葉に玄関で立ち尽くす二人をサイランは強引に部屋に連れ込
んだ。
「ちょっ!王妃‼︎勝手に入れないで下さいよ!誰ですか!」
「王妃⁉︎」
その男はサイランとナナセを交互に見て驚いている。
「おい!お前達、人の家に何の用だっ!出て行ってくれ」
ファロが二人を部屋から追い出そうとした時だった。
「ヒール」
手前の男の背に隠れていた小柄な男が手を伸ばして魔術を使った。
すると、白い光がキラキラとクロウを包み脱臼していた尾を治して
見せた。その光景にナナセ、ファロ、サイランは驚きながらも
クロウの様子を見た。
クロウはそれまで痛みで痙攣していたが、次第に落ち着きファロの
肩ですーすーと寝息を立てたので、サイランは床に座り込みナナセは
クロウの額にキスをした。
「カイサン王国聖騎士団副団長のガイスと、魔道士ザザムと申します」
ガイスとザザムは混乱したナナセ達をさらに混乱させた。
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