狼と人間、そして半獣の

咲狛洋々

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獣語 躍動編

ドーゼムとナナセの最悪な一日

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ナナセ達の住むアパートの建物を出たトーマスは、街中を走り

王都ファンヴァンの王都門を目指して走っていた。

人気の無い住宅街を走り抜け、マーケットの通りに入った時だった。

馬に乗った何者かとぶつかりそうになり、怒りで声を荒げた。


「貴様!街中を騎乗して駆けるとはどう言うつもりだ!」


トーマスは、ゼーゼーと肩を上下にしながら膝に手を着き顔を上げた。


「どけっ!緊急だ!文句があるのならギルドまでこいっ!」


互いの声に顔を見合わせた二人は驚いた。


「陛下⁉︎」

「おまっ!ドーゼム!」


ドーゼムは馬から降りると、トーマスの肩を掴んだ。


「なっ!何をやっているんですか!王都門は既にしまっていますよ⁉︎」


「あぁ!くそっ!お前でいい!来いっ!」


トーマスはドーゼムの手を引っ張ると二人で馬に乗って、ナナセの

家へと向かった。


「陛下⁉︎ナナセの家に何故向かっているんです!」

「ちょっとした行き違いでクロウが怪我したんだよ!」

「なっ!クロウが怪我⁉︎だからあんなに泣いていたのか‼︎」


ドーゼムは鎧で馬の腹を叩くと速度を上げて街中を駆けた。

息を切らしながら階段を駆け上がると、ドーゼムはナナセの家の

扉をガンガンと乱暴に叩き叫んだ。


「クロウ‼︎大丈夫か⁉︎開けてくれ」

家の中からナナセが慌てて扉を開けると、汗だくの二人が立っていた。


「ド!ドーゼムさん⁉︎」


ナナセは二人の姿に驚いたが、他の部屋から音に驚き外を覗き込む

住人と目が合い、慌てて部屋に入れた。


「え?なんで?ザーナンドから戻るのは二日後じゃなかったんですか?」


「ばっ!はぁっはっ、馬鹿野郎!クロウがずっと泣いてるしっ!はあっ俺の所に戻りてぇって叫んだから戻って来たんだよ!」

ナナセは驚き口をあんぐりと開け、目をぱちくりとさせた。

「おぉ…マジですか」

ドーゼムは慌てながら靴を脱ぎ捨てると、ドスドスと部屋に入った。


「クロウ!おじちゃんが来たぞ!」


通路を歩き、リビングに入ると知らない男が二人、その足元で蹲る

クロウを撫でていた。

ドーゼムは駆け寄りその手を払うとクロウをそっと抱き上げ顔を

覗き込んだが、プスプスと寝息を立てるクロウを見てホッとして

抱きしめた。


「あの…」

ガイスは驚きつつ、ドーゼムを見上げて声を掛けようとした。

「お前か?クロウを泣かせたのは」

金髪がゆらゆらと立髪に変化し始めたのを見て、ファロが声を上げた。


「ギルマス、違うんだ。彼等が治癒してくれた」

「ドーゼムさん!もう大丈夫ですから!」


ナナセはドーゼムの肩をそっと叩くと、座布団を敷いて座らせた。

何がなんだか分からぬドーゼムは、クロウを抱きつつ男達と部屋の隅で

体操座りで鼻を啜るサイランを見た。


「サイラン様⁉︎」

「よっ…よぉ」

「ナナセ…どう言う事だ?なんで陛下達がここに…それに、この二人は…」


ナナセはお茶を淹れながら、今日あったことをドーゼムに話して

聞かせた。


「…なる程、お二人に待ち伏せされた挙句家に上がり込まれ、おふざけが過ぎた被害をクロウが被り、その怪我をカイサンの聖騎士と魔道士に救われた…と?」

「まぁ、端的に言うなら…はい」

ナナセはマジックバックから鯛焼きやどら焼きを出して、ガイス達に

勧めた。


「いや、私は肉や魚は食わぬので」


ガイスは騎士であるが、神官職としての資格も有しているので食べ

られないといって、皿をザザムに渡したがナナセが笑って教えた。


「あ、そういう形をしているだけで肉や魚は使ってませんから。お菓子なんで」

「…これが、菓子なのか?」

「はい。中にカスタードや餡子といって甘い物が入ってます。まぁ、良ければどうぞ」

「珍しいですね。見た事がありませんよね、こんな菓子。ガイスさん、頂いてみませんか?」


ガイスとザザムは何故か既にこの家に馴染み、寛いでいる様にドーゼム

には見えた。


「…陛下…後程詳しく伺いますが…ガイスとザザムと言ったな?」


ドーゼムが二人を見て、頭を下げた。


「俺のクロウを助けてくれたこと、感謝する」


その姿に、二人は『気にしないでくれ』と言いながら鯛焼きを

頬張っていて、ドーゼムは思わず笑った。


「はぁっ…片道四時間を二時間で来たから疲れた」

「ギルマス、走ったのか?」

ファロはグラスに酒を注ぐと、ドーゼムの前に置いてクロウを

受け取ろうとした。


「いや、いい。酒は辞めた…クロウが嫌がるからな。それに、もう少し俺が抱いていたい」


ドーゼムはクロウを膝に寝かせて背中を撫でながら、ふぅっと

息を吐いてお茶を飲んだ。


「久しぶりに獣体で走ったわ。流石に街中じゃ走れねぇから途中で馬に替えたが、気が気じゃ無かった」

「あぁっ!俺がこんなに振り回されるなんて、クロウじゃ無かったら噛み殺してるよ」

そう言いながら、目尻を下げ微笑むドーゼムをガイスとザザムは

怪訝な顔で見ていた。


「その…私は神に仕える者として…聞いておきたいのだが…貴方は…クロウ君の親ではない…な…?」


ガイスはクロウとドーゼムを見てその関係性が何なのか、理解出来ない

と言った顔をしていたので、ナナセが間に座って教えた。


「驚きますよね?うちの子の未来の旦那様なんです。ドーゼムさんは」

「え⁉︎」


ザザムは眉間に皺を寄せてナナセを見て唖然としていた。


いやいや、流石にこの組み合わせと年齢差は神罰物なのでは⁉︎

界渡だと気にしないのか?

にしても普通なら止めるだろう!


彼等の内心を読んだかの様にナナセが付け加えた。


「運命の番なんですよ、二人は」


二人は顔を見合わせ、『あー!』と思い出したかの様に頷いた。


「それは…獣人のあれか?」

「そうです。それに、ドーゼムさんが居なければクロウは生まれて無かったかもしれなくて、二人には幸せになって欲しいと思っているんですよ」


ナナセの顔を見たガイスは頷き、手で丸を作り胸元に当てると

『バシュワールの祝福を』と言ってドーゼムとクロウに微笑んだ。


「初めてみたな」


ザザムは成程とドーゼムを見てまた頷いた。


「なんだよ?文句があるのか」


「ザザム、失礼だぞ。だが、幸せを見つけたのだな…ドーゼム殿は」


ニコリと柔和な顔を見せるガイスに、ドーゼムは毒気を抜かれた

気分になった。

そして、ガイスはナナセに向き直り話し出した。


「ナナセ殿…話が…大分飛んでしまったのだが」

「えぇ…あの、助けて頂いたのは感謝しているのですが何故家が分かったのですか?」

「あぁ、すまぬとは思うのだが…聞き込みをした」

「公園の近くに串焼きの屋台があってな。このザザムが食いたいと言うのでついて行ったのだ。そこでどうやってナナセ殿ともう一度会うかと話をしていたら、そこの店主が教えてくれたのだ」

「え⁉︎…カヤンさんですか?あー…口止めするの忘れてた」

その言葉に、ガイスはくくくと笑った。

「やはり、貴方が止めていましたか」


ナナセはお茶をテーブルに置くと、真剣な顔でガイスを見た。


「…以前、声を掛けられた時…正直怖かったんです。カイサンの人が私を探す理由が…異界と繋がる場所だという事。そしてそれを私にどうしろと言うのだろうと思うと怖くて…それに探して頂きたくも無くて…」

「いや、その節は私が急にその様な事を言ったのが悪かった。申し訳ない」


それまで二人の話を聞いていたトーマスが、ガイスとナナセの

間に足をドスンと割り込ませた。


「で?そんな話を、幾らナナセに国籍がないと言えどもロードルー国民には違いない彼に話したのか?」

「国民の大事、国を介さず直接当事者だけで話す事がどれだけ国家間で問題になるか…当然考えていたんだよな?」


ガイスはトーマスの顔を見て頭を下げた。


「申し訳ございません。ロードルー王。しかし、時間が…無かったのです」

「どう言う事だ」


ガイスはカイサンで起きたウィラーとシチリーナの事件をトーマス達に

聞かせた。

トーマスはそれでも納得出来ない、と言ってガイスとナナセの間に

座り込んだ。


「それと異界やナナセがどう関わる」

「この世界には、ナナセ殿以外に界渡の人が私達の知るだけで五人居ます…彼等はどうやらウィラーに連れて来られた様なのです」

「⁉︎」

ナナセはファロと顔を見合わせ驚いた。




私と孝臣君以外に五人も⁉︎

しかも、連れてこられたってどう言う事なんだろう。

ガイスさんはあの時、異界と繋がる場所を見てほしいと言ったけど、

そこから彼等は連れて来られたと言う事なんだろうか?


「ナナセ殿も、もしかしたらそうなのではないかと…しかし貴方は剣聖のスキルを持っている。故にウィラーから逃れられたのではと考えたのです」


ナナセは首を横に振った。


「いえ、私はそのウィラーという人を知りませんし…最初に発見された時、私はロードレッドの森で倒れていたらしいので…その…分からないんですよ」

「そう…ですか」

「それに、その異界と繋がる場所というのは何処なんでしょうか?」

「それこそがシチリーナなのです」

「シチリーナと隣接する港町ケルマンとの間にカバク山という霊峰があるのですが、その麓にバシュワール教の教会があります。そこに教会の御神体の鏡があるのですが…」


ナナセは鏡と聞いて、剣道場にあった姿見を思い出した。


鏡…鏡が彼方と繋がる道なんだろうか?

でも、私達がこちらに戻った時鏡は使わなかった。

ではその鏡…もしかしたら日本や地球とは関係のない場所に繋がって

いるかも知れないとしたら?


「ナナセ?」

トーマスは考え込むナナセの顔を覗き込んだ。


「あの…一つ聞きたいのですが良いですか?」

「はい」

「その異界と繋がる場所を見せて私にどうして欲しいのでしょうか?」

「……貴方に異界でウィラーを捕縛して頂くクエストを頼みたいのです」


ファロはその言葉に立ち上がり、ガイスに殴りかかった。











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