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悪役令息は受けて立つ(2)
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学園生活は遠巻きにされながらも穏やかに過ぎた。
後期の授業も終わり先輩たちが卒業した。
僕は卒業パーティーには呼ばれなかった。本来なら呼ばれてしかるべきだが、エスコートしてくれる人ががいなかった。オーブリー殿下は堂々とサーシャをエスコートして現れたと言う。
学園内は本格的に婚約破棄に至ったという噂が流れた。
そのせいで、今まで拒否してきた王妃様の呼び出しが断われなくなった。僕はクレインを連れて行くことを条件に王妃様に逢うことになった。
通い慣れていた王城も久しぶりに来てみるとよそよそしく感じる。王城にいる人たちは無関心を装ってはいるけれど好奇心のこもった視線は感じる。
僕はクレインを伴って王妃様の待つ応接室のドアを開け、最上の礼をして部屋に入る。こちらに背を向けて立っていた王妃様が振り返った。さすが王都の宝石と称えられるだけある美しさだった。ゆっくりと口角を上げるさまは誰もが息をのんで見入ってしまう。僕はちらりとクレインを見た。クレインもこちらを見ていた。
パシンと王妃様の打つ扇の音が響いた。
促されて僕はソファに座り、クレインはその後ろに立った。向かいには王妃様が座りゆっくりと僕を観察する。
「ケティ、ずいぶん変わりましたね」
王妃様の視線は僕の髪の毛を捉えていた。僕はそこに手を当ててコクリとうなずく。僕の白い髪はその後も白いままで治らなかった。
「先日の卒業パーティーではブリーが粗相をしたみたいね。ケトラはいったい何をしていたの?」
王妃様は憂い顔をしてこちらを見ていた。僕は何も言えずに手を強く握る。
「あなたがちゃんとしないからブリーがよそ見をしちゃうのよ?」
王妃様は一番末の息子であるオーブリー殿下をとてもかわいがっている。母を早くに亡くした僕は王妃様と殿下の仲睦まじさに憧れていた。王妃様に少し母を感じていたのも確かだ。だけどやはり母ではないのだ。小さな痛みを感じる。
「確かに王妃様のおっしゃる通り、私はちゃんとしていませんでした。言われるがまま殿下のわがままを聞き。殿下を諫める事をしなかった。だから、こんなことになったのだと反省しています」
大きく息を吸った。僕は自分の出した答えを突きつける。
「私は婚約破棄を受け入れます」
「ダメよ、それは。ブリーにはハイド公爵家の後ろ盾がいるの」
王妃様の顔をまじまじと見ていた。僕が選ばれたのは家格もあった、それは間違いないけど。僕は僕自身も求められていると思いたかった。少しくらいは僕の心を大切だと言ってくれないかと思っていた。
「あなたはブリーを愛しているんでしょう?サシャと二人でブリーを分かち合えばどう?」
良いことを思いついたと言わんばかりの王妃様は満面の笑みを浮かべている。なるほどそれが狙いだったのか。僕の公爵家とサーシャの侯爵家、双方をオーブリー殿下の後ろ盾にしたかったみたいだ。ならば裏で動いていたのはこの人なのか。一夫一婦制のこの国でそれはどちらかを愛人にすると言うこと。この人は僕らの気持ちやオーブリー殿下の心まで蔑ろにするのか。
「それはできません。今回のことで殿下を慕う気持ちは消えました。それに殿下はそれを望みません。シンジツの愛を見つけたと私に言いました」
「ひどいわ、ケティはブリーを見捨てるのね、大臣はご存じかしら?」
王妃様が少し唇を尖らせてすねた顔をして見せる。心が冷え切るのが分かった。情で絆されれないなら政治で僕を跪かせようとしている。王妃様にとって大事なものは王家の体裁と可愛い息子だけという事だ。僕は滲みそうな涙をこらえて笑って見せる。
「……父も知っています」
「あらあら、ケトラ残念だわ」
王妃様は感情をのせない笑みを浮かべてうなずいた。王妃様にハイド公爵家をどうにかする力はないだろうが、僕はきっともうこの王都に居場所はなくなるだろう。下級文官にさえなれないことが決まった。
そこからは殿下のことに一切触れず、日常の話をして王妃様の前を辞退した。
「クレインさん、きっとあなたのせいね。ケトラはいつもさみしい子だったのに」
退出するクレインに掛けられた言葉は不穏だった。僕がこのままクレインを自分の元に引き留めれば彼に何かしら悪いことが起きるのではないだろうか。青ざめる僕をクレインがまた支えてくれた。
馬車に乗っても動悸が治まらなかった。何とか自室にたどり着く。
「クレイン、いっそ僕を置いて逃げてよ」
僕は部屋に着くなりぎゅっと目をつむってベッドに倒れこみ、そのまま布団にもぐる。目をつむってできた暗闇よりも深い暗闇が未来にあるようだ。布団の中でぎゅっと膝を抱えた。
クレインは僕のいるベッドに腰かけて布団に埋まる僕を撫でてくれた。
「もし逃げるなら、連れて行くさ」
思いがけない言葉に布団から顔を出すと、クレインは真剣な顔をしていた。居ずまいを正してベッドに座るとクレインの顔が近づく。目を閉じるのが間に合わなかった。近づいた顔は僕の唇に唇を押し付けた。いったん離れていく顔をまた見つめているとまた顔が近づいてくる。僕は目をつむってそれを受け入れた。
巻き込んでしまった彼を自由にしてあげたいと思いながら、できないのはクレインが好きだからだ。今しっかり自覚した。
ベッドが揺れて目を開けるとクレインが立ち上がってこちらを見ていた。いつもの優しい目だった。自分の気持ちに名前を付けたことでいつも通りでいられなくなる。顔が赤くなって心臓が痛い。
クレインは僕の前に跪いて指先にキスをくれた。信じて欲しいとお願いしているようだった。
それからはまた、普通の学園生活を過ごしていた。中庭の隅で。校内の薔薇園でオーブリー殿下とサーシャを見かけたが前ほど心は乱されなくなった。だが、今度は殿下と目が合うようになった。視線を感じるとこちらを見ている。サーシャはそれに気付くと自分に向くようにさせている。
今まで殿下からは愛情どころか関心さえ感じなかったことに気付いた。だけど、外側から見ると殿下は誰に対しても感情を見せない。今もサーシャを見ている目には何も写していないように見える。
そして、殿下が表情を崩して見つめる先には一人しかいなかった。
僕は目が合うとフイっと逸らしてその場を去るように心掛けた。
事件が起きたのは前期の終わり頃だった。
サーシャが校舎の陰にある外階段でケガをしたそうだ。その次の日サーシャは殿下に支えられながら僕らがいる騎士棟まで来た。皆の視線をしっかり集めて僕の後ろにいるクレインを指さして唇をわななかせた。
「ブリー、この人です。私を呼び出して階段から突き落としたのは」
クレインを見上げてサーシャを見た。サーシャは殿下にしなだれてしくしく泣き始めた。
「ちょっと待ってください」
確かに事件があった昨日はクレインが午後の授業を抜け出したのを知っている。クレインは王妃様から僕のことで相談があると極秘の呼び出しがあり午後の授業を中座していたそうだ。だが、行ってみると王妃様はいなかったと言う。おかしいと思いながらそのままにしたことを悔やんだ。
僕が顔を青くしてうつむくと、サーシャはこちらを見て睨む。
「ほら、今の表情、心当たりがあるんでしょ?」
クレインは黙ってじっと殿下を見ていた。サーシャはそれが気に入らないみたいで殿下の正面にまわり込み抱き着く。
「ケトラ殿がけしかけたんだ。僕が殿下と仲が良いから嫉妬して…ひどい!」
僕はあまりの暴論に絶句した。気付けば教室内は人が溢れていて窓にも生徒が張り付いてこちらの動向を伺っている。殿下はサーシャを押しのけて僕に人差し指を突きつけた。
「大変だなーこれは事件だ!よし。校内裁判ではっきりさせよう」
とんだ棒読みだ。この人はまた何かを企んでいる。
周りを囲んでいた生徒たちが一斉に声を上げた。殿下は面白がるような眼をしてこちらを見ている。
校内で起きた不祥事で双方の納得がいかない場合は校内の人間が裁くと言うルールがあった。それが校内裁判と言われる簡易裁判で。それを取り仕切るのは生徒会だ。
生徒会か…こちらの分が悪いのは明らかだ。悔しかった、とうとうクレインを巻き込んでしまった。
呆然としている間に予鈴が鳴って、その場は解散になった。
僕はオーブリー殿下の真意が知りたかったため呼び出した。学園のサロンを貸切ってオーブリー殿下を待つ、ほどなくして護衛のエンツに先導されるようにサロンに現れた。オーブリー殿下は相変わらず不機嫌を隠そうとしない。殿下は僕の向いのソファにどかりと座ると、僕の後ろに立つクレインを見て目を細めた。
「子豚。俺を呼びだすとは偉くなったな」
以前の僕なら殿下の顔色を伺いながら言葉を選んで答えていただろうが、もう殿下に対して何も思うことは無かった。それよりも、怒りがこみあげている。
「クレインは何もしていません」
殿下は口角を上げて僕の表情を読んでいる。
「サシャは侯爵家だぞ。そっちのでっかいのでは相手が悪いんじゃないのか?」
膝に置いていた手をぐっと握りこむ。殿下の指摘通りなのだ。校内裁判は陪審員も生徒だ。社会的信用については侯爵家に敵う身分をクレインは持っていない。だけど、クレインは卑怯な真似をする人間ではない。
「私はクレインを信じています。だから、裁判になろうと負ける気はしません」
殿下はニヤリと笑ってクレインに視線を送った。僕が困ると、この人はこうやって楽しそうな表情を浮かべる。
「殿下。私は今まで盲目的にあなたをお慕いしていました。ですが、気持ちを返していただくことはなかった……それどころか。憎まれているとさえ感じる時がありました。それはなぜか。以前の私にはわかりませんでした」
僕はクレインを見た。彼は僕が何を言い出すのか心配そうな顔をしている。そして、同じ顔をしているのが殿下の後ろに控える護衛のエンツだった。
「殿下は好きな人に好きって言う私が……」
殿下は僕の真意を探るような目つきで見ていた。僕の答えは正解だったみたいだ。初めてこの人に興味を持ってもらえた気がする。そう、この人は誰に対しても興味がなかった。
「私がうらやましかったんでしょう?」
殿下が少しだけこめかみをピクリとひきつらせた。護衛のエンツは僕と殿下を見くらべている。
「子豚のくせに」
「殿下は何を企んでいるのですか?」
「その前に人払いをする」
そう言ってクレインとエンツをサロンから追い出して二人きりになった。心配そうなクレインに大丈夫だと笑顔を向けてうなずいた。彼の手が僕の頬を擦っていく。
殿下は目ざとくそれを見てまた不機嫌になっている。
半刻ほどで僕らは部屋を出た。殿下はエンツを連れて帰っていく。僕はクレインを安心させるように手を取った。
「学園裁判は受けて立とう。クレイン」
クレインはまだ心配そうな表情のままだった。
後期の授業も終わり先輩たちが卒業した。
僕は卒業パーティーには呼ばれなかった。本来なら呼ばれてしかるべきだが、エスコートしてくれる人ががいなかった。オーブリー殿下は堂々とサーシャをエスコートして現れたと言う。
学園内は本格的に婚約破棄に至ったという噂が流れた。
そのせいで、今まで拒否してきた王妃様の呼び出しが断われなくなった。僕はクレインを連れて行くことを条件に王妃様に逢うことになった。
通い慣れていた王城も久しぶりに来てみるとよそよそしく感じる。王城にいる人たちは無関心を装ってはいるけれど好奇心のこもった視線は感じる。
僕はクレインを伴って王妃様の待つ応接室のドアを開け、最上の礼をして部屋に入る。こちらに背を向けて立っていた王妃様が振り返った。さすが王都の宝石と称えられるだけある美しさだった。ゆっくりと口角を上げるさまは誰もが息をのんで見入ってしまう。僕はちらりとクレインを見た。クレインもこちらを見ていた。
パシンと王妃様の打つ扇の音が響いた。
促されて僕はソファに座り、クレインはその後ろに立った。向かいには王妃様が座りゆっくりと僕を観察する。
「ケティ、ずいぶん変わりましたね」
王妃様の視線は僕の髪の毛を捉えていた。僕はそこに手を当ててコクリとうなずく。僕の白い髪はその後も白いままで治らなかった。
「先日の卒業パーティーではブリーが粗相をしたみたいね。ケトラはいったい何をしていたの?」
王妃様は憂い顔をしてこちらを見ていた。僕は何も言えずに手を強く握る。
「あなたがちゃんとしないからブリーがよそ見をしちゃうのよ?」
王妃様は一番末の息子であるオーブリー殿下をとてもかわいがっている。母を早くに亡くした僕は王妃様と殿下の仲睦まじさに憧れていた。王妃様に少し母を感じていたのも確かだ。だけどやはり母ではないのだ。小さな痛みを感じる。
「確かに王妃様のおっしゃる通り、私はちゃんとしていませんでした。言われるがまま殿下のわがままを聞き。殿下を諫める事をしなかった。だから、こんなことになったのだと反省しています」
大きく息を吸った。僕は自分の出した答えを突きつける。
「私は婚約破棄を受け入れます」
「ダメよ、それは。ブリーにはハイド公爵家の後ろ盾がいるの」
王妃様の顔をまじまじと見ていた。僕が選ばれたのは家格もあった、それは間違いないけど。僕は僕自身も求められていると思いたかった。少しくらいは僕の心を大切だと言ってくれないかと思っていた。
「あなたはブリーを愛しているんでしょう?サシャと二人でブリーを分かち合えばどう?」
良いことを思いついたと言わんばかりの王妃様は満面の笑みを浮かべている。なるほどそれが狙いだったのか。僕の公爵家とサーシャの侯爵家、双方をオーブリー殿下の後ろ盾にしたかったみたいだ。ならば裏で動いていたのはこの人なのか。一夫一婦制のこの国でそれはどちらかを愛人にすると言うこと。この人は僕らの気持ちやオーブリー殿下の心まで蔑ろにするのか。
「それはできません。今回のことで殿下を慕う気持ちは消えました。それに殿下はそれを望みません。シンジツの愛を見つけたと私に言いました」
「ひどいわ、ケティはブリーを見捨てるのね、大臣はご存じかしら?」
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「……父も知っています」
「あらあら、ケトラ残念だわ」
王妃様は感情をのせない笑みを浮かべてうなずいた。王妃様にハイド公爵家をどうにかする力はないだろうが、僕はきっともうこの王都に居場所はなくなるだろう。下級文官にさえなれないことが決まった。
そこからは殿下のことに一切触れず、日常の話をして王妃様の前を辞退した。
「クレインさん、きっとあなたのせいね。ケトラはいつもさみしい子だったのに」
退出するクレインに掛けられた言葉は不穏だった。僕がこのままクレインを自分の元に引き留めれば彼に何かしら悪いことが起きるのではないだろうか。青ざめる僕をクレインがまた支えてくれた。
馬車に乗っても動悸が治まらなかった。何とか自室にたどり着く。
「クレイン、いっそ僕を置いて逃げてよ」
僕は部屋に着くなりぎゅっと目をつむってベッドに倒れこみ、そのまま布団にもぐる。目をつむってできた暗闇よりも深い暗闇が未来にあるようだ。布団の中でぎゅっと膝を抱えた。
クレインは僕のいるベッドに腰かけて布団に埋まる僕を撫でてくれた。
「もし逃げるなら、連れて行くさ」
思いがけない言葉に布団から顔を出すと、クレインは真剣な顔をしていた。居ずまいを正してベッドに座るとクレインの顔が近づく。目を閉じるのが間に合わなかった。近づいた顔は僕の唇に唇を押し付けた。いったん離れていく顔をまた見つめているとまた顔が近づいてくる。僕は目をつむってそれを受け入れた。
巻き込んでしまった彼を自由にしてあげたいと思いながら、できないのはクレインが好きだからだ。今しっかり自覚した。
ベッドが揺れて目を開けるとクレインが立ち上がってこちらを見ていた。いつもの優しい目だった。自分の気持ちに名前を付けたことでいつも通りでいられなくなる。顔が赤くなって心臓が痛い。
クレインは僕の前に跪いて指先にキスをくれた。信じて欲しいとお願いしているようだった。
それからはまた、普通の学園生活を過ごしていた。中庭の隅で。校内の薔薇園でオーブリー殿下とサーシャを見かけたが前ほど心は乱されなくなった。だが、今度は殿下と目が合うようになった。視線を感じるとこちらを見ている。サーシャはそれに気付くと自分に向くようにさせている。
今まで殿下からは愛情どころか関心さえ感じなかったことに気付いた。だけど、外側から見ると殿下は誰に対しても感情を見せない。今もサーシャを見ている目には何も写していないように見える。
そして、殿下が表情を崩して見つめる先には一人しかいなかった。
僕は目が合うとフイっと逸らしてその場を去るように心掛けた。
事件が起きたのは前期の終わり頃だった。
サーシャが校舎の陰にある外階段でケガをしたそうだ。その次の日サーシャは殿下に支えられながら僕らがいる騎士棟まで来た。皆の視線をしっかり集めて僕の後ろにいるクレインを指さして唇をわななかせた。
「ブリー、この人です。私を呼び出して階段から突き落としたのは」
クレインを見上げてサーシャを見た。サーシャは殿下にしなだれてしくしく泣き始めた。
「ちょっと待ってください」
確かに事件があった昨日はクレインが午後の授業を抜け出したのを知っている。クレインは王妃様から僕のことで相談があると極秘の呼び出しがあり午後の授業を中座していたそうだ。だが、行ってみると王妃様はいなかったと言う。おかしいと思いながらそのままにしたことを悔やんだ。
僕が顔を青くしてうつむくと、サーシャはこちらを見て睨む。
「ほら、今の表情、心当たりがあるんでしょ?」
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「ケトラ殿がけしかけたんだ。僕が殿下と仲が良いから嫉妬して…ひどい!」
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生徒会か…こちらの分が悪いのは明らかだ。悔しかった、とうとうクレインを巻き込んでしまった。
呆然としている間に予鈴が鳴って、その場は解散になった。
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以前の僕なら殿下の顔色を伺いながら言葉を選んで答えていただろうが、もう殿下に対して何も思うことは無かった。それよりも、怒りがこみあげている。
「クレインは何もしていません」
殿下は口角を上げて僕の表情を読んでいる。
「サシャは侯爵家だぞ。そっちのでっかいのでは相手が悪いんじゃないのか?」
膝に置いていた手をぐっと握りこむ。殿下の指摘通りなのだ。校内裁判は陪審員も生徒だ。社会的信用については侯爵家に敵う身分をクレインは持っていない。だけど、クレインは卑怯な真似をする人間ではない。
「私はクレインを信じています。だから、裁判になろうと負ける気はしません」
殿下はニヤリと笑ってクレインに視線を送った。僕が困ると、この人はこうやって楽しそうな表情を浮かべる。
「殿下。私は今まで盲目的にあなたをお慕いしていました。ですが、気持ちを返していただくことはなかった……それどころか。憎まれているとさえ感じる時がありました。それはなぜか。以前の私にはわかりませんでした」
僕はクレインを見た。彼は僕が何を言い出すのか心配そうな顔をしている。そして、同じ顔をしているのが殿下の後ろに控える護衛のエンツだった。
「殿下は好きな人に好きって言う私が……」
殿下は僕の真意を探るような目つきで見ていた。僕の答えは正解だったみたいだ。初めてこの人に興味を持ってもらえた気がする。そう、この人は誰に対しても興味がなかった。
「私がうらやましかったんでしょう?」
殿下が少しだけこめかみをピクリとひきつらせた。護衛のエンツは僕と殿下を見くらべている。
「子豚のくせに」
「殿下は何を企んでいるのですか?」
「その前に人払いをする」
そう言ってクレインとエンツをサロンから追い出して二人きりになった。心配そうなクレインに大丈夫だと笑顔を向けてうなずいた。彼の手が僕の頬を擦っていく。
殿下は目ざとくそれを見てまた不機嫌になっている。
半刻ほどで僕らは部屋を出た。殿下はエンツを連れて帰っていく。僕はクレインを安心させるように手を取った。
「学園裁判は受けて立とう。クレイン」
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