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11.遠距離恋愛確定

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急に連れてきてしまったために家が余所行きじゃなかった。読み終わった本や雑誌が部屋の隅に積んであったり。航兄の学校の服が扉に干されていたり。ごく日常の家なのに至君がいる。
至君は航兄の体育祭Tシャツと父のジャージを着てリビングで寛いでいる。いつのまにか父にまで至君と呼ばれ何やら楽し気に会話をしていた。俺は母に頼まれて麦茶をリビングに持って行く。

「明日は俺が寮まで送っていきます。任せてください」

そう言ってにっこり笑っている。父はよろしくと言って俺を見た。いつの間にかそんなことまで決まってしまっていた。

始まったばかりの交際は急展開で家族公認になってしまった。

至君は本当に泊まった。
次の日は昼まで家でゴロゴロと寛いでから俺は至君の車で寮に帰った。
至君の車はおじいさんの家の車らしくて、寮はおじいさんの家を通り過ぎてしまうことを知った。

「強引だったかな。透君とちょっとでも長くいたかったんだ」

そう言ってはにかむ。小さく首を振って答えた。俺もここで「またね」って言ったら、次はいつ会えるか分からないから嬉しかった。
車はなめらかに走り出した。至君の運転は昨日と同じでとても丁寧だった。今日はゆったりと助手席からフロントガラスに広がる街を眺めた。以前通っていた公立校も見えた。ついこの前までこの街に住んでいたのに昔のように感じる。家からゆっくりと離れていった。

「至君、東京の大学生なんだね。遠距離…だね」

俺はうつむきながら言う。至君が俺の手をなだめるようにぎゅっと握った。

「飛行機だと1時間半だし。新幹線だと3時間だよ。遠くない」

至君はそう言って俺の頭を撫でた。またハンドルを握って口元に笑みを浮かべる。

「俺毎日メッセ送るよ」

できるだけ明るい声で言ったつもりだった。だけど寂しさは消えなかった。
至君は赤信号の度に俺の手を握った。3度目で意を決したように俺に言った。

「せっかく恋人になったんだからチョーカーを贈らせてくれない?」

俺をオメガたらしめるこのチョーカー。今付けているのは学校の支給品だ。
ツバサは婚約者からもらったと言うかっこいいのを付けていた。ヒナタは自分で買ったって言ってフェロモンをチェックする機能や万一の時用に緊急ボタンのついた便利なのをしていた。
俺のうなじを至君がくれるチョーカーで守られるって、それはすごく大切にされているように感じるのは気のせいか。嫌悪しかなかったチョーカーがステキなもののように思えた。ふっと笑みが浮かぶ。

「至君が選んでくれるなら嬉しい」
運転中だから目を合わせられないけど俺は至君を見た。

「俺、誰かに好きだとか言ったり、好きって言われたりだとかって初めてなんだ。本当はどうして良いか分からない。だから、教えて。これからのこと」
言っておいて恥ずかしくなった、俺はまたうつむいて自分の指先をじっと見た。

「透君はいつも間が悪い」
びっくりして至君を見た。至君は口を手で押さえてハンドルを片手で握っている。
「そんなこと言われたら抱きしめたくなるでしょ。運転中だよ?できないのに」
「…えっ」

至君は視線をうろうろさせた後、一番近い量販店の駐車場に入り隅っこに停めた。そのままシートベルトを外すと俺を力強く抱きしめてくる。俺はシートベルトを着けたままだからしがみつかれている形だ。

「透君、透君にもしそんな人がいたら俺は嫉妬でおかしくなりそうだ、良かった。俺が透君に全部教えるから」
至君が興奮しているのは分かった。でも自分の筋肉量を分かっていない、すごく苦しい。

「至君って変な人だね」
ついそんな感想が出てしまった。

「透君が好きだって言ってくれたら変でもいい」

駄々っ子みたいだ、なんかかわいい。
俺はやっとシートベルトを外して抱き着いてくる至君の背中に手をまわした、温かかった。

「俺も好きだよ」
至君は笑った。あったかい気持ちになる。

「透、大好きだ」
急な呼び捨てに俺は目が丸くなる。至君が優しい目でこちらを見ていた。

「ありがとう」
いつの間にか手が首筋に回されていてゆっくりと顔が近づいてくる。目を閉じると2度ほど口の端に柔らかくて滑らかなものが当たった。そして、唇にやさしく柔らかなものが当たる。ちょっとして目を開けたら至君が優しい顔で俺を見ていた。何とも言えない幸せを感じた。


お互い無言のままシートベルトをすると、そのまま車は走り出した。あっという間に寮に着いた。アルファは寮には入れない。なので至君とはここでお別れだ。門の近くにある駐車場に車を停めてもらった。シートベルトを外してもすぐに立つ気にはなれない。

「来週には東京に戻るんだよね。俺は至君の誕生日をどうやって祝ったらいい?」
そう、交流会での約束を思い出していた、あの時はまさかそんな遠くから来ているとは思わなかったから。

「会いに来るよ良いかな。またメッセ送るよ」

俺はコクコクとうなずく。
至君はダッシュボードをごそごそと探るとメジャーを出して俺の首周りを測りだした。31㎝とメモをしている。

「至君も俺と離れるの惜しんでくれてるってうれしい。次に会えるの楽しみにしてる、またね」

最後にちゃんと言わなきゃと思った。

「どれだけ言っても伝え足りない気がしてきた。透のは素だよね。俺も今から待ち遠しくて仕方ないな」

そう言っておでこにチュッと唇が当たる。瞬間車内にぶわっと至君の森林浴みたいな清々しい水分を含んだ匂いが充満した。俺はその包まれる感覚が嬉しくてなかなか至君に抱き着いた手を離せなくなった。

俺はふわふわとしたまま寮の自室に帰ってベッドに座り込む。
彼氏ができた?彼氏になった?どちらにしろ恋人ができた。どうしよう頬が緩むのが止まらない。
ベッドに大の字に寝転ぶと今週末の記憶が頭を駆け巡る。浮かぶのはあの笑顔と大きな手だ。誰も見ていないことを良いことにひとしきりバタバタした。

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