いと高きところに

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八 美女と野獣

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1.


 一夜にして全てが変わった。

 真由の価値観も、感じ方も、世界も、風の香りさえも変わった。たった1人の人間に影響され、愛し、愛される状況などそれまでは考えた事もなかった。隣を歩いている時でさえ繋がっていたい。拒絶を恐れてそっと彼の上着に触ると、それを察した男が彼女を引き寄せた。

「何、あらたまってんの? 変な子」
 連れて行かれた喫茶店でモーニングと称した厚切りのトーストと卵料理の組み合わせを頂いている最中も平気で真由を抱き寄せる敦はあまり周りを気にしない性格らしい。
「秘密の関係とおっしゃっていたのは敦さんでしょ?」
「まあ、この界隈では大丈夫。……ってか、隠しても無駄だし」
 ニヤニヤ笑いながら敦は真由の赤くなった頬を撫でる。
「俺に人前でベタベタされるの嫌? 恥ずかしい?」
 そういう風に尋ねられると、どう答えたらいいのかわからなくなる。嫌ではないけれど……と真由は口を尖らせた。
「隠す相手は真由サイドの人だよ。特に肉親とかね。訴えられたら面倒だから」
 なるほどと真由は納得する。

 食事が終わって運ばれてきたコーヒーを飲んでいる最中に、敦の知り合いらしい人間が店に入ってきた。
「あれれ、敦さん?」
「信二? なんでこんなとこにいんの? しかもこの時間に。大崎さんの縄張りじゃないっしょ?」
「いや、知り合いに誘われてこの近くの雀荘に今までいたのよ」
「ああ、あそこか。儲けた?」
 敦は薄笑いを浮かべてその男を見つめた。彼は肩を落として、手を振った。
「いや、鴨にされた。がっかりだわ。それより……」
 彼はニヤつきながら、2人がいるテーブルに近寄ってくる。
「彼女? 超可愛いじゃない」
 しばらく前のお返しとばかりに真由の隣に座り込んで彼女を見つめ、不思議そうに目を瞬かせた。
「あれ? どっかで見た様な」
「あん時、オメーも店に居たよな。俺のジントニックを男にぶっ掛けた」
「ああっ!」
 思わず叫んだ信二は真由を指差した。
「あん時の女の子? ってか、何で一緒? はやっ!」
「指差すな。失敬な奴だな」
 真由は赤くなって目を落とした。あの修羅場を目撃した人だと思ったら、たまらなく恥ずかしい。
「はじめまして。おはようございます」
 一応、まともに話すのは初めてだからと自分に言い訳をしながら小さな声で挨拶をする。
「おはよう。俺、信二でいいよ。一応、黒田っていう苗字もあるけど、みんな、忘れてるっぽいし」
「山辺真由と申します。今後ともよろしくお願いします」
「こちらこそ」
 答えながら信二は忙しなく視線を彼女と敦に交互に投げかける。どう見ても、この娘はこの男に喰われた後だ。

(信じらんねー。なんつー早業)

 高飛車で気が強そうな毛並みの良い娘だった。それが今や敦に抱き寄せられて、とろっとろにふにゃけきっている。どうやったら短期間でここまで懐かせられるのだろう?

「言っておくけど、信二は極道だからな。間違っても信用したり、金とか借りんなよ。とんでもない利息をふっかけられっぞ」
 突然告げられた内容に真由が目を見開いて驚きを示した。慌てた信二が敦を睨む。
「ちょ、敦さん。何、いきなり脅してるんですか?」
「フン、よろしくお願いしますなんて言われて鼻の下、伸ばしてんじゃねーよ」
「ひっでー。お言葉ですが、敦さんも俺から金借りてません?」
「あ? 肝が小さい男だな。あの位のはした金、忘れてもいいんじゃね?」
 どう考えても借金した人間が貸してくれた人間に対して吐くセリフとは思えない。
「ええっ? まさかとは思うけど、返す気ない? あれって [かつ上げ] だったの?」
 思わず、信二は涙目になる。敦は「そうは言ってねーだろ?」と彼を睨む。

「人聞きが悪い。ちゃんと返すつもりだよ」

 真由はと言えば、極道と聞いて最初は驚いていたが、その後の2人の漫才の様な会話にクスクスと笑い出した。軽い雰囲気と態度を持つ信二は対峙する人間に緊張を強いない。ある程度、彼との会話を楽しんだ後、朝食を食べ始めた信二を残して2人は店を出た。

2.


「どっか行きたいとこある? まさかとは思うけど家に帰るなんて言わないでね」
 歩きながら敦はのんびりと質問を口にする。
「勿論、俺んちに戻ってエッチもいいよな」
 わざといやらしげな言葉を口に出して真由の顔を覗き込む。彼女がどの様な心境になっているのか、わかっている様子だ。年齢と経験の差を考えたらどうしても手玉に取られてしまうのは否めない。加えて、好きになったのは自分の方だと考えている真由は彼に対して強気に出られない。どうしても敦にリードを許してしまっている。

「せっかくのお休みですし、天気も良いですからどこかに行きたいと思います。でも」
「でも?」
 いいアイデアが思いつかないので真由は困った。友人とでさえ、普段遊びに出る事が少ない彼女は途方にくれた。恋しい殿方と一緒に外出するのはデートだと思う。真由にとっては初デートだ。いや、既に現在進行形でデート中だろうか?
「どこにいったらいいのかわかんない?」
「はい、その通りです」
 少し情けない気分で正直に答えると、敦は立ち止まった。少し考えて自分のスマホを取り出し、ネット検索をかける。
「映画好き?」
「はい? はい」
「好きなジャンルは? 恋愛、冒険活劇、SF、歴史ものとか?」
「基本的にはどれでも観ますけど、監督で選びます」
「監督ねぇ……。今、公開されてるの。見たいのある?」
 手元のスマホの画面を見せられる。歩道の端に寄り、真由はその画面に表示されたタイトルに目を落とした。
「これなどは前から気になっていました。もう公開されているのですね」
 真由が示したタイトルは渋めのヨーロッパ映画だった。
「面白いチョイス。いいね」
 彼はさっさとスマホを操作し始めた。
「見にいこ。豊洲だから地下鉄だ」
「え? なんでそんな遠くに?」
「プレミアムペアシートでいちゃいちゃしたいから」
 そんなシートがあるなんて知らなかった真由は驚いて敦を見上げた。
「もうチケットはオンラインで購入したから変更はできませんわよー」
 敦はからかう様に彼女に顔を寄せ、頬に口付ける。場所も人目も全く気にしていない。こんな男と一緒に映画館の暗がりに……しかも怪しげな名前のシートに座るなんて危険以外の何ものでもない。でも、拒むなんて真由には考えられない。
 恥ずかしいので自分からは出来ない行動だが、彼にベタベタされる事自体は死ぬほど嬉しいのだ。真由に尻尾があれば間違いなくブンブン振り回している事だろう。

「喜んでご一緒させていただきます」
 恥ずかしいので声を落としながら顔を俯かせる。駅に向かってブラブラと歩きながら、その様子を横目に見た敦は内心焦った。信じられないほど素直で可愛いこの生き物は何?
 無意識に歓楽街のラブホが並ぶ地域に足を向けそうになる。このまま、連れ込みたい。自分で予約購入した映画館のチケットが恨めしい。もう少し余裕を持って、「ご休憩」ぐらいできるだけの回にずらすべきだった。しかし、ここまでセットアップしてしまった以上は、変更するつもりは今更ない。これは将来への教訓とすべき所だろう。

 どちらにしろ、駅までの道順を教えながら歩いているだけでも、気分はいい。彼女の些細な反応が可愛くて何を喋っても楽しめる。真由と一緒に居るだけで気分が浮き立つ。女と一緒に居て、最後にこんな風に気分が高揚したのは一体いつの事だったろう?

 敦は歩きながら考え、その記憶に伴って思い出した嫌な思い出に少しだけ眉を顰めた。

3.


 夏の昼下がりだった。夏休みの間に設定されている登校日の一つだったと思う。学校帰りに公営プールに泳ぎに行った帰り、敦は1人で足早に歩いていた。
 日に焼けた肌は小麦色を通り越してもっと濃い色になっている。ガキの癖に洒落っ気だけはあったので、その頃は少し長めにカットした髪の毛を栗色に染めていた。

『敦、神崎さんから電話があったわよ。亜紀子ちゃんだったかしら?』

 帰宅すると母親からその様に言われたと思う。中学1年生だった敦はその頃急激に普及率が高まってきた携帯電話をまだ所持していなかった。彼は返事もしないで、水着やタオルなどが詰め込まれたビニール製のバッグを脱衣所に投げ込むと小さな財布だけをズボンのポケットに詰め込んで家を出た。母親の怒った声が追っかけてきたが知ったこっちゃない。イライラをぶつけるようにゲーセンで時間を潰したのを覚えている。

 亜紀子が敦の友人である他校の生徒に告白している現場をたまたま目撃した敦は結構傷ついた。しばらく前にその友人を紹介した際の彼女の見開いた眼差しに、漠然とした嫌な予感が心をぎったのは覚えている。何で予め仕組まれたかの様に公営プールの近くなんかで、そんなものを目撃しなくちゃいけないのだ?
 亜紀子は二人目の彼女だったが、そんな事がある前は毎日が本当に楽しかった。エッチも楽しかった。でも、その日から全てが色褪せた。自分はちょっとした女性不信になったのかもしれない。

 告白されていた友人は敦が聞いている事には気付いていたようだった。格闘技マニアで見かけは女の子みたいなのにすごく強い奴だった。他人の気配には異常に敏いそいつは言い訳も何も漏らさなかった。敦もわざわざ彼に詰め寄る様な事はしなかった。
 敦が亜紀子と別れたと聞いた時に彼は『それがいい』という意味の感想を一度だけ口にした。聞きとがめて何故だと尋ねると、『お前はあの女には勿体無い』とだけ返された。亜紀子が今どうしているか知らないが、その友人とは今も友人だ。


 それ以降、敦はかなりの数の彼女を持った。でも、本気で好きな女は居なかったと思う。付き合った中で本気で入れあげたのは名前は忘れたけど一人目の彼女と亜紀子だけだった。
 他の女はいい加減飽きてきたり、切ろうか迷うと、亜紀子と別れる切っ掛けになった友人である吉川に様々な形で引き会わせた。大概の女は「女ほいほい」である吉川にぽーっとなるので別れるいい口実になる。彼の方でも気に入れば適当に遊ぶ。他にはあまり聞かせられない話だが、「需要と供給」だと吉川とは示し合わせていた。
 それを中学時代の岸本が快く思っていなかった事は知っている。当の吉川が気にしていないのに、信奉者がうるさかったよなと敦は懐かしく思い出す。

『あっちゃん、吉川さんを踏み絵代わりにするのはどうかと思うよ』

 苦虫を噛み潰した様な表情の岸本が印象に残っている。
(踏み絵か。上手い表現だよね)
 真実の愛なんて言葉にすると嘘臭くて薄ら寒くなるけれど、「もしかしたら」と心のどこかで期待していたのかもしれない。
 どちらにしろ、高校進学時に吉川の生活圏が変わってしまい、気軽に踏み絵を使えなくなったので、岸本をそれ以上刺激する事はなくなった。


 女と一緒に居て気持ちが浮き立ち、嬉しく思うのはあの中学1年の夏以来だ。思いの外、時が経っている事に敦は内心驚愕した。でも、関係を持ったばかりなのに、こうと決め付けていいのだろうかと自問する。一緒に歩いている真由を眺めながら、敦は考える。

(この娘に踏み絵を使いたいと思う時が来るのだろうか?)と。

4.


 駅の近くのその飲み屋はまだ時間が早いので準備中だった。

 映画館で映画を楽しみ、ペアシート利用客のみが利用可能という商売っ気ゼロのラウンジで簡単な食事を済ませた2人は映画館が入っている商業施設を簡単に見て廻り戻ってきた。世話になったバーテンダーさんにだけは挨拶したいという真由の希望でこの駅に立ち寄ったのだ。

 準備中の看板など無視してズカズカ入っていく敦は洗い物をしている辰巳を見て手を上げた。

「あれ、敦さん?」
「たっちゃん、ちわ。昨夜は情報あんがとね」
「いや、起こしてすまなかったっす……おわっ?」
 彼は敦の後ろからオズオズと店に入ってきた真由を見て目を丸くした。
「服装が同じ……。あ~あ、賭けに乗らなくてよかった」
 虚ろに視線を空中に彷徨わせる。やがてこうなるとは思っていたけれど、期せずしてその時期までわかってしまうと憮然としてしまう。辰巳の言葉に眉を顰めたが、その点を指摘せずに敦はカウンターの止まり木に腰掛けた。真由もカウンターに近づいてくる。

 彼女はこのバーテンダーからの連絡で敦が彼女を迎えに来たという話を聞いていた。辰巳と目が合うと、まずは深々とお辞儀をして口を開いた。
「昨夜は大変お世話になりました。教えていただいた道順ですぐにクラブへはたどりつけました」
「いえいえ、お役に立てて光栄です。あの男性、どうなりましたか?」
 どうやら、一緒に店を出た男の事を言ってるようだ。彼なりに気にしていたのだろう。
「あの方はとても親切にしてくださいました。でも、最後にちゃんとご挨拶しないで別れてしまいましたので、その点だけが気になります。あの……、もし、こちらに又あの方がいらっしゃるようでしたら、宜しくお伝え願えますでしょうか?」
「ん。顔、覚えているからもし気付いたら伝えときますね」
「感謝いたします」
 彼女は辰巳の気軽な返答にホッとした表情を作った。

 彼は目の前の礼儀正しい娘と敦の組み合わせに好奇心をいたく刺激された。
(あっさりと喰いやがったな。時間の問題だとは思っていたが、早かったな、畜生)

 ここまでかけ離れたカップルも珍しい。敦の様な下品な男とこの娘ではあまりにも違いすぎる。どうやって口説いたのだろうと下世話な疑問が浮かんでくる。
 ニヤニヤしながら敦を見ると、「何だよ、このヤロー」と言わんばかりに睨みつけてくる。ああ、訊きたい。質問責めにしたい。どんなエッチをすんのだろう?

「たっちゃん、何か飲ませて」
「お客様、まだ準備中でございますが?」
「堅い事言うなよ。喉乾いてんだよ」
「困ったお客様ですね。ではマユちゃんは何かご希望はございますか?」
 彼女は首を傾げて、困った様に笑った。
「私、これからおいとましますので結構です。こちらにはたっちゃんさんにご挨拶したくて寄らせて頂きました」
「俺、辰巳ね。たっちゃんでもいいよ」
「では辰巳さんで」
 崩さない口調なのにあまりにも自然で嫌味が無い。辰巳はこの娘がとても気に入った。クラッシュトアイスを入れたグラスにオレンジジュースを入れて2人の前に出す。
「喉を潤すだけだからノンアルコール。奢りだから軽く飲んじゃって」
「まあ? どうもありがとうございます」
 戸惑いながらも、好意を受け入れた娘が少し頬を染めながらグラスを手にする。敦はその様子をニヤニヤしながら眺めている。辰巳は和やかな気分になった。

(すっげー機嫌いいわ、敦さん。しっかし、この図はどう考えてもあれだな)

 イメージは簡単に頭に浮かぶが、そのタイトルがすぐに出てこない。彼は首を捻った。あの有名なアニメにもなったおとぎ話。

「じゃ、またな」
「お邪魔しました。失礼します」
「次はゆっくりと営業時間内にいらっしゃってください」

 2人が店を出て行った後、しばらくしてタイトルを思い出して手を打ち合わせた。先ほどから気になっていた「胸のもやもや」がこれで解消した気分だ。

「美女と野獣だ!」

 思い出した嬉しさでホッとしたが、少しだけ情けなさそうに自分の目の間を指で揉んだ。「何で、こんな簡単なタイトル、ど忘れすんだよ……」と疲れたように自分で自分に突っ込みを入れる。

5.


 その夜、翌日の授業の為に課題や準備などを済ませた真由は入浴も済ませ、ネグリジェ姿でベッドに潜り込んだ。ベッドの中で先ほど敦から送られてきた他愛も無いメールに返信を返す。こんなに幸福な気持ちで就寝しようとするのは本当に久しぶりの事だった。

 彼女が今夜帰宅した時、母親は外出していた。父親はまだ出張中である。迎えてくれたのは有田だけだった。彼女は無事帰宅した真由を見て安堵している様子だった。
(結局のところ、私の事をこの家の中で心配してくださるのは有田さんだけね)
 その有田にしても、彼女の職務上の義務感と責任感によるところが大きいのではないだろうかと考える自分は相当ひねくれている。


 部屋の照明を消して目を瞑れば、昨夜からの出来事を思い出し、暗闇の中で1人赤くなってしまう。自分は熱病に罹ってしまった様だ。世間ではよく恋愛の事を病気に例える。その事を真由は「何を大げさな」と以前は考えていた。人間、その病気に自分が罹るまでは、本当の意味でその症状はわからないらしい。
 運良く恋した相手に受け入れられても尚続くこの苦しい気分。もし受け入れてもらえなかった場合の事など想像しただけで気が遠くなりそうだ。

 今すぐ立ち上がって、彼の元へ行きたい。あの手で滅茶苦茶にしてもらいたい。自分がかなりの重症である事は自覚している。一分一秒でも近くに居たい。乱されたい。
 恋愛している人は皆、この様な苦しみと何らかの折り合いをつけて生きているのだろうか? この痛みはやがて慣れえるものだろうか?


 昼間、体験した映画鑑賞は非常に興味深いものだった。

 プレミアムペアシートとは座席が最後尾にあるので、他人の視線を気にする事無く、2人だけの時間を過ごす事ができるという事を謳い文句にしているカップル専用のシートだった。映画館によっては完全なプライベートルーム仕様のボックス席を用意している所もあるらしい。
 普通の客席に比べると割高だが、広々と設計されたその専用座席はどの様に腰掛けてもゆとりがあり、それこそ片方が片方の膝枕を楽しむ事さえも可能だった。
 しかし最後尾にあるとは言え、完全なプライベート空間というわけにはいかず、その気配自体を隠すことは不可能だ。敦に言わせるとそのいちゃいちゃ加減を垂れ流して他人に見せ付けるのが楽しいのだと言う。宣言した通りに敦は座った途端に真由を押し倒す勢いでしな垂れかかってきたので、慣れない真由は蒼くなったり赤くなったりと大層困惑した。

『敦さん。まだ明るいです』
『暗くなったら映画が始まっちゃうじゃん』

 真由は自宅の番犬と戯れている様な気分になった。大型で力が強い犬達は厳しい訓練を施されているからこそ真由の腕力でも扱う事が可能である。
 普段は専門の調教師に運動も併せた世話を任せている犬達だが、下手に子犬の頃から知っているせいか真由は彼らを甘やかす傾向にある。なので、彼らと遊ぶ時は押されたり、舐められたりと、放って置くと際限なくもみくちゃにされる。「悪い癖がつくから甘やかさないで下さい」と調教師からも時々苦言を呈される。

 その様な事を考えていると劇場が暗くなり、他の映画の予告編などが始まった。敦は厚かましくも真由の膝枕で映画鑑賞をし始めた。自分の膝の上の頭を撫でると、くすぐったがって低く笑う。短い髪の毛は少し硬めで耳にも掛からない。太い首とそれに続く肩など、触る範囲は全て薄くて硬い筋肉を感じる。そのしなり具合が息を呑むほど美しくて、サラブレッドの優美な首の曲線を思い出す。
 映画のプロローグを横目に入手した宝物を検分する様な気分で撫で廻していると笑い出しそうな目付きで見上げられている事に気付き、頬を染めた。彼は声を出さずに(エッチ)という単語を真由に投げつけてきた。

 犬は甘やかすなと言われた。ではこの男は?
 この男は甘やかしていいのだろうか?



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