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拾伍a Gloriam Tuam(主の栄光)前
しおりを挟む主の大いなる栄光のゆえに主に感謝したてまつる。
神なる主、天の王、全能の父なる神よ。
(気持ちが浮き立ってくる。心の中では「栄光の賛歌」がフルコーラスで鳴り響いている。ああ、私はこんなに幸せでいいのだろうか?)
山辺副会長の機嫌がここのところ非常に良い。見た感じは普段通りに勤勉で、仕事もチャカチャカと細やかにこなし、教師に生徒会関連の案件で突っ込みを入れられるとスマートに反撃して勝利をもぎ取ってくる。まさにいつも通りの彼女だ。
表情も普段通りの冷静で落ち着きがある風情だ。お調子者の下級生達が揃って彼女の変わらぬ横顔をポーッと見惚れている。現在の生徒会を発足させた時に集めた精鋭達の筈だったが、自分の人を見る目が曇っていたのだろうか? 気付いたら「ヅカクラブ」などという有難くない異名で呼ばれている。生徒会役員数など高が知れてるのに、「月組」とか「花組」とか組分けしなくてはいけなくなったらどうしよう?
その様な異名で呼ばれる原因の一端を自分も担っている事に気付いていない会長は(嘆かわしい)と溜息をついた。
とにかく、見かけは全くいつも通りの山辺さんなんだが、中等部から長い付き合いがある自分の目は誤魔化せない。無表情なのに、あの微妙な足拍子は何だろう。彼女の心の中に何らかの音楽が流れているらしい。仕事の合間に時折り、意味不明な笑いを浮かべている。一体、何を考えている事やらだ。
「山辺さん? ここのところ、ご機嫌がよろしいようね? 何か特別な事でもおありなのかしら?」
「普段と同じですわよ、会長。でも少しずつ春が近づいていますので、気分も良くなるのかもしれませんわね。きっと季節のせいですわ」
和やかに返答する彼女の表情はやはり明るい。以前、会話の中に登場した「知人」が関係しているのかもしれない。是非とも紹介して欲しいものだ。絶対に彼女の「いい人」に違いない。
(私の話はして差し上げたのに、ご自身のお話は秘密なの?)
彼女が恋に堕ちるとすると、お相手が気になる。一体どの様な男性が彼女のお眼鏡にかなったのだろう?
「真澄さん」
「はい?」
この子なら何か気付いているかしらと考える。たまたま生徒会室に2人だけになった機会を待っていたかの様に会長に話しかけられた真澄は首を傾げて彼女を見つめた。
「山辺副会長の事ですけれど、この頃雰囲気が変わったとお思いにならない?」
「え? いいえ、いつも通りのお姉さまと存じますが?」
抜き打ちで聞かれたので「ギクリ」とした表情が彼女の言葉を裏切っている。素直な子と会長は内心笑った。この後輩は数字に強く、理数系に秀でた優秀な娘だが、根が正直者で腹芸が出来ない性質なのだ。真由のシンパとしては一番逞しく彼女に喰らい付いている娘なので、他の人間が見過ごす様な場面でも目にした可能性は高いと考えられる。
「その様子だと何かご存知かしら?」
「いえ、私は何も……」
「何を慌てているのですか? 私は単純に山辺さんの雰囲気が変わったと思うかお尋ねしただけですのに」
彼女は可笑しそうに真澄を眺める。
「何もその原因を真澄さんに問い詰めているわけではないのですよ?」
「あ……いや、私は……何もわからずに可笑しな返事をしてしまい、申し訳ないです」
「迂闊にも次の質問を先取りした回答をされたという事かしら?」
素直な後輩は竦み上がった。あれだけの会話で奇妙な深読みをする方が実はとんでもないのだが、冷静にその点を指摘するには真澄は会長を相手どる為の熟練度がまだ低い。
「会長。苛めないでやってくださいませ」
「お姉さま……」
ドアを開けて真由が入ってきた。新聞部に用事があり、しばらく席を外していたのだ。思ったより早い真由の帰還に会長は内心舌打ちした。これ以上真澄を攻め立てるのは無理だろう。
「真澄さんは私に口止めされているのです。可哀そうに震えていらっしゃる」
真由は固まっている真澄に近づき、そっとその肩から腕を撫で下ろすと安堵した後輩の身体が落ち着くのを待った。
「ごめんなさいね、真澄さん」
「いえ、お姉さま」
「真澄さん、少しの間で結構ですから、部屋の外にお願いできますか?」
「はい」
真由が意図する事に気付いた彼女は、そっと腰を屈めてお辞儀をするとゆっくりと部屋から出て行き、ドアを閉めた。毎度の事ながら、本当に真由の言う事には素直に従う娘だ。会長は苦笑いをしながら、真澄が出て行ったドアを眺めると、踵を返して窓の方向へ向かった。以前、真由と内緒話をした窓際の場所まで歩を進めると、彼女に向き直る。
真由もその場所にそっと歩み寄りながら、会長に話せるぎりぎりの線を頭の中で整理した。個人情報まで喋るつもりはないが、大体の事情は告げておいてよかろう。
プライベートにまで踏み込んだ話は今迄あまりした事は無いが、長い付き合いだし、彼女の人柄もわかっている。時には自分の人物評価を信頼してみるのもいいのではないだろうか?
2.
今夜も収穫がない。忌々しげに栄治は通りを窺い見た。
地方からの引越しは既に済んでいる。教員専用の寮は1LDKで独身の教員が安く借りられる宿舎としては破格の広さを有しているが、長い教員生活で膨れ上がった荷物を全て運び込むには手狭であった。一度、自分の持ち物は全て実家に送り、そこから必要最低限のものだけを運び込んだので現在はすっきりとしたものだ。
オファーを受け、まだ期の途中だったにも関わらず移動を強行したのは、受け持っている授業が少なかった事と他助教授への引継ぎが簡単だったせいもある。大学1年生の教養課程の為の授業など、テンプレ通りですむものだ。彼はなぜ自分の授業が人気がないのか、取る学生が年々減っているのか深く考えずに今迄の時間を過ごしてきた。
その様な中途での移動と相成ったので、新しい職場ではまだはっきりした仕事は無い。予想より多く自分の時間が取れるので、動き回るには今が容易な時期ではある。しかし、都内に移り住んで、じっくりとこの家と親交を深め、一人娘を妻に迎えて入り婿になるという彼の予定は大幅に狂った。
山辺家は代々この土地の名士で、昔はこの界隈でも有数の大地主だったらしい。だが、代を重ねるごとに兄弟姉妹に財産を散らし、相続税の為に土地を手放してその規模を縮めてきた。しかし、それでも付近の一等地を今も数多く所有している資産家である事には変わりない。
現在の当主は真由の父親である山辺元治。彼は都銀の経営首脳役員に名を連ねているが、頭取というわけではない。実入りは良いが、それだけでこの土地屋敷を維持できるわけではない。先祖から受け継いだ財に頼るところがやはり大きいのだ。
栄治はそれが羨ましくてならない。その様な富を自分が手にしたら、もっと大きな事に活用できるのにと常々思っていた。東京山辺家の一人娘である真由はその為のパスポートだ。親類縁者の集まりがあると、決まってこっそりとその様な噂をする人間がいる。曰く、「真由ちゃんのお婿さんはまだ決まらないのか?」と。
真由がまだ幼女だった頃からその様な話はよく耳にした。栄治は(ガキ相手に何言ってるのやら?)と嘲笑していたが、去年、成長した真由を見た時から気持ちが変わった。類稀な美少女に成長した彼女は充分に美しく、連れ歩くだけでも注目を集める事は間違いない。栄治のエゴを満足させると共に、財産も漏れなくついてくる。とんでもないお得物件だ。
まだ学生だからと両親揃って、彼女の露出を抑えているが、その抑えがなくなると注目を集めるのは間違いない。唾をつけるなら今のうちと焦った結果、最悪の形で唾ではなく仇をなしてしまったのだ。
彼は苦い気分で山辺邸の高い壁を見上げた。実家の父から暇を見つけて早いうちに一度戻れと留守電にメッセージが入っていた。多分、山辺から何らかの知らせが行ったのだろう。しかも、金で雇った探偵からは調査の打ち切りを連絡された。
栄治が撮影して送付した写真の男の調査には違法性があるので、出来かねる。既に振り込まれた追加料金は全額返すとの事。ムカつく役立たずだ。
栄治は苛立たしげに目の前の壁を蹴った。すると、その途端に壁の反対側から低い唸り声が聞こえ、心臓が大きく跳ねた。あの犬達だ。あまり吼えないせいか、いる事を忘れがちになる。きっとこの塀の反対側にはあの3頭が黙ったまま潜んでいるのだろう。
あの夜、部屋に雪崩れ込んできた犬達の牙を剥きだしにした威嚇顔を思い出してゾッとする。一番小さい個体でも体重65キロ以上はあるらしい。人間の成人男子並みの体格だ。
(あんな猛獣みたいな犬を庭に放しているなんて、なんて野蛮で嫌な家だろう)
自分がこの家の当主にやがてはなるのだと考えていた頃は、あの3頭を手懐けて一般人を威嚇しながら散歩する自分を夢想していた呆れた男はそんな事を考えていた事さえも忘れてしまっているらしい。
とにかく、家の塀に近づきすぎだ。彼はそっとそこから離れた。高い壁だから大丈夫とは思うが、万が一、あの犬達が外に出てきたらと考えると恐ろしい。
もう少ししたら終電の時間となる。何の収穫も無いまま駅に向かうのは口惜しいが、仕方ない。山辺邸から坂を降り、いつも立ち寄る○○マートが近づいてきた。栄治が近づくと丁度そこから2人の若者が出て来た。2人とも黒っぽい革のジャケットを羽織っている。何かお互いに耳打ちして手元のスマホをもう一方に見せながら歩いている。彼らは坂を上り始めたので、栄治とすぐにすれ違うだろう。
「お兄さん、何か落ちましたよ」
「え?」
すれ違った途端に男の1人が背後から栄治に話しかけてきた。音はしなかったがポケットから何か落としたのだろうか?
慌てて地面を見たが何も見えない。転がったのだろうかと、しゃがんだ状態で辺りを見回すと1人の男が背後に立った。
「ほら、そこに」
「あ、ありがとう」
彼が背後から指し示す方向を透かし見るが何も見えない。疑問に思って、振り返ろうとすると男が手を栄治の鼻と口に当ててきた。(え?)
「とろいな、こいつ」
もう1人の男が目の前に立って失礼な感想を笑いそうな声で呟くのを聞いた栄治は憤慨した。しかし、動けない。慌てて身体を動かそうとしたが、背後の男に口を塞がれて声が使えないまま、目の前の男に喉仏の左右辺りを圧迫された。そして、(あれ?)と思った時には気が遠くなっていた。
「一丁上がりー」
栄治の前に立っていた男は含み笑いながら、頚動脈洞を圧迫されて気を失った彼を担ぎ上げた。素早く辺りを見回す。誰もいない。そのまま、ゆっくりと坂を上がり、山辺邸の一本手前の脇道に停めておいたワンボックスカーのドアを開けて栄治を後部座席の床に転がせた。栄治のポケットから取り出した財布の中の免許証を見て名前を確認すると、又ポケットにそのまま戻す。
「縛った方がいい?」
「縄はやめよう。傷が増える。柔らかい布巻きの手錠あったべ?」
「あった。これっしょ?」
袋の中を漁っていた岸本はピンクの布が巻かれ、触感が柔らかい手錠を取り出した。
「この頃のSMグッズって色々あるねー」
「まあね。こいつに使うのは惜しいけど、仕方ないか」
「よろしくー」
「そっちこそ、運転よろしく。安全運転だよ」
「任してよー」
敦はニヤつきながら、ゆっくりと車を発進させた。
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