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第二章 社長生活の開始

来なかった二人

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5時まで待った。
しかし結局、副社長の所とチーフマネージャーの露木は、事務所に顔を出さなかった。

「二人は」

秘書の瀬戸涼子が言った。

「輝星さんの社長就任を快く思っていないんだと思います」

そんな事は、言われなくても何となく感じていた。

「特に副社長の所さんは、会社は自分が継ぐ物だと考えていたフシがあるので、機嫌を損ねているのだと」

そんな人と、これから一緒に会社を切り盛りしていけるのだろうか?
自分の中で、急速に元気と自信が萎んで行くのを感じた。

「会社の権利は、事実上輝星さん・・・いえ、社長が100%所有しています」

株式の所有権とか難しい事はこれから勉強しなければならないが、そのことは弁護士からも聞いていた。

「しかし、会社の売り上げの約60%は、所副社長と露木チーフマネージャーの業績です」
「声優タレントの数、質も、正直二人の担当している声優が圧倒的に主力となっています」

矢島さんも、会話に混ざって来た。
つまり。
懸念される事態は。

「所さんと露木さんが組んで、ベガから独立するとなると、ウチが壊滅的なダメージを負う事になります」

何と言う事だ。
それだけは何としても避けなければ。

「社長には、所さんと露木さんと仲良くしていただく必要があるかと」

しかし二人は敵対的な態度を示している。
いや、まだそうと決まった訳ではないか。

「それから、大事なのは、所さんと露木さんが独立しようとしても、主力の声優タレントが『ベガに残る』と言ってくれればいいのです。実際、その根回しがまだ済んでいないから、二人は独立を言い出さないのでしょう」
「主力の声優タレントは、社長・・・お父様のお力があって売れっ子になれたと恩義を感じている者が多いと思います。所さんが独立を持ちかけても、そう簡単にベガを辞めるとは思えません」
「しかし条件次第では、裏切る事も有り得るという事ですね」
「・・・はい」

マネージャー陣と心を通じさせるだけでは足りないのだ。
これから、所属する声優、タレントたちとも、信頼関係を築いて行かなければならない。
それに、出来れば所、露木の二人とも、上手くやって行きたかった。
何となく、今のベガの形をしっかり守っていく事が、末期がんで闘病中の親父を喜ばせるような気がしていた。

経営に、「自分の色」を打ち出して行くのは、もっと後の事だ。
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