9 / 46
第9話 かおあわせ
しおりを挟む
「お顔を、見せて頂けませんか?」
気がつくと、そんな言葉が口から溢れ出ていた。
ヒストリカの問いかけに、仮面から「うぐっ」と詰まったような声が漏れる。
素顔が見えなくても、苦い顔をしているのがわかった。
「今日はこのまま、やり過ごそうと思っていたんだけどね……」
「抵抗があるのは重々承知の上です。ただ表情が見えないままだと、やりとりに齟齬が発生する事も多いでしょう。ただでさえ私は、他者の気持ちを察する事が不得手なので、なるべく表情を確認させていただきたいのです」
「ああ、なるほど。そういう……」
理由が予想外だったのか、エリクが納得したような声で頷く。
「もちろん」
じっと、エリクの仮面を見つめてヒストリカは言う。
「これから一緒に過ごすお方の素顔を見たいという気持ちも、大きくありますが」
凛とした声に、再び仮面から詰まったような声が漏れた。
続けてゴホゴホと、咳払いをするエリク。
「エリク様? 大丈夫ですか?」
「す、すまない、なんでもない。まあそりゃそうか、そうだよな……」
降参するかのように、エリクは大きく息を吐き出す。
それからヒストリカの方を見て、仮面に手をかけて言った。
「君を信用していないとかじゃないけど……どうか、怖がらないでおくれ」
捨てられた子犬のような不安げな声に、先ほどのエリクの言葉を思い出す。
──今まで何度も婚姻の話はあった。しかし、僕はこんな見てくれだからね。情けない話になるが、全て破断になってしまった。
おそらく、彼は今まで何度も辛い思いをしてきたのだろう。
自身の容貌に対する強いコンプレックスは、人並み以上の容姿を持つヒストリカが推し量れるものではない。
だからヒストリカは、言葉を選んで口にする。
「怖がりませんよ。先週、証明しましたでしょう?」
あの夜会のバルコニーで、目と鼻の先の距離で見たエリクの容貌に対しヒストリカが動じる事は無かった。
それは紛れもない事実であり、エリクが安心する根拠としては大きいものだった。
ヒストリカの言葉に、エリクは少し安堵したように息をついた後。
「……少しだけだからね?」
そんな言葉と共に、フードと仮面を外した。
仮面の下には、ヒストリカの予想通りの素顔があった。
艶もハリもなくぼさぼさで長い黒髪。
病的なまでに青白い肌、げっそりと痩け落ちた頬。
目の周りは落ち窪んでいてぎょろりとしている。
ひとつ変わった点といえば、あの日以来剃っていないか無精髭が荒れ放題であった。
「ごめんよ、今日は顔を見せないつもりだったから、髭を剃るのを忘れていて……」
取り繕うエリクに、ヒストリカは「いえ」と前置きして。
「やはり、噂はあてになりませんね。このお姿のどこが醜悪なのでしょう」
率直な感想をヒストリカは口にした。
(むしろ、ちゃんと栄養を取って眉や髪を整えたらなかなかのものになる気がしますね……別に大きな傷があるわけでも、肌が変色しているわけでもないですし)
そんな事を考えるヒストリカの言葉に、エリクは数瞬呆けた後。
「ヒストリカ……君、変わり者って言われない?」
「変わり者……かはわかりませんが、周りからはよく『お前はズレている』と言われる事が多かったような気がします」
「よく君のことを見ているね」
「私としては不服ですけどね」
「むう……」と唇を尖らせるヒストリカに、エリク「くく」と笑みをこぼす。
「笑うところありました?」
「いや、すまない。意外と、子供っぽいところもあるのだなと」
「はあ……」
そう言われたのは初めてのことで、ヒストリカは反応に窮してしまう。
(なんにせよ、好意的に受け入れられている事は確かなようなので……ひとまずは安心、と言ったところでしょうか)
今のところ噂通りの傍若無人さも、暴力を振るってくる様子もない。
むしろ常識的で優しい人そうだ、と思った、が。
(いいえ、ダメよ)
胸の中でヒストリカは頭を振る。
元婚約者ハリーも最初のうちは人当たりが良く、それなりに優しい振る舞いを見せてくれた。
最初のうちは誰だって見られたい自分を演じるもの。
ここで期待して、万が一あとあと豹変でもしたら……。
(また、自分が馬鹿を見る羽目になる)
すん、とヒストリカは表情を戻す。
双眸にほんのりと灯っていた温度が平常の冷たさに戻ったことに、エリクは気づかない。
「さて、ひとまずこんなところかな」
「はい、ありがとうございました」
ヒストリカが頭を下げると同時に、エリクがすくっと立ち上がる。
「じゃあ、僕は仕事に戻るよ」
「今からですか?」
闇色に染まった窓を見やってヒストリカは尋ねる。
「もう日付も回ってかなりの時間ですよ」
「溜まっている仕事が多くてね……明日の朝中に処理したい仕事も残っているから、もう少しね」
そう言って遠い目をするエリクは、今にもぶっ倒れそうなくらいふらついて見えて、とてもじゃないが仕事をできるようなコンディションには見えなかった。
(大丈夫、でしょうか……)
勉強で根を詰める事が多かったヒストリカも流石に心配になる。
「浴室や寝室の場所についてはコリンヌに任せてあるから、今日はゆっくり過ごすといい」
「あ、はい……お気遣い、ありがとうございます」
ヒストリカが言うと、エリクが手を差し出してくる。
細くて、頼りなくて、病的なまでに白い手。
「改めて、これからどうぞよろしく、ヒストリカ」
「はい、こちらこそ、よろしくお願い致します」
エリクの手を取る。
冷たくて、握ったら折れてしまいそうな感触が掌から伝わる。
なんなら女である自分の掌とそう変わらないのでは、とすら思った。
「それじゃ……」
手を離した後、エリクが足を踏み出す。
その時だった。
ガンッと、エリクの右足がテーブルに足に引っかかった。
「あっ」
「危ないっ……」
エリクの身体がぐらりとずれる。
そしてそのままどたりと、エリクが床に倒れた。
気がつくと、そんな言葉が口から溢れ出ていた。
ヒストリカの問いかけに、仮面から「うぐっ」と詰まったような声が漏れる。
素顔が見えなくても、苦い顔をしているのがわかった。
「今日はこのまま、やり過ごそうと思っていたんだけどね……」
「抵抗があるのは重々承知の上です。ただ表情が見えないままだと、やりとりに齟齬が発生する事も多いでしょう。ただでさえ私は、他者の気持ちを察する事が不得手なので、なるべく表情を確認させていただきたいのです」
「ああ、なるほど。そういう……」
理由が予想外だったのか、エリクが納得したような声で頷く。
「もちろん」
じっと、エリクの仮面を見つめてヒストリカは言う。
「これから一緒に過ごすお方の素顔を見たいという気持ちも、大きくありますが」
凛とした声に、再び仮面から詰まったような声が漏れた。
続けてゴホゴホと、咳払いをするエリク。
「エリク様? 大丈夫ですか?」
「す、すまない、なんでもない。まあそりゃそうか、そうだよな……」
降参するかのように、エリクは大きく息を吐き出す。
それからヒストリカの方を見て、仮面に手をかけて言った。
「君を信用していないとかじゃないけど……どうか、怖がらないでおくれ」
捨てられた子犬のような不安げな声に、先ほどのエリクの言葉を思い出す。
──今まで何度も婚姻の話はあった。しかし、僕はこんな見てくれだからね。情けない話になるが、全て破断になってしまった。
おそらく、彼は今まで何度も辛い思いをしてきたのだろう。
自身の容貌に対する強いコンプレックスは、人並み以上の容姿を持つヒストリカが推し量れるものではない。
だからヒストリカは、言葉を選んで口にする。
「怖がりませんよ。先週、証明しましたでしょう?」
あの夜会のバルコニーで、目と鼻の先の距離で見たエリクの容貌に対しヒストリカが動じる事は無かった。
それは紛れもない事実であり、エリクが安心する根拠としては大きいものだった。
ヒストリカの言葉に、エリクは少し安堵したように息をついた後。
「……少しだけだからね?」
そんな言葉と共に、フードと仮面を外した。
仮面の下には、ヒストリカの予想通りの素顔があった。
艶もハリもなくぼさぼさで長い黒髪。
病的なまでに青白い肌、げっそりと痩け落ちた頬。
目の周りは落ち窪んでいてぎょろりとしている。
ひとつ変わった点といえば、あの日以来剃っていないか無精髭が荒れ放題であった。
「ごめんよ、今日は顔を見せないつもりだったから、髭を剃るのを忘れていて……」
取り繕うエリクに、ヒストリカは「いえ」と前置きして。
「やはり、噂はあてになりませんね。このお姿のどこが醜悪なのでしょう」
率直な感想をヒストリカは口にした。
(むしろ、ちゃんと栄養を取って眉や髪を整えたらなかなかのものになる気がしますね……別に大きな傷があるわけでも、肌が変色しているわけでもないですし)
そんな事を考えるヒストリカの言葉に、エリクは数瞬呆けた後。
「ヒストリカ……君、変わり者って言われない?」
「変わり者……かはわかりませんが、周りからはよく『お前はズレている』と言われる事が多かったような気がします」
「よく君のことを見ているね」
「私としては不服ですけどね」
「むう……」と唇を尖らせるヒストリカに、エリク「くく」と笑みをこぼす。
「笑うところありました?」
「いや、すまない。意外と、子供っぽいところもあるのだなと」
「はあ……」
そう言われたのは初めてのことで、ヒストリカは反応に窮してしまう。
(なんにせよ、好意的に受け入れられている事は確かなようなので……ひとまずは安心、と言ったところでしょうか)
今のところ噂通りの傍若無人さも、暴力を振るってくる様子もない。
むしろ常識的で優しい人そうだ、と思った、が。
(いいえ、ダメよ)
胸の中でヒストリカは頭を振る。
元婚約者ハリーも最初のうちは人当たりが良く、それなりに優しい振る舞いを見せてくれた。
最初のうちは誰だって見られたい自分を演じるもの。
ここで期待して、万が一あとあと豹変でもしたら……。
(また、自分が馬鹿を見る羽目になる)
すん、とヒストリカは表情を戻す。
双眸にほんのりと灯っていた温度が平常の冷たさに戻ったことに、エリクは気づかない。
「さて、ひとまずこんなところかな」
「はい、ありがとうございました」
ヒストリカが頭を下げると同時に、エリクがすくっと立ち上がる。
「じゃあ、僕は仕事に戻るよ」
「今からですか?」
闇色に染まった窓を見やってヒストリカは尋ねる。
「もう日付も回ってかなりの時間ですよ」
「溜まっている仕事が多くてね……明日の朝中に処理したい仕事も残っているから、もう少しね」
そう言って遠い目をするエリクは、今にもぶっ倒れそうなくらいふらついて見えて、とてもじゃないが仕事をできるようなコンディションには見えなかった。
(大丈夫、でしょうか……)
勉強で根を詰める事が多かったヒストリカも流石に心配になる。
「浴室や寝室の場所についてはコリンヌに任せてあるから、今日はゆっくり過ごすといい」
「あ、はい……お気遣い、ありがとうございます」
ヒストリカが言うと、エリクが手を差し出してくる。
細くて、頼りなくて、病的なまでに白い手。
「改めて、これからどうぞよろしく、ヒストリカ」
「はい、こちらこそ、よろしくお願い致します」
エリクの手を取る。
冷たくて、握ったら折れてしまいそうな感触が掌から伝わる。
なんなら女である自分の掌とそう変わらないのでは、とすら思った。
「それじゃ……」
手を離した後、エリクが足を踏み出す。
その時だった。
ガンッと、エリクの右足がテーブルに足に引っかかった。
「あっ」
「危ないっ……」
エリクの身体がぐらりとずれる。
そしてそのままどたりと、エリクが床に倒れた。
28
あなたにおすすめの小説
だってわたくし、悪女ですもの
さくたろう
恋愛
妹に毒を盛ったとして王子との婚約を破棄された令嬢メイベルは、あっさりとその罪を認め、罰として城を追放、おまけにこれ以上罪を犯さないように叔父の使用人である平民ウィリアムと結婚させられてしまった。
しかしメイベルは少しも落ち込んでいなかった。敵対視してくる妹も、婚約破棄後の傷心に言い寄ってくる男も華麗に躱しながら、のびやかに幸せを掴み取っていく。
小説家になろう様にも投稿しています。
【完結】言いつけ通り、夫となる人を自力で見つけました!
まりぃべる
恋愛
エーファ=バルヒェットは、父から十七歳になったからお見合い話を持ってこようかと提案された。
人に決められた人とより、自分が見定めた人と結婚したい!
そう思ったエーファは考え抜いた結果、引き籠もっていた侯爵領から人の行き交いが多い王都へと出向く事とした。
そして、思わぬ形で友人が出来、様々な人と出会い結婚相手も無事に見つかって新しい生活をしていくエーファのお話。
☆まりぃべるの世界観です。現実世界とは似ているもの、違うものもあります。
☆現実世界で似たもしくは同じ人名、地名があるかもしれませんが、全く関係ありません。
☆現実世界とは似ているようで違う世界です。常識も現実世界と似ているようで違います。それをご理解いただいた上で、楽しんでいただけると幸いです。
☆この世界でも季節はありますが、現実世界と似ているところと少し違うところもあります。まりぃべるの世界だと思って楽しんでいただけると幸いです。
☆書き上げています。
その途中間違えて投稿してしまいました…すぐ取り下げたのですがお気に入り入れてくれた方、ありがとうございます。ずいぶんとお待たせいたしました。
俺の婚約者は地味で陰気臭い女なはずだが、どうも違うらしい。
ミミリン
恋愛
ある世界の貴族である俺。婚約者のアリスはいつもボサボサの髪の毛とぶかぶかの制服を着ていて陰気な女だ。幼馴染のアンジェリカからは良くない話も聞いている。
俺と婚約していても話は続かないし、婚約者としての役目も担う気はないようだ。
そんな婚約者のアリスがある日、俺のメイドがふるまった紅茶を俺の目の前でわざとこぼし続けた。
こんな女とは婚約解消だ。
この日から俺とアリスの関係が少しずつ変わっていく。
捨てられた王妃は情熱王子に攫われて
きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。
貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?
猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。
疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り――
ざまあ系の物語です。
夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました
香木陽灯
恋愛
伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。
これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。
実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。
「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」
「自由……」
もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。
ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。
再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。
ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。
一方の元夫は、財政難に陥っていた。
「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」
元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。
「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」
※ふんわり設定です
【完結】メルティは諦めない~立派なレディになったなら
すみ 小桜(sumitan)
恋愛
レドゼンツ伯爵家の次女メルティは、水面に映る未来を見る(予言)事ができた。ある日、父親が事故に遭う事を知りそれを止めた事によって、聖女となり第二王子と婚約する事になるが、なぜか姉であるクラリサがそれらを手にする事に――。51話で完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる