無感情だった僕が、明るい君に恋をして【完結済み】

青季 ふゆ

文字の大きさ
54 / 125

第53話 彼女は関係ない

しおりを挟む

 足を棒にしてやってきた温泉宿は、純和風のお城のような外観をしていた。
 開店してまだ日が浅いのか、全体的に小綺麗な印象を受ける。
 ホテルも兼用しているらしく、ちょっとした規模感だった。

「なんかすごそう」
「でしょでしょ? ここ、露天風呂がすごく豪華なんだって!」
「へえ」

 彼女が、事前に入手した知識を得意げに話す。

「それに、大広間が広くて入った後にゆったりできるの! あと今、来たお客さん全員にコーヒー牛乳がプレゼントされるキャンペーンやってて」
「めちゃくちゃ調べてるね」
 
 僕なら絶対、「箱根 日帰り温泉ランキング」とか検索して、一番口コミが良かった温泉をチョイスしていただろう。
 予想外の坂道によって気力と体力を一気に持っていかれた僕だったが、彼女の話を聞いていると気分が舞い戻って来た。

 中に入ると新築の匂いがした。
 木と化学物質の匂いが混ざり合ったような匂い。
 やはり、オープンして日が浅いのだろう。

「ここ、オープンしてまだ1年くらいしか経ってないんだって」

 まるで、僕の心を読んだかのようなタイミングで彼女が言う。

「エスパーなの?」
「なんの話?」
「こっちの話。まあ、この匂いは嫌いじゃない」
「あー、なるほどね。もしかして、ガソリンの匂いとか好きな人?」
「言われてみれば確かに好きかも」
「うへえ、私あれ無理なんだよねえー」
「まあ、無理な人は無理だけど、好きな人はとことん好きって匂いだよね」
「私、美味しいものの匂いなら大好き!」
「それ嫌いな人いるの?」

 他愛の無いやりとりを交わしながら受付へ。
 料金は前払い制とのことだったので、僕が二人分支払った。

 自分の分は払うと彼女が喚いていたが、断った。
 普段夕食を作ってもらってるうえに、今日の旅も段取りしてくれたのに払わすのは忍びない。
 という説明をしたのだが、彼女は釈然としない顔をしていたので、来週のどこかの夕食でハンバーグをメニューにするという協定を結び折り合いをつけた。

 結果的に僕の方が得をしている気がしたが、それで彼女の気が済むというのなら改めて御相伴に預かろう。

 僕と彼女は性別が違うので、脱衣所の前でお別れである。
 1時間後を目処に休憩処の大広間で落ち合うことを決めてから、藍鉄色(あいてついろ)の湯暖簾(ゆのれん)をくぐった。

 脱衣所で生まれながらの姿になり、家から持ってきたタオルを持って温泉に臨む。
 まずはかけ湯で身体を清め、軽くシャワーを浴びた後、大浴場に身を委ねた。

 全身を熱い湯に浸すのは久々だったためか、一瞬、意識が遠のいた。
 息を吸い込み、気を持たせる。

 ほうっと、思わずため息が出た。
 久しぶりの温泉は、想像以上に極楽だった。
 身体に溜まった疲労とか、穢れ的なモノとかがじわじわと昇華されていく感じ。

 僕は心を無にして、その感覚を楽しむことにした。

 しばらく経ってからふと、思った。

 僕は今、女の子と一緒に旅行に来ているのかと。

 あまり実感が湧かなかった。
 今日は一人で温泉に来たと思った方がまだしっくりくる。

 他人に興味を持たず、1人を好んでいた僕が誰かと一緒に温泉旅行に来ているだなんて、3ヶ月前の生活を考えると信じられない事だ。

 自分のプライベートが侵食されることを忌避し、部屋に入れる入れないで押し問答をしていた最初の頃が懐かしい。
 今ではすっかり、彼女がプライベートの一部になってしまっている。

 つくづく、慣れとは恐ろしいものだと思った。

 気づく。
 これだけ関わっているにも関わらず僕は、彼女の生い立ちや、あの力に関して何も知らない。

 なぜ私の力について訊いてこないのか。

 出会って初めの頃、彼女に尋ねられて僕は「関係値的に聞くべきではない」と答えた。

 今はどうなのだろうか?

 今なら訊いても大丈夫なくらいには、彼女とそれなりの関係値を積んでいるような気がする。

 いや、多分論点はそこじゃ無い。

 ──僕自身、聞きたいと思っているのか?

 たぶん、それ次第なんだと気づく。

 果たして、どうなのだろう。

 自分の胸に尋ねるも、回答は後ろ向きだった。

 言語化できないもやもやが、彼女の見えない領域に踏み込むことを躊躇っていた。

 人の関わりが乏しい僕には、そのもやもやの正体がわからなかった。

 考えているとのぼせてきたので、大浴場を出た。

 そういえば露天風呂が有名なんだっけ。
 せっかく来た以上はその姿を拝んでおこうと、外に出る。
 冷たい風が濡れた身体を撫でて、思わず身震いした。

「おお」

 露天風呂は、思わず感嘆の声を漏らしてしまう豪華さがあった。
 広々とした湯船に、日本庭園を模したセット。
 冬にも関わらず若葉の香りが漂って来て、まるで大自然のオアシスに来たような気分になった。

 湯船に浸かる。
 冬風に晒された身体に温泉は格別だった。
 外風呂ということで湯加減は大浴場よりも低めだが、のぼせてしまっていた身体にはちょうど良い。

 足を伸ばし、肩まで浸かって、しばらく露天を堪能した。
  
「あと、3ヶ月か」

 ふと、呟く。
 最近こうしてゆっくり考える時間がなかったからつい忘れそうになっていた。

 僕はあと、3ヶ月で東京を離れる。
 地元に帰って、大学生活に戻るのだ。

 その事実を再確認すると、胸の奥から自問が湧き出て来た。

 ──本当にいいのだろうか、それで。

 東京を離れたい、地元に帰りたい、という気持ちがあって現状の結論に達したわけでは無い。
 親に対する後ろめたさとか、そのうち大学に戻れなくなるんじゃないかという不安が、そうさせていた。

 母は言った。
 僕のしたいようにしろと。

 僕は、どうしたいのだろうか。

 人生を振り返る。
 大学を休学するまでずっと、僕は自分が保守的で安定志向を望む人間である事を信じて疑わなかった。
 両親や教師に言われるがまま勉強をし、受験をし、地元の大学に入学。
 よくある、テンプレートなレールを歩んで来た。

 多分、そのまま行けばそこそこの企業に就職して、平凡なキャリアを歩んでいたことだろう。

 そうはならなかった。

 入学して2年後、僕はレールを外れて先の見えない森へ飛び込んだ。
 僕の中に存在していた変化を望む性質が、20年間押さえつけて来た反動と共に一気に炸裂した。

 上京してからは、自分が今まで学んだ事が全く役に立たない環境に身を置いた。
 最初は慣れない一人暮らしと社会の波に揉まれ死ぬかと思ったが、上司にも恵まれたこともありなんとかやってこれた。

 今でも大変な時はあるけど、仕事は充実しているし、それなりに楽しい日々を送れている。

 中身のない教授の自慢話を聞くより、今の会社でバリバリ働いてるほうが何十倍も充実していることは紛れ無い事実だった。

 それがあと3ヶ月で終わってしまうのだと思うと、胸に冷たい寂寥感が芽生えた。
 
 ──ふと、彼女の顔が頭を過ぎった。

 明るくて可憐で、お節介なお隣さん。

 東京を離れるということは、彼女とも会えなくなるということ。

 その事が、胸が研磨で削られるような痛みを生み出した。

 頭を振る。

 彼女は、この件に関しては関係ない。

 これは自分の問題だ。

 胸に問いかける。

 僕は、どうしたいのだろうか。

 再びのぼせるまで答えを探し続けたが、結論は出なかった。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

あの日、幼稚園児を助けたけど、歳の差があり過ぎてその子が俺の運命の人になるなんて気付くはずがない。

NOV
恋愛
俺の名前は鎌田亮二、18歳の普通の高校3年生だ。 中学1年の夏休みに俺は小さい頃から片思いをしている幼馴染や友人達と遊園地に遊びに来ていた。 しかし俺の目の前で大きなぬいぐるみを持った女の子が泣いていたので俺は迷子だと思いその子に声をかける。そして流れで俺は女の子の手を引きながら案内所まで連れて行く事になった。 助けた女の子の名前は『カナちゃん』といって、とても可愛らしい女の子だ。 無事に両親にカナちゃんを引き合わす事ができた俺は安心して友人達の所へ戻ろうとしたが、別れ間際にカナちゃんが俺の太ももに抱き着いてきた。そしてカナちゃんは大切なぬいぐるみを俺にくれたんだ。 だから俺もお返しに小学生の頃からリュックにつけている小さなペンギンのぬいぐるみを外してカナちゃんに手渡した。 この時、お互いの名前を忘れないようにぬいぐるみの呼び名を『カナちゃん』『りょうくん』と呼ぶ約束をして別れるのだった。 この時の俺はカナちゃんとはたまたま出会い、そしてたまたま助けただけで、もう二度とカナちゃんと会う事は無いだろうと思っていたんだ。だから当然、カナちゃんの事を運命の人だなんて思うはずもない。それにカナちゃんの初恋の相手が俺でずっと想ってくれていたなんて考えたことも無かった…… 7歳差の恋、共に大人へと成長していく二人に奇跡は起こるのか? NOVがおおくりする『タイムリープ&純愛作品第三弾(三部作完結編)』今ここに感動のラブストーリーが始まる。 ※この作品だけを読まれても普通に面白いです。 関連小説【初恋の先生と結婚する為に幼稚園児からやり直すことになった俺】     【幼馴染の彼に好きって伝える為、幼稚園児からやり直す私】

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!

ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。 ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!? 「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」 理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。 これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!

異世界転生したおっさんが普通に生きる

カジキカジキ
ファンタジー
 第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位 応援頂きありがとうございました!  異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界  主人公のゴウは異世界転生した元冒険者  引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。  知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?

荷物持ちの代名詞『カード収納スキル』を極めたら異世界最強の運び屋になりました

夢幻の翼
ファンタジー
使い勝手が悪くて虐げられている『カード収納スキル』をメインスキルとして与えられた転生系主人公の成り上がり物語になります。 スキルがレベルアップする度に出来る事が増えて周りを巻き込んで世の中の発展に貢献します。 ハーレムものではなく正ヒロインとのイチャラブシーンもあるかも。 驚きあり感動ありニヤニヤありの物語、是非一読ください。 ※カクヨムで先行配信をしています。

処理中です...