無感情だった僕が、明るい君に恋をして【完結済み】

青季 ふゆ

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第98話 自覚した結果

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「おかえりー!」

 帰宅すると、いつものように日和が出迎えてくれた。
 
 学校からそのまま来たのか、お馴染みのブレザー制服の上に薄桃色の可愛らしいエプロンを着ている。
 料理の途中だったのか、片手におたまを握っていた。

 もはや日常の1コマとなったシチュエーションのはずなのに、僕は動作を止めてしまう。

「どったのん、治くん?」
「えっ、ああっ、いや、別に」

 首をこてりんと倒して顔を覗き込んでくる日和。 
 甘い匂いがふわりと漂ってきて、僕はわかりやすく動揺してしまう。

「うそー! 絶対なんか変ー」
「や、いつも通りだって」
「ほんとうに?」
「本当に本当。ああでも」

 日和のシルエットを視界に収めて、思わず口にする。

「制服にエプロン、可愛い」
「ふぇ?」

 なに言ってんの僕。

 日和が、急に氷漬けされたみたいに固まる。

 しかしその頬は、徐々に赤みを帯びつつあった。
 僕にも同じ変化が起きていることを、顔面部の温度の上昇で察した。

「……お風呂、入ってくる」
「あっ……うん、いってらっしゃい」

 この場から逃げるように用いられた僕の呟きに、日和が小さく手を振る。

 荷物を置き、脱衣所に逃げ込んでから、自分の頬に手を当てるとやっぱり熱かった。

 一体、僕はどうしてしまったのだろう……と、今までのように誤魔化しは効かない。

 日和に対する想いを自覚した。
 それにより、日和を異性として強く意識した。

 その結果、日和の容姿、服装、言動、仕草、どの要素に対しても過敏になってしまっているようだ。

 お人形さんのように整った顔立ち、触れ心地の良さそうな黒い長髪、リボンタイプのブレザー制服、その上に重ねた薄桃色のエプロン。

 可愛い。

 加えておたまを持って出迎えてくれる、そのシチュエーション。

 やばい、超可愛い。

「いやいや、しっかりしろ」

 熱くなった頬を叩く。
 
 深呼吸をし、身体の熱を外に逃がす。

 完全にバグが走った思考に喝を入れ、理性を引き締めた。

 こんな調子だと、日和にどう思われてしまうか。

 ……絶対に、引かれてしまう。

 頭を振る。

 その事態は非常によろしくない。
 
 想いを告げるまでは、いつも通りでいなければ。

 と自分に言い聞かせるものの、日和の姿が再び脳裏に浮かんでまた顔が熱くなる。

 大丈夫だろうかと、僕は今までになく自分に不安に感じていた。


◇◇◇


「やっぱ冬はおでんに限るねー」

 言葉の通り、今夜の晩御飯は冬の象徴メシに相応しいおでんだった。

 コンビニに行けば気軽に買えるものの作ろうと思えば意外に腰が上がらない一品。
 それを日和は、高架下の屋台からそのまま掻(か)っ攫(さら)ってきたんじゃないかと思うほどのクオリティで仕上げていた。

「んぅーー、おーいひっ」

 肩頬を幸せそうに押さえつつ、でっかい大鍋から具材をよそう日和。

 先ほどの、玄関でのやり取りはさして気にしていないのか、無かったことにしているのか。
 確かめる術の持ち合わせは、僕には無い。

 はむはむはふはふと、ロールキャベツを口に運んでいく日和をぼんやり眺める。

 小動物のように頬をもごもごしている仕草もかわ……いや、しっかりしろ。

 慌てて意識をおでんに向け、黄金色に輝くダイコンに歯を立てる。

 柔らかい。
 よく染み込んだダシ汁がじゅわりと口内を満たす。
 
「美味しい」
「ふふっ、良かった! 治くんはおでんの具材、なにが好き?」
「ダイコンと卵とこんにゃく」
「『おでん 好きな具材 ランキング』とかでググってトップ3に表示されそうなラインナップだね!」
「テンプレートな人間だからね。そういう日和は、ロールキャベツとか牛すじとか、変り種が好きそう」
「おっ、流石! 基本は全部好きなんだけど、ロールキャベツと牛すじはトップワンツーかも」

 ぬふぬふと機嫌良さげにロールキャベツを箸で掴む日和を眺める。

 ……よし、少しは平常心を保ててきた。

 とその時、日和にまだ帰省の件を話していない事に気づく。
 先に伝達しておかなければと、口を開く。

「日和」
「なあに、治くん」
「来週の金曜日に、実家に帰ることになった」

 ぽろり、ぺちゃっ。

 ロールキャベツが墜落した。

「うええええっ!? もう帰っちゃうの!?」
「あ、いや」

 省きすぎた。
 ティッシュを手渡しつつ、慌てて補足を追加する。

 休学に関して、大学で手続きを済ませてくるだけということ。
 学務課が平日しか空いてないのと、若干飛行機が安いのとで、来週の金曜にしたこと。
 実家で1泊して、土曜日には帰ってくること。
 
「なな、なんだ、そゆことか」

 説明を終えると、日和はほっと胸を撫で下ろしていた。
 でも、まだどこか寂しげな気配を漂わせている。

「ごめん、急に決めちゃって」
「いいよそんな、気にしないで! 前々から言ってたもんね、うん」

 どこか自分に言い聞かせるような声。

 そして、ぽつりと、零した。

「……でも、14日か」
「え?」
「ううんっ、なんでもない!」

 なんでもない事は多分、ない。

 日和の表情や声色から、それくらいはわかる。

 でも、日和が深掘りを望んでないこともわかって、口を噤んでしまう。

「帰るのは、久しぶり?」
「そうだね。ほぼ……1年ぶりかな?」
「わあ、それは結構ご無沙汰だねえー」

 ふむふむと、日和は何度も頷く。

「楽しんできてね」
「……うん、ありがとう」

 話はこれでおしまい、と言わんばかりに夕食を再開する日和。
 一見、いつもと同じような調子……でも、その食べっぷりからは、先ほどまでの豪快さが僅かに失われていた。

 そのことが妙に気になって、しばらくの間、僕は箸を動かす事ができなかった。
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