無感情だった僕が、明るい君に恋をして【完結済み】

青季 ふゆ

文字の大きさ
123 / 125

第122話 教えてくれて、ありがとう

しおりを挟む
「誤解させちゃって、ごめん」

 時間が経って。
 ようやく落ち着いてきた日和を解放し、まずは頭を下げた。
 勘違いさせてしまったこと、辛い思いをさせてしまったことを、心の底から謝罪した。

 そっと、頭に何かが触れる感覚。
 面をあげると、目元を真っ赤に腫らした日和が微笑んでいる。

「気にしないで」

 僕の頭に添えられていた手が、頬に降りてくる。

「私が勝手に勘違いしただけだし……むしろ、高低差? があって良かったかも?」
「高低差?」
「うん」

 目をくしくしと拭ってから、日和が静かに言う。

「てっきり、長い間がっつり待つと思ってたから……これからも一緒に居れるって知って……すごく、すごく嬉しかった」

 ああ……なるほど。
 へなへなと、肩から力が抜けた。

 物事をプラスの方向に考えを変えてしまう、日和の視点。
 僕が惚れた、日和のマインドの一つだ。

「私も」
 
 日和が、視線をこちらに寄越して口を開く。
 頬を朱に染めて、恥ずかしそうに。

「治くんが、好きです」

 僕の気持ちが、一方通行でないことを証明する言葉。
 何度耳にしたって飽き足らない言葉が、空気を、心を震わせる。 

「大好きです、超好き。好きで好きでたまらないくらい好き、語彙力崩壊したっていい……うん、そうだね言葉だけじゃ足りないくらい、大好き」
「……改めて言われると恥ずかしいね、それ」
「さっきのお返し! もうっ、本当に恥ずかしかったんだから」

 ぷくーと頬を膨らませてから、日和がへにゃりと笑う。
 何度見ても飽き足らない、可憐な笑顔。

「あーあ、でも、本当に、言葉じゃ足りないなあ」

 目元を指先で擦りながら、日和が言う。

「今この瞬間、私がどれだけ嬉しいか、幸せか、私が身をもって証明したいくらいだよ!」

 先ほどの泣き顔とは一転、水を得た魚のように快活さを披露する日和。
 ここ最近のハリボテの空元気とは違う、日和本来の元気が戻ってきたみたいで僕の胸に温かいものが宿った。

 やっぱり、これが日和だなって、思った。

「証明なんてしなくても、充分に伝わってる」
「もっと証明したいの。もっともっと、うーんと、たくさん!」
「それは、こっちも同じだよ」

 感情が抑えきてないと言わんばかりに両腕を広げる日和の頭を、そっと撫でる。
 すると日和は目を細めて、言った。

「じゃあ、証明して」
 
 端正な顔立ちが、愛おしい笑顔に変わる。
 ふわりふわりと、包んでずっと側に置いて起きたくなるような、笑顔。
 僕の大好きな、笑顔。

 息を呑みながら、かろうじて残っていた理性を動かす。

 言葉以外での、好きという証明。
 改めて考えてみると、難しい。

 手を繋ぐ、頭を撫でる、ハグをする。
 どれもしっかりとした愛情表現だけど、今この瞬間に的確な行為なのかと問われれば、どうなのだろう。

 ちょっと違うような気がする。
 そう思った瞬間、脳裏にある光景が浮かんだ。

 アニメや漫画のクライマックスとかで、想いを通じ合わせた主人公とヒロインが行う、とある愛情表現。

 フレンチだとかディープだとか馴染みのない種類のあるその行為は確かに、証明としては非常にわかりやすく深い部分での行為に思えて……っていやいや待て待て何考えてる。
 雑念を払うように目を閉じ、頭をぶんぶんと横に振る。

「ごめん、我慢できないや」

 流石にそれは段階飛ばしすぎだし、同意を得ずに”それ”をするのは相手にも失礼にあた……今、なんて言った?

「────ッ」

 一瞬の事だった。
 首に回される二本の腕。
 唇に押し当てられる、しっとりと湿っていて柔らかい感触。

 ゼロ距離に、今まで何度も見惚れてきた日和の顔立ち。
 嗅ぎ慣れた甘い匂いが強く神経を震わせてから僕は、日和に唇を奪われた事に気付く。

 柔らかそうだなーと思っていた唇は、やっぱり柔らかかった。
 先ほどまでの葛藤が吹き飛んで思考が退行してしまうくらい、ふわふわで、蕩けるような感覚だった。

 ごくごく自然な流れで、目を閉じる。
 日和の両腕に手を添え、優しく引き寄せる。

「んぅっ……」

 耳心地の良い、甘美な嬌声が鼓膜を震わせる。
 今まで聞いたことのない声に、自分の思考が少しだけ冷静さを取り戻して唇を離した。

 僕の唇を奪った急襲者は、端正な顔立ちをぽーっとさせていた。
 瞳はとろんとしていて、口元はたらんと筋力を失っている。
 まるで、陽に当てたチョコレートみたいだ。

「……甘い」

 味覚が反応して、呟く。
 注意深く神経を尖らせると、口内に糖分の気配があった。

「さっき、チョコケーキ食べたから」

 そこでようやく、テーブル上のチョコレートケーキの存在に気づく。
 僕と日和の一連のやりとりを見守られていたかと思うと、相手がチョコレートケーキといえど恥ずかしい。

「……ああ、なるほど」

 パッとしない声で答えると、

「本命、だよ?」

 間を置かず、日和が言った。
 情報量の多いその言葉に胸の内側らへんが、きゅうっと締まる。
 
「ねえねえ」

 ちょいちょいと、日和が袖を引っ張ってきた。

「次は……治くんからしてほしい、なんて」

 おかわりのお願いだった。
 乱れた吐息、今にも溶けてしまいそうな双眸、艶かしい唇。

 全ての本能に訴えかけられて、拒否するという選択を取れるはずがない。
 こういう時、なんて言えばいいんだっけ。

 考えるよりも先に、口が動いた。

「……目、閉じて」
「ん……」

 上下の瞼を素直にハグさせた日和の唇を、今度は自分の意思で奪う。

 しっかりと意志を持って行(おこな)った”好きの証明”はとても甘美なもので、全身が震えるほどの多幸感をもたらした。
 身体の内側から、優しくて温かいものが溢れ出してくる。

 これまで歩んできた人生の中で感じたことのない、『繋がり』を実感する。

 ああ、これこそが、幸せという感情なのだろう。
 半年前の僕なら決して持ち得なかった感情。

 日和と過ごす日々の中で生じた自分の変化の数々。

 僕が日和を好きな理由、日和が僕を好きな理由、なんて並べたらきりがないだろうけど。
 お互いがお互いの気持ちを確認するのに、言葉はもう、必要なかった。
 
 さっきよりも長い接吻を終えてから、お互いに向き合う。
 にへへと、幸せそうに笑う日和の頭をそっと撫でてから、自分の言いたいことを口にした。

「ありがとう、日和」
「ん……それは、何に対してのお礼かな?」
「全部だよ。僕と出会ってくれたことから、僕を好きになってくれたことまで、全部」

 感謝の気持ちと愛おしさが抑えきれなくなって、日和を抱き締める。

「ただ、ありがとうにも順位があるなら……一番のありがとうはこれだと思う」

 恐らく、これから日和の過ごしていく人生の中で、何度も言う事になるであろう一番の感謝を口にした。

「僕に、感情を教えてくれて、ありがとう」

 嬉しさ、怒り、悲しみ、楽しい、そして、愛おしい。
 これらの感覚──総じて感情というものは、人が人として生きていく中で一番大切なものだと、僕は実感した。
 他の誰でもない、日和のおかげで。

 何かを経験する事、誰かと関わる事。
 文字に起こしただけだと味気ない事象も、そこに感情が付け加わる事で大きく彩られる。

 ご飯を食べて美味しい、ぐっすり寝られて気持ちいい。
 誰かと一緒にいて嬉しい、誰かと一緒に遊んで楽しい。

 何気ない日常の一コマも、感情という魔法が加わることできらきらと輝く宝物のようになる。
 人生を、豊かにしてくれる。

 大げさかもしれないけど、本当だ。
 ちょっと前まではドライで無感情で、目に映るものを『事象』にしか捉えられなかった僕にとって、それほどの変化があったのだ。
 
 日和には本当に、感謝しかない。
 ありがとう、ありがとうと、何度も何度も繰り返した。

 そんな僕の感謝に対して、日和はただ一言、
 
「こちらこそ」

 そう言って、僕をぎゅっと抱き締めてくれた。
 なんの憂慮もしがらみもない、ただただ幸せな抱擁だった。

 しばらく体温をシェアし合ってから身体を離し、再び向き合う。
 冷静になってみると、さっきまでのやりとりに対する羞恥が今更感と共にやってきて、擽ったい気持ちになる。

 それは日和も同じみたいだったけど、僕とは違ってすぐにスイッチを切り替えたようで。
 照れ臭そうに口元を緩ませた日和は、ぱっと太陽のような笑顔を咲かせて言った。

「ケーキ、一緒に食べよっか」

 きっと、これから日和と食べるチョコレートケーキは、僕の人生の中で忘れられない感情をもたらしてくれるだろう。
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について

のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。 だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。 「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」 ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。 だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。 その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!? 仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、 「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」 「中の人、彼氏か?」 視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!? しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して―― 同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!? 「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」 代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!

魔道具は歌う~パーティ追放後に最高ランクになった俺を幼馴染は信じない。後で気づいてももう遅い、今まで支えてくれた人達がいるから~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界転生者シナグルのスキルは傾聴。 音が良く聞こえるだけの取り柄のないものだった、 幼馴染と加入したパーティを追放され、魔道具に出会うまでは。 魔道具の秘密を解き明かしたシナグルは、魔道具職人と冒険者でSSSランクに登り詰めるのだった。 そして再び出会う幼馴染。 彼女は俺がSSSランクだとは信じなかった。 もういい。 密かにやってた支援も打ち切る。 俺以外にも魔道具職人はいるさ。 落ちぶれて行く追放したパーティ。 俺は客とほのぼのとした良い関係を築きながら、成長していくのだった。

詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~

Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】 【一次選考通過作品】 ---  とある剣と魔法の世界で、  ある男女の間に赤ん坊が生まれた。  名をアスフィ・シーネット。  才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。  だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。  攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。 彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。  --------- もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります! #ヒラ俺 この度ついに完結しました。 1年以上書き続けた作品です。 途中迷走してました……。 今までありがとうございました! --- 追記:2025/09/20 再編、あるいは続編を書くか迷ってます。 もし気になる方は、 コメント頂けるとするかもしれないです。

神樹の里で暮らす創造魔法使い ~幻獣たちとののんびりライフ~

あきさけ
ファンタジー
貧乏な田舎村を追い出された少年〝シント〟は森の中をあてどなくさまよい一本の新木を発見する。 それは本当に小さな新木だったがかすかな光を帯びた不思議な木。 彼が不思議そうに新木を見つめているとそこから『私に魔法をかけてほしい』という声が聞こえた。 シントが唯一使えたのは〝創造魔法〟といういままでまともに使えた試しのないもの。 それでも森の中でこのまま死ぬよりはまだいいだろうと考え魔法をかける。 すると新木は一気に生長し、天をつくほどの巨木にまで変化しそこから新木に宿っていたという聖霊まで姿を現した。 〝この地はあなたが創造した聖地。あなたがこの地を去らない限りこの地を必要とするもの以外は誰も踏み入れませんよ〟 そんな言葉から始まるシントののんびりとした生活。 同じように行き場を失った少女や幻獣や精霊、妖精たちなど様々な面々が集まり織りなすスローライフの幕開けです。 ※この小説はカクヨム様でも連載しています。アルファポリス様とカクヨム様以外の場所では公開しておりません。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

処理中です...