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第八部:遺跡と遺産
瘴気の囲い
しおりを挟むかつての大戦争で大勢の人々を死なせた『獅子の咆哮』あるは『吐息』の正体がヒュドラのものかどうかは断定出来ないけど、なんらかの毒ガスが使用された可能性は高そうだ。
そしてこの『王家の谷』は単なる王族の墓所や猛毒の保管庫などではなく、侵略者への『罠』であり、恐らくは今でも使用出来るんだろうな。
なぜなら、使用上の注意書きがあるのは『使用される事が前提』だからだ。
「答えが出たなライノ。獅子の咆哮とか吐息ってのはやっぱり、ヒュドラの吐く毒ガスだとしか思えねえよ。咆哮が魔導兵器その物のコトで、吐息が毒ガスだろ?」
「可能性は高いなアプレイス。ただ、そうだとしたら不思議だよ」
「なにがだライノ?」
「どうして、バシュラール家がガッチリ管理していたはずのヒュドラの毒が流出したのかとか、それが三千二百年以上、いや大戦争の頃なら二千八百年前くらいか?...ともかく、そんなに経ってからサラサス王家の手に渡り、しかも彼らに『使う事が出来た』のはどうしてか、とかね?」
「そうだなぁ」
「それに、こっちの碑文っていうか注意書きは、どうして削り取ったんだろうな?」
「そりゃライノ、マディアルグってのは建国の初代王朝の名だからじゃねえか? それが残ってるのが、現王家には気に入らなかったのかもしれねえぜ」
「石碑ごと撤去しそうなのに」
「一応は現王朝のメシアン家も、初代王家の血筋ってコトになってるからな。実際は当時の宰相が裏で謀略を企てて簒奪したらしいけどよ」
「じゃあもう、マディアルグ家の血は途絶えてるのか?」
「いや、王家なんて近親婚も多くて血縁濃いからアチコチに残ってるぜ」
「あー、確かに継承権が低くて名前を残さなかった歴代の庶子とか、山ほどいそうだもんな!」
「庶子って言えば、タチアナに言い寄ったあのバカ王子もマディアルグ家の血筋だぜ? 薄っぺらくても一応はな」
おっと、そう来たか!
エルスカインが王子を取り込もうとした理由もそれかな?
ひょっとしたら単に王家の墓所を掘り返すだけでなく、『獅子の咆哮』を使うためにマディアルグ家の血、つまりは『オーラ』が必要って判断があったとか?・・・
いやいや、さすがに血が薄まりすぎてる気がするな。
単に初代王家の血を引くって言うプライドを利用されただけかも。
わかんないけど。
初代王家に伝わっていた筈の細かな使用方法が現王家に伝わっていないのは、それが極秘の口伝だったからか、それとも、そうとは知らない王位簒奪者、メシアン家の人々が書き記したものを破棄してしまったのか・・・
まあマディアルグ家だって、石碑の裏にひっそりと南方大陸の一部で使われている文字で使用上の注意を書き残していたくらいだから、ふつうに見て分かる状態で操作方法を書き記したりはしてなかっただろうな。
現王家に使えないのは良い事だけど、エルスカインに目をつけられている以上は放置出来ない。
「スライ、そう言えば王家の『墓所』そのものはどこにあるんだ? まさか黒い岩壁の後ろとかじゃないだろう?」
「いや、この先をもっと奥に進んだところだな。両脇に墓所が広がってる。一番奥には離宮があって、国王陛下が個人的に寛ぐ場所だとされてるぜ」
「エサか?」
「釣り餌だろうな。もしも城壁内に攻め入って国王が見当たらなきゃ、離宮まで突っ込んで行くだろうし」
「エグい罠だ...改めて見直すと不穏な土地だよなぁ」
とは言え、何を不穏に思うのかを上手く説明できない感じだ。
念のため、さらに意識を集中して、奔流・・・天然の魔力の流れにもおかしいところがないかを確認してみる。
そして見えている景色の色が変わって精霊の視点に近づいた時、ふと異常に気が付いた。
もしパルレアが一緒だったなら、ここに降り立った瞬間に気が付いていただろう。
ちびっ子達がかけらもいない・・・
多少の差はあれ、普通の場所なら一つか二つは、そこら辺を漂っていたりへばりついていたりするちびっ子精霊が、この周囲にはただの一体も見当たらないのだ。
やはりここには、ちびっ子達が嫌って寄りつかなくなってしまうものが何か隠されているのだろう。
「アプレイス、スライ、今日はこれでいったん戻ろう」
「え? 岩壁を掘ったりしないのか?」
「掘らないよ。そもそも今日は下調べってつもりだったし...」
「分かった。じゃあルリオンの街にでも行って『ワイン煮』の店でも探してみるかライノ?」
「そうしたいのは山々なんだけどなスライ。早くヒップ島に戻って、今後どうするかシンシア達と相談したいんだ」
この件の解決にはシンシアの知力とマリタンの情報、それにパルレアの精霊の目が絶対に必要だって予感がするからね。
「分かった。しかしライノが名物料理より優先するとは、ただならぬ感じだな!」
「ほっとけ! ただ、ルリオン市街の近くには行っておきたいな。どうせまたここには来る事になるだろうし、街の近くで人目に付かないところにも転移門を張っておきたいんだ」
「おう、了解だぜ」
徐々に陽が傾いてきた中で慰霊碑の影に転移門を張ったけど、それはいまは使わず、スライとアプレイスには俺の腕に掴まって貰った状態で跳躍して城壁の外に抜けた。
そのままルリオンの郊外まで跳躍を繰り返してから適当な岩陰に転移門を張り、そこからアルティントに戻る。
「スライ、次にどう動くか決めたらすぐに連絡するから、それまで妹さんやアラン殿と一緒に過ごすといいよ」
「気を使わせて悪いなライノ」
「いや、今回はスライとアラン殿のおかげで王家の谷を知ることが出来たからな。もし、知らないままだったらと思うと正直ゾッとする」
「アレは確かにな...」
「それとスライ、王家の谷の件はともかく、セイリオス号の改修作業は予定通り最優先だ。オービニエさんとパーキンス船長たちの仲立ちの方も頼む」
「そういや、元々の仕事はソッチだったよな!」
「今回は本当に『ひょんな事から』って言う流れの見本みたいな感じだな。ヒュドラ退治のために船を修理しようとしてたのに、別のヒュドラっぽいものに出会うとはね...」
「いやライノ、ひょんな事って言えばヒップ島の別荘だってそうだろ?」
「おぉアプレイス、あれも偶然だよなぁ!」
「偶然に助けられたのは俺自身もだよ。もしラミング卿のところでライノの下についてなかったら、いまだにタチアナとアランの事を知らずに、いや、一生知らずにアイツらを待たせ続けた可能性だって無いとは言えないからな。偶然の出会いに感謝するぜ」
そう言ってスライは珍しく、はにかむ様な笑い顔を見せる。
アラン殿とタチアナ嬢の事を知って以来、スライの様子から斜に構えた世捨て人の雰囲気がめっきり薄くなった。
シャッセル兵団の部下達の前に戻れば、また元のように振る舞うのだろうけど、アルティントにいる間はこのままの方がいいな。
++++++++++
その後、転移門でヒップ島に戻った俺とアプレイスは、残っていた女性陣と一緒に対策会議を始めた。
まずはルリオンの『王家の谷』で見つけたモノと、それを俺たちがどう解釈したかを説明する。
「伺った感じでは『使用方法』と言うよりも、使う上での『心構え』みたいな感じですね御兄様。南方大陸の文字で記されている、ということも気にはなりますけれど」
「それ自体はどうと言うことも無いって言うか、意識を向かせるための覚え書きみたいなモノかな? 本当に『使用上の注意』みたいな感じだよ。南方大陸との繋がりは良く分からないけど、初代サラサス王家がアレを手に入れた経緯と関係があるのかも知れないな」
「そうかも知れませんね!」
「ただ、あそこに隠されてる毒ガスらしきものが、いまでも使えるのは間違いないと思う」
「それも危険ですが御兄様、バシュラール家の資産では無いモノとしてヒュドラの毒ガスが保存されていたのも大問題だと思いますよ?」
「バシュラール家から流出していたのか、それとも別ルートでイークリプシャン王家が入手したかは不明だけどね?」
「いえ、それはどちらでも構わないと思います」
「そうか?」
「ただし初代サラサス王家、マディアルグ家でしたっけ? その人々が誰からどうやって手に入れたにしても、存在がそれ一つとは限らないことの方が問題かと」
「あー...そうだよな...」
「はい。入手経路がなんであれ、ヴィオデボラ以外の場所にヒュドラの毒があるとすれば、まだ他にもあって不思議が無いと言うことですからね」
言われてみれば、それは確かに大問題だよ!
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