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第八部:遺跡と遺産
マリタンの解釈
しおりを挟むシンシアの表情が憂鬱に沈む。
バシュラール家の中だけならともかくも、そんな危険物が世界中に拡散してた可能性があると考えれば無理も無いけど。
「しかも、先日のヴィオデボラでのように不注意や事故で毒ガスが漏洩したとかでは無く、殺戮兵器として使える状態で保管されていたとするなら尚更ですよね」
「ねー、お兄ちゃんがソレを『使える状態』だって思ったのはどーして?」
「ああ、言い忘れてたけど、その王家の谷って場所...ぐるりと巨大な円形の城壁で囲まれた内側には、ただの一つもちびっ子の姿が見当たらなかったんだよ」
「えーっ!」
「城壁の外にはわずかながらちびっ子が見えたから、偶然では無く城壁の内側に入ってきてないんだ。ちびっ子たちが厭がるナニカがそこにあるってコトだろ?」
「きっと、そーね...」
「だから今でもあそこには、なにか人々を屠ろうとする意志とか、それに準ずるものが息づいてると思うんだよ」
「なるほど...御姉様、ちびっ子さん達が厭がるモノって言うと、濁った魔力とか邪念の澱みとか、そういうモノですよね?」
「うん、俗に『穢れ』なんて呼んだりもするけどねー」
「ケガレか...暗い意志、負の感情、壊したり汚したりする衝動...そんな感じだよな?」
「そーゆー類いがポピュラーかな?」
「その円形城壁が作られたのは、恐らく四百年前の大戦争の前後だ。魂魄霊が留まりそうな暗い地下洞窟とかならともかく、あんな明けっ広げな、陽の光が燦々と降り注ぐような場所に、そんなものが四百年も留まり続けるハズは無いよ」
「御兄様、ではどうして?」
「つまりそれが...殺戮の意志から漏れ出る仄暗い情念が...今も産み出され続けてるってコトだろう?」
「それは!...」
古代の魔導技術の粋が注ぎ込まれているヴィオデボラや、悪の権化のようなエルスカインの管理下にある様々な魔道装置の類いが今も動き続けていることは、まあ理解も納得も出来る。
だけど、ほぼ四百年間も忘れられていただけのような魔導兵器が、いまも『臨戦態勢』を保ったまま起動されるのを待ってると言うのは、ちょっと不気味すぎるよな・・・
「俺にはライノが言ってる『ちびっ子精霊』って言うのは良く見えないんだけど、ただ、あの辺りの土地って魔力そのものは普通だぜシンシア殿。上空をぐるりと飛んでも実際に王家の谷の地面に降り立っても、妙な感じはしなかったからな」
「では、アプレイスさんの感覚ではおかしな処はなにも無かったのですか?」
「いや、そういう訳じゃ無いんだシンシア殿」
「と、言いますと...」
「降り立った時にはどうと言うことも無かった。だけどな、ライノが『今日は戻ろう』って言い出した時に、なぜかホッとしたんだよな...」
「早く帰りたかったのね? 寝不足だったのドラゴン?」
「あのなあ...でもマリタン、俺たちドラゴンにとって『怖い』と感じるものは滅多にない。痛みを恐れて用心することはあっても、相手その物を怖いと感じることは滅多にないんだ」
「ゼロじゃ無いでしょ?」
「そりゃね。まぁ俺にとって怖いと言えば、ライノの熱魔法で背中の上で煮炊きされるとかだな」
「いつのネタだよアプレイス! 古い、古すぎるよ!」
「ありましたね、そんなこと」
「いや冗談はともかくな、アレって最初は俺もライノ自身も気が付いてなかったじゃねえか? で、シンシア殿から熱魔法の説明を受けてゾッとした」
「悪かったってば...」
「そうじゃなくってさライノ、『ゾッとした』って感覚は、知らずに怖い物から逃れたとか、偶然出会わずに済んだとか思った時にも生じる気持ちだろ? 俺は帰ろうと言われた時に何故かホッとした。で、王家の谷から飛び立った後には何故かゾッとしたんだよ」
「まさかアプレイス、それってギリギリで逃れたとか、そんな感じか?」
「ああ、それが何かって言われても説明できないけどな」
「おおぅ...」
俺はいまゾッとしているぞアプレイス。
王家の谷に降りても、普通の感覚ではおかしなコトはなにも感じなかった。
でも精霊の視界で周囲を見渡した時に『ちびっ子』が一つもいないことに気が付いて、なんだか居たたまれないって言うか落ち着かない気分になったんだよな・・・
あのまま、慰霊碑の側に居続けたとしたら、なにか良くないことが起きていたのだろうか?
「いやな感じだな。俺もアプレイスも気が付けないような方法で、誰かに狙われてたって事か?」
「そこまでは言わねえけど、思い返すと妙に不安な感じだったな」
「ねぇ兄者殿、そこの凝結壁って一枚岩みたいな感じだったのよね?」
「そうだよマリタン。小山の一部をバッサリ縦に切り落としたみたいな感じでさ、その断面が凝結壁で覆われてるみたいな、そんな感じだ」
「でしたら御兄様、山中の道によくある『切り通し』の片面みたいな感じですね?」
「おお、まさにそれそれ!」
「切り通しってなんだいシンシア殿?」
「山を削って道を通す手法の一つですよアプレイスさん。道幅分だけ真っ直ぐに山を削ってしまうんです。ただし穴を掘ってトンネルにするのでは無くて開放状態で掘削していきますから、道が開通した後には両側に壁というか、山の断面の形で低い崖が出来ています」
「なるほど」
「兄者殿、で、その岩壁は、円形になった城壁の中心点に置かれてるのよね?」
「そうだよなアプレイス?」
「大体な。上空から見下ろした感覚的には、城壁の円の中心は小山の天辺だと思う。で、慰霊碑の建ってる場所が、さっきシンシア殿が言ってた『切り通し』で削られる前の小山の縁さ」
「その岩壁はどちらに向いてるの?」
「王宮側、つまり城壁の玄関側だな。ルリオンの街や防衛陣地の方を向いてるとも言えるけどね」
「入口からの道も真っ直ぐだよな。俺たちは歩いてないけど」
「そう...」
「何に気が付いたんだマリタン?」
「兄者殿やドラゴンが嫌な気分になった理由は『情念』の類いじゃ無いかも知れないわ」
「ほう?」
「仮説なのよ?...でも、もし『王家の谷』に古代の魔導技術が使われているとしたらね、周囲のモノを検出するために魔力波が使われている可能性があると思うのよね」
「モノを検出?」
「そうね...大雑把に言うと、ごく弱い魔力の波を周囲に向けて放出するのよ。普通の人なら感じ取れないくらいに薄らと、弱くね。でも物凄く弱くて薄い魔力波だから、途中でナニカにぶつかったらそこで途切れたり、向きが変わったりしちゃうわけ」
「ダメじゃねえか?」
「いいえドラゴン、それでいいのよ。そうして乱れた微小な魔力波を測定すれば、周囲にどれくらいの群衆がいるかとか、障害物があるかとか、それらが動いてるか止まってるかとか、そういうことが分かるってワケね」
「そりゃ予想外に凄いな!」
「マリタン...」
「なぁに兄者殿?」
「まさかソレも生活魔法だなんて言わないよな?」
「あら、立派な生活魔法よ? この検出魔法を使えば真っ暗な闇の中でも明かりを灯さずに行動できるの」
「どんな生活習慣だよソレ?」
鍵開けだの、変装だの、埋設物の探知だの、挙げ句に暗闇でも行動できる検出魔法だと?
もう古代人の日常生活ってのは盗賊と変わらない気がしてきた!
「ともかく...俺が落ち着かない気分になったり、アプレイスがあの場所を離れてホッとというかゾッとしたりしたのは、その『微小な魔力波』を浴びてたからってコトなのか?」
「ワタシの仮説通りなら、たぶんそうね」
「じゃー、ちびっ子たちが城壁の内側にいないのも、ソレを浴びるのを嫌ってたってことだろーねー」
「ええ姉者殿。ワタシもそう思うわ」
「問題はマリタンの言う、その『検出魔法』がなんのために使われているのかってことだな。まあ、近づいてくる敵をってことだろうけど」
「でもライノ、そんな面倒な魔道具を置かなくても、敵がどれくらいの軍勢で向かって来たかなんて、誰かが見てれば分かるんじゃねえかな?」
「それもそうだ」
「いいえ兄者殿、見張りだけじゃなくて調整のためでもあるんじゃないかしらね?」
「調整って、何をだい?」
「これも完全な推測なのだけど、敵の数に合わせて『獅子の咆哮』...毒ガスの吐息の噴出量とか方向とかを調整するのかもしれないわ」
「有り得るなマリタン...」
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それほどまでに人族を過激な同族争いに駆り立てる根源がなんなのかを、知りたいような知りたくないようなって感じだな。
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