公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ

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87. 理由

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 この前の話し……少女と診療所近くで会話した時間に遡る。


「それはねーーーーー

 一人でも多くの人の命を助けたいから。助け合いの心を大事にしてほしいからよ」


「「「へ?」」」

 今なんて言った?助けたいのだったら早く治してくれたら良いのでは?聞いていた子供たちが思わず声を上げる。

「世の中はいつ魔物が現れるかも、いつ怪我をするかもわからないわ。でも治癒魔法を使える人は多くないでしょ?」

 コクリと頷く子供たち。

「私は治癒魔法は魔法でしか治せない怪我の為に使えば良いと思うのよ。魔物が出現したら、たくさんの重傷者が出る。軽傷者まで一気に診療所に詰めかけてきたら、何が何やらわからない混乱状態になるわ。そもそも身動きがとれなくなっちゃうし」

 ふんふんと頷く子どもたち。アリスだって実際は王族や高位貴族の傷は魔法で治す。お金持ちとかも……まあ色々な大人の事情というものだが、そこは横においておく。

「あなたたち普段から軽傷まで魔法で治す癖がついたら最悪よ。毎回治癒魔法が使えるお医者さんに治してー治してーって。魔法で治すことが当たり前になる。自分でどうにかしようとしなくなるわよ。そもそも多少の傷なんて自然に治っていくんだから」

 ちょびっと紙で指を切っただけで、治癒士を呼ぶ人もいる。貴族のお嬢さんとか。

「えー……。一回くらいならいいじゃん」

 ちらりと少女の手当てされた膝を見る。

「まあそうなんだけど」

「なら問題ないじゃん」

「皆が皆一回だけで済むかしら?大人は楽を覚えてしまえば、楽な方に走るものよ。もちろんそんな大人ばかりじゃないけどね。でも魔法なら痛みも一瞬で取れるし。それを知ってる人が自然に治るまで、痛みが引くまで我慢できるかしら?」

 そもそも魔法が存在する世。有事の際により強力な魔法使いに助けを求めるのは人の性だというものだろう。ある記憶が蘇るアリス。

「お姉ちゃんは魔物退治をよくするから、色んな場所に行くんだけどね。魔物を倒した後に助かる人が多いところと少ないところがあるんだよ」

 もちろん魔物の種類や強さでも被害は変わる。でもそれだけではない。

「皆が協力して自分たちのできることをするところはたくさんの人が助かる。自分ばかり……自分を優先しろ……治せって人に求めてばかりの人がたくさんいるところは助かる人が少ない」

《 ーーーアリス様、我らは大丈夫です。自分たちでやるのでそちらの酷い傷の方を治療してあげてください。
 
 彼らはガーゼや包帯を手に持ち、互いを手当てしていく。アリスは目の前の重傷患者に集中する。うめき声が安らかな寝息に変わるーーー 》



《 ーーー嬢ちゃん、早く治してくれよ!  
 あっ!お前俺の方が先に来たんだぞ!
 うちの子供が先よ!

 重傷の女性に近づこうとするアリスに詰め寄る者たち。アリスは彼らを押しのけ、急いで女性に手をかざす。が、間に合わなかった。

 あっ。終わりました?早く治してくださいよ!
  
 アリスは辺りを見回す。軽傷者の壁ができ、視界に捉えていた重傷者が消える……。
 
 この間にも失われいく命ーーー 》
  

「お姉ちゃん?」

 そんなに変な顔をしていただろうか。子供から心配そうな声がかけられる。フフッと軽く笑うアリス。

「色々と言ったけど……。普段から魔法に頼るなってことよ!自分でやる力を身につける!そしてそれを周りの人にも使う!そんな人が少しでも増えてくれたら私は嬉しいわ」

 それに普段から軽傷は治さないと言っておけば、有事の際に近づいてくる者はほぼいない。治癒魔法は少々苦手だがそれでも自分の治癒力は高い。他の人が治せない者も治すことができる。だからこそ、アリスは彼らを優先するためにはっきりと軽傷者は治さないと宣言することにしている。

 自分のためではなく子どものため、親のため、大切な人のために軽傷でもすぐに治してほしいと言う人もいる。気持ちはわかる。わかるが、アリスにはアリスの心に決めたルールがある。

「お嬢ちゃん。これ、手当ての仕方わかった?」

 大した事ない擦り傷。そんなものの手当てができたところでいざという時に役に立つかはわからない。だが、それでも良いのだ。有事の際にちらっと自分でできることをするということが頭をよぎってくれれば。

「うん、わかったよ」

「じゃあ、お友達が同じように怪我をしたら今度はお嬢ちゃんがやってあげてね」

「は~~~い!」

 周りの子供たちから俺よく転ぶんだよな~、今度自分でやってみよう。僕もお母さん、お父さんにやってあげようという声が聞こえてくる。

 アリスは思わず自然と笑みが溢れる。その笑みに見惚れていた少女ははっとすると

「ねえねえお姉さん」

「うん?」

「じゃあ、あそこで軽傷の人相手に魔法の大判振る舞いをして、治癒魔法万歳みたいな演説してる中の上顔の人。魔物が出てたくさんの怪我人が出たらヤバイんじゃない?」

 二人の視線の先には軽傷者は私に任せろと胸を張るルビー。重傷者を治せるアリスに対するにはアリスが距離をおいている軽傷者を取り込むしかないからだろう。

 少女の言葉にふむ……と少し考えるアリス。まあ今言ったのはアリスの考えだ。それが正しいわけではない。人によっては有事の際でも来た順番に診ていくものもいるかもしれない。

 軽い傷だろうと治すことは悪いわけでも、いけないことでもない。むしろ立派な行為だと言える。それが例え人気取りの為の行為であっても。

 だが現実問題として魔物が現れると大きな被害を被る。その時、医療現場において怪我人を全て相手にしていたら需要と供給が釣り合わない。治癒魔法は一対一でしか行えない上に治癒魔法を使えるものは少ない。需要が多すぎれば供給側はパンクする。

 ぶっちゃけ、供給側からすればそんなので来るなという怪我人相手に治癒魔法の使用はご遠慮したいはず。普通に魔力が枯渇する。

「まあ怪我したからって魔法に頼る人ばっかりじゃないから大丈夫じゃない?」

 そう思いたい。

「いやいや、お姉さん。あれだけ任せろ任せろ言われたら、頼りたくなっちゃうよ。だって王子の婚約者だし」

 彼女はまだ王族ではない。だが王子の婚約者というだけで、王族扱いしてくる者は多い。特に民達はその傾向が強い。

 王族の言葉はとても重い。

 特に民の前で公言したことは。

 それが約束となり、責任が発生する。

 その言葉の責任を彼女は取れるのだろうか。

 覚悟があるのか。


 自分の出来る以上のことを公言する。

 それは、王族に連なる予定の者に許されるか。


 ルビーの問題は治癒魔法を気軽に使うことではない。

 その傲慢さ、

 身分に拘るくせに

 その身分の重さを理解できぬ

 頭、口の軽さだ。

 

~~~~~


「やっぱり大変なことになったね」

「………………」

 少女の言葉にそうだね、と頷きそうになる。が、王子妃である以上王宮の騒ぎは肯定し辛い。王宮は今頃てんやわんやだろう。かなりの人数が王宮に行ったのを見た。騒ぎに乗じての暗殺等も心配されるから、兵もあまり救助に回せないはず。


「私ね、お姉さんに言われて手当ての練習したんだよ」

 お父様を包帯でぐるぐる巻きにしたよ、と嬉しそう。

 まじか、と公爵を見ると顔を逸らされた。包帯巻き巻き公爵の幻が見えた。

「私も手伝っても良いかな?」

 王宮に押しかけず、後からで良いからと診療所から少し離れたところで手当てを待つ軽傷者も少なからずいる。医師ではなく、同じ王都の住民が手当てをしている。

 少女の気持ちは嬉しいがまだ子供。そもそもこの場にいさせて良いかと思ったものの、公爵に不安そうな子に声をかけておあげと言われ、お付きのものと一緒に去っていった。


「アリス様」

「公爵、こんなところにいて良いのですか?」

 娘の付き添いなどしていて良いのか。

「よくないですな」

「あら………………」

「ですが、多少私が非常識な行動をしたとしてもアリス様のお陰であいつなら、という目で見られるようになりましたので」

「それは良かったですね」

「よくないですな」

「顔が良く仕事のできる紳士は、多少勘違い野郎でキモくても許されますよ」

「……冗談はさておき、娘の付き添いではありません。現状確認と王からの言葉を伝えに来たのです」

 彼は一旦ここで軽く、んんっと咳払いをした。

 今の咳払い……
 

「一週間後、ルビー殿について話し合いがされますのでご参加を」
 
「承知致しました」

 ついに時は来た。
 まあ既に民に痛い思いをさせられていそうだが。

 ちらりと王宮の方を見る。


「楽しそうですなアリス様、怪我人を治療している間に不謹慎ですぞ」

 アリスは先程から話しをしつつも、ずっと魔法を使い続けていた。

「そういう公爵も頬が緩んでおりますよ」

 やはり先程の咳払いは笑いを誤魔化したものだったよう。



 二人は視線を交わす。

 
 ニヤリとはっきりと二人の口角が上がった。




 
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