公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ

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帰郷遊戯⑪

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 ざわつく場。纏まりかけたのに……と面倒そうな雰囲気が漂う中進み出る人物はアリスだ。

「恐れながらあまりにも甘い罰に驚きを隠せません。我が子が命を狙われたのです。命には命で対価を払ってほしゅうございます」

 王に近づこうと一歩踏み出すアリスの前に立ちはだかるのはオスカーだった。

「アリス……そなたとて事前に廃位に同意していたはずだ。母から王妃の座を奪う助力を求め、そなたは応と言ったではないか。子供のことは申し訳なかったとは思う……だが、無事であったではないか。母の命を奪う必要はない」

「何を仰いますか。アナベル姫とジュリア皇太子妃様を救いたいというので協力致しましたが、我が子が命を狙われたのです。私相手であればどこからでも来いやぁと思っておりましたが、あの方が狙ったのは我が子達。まさかこんな赤子に手を出す程に落ちぶれてはいないだろうと甘く見積もった私も悪いですが……。我らが予想したこととは違う方にいってしまったよう。であれば、処罰も違うものを望んで何が悪いのですか?」

「我が母は廃位だ。それ以外の選択はない」

 自分の意見を譲らないアリスにオスカーが少し苛立つ。

「アナベル姫は我がダイラス国の多大なる労力によりなんの苦労もせずに王族として受け入れられ、皇太子妃様は女性の頂点に立つことができるわけですね。貴方様も策は弄したものの、何も失わず欲しいものを得ただけ。貴国の問題であるのになぜ他国の者である我らが主に働き、子供まで犠牲になるところだったのでしょう?おかしくないでしょうか?」

「感謝はしているが、結局私たちを助けると決めたのはそなたであろう?そなたなら子供が狙われているとわかった時点で子供を連れここから逃げることなどいくらでもできたはずだ」

「オホホホッおもしろいことを仰る。大国からの申し出を一旦受け入れ動き出してしまった後に予定が狂ったからと弱国が逃げ出せるとお思いですか?」

 絡み合うオスカーとアリスの視線。

「私だって王妃が赤子を狙うとは思っていなかった。それにお前の実力を知っているからこそ、信じているからこそ今回の協力を求めたんだ。お前ならどんな事態になっても対応できると思ったから。だが…………お前が我が国の方が強いからいいなりになったと主張するのであれば私はこう主張しよう。

 ダイラス国が弱いのがいけないのでは?弱き国は強き国に従わねばならない。それが道理だ」

 オスカーの言葉に大臣たちから忍び笑いが漏れる。どれだけアリスが強かろうとガルベラ王国には何人もの強力な魔法使いがいるのだ。一対一では無理でも数の利で負けるわけがない。

「左様にございますか」

「そうだ。弱いものは強いものの言う事を聞くしかないのだ。それが例え理不尽であって納得がいかなくとも。そもそも例えそなたの子が最悪の事態に陥っていたとしても我が国の力をもってして闇に葬ることだってできたのだぞ?」

 場がダイラス国の者にとって重苦しい空気に包まれる。公爵は息苦しさを感じ、アリスをチラリと見た。

「そうですね、所詮弱き者は強き者に勝てませぬ。今回は私が引きましょう?」

 クスクスと今度は先程よりも明らかに大きなばかにするような忍び笑いが部屋に広がった。悍ましい空気に公爵は息を呑む。そんな中……

「キャッキャ、キャッキャ」

「キャッキャ、キャッキャ」

 双子が声をあげる。とても愉しげな声で。

「あら……フフッ。そうね。怖いわね」

 アリスも愉しげな声で答える。

「強い者には勝てない……フフッ!あら、じゃあ私より皆強い者ばかりなのね?囲まれちゃったわ~困っちゃうわ~!!!……フフッ……ハハハッ」

 アリスの異様な雰囲気に身構える衛兵たちだが……身体が動かない。

「アリス」

 静まり返る場にオスカーの静かな低い声が響いた。

「フフッ、数の利がありますもんね。負けるかもしれませんが弱者の意地を見せましょうか?相打ちくらいにはできるかもしれませんね?それだけの力を持っているつもりですよ」

 アリスの視線を受け、イリスとフランクも身構える。大臣たちから余裕の表情が消え、緊張気味な顔つきになる。まさに一触即発の雰囲気だ。


「…………王妃様?」

 一人の大臣の呟きにより皆の視線は王妃に集まった。

 彼女は口から血を流したまま、悠然と座っていた。

「は……はう……え?」

 恐る恐る近づくオスカーが震える手で王妃の口元に手を伸ばす。今にも消え入りそうな呼吸。

「医師だ!医師を呼べ!」

 途端に王妃を中心として慌ただしくなる場。皆アリスのことは眼中になくなる。一人……オスカーはゆっくりとアリスを見る。

「お前……わかってたのか?」

「何が?」

「私に突っかかって母上が毒を飲む時間を稼いでただろう!?」

「ええ、そうよ」

 フワリと笑むアリス。

「なぜだ!?」

「なぜ?」

「ああ、なぜだ!?」

「本気で言ってるの?」

 アリスの目が楽しげに細められる。

「………………っ。それは……」

 母がしたことを思えばアリスが母に好意を抱いているわけがない。自分にとっては偉大なる大切な母であってもアリスにとっては違うのだ。

 だが……それでも……

「……許せない」

「あら?婚約者である私がどんな扱いをされようと見て見ぬふりしていた方が、そんなことを言うなんて。婚約者はよくて母親はだめなのね」

「お前は置かれていた状況を楽しんでいただろう?」

「楽しんでいるのと、周りがなんらかの行動をしてくれるのはまた違う問題でしょう?」

「………………」

「なんてね。私は王妃様の意を汲んだだけ。あなたよりも私のほうが王妃様とはわかりあっているのよ。プライドの高い王妃様……廃位されるよりも王妃としてあの世に行きたかったと思わない?命を奪わないことが救いになるわけではないと思うのは私だけかしら?」

「!!!」

「ねえ、そんなに怒っている暇があったら様子を見に行ったほうが良いんじゃないの?」

「母上に何かあったら許さないぞ」

「私の子供が刺客に追い回されているのを黙って見ていただけのあなたに許されなくても構わないわ。お互い様よ」

「…………っ!」

 埒が明かないとばかりに母の元に駆け出すオスカー。

 アリスは同じ部屋にいた長姉エミリアを見る。彼女は宮廷内で一番の腕を持つ医師だ。視線を受けたエミリアは口角を上げた後、王妃のもとに向かった。




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