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第六章

謎の船

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「回頭して逃げろ」

 フランソルは痛む頭を押さえながら、乗組員に命令する。

 相手は鈍足の戦列艦。こちらは快速フリゲートだ。逃げられないこともない。

 直後、衝撃が襲い、フランソルを含め乗員は皆伏せた。

 艤装ではない。喫水線辺りに砲撃をくらったようだ。

 相手がこの船を拿捕するつもりがなく、沈める方向で襲って来ているのがわかった。

 海尉たちが走り回って指示を出すが、うまい具合に風上を取られて追いつかれそうだった。

「ポンプ要員が足りません」

 へとへとになった水夫たちが悲鳴を上げる。ビルジに漏れた海水が、大量に溜まってきているようだ。

 やがて砲撃の射程に入ったのか、舷側を向ける前に船首の旋回砲から攻撃を受けた。帝国の高性能の砲と、熟練砲兵員の攻撃。

 それは前檣の帆桁に命中した。

 吊り索が外れて帆がバラッとぶら下がる。斜めに傾いだ帆桁を見て、走行不能と判断したのか、敵の戦列艦は停船させて舷側を向け、一斉斉射してくる。

 露甲板を走り回る乗員たちは、船底から響く、鈍い嫌な音を聞いた。

(岩礁か)

 フランソルは舌打ちする。

 なんともよく訓練されている。さすが帝国水軍。いつの間にか浅瀬に追い込まれていた。

 この海域を知り尽くした、ノヴァ駐留艦隊ならではだ。

 これまでは『西風』の艦長として常に攻撃する側だったが、逆転するとまったくありがたくない。

 ポンプ要員以外の水夫たちが、海尉の指示通り、残っている後ろの帆を調整しようと、転桁索についている。

 あくまでも視察であった今回の航海。戦時よりずっと少ない乗組員で来ているのだ。

 フランソル自身舵輪についていたが、どうにも舵は言うことを聞かず、岩礁から抜けられない。

 このままでは沈没するか、という危機に直面していた。

(どうせ沈むなら、敵に打撃を与えてからだな)

 フランソルは、やけに落ち着いている自分を意識した。

 アーヴァイン・ヘルツが乗っていないのが救いだった。

 自分の代わりはいくらでもいるし、彼の上官は悪運が強い。ゴキブリ並みのしぶとさだ。

 よって、多分生きているだろう。幸運の女神もついていることだし?

 そこでマリアの冴えた美貌を思い出し、微笑を浮かべた。

 あの人は命に代えてでも、アーヴァイン・ヘルツを守るだろう。

 すこし胸の底に痛みが走ったが、敢えてそれは無視した。

 どうせ生きていても、手に入らないのだ。自分は選ばれない。

 そして腹を決めると、二十八門の搭載砲の弾が無くなるまで、あるいは、艦が沈むまで、撃ち尽くすことにした。

 辺りは硝煙が淀み、風下へとどんどん流れていく。

 その煙の中から、突如、見事なタッキングを繰り返しながら、ジグザグに風上へ間切ってくる三本マストの船を目にする。

(なんだ?)

 反対からも敵が来たのかと思った。

 その詰め開きの帆を見つめながら、それにしても、やけに古い型の船だと思った。

 綺麗に塗装はしてあるが、船首像などのペイントは、趣味が悪いを通り越して下品である。

 小型の商船にも見える、ずんぐりした謎の船は、戸惑いながら身構える──しかし為すすべがない──フリゲートの乗組員たちの目前まで近づいてくる。

 追突する、と乗組員たちが青ざめた時、惚れ惚れするほど見事に捨て錨急旋回し、船を横付けした。

 浅瀬だから出来たことだが、普通なら突っ込んでいる。

 フランソルが舷縁にかけつけた。

 こんな時だと言うのに、敵か味方かというより、その見事な操船を行った乗組員たちに興味がわいたからだ。

 スカウトしたいくらいである。

 右舷側からは、相変わらず砲撃が続いている。

 マスケット銃を構える部下たちを押しのけて、舷縁から下を覗くと、両手を挙げてこちらを見上げていた男と目があった。

「乗ってください」

 フランソルは驚愕した。

「おまえは、白兵師団の分隊長だった──」

 確か、マリアとともに軍を抜けたのだ。

「その船がこっちの船体を隠してくれている。ちっちゃいけど、今積荷が何もないので、全員こちらに乗り移っても沈まないと思いますよ」

 ジョルジェは、ぶすっとしたゲルクを横目で見ながら手を伸ばした。




※ ※ ※ ※ ※ ※



「冗談だろ、何で俺が」

 少し遡ること一時間。

 帝国軍を助けるなんてとんでもない、というゲルクをなんとか説得できたのは、相手の戦列艦の方が、どう見ても帝国の艦だったからだ。

 新しいアリビアの旗をかかげていないが、ノヴァ島の軍港に常備してある戦列艦。

「あのさ、おまえがどう思っているか知らないけどな、一応、今の軍は新体制なわけで。おまえやあの姐ちゃんみたいに、国を侵略された奴らが恨むのは、帝政アリビアじゃなきゃならないわけ。ノヴァ島の駐留艦隊が裏切ったってことは、おそらく王党派と示し合わせているってことなんだ」

 適当に言ってみたが、それほど間違いではないと思う。

 一応食わせてくれた軍部に恩もあったわけだから、新アリビア国旗を掲げている方を救助するのが妥当と思われた。

 ゲルクはものすごく不機嫌だったけれど、けっきょくこの白波号が元帝国軍人たちの船であることを考慮し、ジョルジェに従うことにした。

 なんとかフリゲート艦に隠れて近づき、沈没間近のそれから乗組員を救ったところまではうまくいった。

 今度は定員オーバーで沈みそうだが、全員船乗りなのでロープワークも売春婦たちとは比べようもないくらい早く、抜錨にも十分な戦力が揃っていた。

 船はすぐに総帆に風を孕んで、風下に逃れた。

「このまま追って来られたらまずいな」

 フランソルは呟いた。敵は一隻ではない。

 案の定、しばらくすると遠くの島影からノヴァ島の駐留艦隊が続々と出てきて、その全てが追ってくる。

「鳩はもう放ちました」

 部下がフランソルに報告する。

 間に合うだろうか。駐留艦隊のことは自分の落ち度だ。

 アーヴァイン・ヘルツだけでも助かれば、この船の者が全滅しても構わないのだが。

 フランソルは助けた連中に対して恩知らずなことを考えつつも、代わりがいない上官の安否を気遣った。

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