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信じてくれない王太子殿下
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クリフォード様は自嘲気味に息をつく。
「僕はガキだな。婚約の理由は聞かされたが、どうしても元政敵との結婚に納得できず、勝手に平民のニーナとの結婚を推し進めようとしてしまった。ローレッタの気持ちを踏みにじってきた」
私は首を振った。
「私は、そんなこと知りませんでした。──それにあの時、継承権の放棄が目的で言ったわけではないのです」
ただクリフォード様が王太子でなければと──愛し合える身分だったら良かったのにと、そう思っただけで……。
「ああ、それはもう分かっているよ」
クリフォード様は冷笑を浮かべた。
「王家と公爵家を両方敵に回す勢力なんて、けっきょく無かったようだから」
「では──」
「放棄させる気はなかったということは分かった。王太子妃になりたかっただけなんだよな、ニーナは」
そうだけど、そうじゃない。その言い方は嫌な感じだ。
「……クリフォード様と結婚したかっただけですわ」
「そうなの? 僕との恋愛が地位を狙ってのことじゃないと僕に強調するために、継承権の放棄を匂わせたのかと思ったよ」
「──っそれも違いますわっ!」
王太子妃になりたくないと言えば派閥の回し者だと疑われ、王太子妃になりたいと言えば欲に目がくらんでいると思われるの?
私にどうしろと言うのだろう。
「私は純粋にクリフォード様のことが──」
ノワール様が口を出した。
「王室騎兵隊が刺客を尋問したところ、ニーナという平民女に体で篭絡されたと白状したようです。ゆくゆくは王妃になりたいから、反対している邪魔な国王をさっさと殺せと」
はぁぁああ!? まったく身に覚えのないひどい言いがかりに、私は口をパクパクさせた。
「もちろん実行犯らは、そのあとすぐ処刑場に連れていかれたよ」
クリフォード様は、ふうっという息を吐きながら低い声で呟いた。
「幸い、陛下は無事だったが──僕は殺し屋と結婚しようとしていたのだな」
何が起きているの?
「クリフォードさ──」
「学院時代からふしだら女だという噂があったが、まさか本当だったとは……。僕は何も見ようとしなかった」
辛そうに眉を顰め、ローレッタ様を抱き寄せる。
「あの、殿下?」
戸惑うローレッタ様には構わず、クリフォード様は深く傷ついたように項垂れ、そのまま彼女の髪に顔を埋めた。ローレッタ様は困り果てている様子だ。
「騙され、君を冷遇した罰だな。僕は、大義のために婚約の話を持ちかけた立派な君に、酷いことをした。王太子の責務を忘れ……恥ずかしいことだ」
「い、いいえっ、いいえっ! このローレッタめはですね、敵であるクリフォード様に熱烈な片思いしていたようでしてね、だって悪役令嬢が主役のゲームだから──」
ローレッタ様は他人ごとのように、奇妙な告白をした。引っ付いているクリフォード様から逃れようとジタバタしつつ。
「あれ、回避ルートは? あれ? あとこのゲーム、思っていたのとキャラのイメージが違う」
小さく叫ぶ、大輪の薔薇のように華やかなローレッタ様だが、聞きなれない言葉を出す彼女の雰囲気は、今までの悪役令嬢と明らかに違う。
「僕を好きだった? 婚約前から?」
クリフォード様の顔がパァァアッと輝く。
「で、では、僕の愛を以て君に償おう。君が王家と公爵家の懸け橋になってくれるなら、僕は君にもっと愛される人間になれるよう努力する。だから、僕と結婚してくれ」
「いやーあのー、確かに最推しキャラだけど、思ったより現実のヤンデレはキツいって言うかー、スローライフとか隣国の王子ルートでもいいかなーって思い始めて」
「お願いだ、ローレッタ」
私には、ローレッタ様が何を言っているのか分からなったが、二人のやり取りは耐えられなかった。
「やめて! ローレッタ様! 私のクリフォード様から離れなさいよ!」
胸が張り裂ける。私だけのクリフォード様なの。お願い、愛しているの!
「悪役令嬢のくせに! あなたが私にやったことを忘れたとは言わせないわよ!」
ローレッタ様の肩がビクッと揺れる。
すると、クリフォード様の冷気を纏わせたような低い声が響いた。
「貴様、今ここで殺されたいのか?」
ぞぞっと息を呑むほどの残虐な声だった。今まではただの同級生、そして恋人だった。でもその瞬間、初めて彼が王族であることを意識させられた。
ローレッタ様までひぃいいっと悲鳴をあげて強張ったので、クリフォード様は咳払いする。
「この事件には、君の両親も関わっているのか? ニーナ」
私は目を見開いた。
「……え?」
「王族の外戚に名を連ねようなどと、平民の分際で──」
私はその時やっと、自分が嵌められたのだと気づいた。
王太子や、公爵家にではない。国王陛下にだ。
「僕はこんな立場だ。裏切られることには慣れている。だが一度心を許した君につけられた傷は、塞がらない」
クリフォード様の声には絶望と悲しみが確かにあった。国王陛下が、息子である王太子の目を覚まさせるための茶番を、彼は信じたのだ。でも、こんな凄惨で不当な罠になるとは……。
王は神と同じ。王族にとって平民は虫けらなのだ。エディンプール公爵家を敵に回すくらいなら、平民をひねりつぶすなど、なんとも思わないに違いない。
背中を寒気が這う。つまり、冤罪を訴えたところで無駄だってことじゃない!? 処刑は決まってしまった。弑逆罪は未遂でも車裂き。何も罪がない両親まで!?
バカだった。両親に迷惑をかけてしまった。私が夢を見たせいで!
「僕はガキだな。婚約の理由は聞かされたが、どうしても元政敵との結婚に納得できず、勝手に平民のニーナとの結婚を推し進めようとしてしまった。ローレッタの気持ちを踏みにじってきた」
私は首を振った。
「私は、そんなこと知りませんでした。──それにあの時、継承権の放棄が目的で言ったわけではないのです」
ただクリフォード様が王太子でなければと──愛し合える身分だったら良かったのにと、そう思っただけで……。
「ああ、それはもう分かっているよ」
クリフォード様は冷笑を浮かべた。
「王家と公爵家を両方敵に回す勢力なんて、けっきょく無かったようだから」
「では──」
「放棄させる気はなかったということは分かった。王太子妃になりたかっただけなんだよな、ニーナは」
そうだけど、そうじゃない。その言い方は嫌な感じだ。
「……クリフォード様と結婚したかっただけですわ」
「そうなの? 僕との恋愛が地位を狙ってのことじゃないと僕に強調するために、継承権の放棄を匂わせたのかと思ったよ」
「──っそれも違いますわっ!」
王太子妃になりたくないと言えば派閥の回し者だと疑われ、王太子妃になりたいと言えば欲に目がくらんでいると思われるの?
私にどうしろと言うのだろう。
「私は純粋にクリフォード様のことが──」
ノワール様が口を出した。
「王室騎兵隊が刺客を尋問したところ、ニーナという平民女に体で篭絡されたと白状したようです。ゆくゆくは王妃になりたいから、反対している邪魔な国王をさっさと殺せと」
はぁぁああ!? まったく身に覚えのないひどい言いがかりに、私は口をパクパクさせた。
「もちろん実行犯らは、そのあとすぐ処刑場に連れていかれたよ」
クリフォード様は、ふうっという息を吐きながら低い声で呟いた。
「幸い、陛下は無事だったが──僕は殺し屋と結婚しようとしていたのだな」
何が起きているの?
「クリフォードさ──」
「学院時代からふしだら女だという噂があったが、まさか本当だったとは……。僕は何も見ようとしなかった」
辛そうに眉を顰め、ローレッタ様を抱き寄せる。
「あの、殿下?」
戸惑うローレッタ様には構わず、クリフォード様は深く傷ついたように項垂れ、そのまま彼女の髪に顔を埋めた。ローレッタ様は困り果てている様子だ。
「騙され、君を冷遇した罰だな。僕は、大義のために婚約の話を持ちかけた立派な君に、酷いことをした。王太子の責務を忘れ……恥ずかしいことだ」
「い、いいえっ、いいえっ! このローレッタめはですね、敵であるクリフォード様に熱烈な片思いしていたようでしてね、だって悪役令嬢が主役のゲームだから──」
ローレッタ様は他人ごとのように、奇妙な告白をした。引っ付いているクリフォード様から逃れようとジタバタしつつ。
「あれ、回避ルートは? あれ? あとこのゲーム、思っていたのとキャラのイメージが違う」
小さく叫ぶ、大輪の薔薇のように華やかなローレッタ様だが、聞きなれない言葉を出す彼女の雰囲気は、今までの悪役令嬢と明らかに違う。
「僕を好きだった? 婚約前から?」
クリフォード様の顔がパァァアッと輝く。
「で、では、僕の愛を以て君に償おう。君が王家と公爵家の懸け橋になってくれるなら、僕は君にもっと愛される人間になれるよう努力する。だから、僕と結婚してくれ」
「いやーあのー、確かに最推しキャラだけど、思ったより現実のヤンデレはキツいって言うかー、スローライフとか隣国の王子ルートでもいいかなーって思い始めて」
「お願いだ、ローレッタ」
私には、ローレッタ様が何を言っているのか分からなったが、二人のやり取りは耐えられなかった。
「やめて! ローレッタ様! 私のクリフォード様から離れなさいよ!」
胸が張り裂ける。私だけのクリフォード様なの。お願い、愛しているの!
「悪役令嬢のくせに! あなたが私にやったことを忘れたとは言わせないわよ!」
ローレッタ様の肩がビクッと揺れる。
すると、クリフォード様の冷気を纏わせたような低い声が響いた。
「貴様、今ここで殺されたいのか?」
ぞぞっと息を呑むほどの残虐な声だった。今まではただの同級生、そして恋人だった。でもその瞬間、初めて彼が王族であることを意識させられた。
ローレッタ様までひぃいいっと悲鳴をあげて強張ったので、クリフォード様は咳払いする。
「この事件には、君の両親も関わっているのか? ニーナ」
私は目を見開いた。
「……え?」
「王族の外戚に名を連ねようなどと、平民の分際で──」
私はその時やっと、自分が嵌められたのだと気づいた。
王太子や、公爵家にではない。国王陛下にだ。
「僕はこんな立場だ。裏切られることには慣れている。だが一度心を許した君につけられた傷は、塞がらない」
クリフォード様の声には絶望と悲しみが確かにあった。国王陛下が、息子である王太子の目を覚まさせるための茶番を、彼は信じたのだ。でも、こんな凄惨で不当な罠になるとは……。
王は神と同じ。王族にとって平民は虫けらなのだ。エディンプール公爵家を敵に回すくらいなら、平民をひねりつぶすなど、なんとも思わないに違いない。
背中を寒気が這う。つまり、冤罪を訴えたところで無駄だってことじゃない!? 処刑は決まってしまった。弑逆罪は未遂でも車裂き。何も罪がない両親まで!?
バカだった。両親に迷惑をかけてしまった。私が夢を見たせいで!
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