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辺境伯の容態
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血を吐いたはずなのに、結婚式が近づくにつれ、なぜかハドリー様は回復していくように見えた。
ウキウキして四六時中エイベルと遊んでいる。
「それにしても、あやつはほとんど砦じゃないか。帰ってくるとエイベルと約束したのに!」
使用人たちが、まあまあとハドリー様を宥める。
「就任後は、覚えることがあって大変なのでしょう」
「都のエリート騎士だったわけだし、叩き上げの士官らに舐められないようにしないと」
家政婦長と執事が言えば、若い使用人仲間たちは別の視点から口を出す。
「まだ結婚はしてないので、同じ屋根の下だとねえ」
「二人とも若いから、猿みたいになっちゃいますよ、くくく」
エロイーズとアンの目はバナナ型だ。特にエロイーズは三度の再婚歴のある強者。私たち一家の住み込み時代から、私にいろいろ猥談を持ちかけてきた、生粋のエロイーズだ。
ハドリー様は納得いかないようで、どこか不満げである。
「しかし、孫はインポテ──」
「ハドリー様~っ!」
ペラペラとスタンリー様の股間事情をしゃべってしまわれそうな彼を、私はなんとか遮った。
スタンリー様がインポテンツなのは、マクニールさんとヴァーノンさんくらいしか知らないのに、ダメじゃない!
「お、王都に魔獣は出ませんから、きっと違うご苦労があるのだと思います」
北部の魔獣は体を覆う皮が固く、大砲の弾は特別仕様の物じゃないとダメだとか。そして柵を破って入って来たモノと接近戦をするときは、やはり特別な鉱物で作った剣や銃弾で戦うと聞いた。
暴漢や夜盗、暗殺者と戦うのとは、わけが違うのではないだろうか。
「はっはっは、大丈夫だよ。人を殺るより精神的にはよっぽど楽だろう。今は各国と停戦協定が結ばれているからな」
ハドリー様の言葉に、そうね確かに、と納得する。戦時の方が、憂鬱かもしれない。
ただ、魔獣さえいなければな、と思うことがある。北の山岳地帯には、病に効く薬草がたくさん生えていると聞いたから。
それが手に入れば、ハドリー様の肺や心臓も、今よりずっとよくなると思うの。
今のところは大丈夫そうだけど、いつまでお元気か分からないもの。
エイベルが大きくなるのは嬉しい。でも大人にとって時の経過は、成長ではなく老いになる。
若く見えるけど、エイベルの祖父ではなく曽祖父なんだものね。
「ところで、招待客なんだが」
「はい」
「王太子殿下が王族の代表で来てくれるらしいぞ」
私は断末魔のような悲鳴をあげそうになり、寸前で堪えた。
「スタンリーは殿下のお気に入りだったようだからな」
大変だわ!
こんな辺境にクリフォード様が来るなんて、あり得ないと高を括っていた。いらっしゃるとしたら、せいぜい名ばかりの血の薄い王族かと……。
王家の血なんて微塵も入ってなさそうな、陛下の従姉妹の子供の友達の同級生が飼っていたペットくらいじゃないかな、って。
なんちゃって王族だと思っていたのに!
「おふぅっ、おふっ!」
北方辺境伯ってそんな大層な方なの? 青くなったり白くなったり土気色になったりの私の顔色を見て、屋敷の者たちは心配してくれたけど、誰にも理由を説明できないっていうね……。
唯一相談できるのは、敵の一派だった黒騎士様ときている。
ノワール様──じゃない、スタンリー様に知らせなければ!
私は大急ぎで支度を整えた。往復四日分のハドリー様の薬の処方を両親に頼み、私の代わりに健康管理をお願いした。
エイベルに、くれぐれもハドリー様の髭をむしらないよう言い聞かせて。
ハドリー様含め、皆突然の私の行動に戸惑っていたので、それらしい理由もつけた。
「急に寂しくなっちゃって! 今すぐスタンリー様に会わないと死んじゃうと思ったの!」
これが若さか! という言葉を背後に聞きながら、私はすぐに砦に旅立った。
ウキウキして四六時中エイベルと遊んでいる。
「それにしても、あやつはほとんど砦じゃないか。帰ってくるとエイベルと約束したのに!」
使用人たちが、まあまあとハドリー様を宥める。
「就任後は、覚えることがあって大変なのでしょう」
「都のエリート騎士だったわけだし、叩き上げの士官らに舐められないようにしないと」
家政婦長と執事が言えば、若い使用人仲間たちは別の視点から口を出す。
「まだ結婚はしてないので、同じ屋根の下だとねえ」
「二人とも若いから、猿みたいになっちゃいますよ、くくく」
エロイーズとアンの目はバナナ型だ。特にエロイーズは三度の再婚歴のある強者。私たち一家の住み込み時代から、私にいろいろ猥談を持ちかけてきた、生粋のエロイーズだ。
ハドリー様は納得いかないようで、どこか不満げである。
「しかし、孫はインポテ──」
「ハドリー様~っ!」
ペラペラとスタンリー様の股間事情をしゃべってしまわれそうな彼を、私はなんとか遮った。
スタンリー様がインポテンツなのは、マクニールさんとヴァーノンさんくらいしか知らないのに、ダメじゃない!
「お、王都に魔獣は出ませんから、きっと違うご苦労があるのだと思います」
北部の魔獣は体を覆う皮が固く、大砲の弾は特別仕様の物じゃないとダメだとか。そして柵を破って入って来たモノと接近戦をするときは、やはり特別な鉱物で作った剣や銃弾で戦うと聞いた。
暴漢や夜盗、暗殺者と戦うのとは、わけが違うのではないだろうか。
「はっはっは、大丈夫だよ。人を殺るより精神的にはよっぽど楽だろう。今は各国と停戦協定が結ばれているからな」
ハドリー様の言葉に、そうね確かに、と納得する。戦時の方が、憂鬱かもしれない。
ただ、魔獣さえいなければな、と思うことがある。北の山岳地帯には、病に効く薬草がたくさん生えていると聞いたから。
それが手に入れば、ハドリー様の肺や心臓も、今よりずっとよくなると思うの。
今のところは大丈夫そうだけど、いつまでお元気か分からないもの。
エイベルが大きくなるのは嬉しい。でも大人にとって時の経過は、成長ではなく老いになる。
若く見えるけど、エイベルの祖父ではなく曽祖父なんだものね。
「ところで、招待客なんだが」
「はい」
「王太子殿下が王族の代表で来てくれるらしいぞ」
私は断末魔のような悲鳴をあげそうになり、寸前で堪えた。
「スタンリーは殿下のお気に入りだったようだからな」
大変だわ!
こんな辺境にクリフォード様が来るなんて、あり得ないと高を括っていた。いらっしゃるとしたら、せいぜい名ばかりの血の薄い王族かと……。
王家の血なんて微塵も入ってなさそうな、陛下の従姉妹の子供の友達の同級生が飼っていたペットくらいじゃないかな、って。
なんちゃって王族だと思っていたのに!
「おふぅっ、おふっ!」
北方辺境伯ってそんな大層な方なの? 青くなったり白くなったり土気色になったりの私の顔色を見て、屋敷の者たちは心配してくれたけど、誰にも理由を説明できないっていうね……。
唯一相談できるのは、敵の一派だった黒騎士様ときている。
ノワール様──じゃない、スタンリー様に知らせなければ!
私は大急ぎで支度を整えた。往復四日分のハドリー様の薬の処方を両親に頼み、私の代わりに健康管理をお願いした。
エイベルに、くれぐれもハドリー様の髭をむしらないよう言い聞かせて。
ハドリー様含め、皆突然の私の行動に戸惑っていたので、それらしい理由もつけた。
「急に寂しくなっちゃって! 今すぐスタンリー様に会わないと死んじゃうと思ったの!」
これが若さか! という言葉を背後に聞きながら、私はすぐに砦に旅立った。
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