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ストーカー【蓮視点⑩】
しおりを挟む俺は、茜さんが働く商業施設と駅の間にある広場のベンチに座り、半眼を閉じていた。
いや、半眼なのはいつものことだが、今日はさらに瞼を伏せている。つまり、ほとんど目を閉じているってことだ。
目の前を、足早に帰宅する人々が通り過ぎていく。ラッシュの時間帯で、雑踏の中を鳩が踏まれそうになりながら行ったり来たりしている。
そんな混雑の中でも、彼女が近づいてくるのが分かる。犬並みの嗅覚があるわけじゃないが、気配を感じるのだ。
どんな人混みの中でも、彼女だけは見分けられる。──金色の光を振りまいているからね。
案の定、改札に向かって歩く茜さんの姿を肉眼で確認し、俺はベンチから立ち上がった。
陶然とした。頭がおかしくなるかと思った。
パンツスーツに包まれた長い脚、細い腰、可愛いお尻。華奢な体でさっそうと歩く姿を、男どもが振り返って見ていることに気づいていない。……茜さんのバカ、無防備すぎるんだよ。
圭介さんが、男除けの術でも施していたのだろう。
初めて会ったとき、彼女の姿にはその名残が残っていて、微かに幕がかかり、水の中にいるように歪んで見えた。
まあ、そのおかげで霊からも男からも護られていたんだろうけどね。
俺は、奇声を上げて飛びつかないように感情を押さえつけ、落ち着いた声で呼びかけた。
「……茜さ──」
「日下部さぁあああんっ!」
俺より先に、若い男が駆け寄っていった。ポカンとした。なんだあいつ、馴れ馴れしい。呪い殺していいか?
「原科君、お疲れ様。夜勤じゃないの?」
「今日は休みなので、早番だったんです」
「苦学生、がんばるね」
俺は唇を噛んだ。
制服ではなかったから気づかなかったが、茜さんをいやらしい目で舐め回すように見ていたのは、あのバイトの警備員だった。
子犬の皮を被ったアリゲーターめ。
俺は歯をギリギリと鳴らしながら、二人の後をつけた。
──我ながら怪しい。
「日下部さんが定時なんて珍しいっ。今から飲みに行きましょう!」
断れ、茜さん!
「ごめんね。あんまり、そんな気分じゃなくて」
よしよし。
ひとまず、俺が嫌われてるわけじゃないと分かった。
もし、俺とは会ってくれないのに他の男とはデートするなら──そのときはどうしていたか分からない。
筆で俺の名前を全身に書きなぐって、茜さんが参ったというまでペロペロして、こんこんと説教していたかもしれない。
茜さんが俺の物だって、分かってくれるまで。
……俺は咳払いした。
我ながら思考が危険になっていることに気づいたからだ。
俺って、こんな変態だったのか。
深呼吸し、心を落ち着ける。
これも全部、茜さんに会えなかったストレスからに違いない。
「原科君」
改札に入ろうとした二人を追おうとした時、別の女性の声が引き止めた。
「真奈美ちゃん?」
茜さんが振り返る。俺は咄嗟に背を向け、顔を見られないようにした。
……コソコソと、何やってんだ俺。
「原科君さ、日下部さんと飲みに行かないなら、私と行かない?」
ああ、あの合コンの時の……。同じ職場なんだな。
バイト警備員は、物欲しげに茜さんに目をやり、躊躇した。
「いや、でも──」
「K大の大学院生なんでしょ? 私との方が年齢が合ってるじゃない。日下部さんと付き合うことになったら大変よ。アラサーだから、それなりに責任が伴うもの」
……なんか、ずけずけモノを言う後輩だな。
「あ~ごめん。俺、日下部さんがいいんだ」
バイト警備員もしつこいな。目がハート型になってやがる。えぐり出してやろうか。
合コン女子はふてくされる。
「おばさんは、おごってくれるもんね」
……は? おばさん? 誰のこと?
茜さんが苦笑いしている。
「そんな! そんな風に思ってないよ! 日下部さん、俺が奢ります!」
焦るバイトに、合コン女子は面白くなさそうだ。
「へー、原科くん熟女スキーなんだ。でも日下部女史は、すぐにでも結婚退職したいお局様よ。原科君と遊んでる時間はないの。だから私と行こう」
引き離してくれるのはナイスだ。ナイスだけど、なんだろう……嫌な奴だな。
年齢なんて関係ないだろ、だって茜さんだぞ?
神使なんて、年上の方がマウントを取ってくるくらいなのに……。
茜さんがぜんぜん気を悪くしていないのが、オーラで分かったが、俺の方が腹が立ってきた。
礼儀のなってない社会人め。先輩への口の利き方を教えてやろうか。そのあざといメイクが剥がれるまで、顔面で柳楽本家の長い廊下を拭いてやる。
「分かってないな。日下部さんはさ、なんかこう……エロいんだよ!」
バイト警備員がうっかり言ってしまい、俺は思わず頷きそうになってしまった。
分かってるな!
しかし茜さんからじっとりした目で睨まれた彼を見て……ちょっとだけ、あのバイトに同情した。素直なバカは嫌いじゃない。
──相手が茜さんじゃなければな。
「茜さん」
うざい二人から引き離したくて、ついうっかり声をかけてしまった。
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