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引導を渡す【蓮視点⑯】
しおりを挟む湖のモノと対峙する日、俺は市内の病院に寄った。
集中治療室の待合室では、茜さんと同じくらいの年齢の女性が、さめざめと泣いていた。
圭介さんの婚約者──ダースーの孫、須田絹子さんだ。
確か「陰陽師などという怪しい職業の奴に、大事な娘を嫁がせるか!」と反対した父親に──いや、お前の父親が呪術合戦依頼したんだけどな──ハンストまでして、圭介さんとの結婚を認めさせたツワモノらしい。
……ん? 泣き声の合間にギシギシ音が聞こえる。これ、泣き声? 歯ぎしり?
「大丈夫ですか? たぶん婚約者だと言えば、中に入れてもらえますよ」
「ギシッ……祖父の名を告げたら入れてくれたけど、ギシギシッ……圭たん、目を覚まさないんです」
予断を許さない状況ってやつかもしれない。
俺も柳楽家の権力で、集中治療室の中に入れてもらった。
確かにげっそりと頬がこけ、顔色は悪い。衰弱は激しそうだ。
「でも……圭介さん、起きてるんだろ?」
青白い顔をした恋敵が、重たい瞼を開けた。
「バ……レた……か」
「絹子嬢、可愛いじゃないですか。祭祀の時の着物姿とガラリと違って、ロリータ風ファッションなのも似合っていたし。なんであの人じゃダメなの?」
圭介さんは酸素マスク越しに何か言った。俺は耳を近づける。
「あかん……わけやない……嫁にもろうんは……もう決まってるさかい」
苦痛の色がその瞳に宿っている。
「代わりには……ならへん。……絹子さんにも、茜っちにも……失礼やしな」
「ならきっぱり、茜さんへの未練を絶ち切れよ」
俺はイライラした。代わりにならない? そんなの当たり前だろ。
俺が茜っちに、圭介さんの代わりにしてもいいって言ったのは、圭介さんの代わりで終わる器じゃないことを知らしめるためだ。
俺の方がいい男だって、気づいてほしい。結果的に、俺を選んでほしい。
自分が選ぶ立場でいるつもりの圭介さんが、俺には許せなかった。
「あんたは、芦屋の本家を取ったんだからな」
「そや……な。でも……蓮かて……許可は出ぇへんやろ?」
「俺は圭介さんと違う。許可が出ないなら家を出る」
「弟に……押しつける気ぃか?」
「いや、大蛇の力なんて、消えていくならそれで構わない」
圭介さんは、点滴の管がついた腕をゆっくり持ち上げ、目元を覆った。
「僕かて……そない……思てたさ。でも父は──」
俺は、自分が残酷なことを言った自覚がある。
生きている人に我儘を言うのは、簡単だ。
先代があんな死に方をしなければ、圭介さんだって実家を捨てることを躊躇しなかったかもしれない。
でも相手が死んでしまっては、言いたいことも言えない。
ましてや彼は一人息子なのに、ずっと逃げていた。圭介さんが切り捨てれば、雁助の名は彼の代で途絶える。彼の父親が必死で守ろうとしたものが……。
「悪いけど」
それを踏まえた上で、それでも俺にははっきり言えた。
「どう考えても、俺には茜さんを諦めるという選択肢が出てこない」
圭介さんは弱々しく苦笑し、酸素マスクをずらした。
「付き合うてへんのに……?」
うるさいな、ショートカットだ。もうプロポーズしてんだよ!
俺はより不機嫌になってICUを出た。
腹いせに、外のソファで待っていた絹子さんに、晴れやかに告げる。
「目を覚ましていましたよ。お嬢さんに会いたくて仕方ないそうです。行ってあげて」
ぱぁああああっと婚約者の顔が輝く。
ちょっと狂気じみた血走った目は、生霊になる女の特徴と被るが……。
あと認めたくはないが、この圭介さんの許嫁、なんか俺に似ている。
他人とは思えないくらい、思い込みが激しい。
まあ知ったことか。がんばれ圭介さん、あとは俺に任せて先に逝け。
……ん? これは死亡フラグじゃないよな?
俺は、ロリータファッションの絹子嬢を見送り「健闘を祈る」と小さく呟いて、親指を立てた。
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