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柳楽父の心配【蓮視点⑮】
しおりを挟む「この割れた石が怪しいみたいですが」
神使からタブレットに送られてきた画像を、俺は目を細めて眺めた。暗くてピントが甘い。
この撮影の下手さは左京だろう。茜さんの警護につかせるには頼りないから、サヤ子と交代させたのだ。
……サヤ男になると別の意味で危険だが、背に腹は代えられない。
「よく見ると何か彫ってありますね。お地蔵様?」
「相当古い。最近壊されたにしても、もともと風化してた感じだ」
地元の神社関係者たちが唸りつつ、タブレットを覗き込む。
湖に入り込んだモノの正体を調べているのだが、芦屋家が非協力的で何も教えてくれない。
まったく、これだから京都人は──。
「お地蔵様なら、廃仏毀釈の頃に壊された可能性が高いよ」
「いや、割れたところは新しい。最近やられたんじゃないか」
別の爺が、彫刻部分を指差した。
「人型が二体彫られてるじゃろ? 光背もないし、お地蔵様というより道祖神じゃ」
「ではもう、塞の神ってことでいいですか?」
「似たようなもんだ、土着の神ってことで」
「いやいや、それ一緒にしたら怒られますぞ。出雲系の大明神と同列に語れるもんじゃない」
いつの間にか爺さん達の、民俗学討論会になっている。
「串刺しの動物が気になるね。昔この地であった供物の風習に似てるんだ。贄を要求してるのかもしれん」
「何を言う、今は別の形でお祭りしてるし、祟り神になるならとっくの昔だよ」
「しかし、この気配は霊とは別物だ。神の類だと思うのだが──」
議論は白熱し、長引きそうだ。俺は小さく溜め息をつき、分析を諦めて集会所を出た。
まったく、これだから爺は──。
少なくとも古の神ではないはずだ。大蛇以外の古代神なんて見たことがないし、神使たちも口を揃えて「神々はめったに起きてこない」と言っている。
では、串刺し祭りをしているのは何者か。
現場の画像から怪しい地点を選び、自分で回ってみることにした。
車に乗り込むと、運転席に父がいた。ビクッとする。
「と、父さん?」
父はエンジンをかけた。
「正体がわからないことには、引きずり出せないだろ? 私にも手伝わせてくれ」
「…………」
なんだか気まずいな。茜さんの件でごねているから。
「本当にお前が行くのか。爺ちゃんに任せればいいんじゃないか」
「もう年だし……俺にも譲れないことがあるんだ」
「まだ大蛇本体は、降ろしたことがないだろう?」
「神力はずっと借りていたから、大丈夫だってば。それに茜さんにうっかり降りた時も、彼女ケロッとしていたし、ぶっつけ本番でも平気さ」
「あのお嬢さん……ね」
父は何か言いたげに黙り込んだ。
亡くなった俺の祖母は、大蛇の血筋ではない。
祖父は許嫁との縁談を蹴って、親戚筋ではない祖母──愛する人を選んだ。そのせいで、父の霊力が弱い、と周囲から非難されてきたのだろう。
だからこそ自分のことを棚に上げ、結婚相手のことをとやかく言うんだ。
「父さんだって、母さんが大蛇の血筋でなくても結婚しただろ?」
父は観念したのか、ようやく口を開いた。
「……そうだね。お前の母さん以外ありえない。私は運が良かったよ」
父は坂に上る手前で車を停める。
「私はここだと思うよ」
「ヌルヌル坂か」
この地域の伝承に出てくる古い坂だ。
悪さする大ナマズと、それを退治しようとした権兵衛という若者が、揉み合ってヌルヌルした挙句、結局一体化して「ゴンベエナマズ」になったという話がある。
「捻りのないネーミングだね」
俺が言うと、父は車から出るよう促した。
「民話では、ゴンベエナマズは串刺しにした農民を食べるそうだ」
さんざん食い散らかして湖に戻ろうとしたナマズを、通りすがりの坊主がこの坂に封印したとある。
坂前には通行止めのバリケードがあった。
「うわ……」
子供の頃よく通った坂道が、まるで地震の後のようにギザギザに割れている。
よく見れば地割れとは違い、内側から何かが盛り上がったようにコンクリートが浮いていた。
「決まりだね。湖に戻ったってことか」
ナマズだからこそ、今は底でじっとしているんだろう。だが、反発するとヤバい。
「かなり暴れそうだよね、ナマズだけに」
「そっちは我々に任せてくれ。市職員の動員許可は取った。ただ、調伏に関しては、最終的に一騎打ちがいいのは確かだよ。このナマズは戦国時代の妖……いや、もう神に近いからね。蓮、やはり宗主に任せないか?」
祖父は「老い先短いわしがタイマンする」としゃしゃり出てきた。喧嘩は多いが、孫が可愛いのだろう。
「ダメ、一人でやる。茜さんとの結婚を、爺ちゃん達に認めてもらいたいんだ」
「……問題は彼女の気持ちだ。見た感じ脈ナシなのに、なんでそんなに思い込みが激しい?」
父にバッサリ斬られ、俺はうっ、と胸を押さえた。
「名門芦屋家でもダメだった仕事を、振り向いてくれない女性のために受けるのか? 本当に危険なんだぞ」
「だからこそだよ」
俺は決意を込めて言った。
「圭介さん家より、うちは古いんだ。格の違いを見せてやりたい」
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
※京都人は好きです、爺はもっと好きです。
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