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職場にお迎え
しおりを挟む定時で帰ろうとした私を、ちょうどロッカー室から出てきた真奈美ちゃんが呼び止めた。
「日下部さん、今日はお洒落してる!」
え……と、いつものパンツスーツを見下ろす。
「そんなことないけど」
「リップがいつもより濃い!」
目ざといな。ほっといてちょうだいよ。
「最近、あの冷たそうな銀縁眼鏡もかけなくなったし、もしかして彼氏できました? あの霊能者とか?」
私は曖昧に笑って、逃げるように従業員出口へ向かう。わりと足早に歩いたのに、小走りで真奈美ちゃんが追いついてきた。
……今日は振り切りたいんだけど。
「お、日下部さん! お疲れ様です!」
原科君が警備室の受付窓口に張り付き、目を輝かせる。
「俺ももう上がりなんで、今日こそは二人で飯──」
ずいっと、真奈美ちゃんが私と原科君の間に割り込んだ。
「原科君ってぇ、ほんっと年増が好きなんだねぇ」
と、と、年増ですと!? さすがに頭にきたが、まあ彼女の年齢からしたらそうなのだろうか。
「年増じゃないですよ! エッチなお姉さんです!」
焦って喚く原科君。それでフォローしているつもりか!
「ごめん、原科君。私、彼氏ができたから二人きりはちょっと。皆でだったら、今度ね」
「そうそう、日下部さんは変な霊能者と──」
真奈美ちゃんは私が言った言葉をようやく理解し「えぇええええっ」と叫び声をあげた。
「やっぱり付き合うことになったんですね!」
そんなぁ……と、警備室で立ち尽くす原科君を置いて、私は競歩並みの速さで真奈美ちゃんを引き離そうとする。
「マジですかぁ? はぁっはぁっ、じゃあ、真奈美が恋のキューピットってこと? はぁっはぁっ」
身長差があるのに、息を荒げながら追いかけてくるんだもん。真奈美ちゃんのファイトに負けて、私は速度を緩めた。
「まあ……そうね。きっかけを作ってくれてありがとう、真奈美ちゃん」
彼女が誘ってくれたから、蓮君と出会えたわけだし──。
「でもでもぉ、真奈美責任感じちゃう。さすがにヤバいですってば。本当にカモにされちゃいますよ。一人暮らしの寂しいお局を狙う、イケメン年下霊能者なんて」
「心配はご無用よ」
「まあ騙されてる人って、だいたい認めたがらないからぁ」
ニマニマしながら、真奈美ちゃんは私の顔を覗き込んでくる。
もうっ、しつこいな! いつまでもついて来ないでほしいんだけど。
「こっちは駐車場よ?」
「実はぁ、私も今日、デートなんですよ! 彼氏が車でお迎えなんです」
ぐ……まずいわね、これでは鉢合わせしてしまう。
「私の彼ね、○○グループの役員の息子なの」
「そ、そうなんだ」
私は辺りをキョロキョロ見渡した。えーと、Bの3は……。さすがに車を停めてる場所は別よね?
もしばったり会っちゃったら、蓮君の前で本人をバカにしそうで怖いわ。どうにかして撒けないかしら……。じっとり冷や汗がにじむ。
「茜さん」
なんてこと、あちらから見つけてきたわ。蓮君が、すぐ近くの駐車スペースからひょこっと顔を出し、手を挙げている。
案の定、真奈美ちゃんがプッと吹き出す。
「やっだぁマジだわ! あの時の霊能者と付き合ってるとか、ウケるんだけどぉ。日下部さん、今日はどんな霊感グッズ買わされるんですか?」
「いいかげんにして」
私もちょっと前までは、霊能者を頭から疑っていた。彼女がそう思うのは別にかまわない。でもお願いだから、蓮君には聞こえないように言ってちょうだい。
ゲッソリしている私の横で、今度は驚いたような真奈美ちゃんの声がした。
「あ、大夢くん」
蓮君の隣に、柄シャツに金のチェーンのネックレスをした男の人が立っていた。
「……知ってる人?」
「真奈美の彼です」
ちょっとビビる。チンピラ風なんだけど……。
二人に近づいてから、真奈美ちゃんは訝しげに尋ねる。
「霊能者の人が、どうして大夢君と一緒に居るの?」
真奈美ちゃんの彼氏は、蓮君の顔を窺いながらしどろもどろに答えた。
「えと、そこの彼は……俺のトラブルを、その……いい感じに……ほら、解決してくれた方なんだよ。今日は、ここをブツの受け渡し場所に指定されて……真奈美の職場だったのは驚いたけど」
その言い方、何かヤバい取引でもしてそうだけど!?
「ブツって?」
真奈美ちゃんに追求され、彼氏はだいぶ歯切れが悪い。
「白い粉と光りもの──」
「清めの塩と破魔矢です」
蓮君が控えめに訂正する。
トラブル……そうか、彼の会社、NAGIRAコーポレーションの顧客なんだ。
「まさか魔除け?」
真奈美ちゃんは、彼が持っている小さな破魔矢に視線を落とした。
「どういうこと? ヒロムンにまで高額な霊感グッズ買わせようとしてる?」
までって言うな、私は買わされてません!
真奈美ちゃんの問いに、柄シャツの男の人は目に見えて狼狽えだした。
「あ……いや、言っても信じないだろうけど、最近怪奇現象に悩まされていて……父から彼を紹介してもらって」
「きゃっはっはっ何それウケる~」
いや、分かるけど、彼氏可哀想だよ。顔真っ赤にしてる。
一方で、蓮君は気にした様子もない。
「今回は個人向けサービスです。○○グループさんにはお世話になっていますので。でも色情霊と女の生霊と水子霊は、ご依頼主の素行が悪いからなので、今後はきっちり清算してから──」
「わぁあああわぁあああ!」
大夢君とやらは、真奈美ちゃんに聞こえないように、蓮君の言葉をかき消す。
え? 何よ、なんなの? と蓮君と自分の彼氏を見比べる真奈美ちゃんに一礼し、蓮君は私の手を握った。
「では、お互いデートを楽しみましょう」
まだこっちを見ている真奈美ちゃん達に背を向け、自分の車を停めたスペースに私を促す。
しまった、運転手付きのデカいセダンを見られたら何か言われそう。あれはいかにもインチキ臭いものね……。
私は車に乗るところを見られずに帰れないか、あれこれ模索した。いったん施設の中に入って買い物をして、真奈美ちゃんたちが行っちゃってからっていうのはどうかしら──。
蓮君が私の挙動不審に気づいた。
「今日は、橘さんの運転する車じゃないけどいい? 俺の運転で横浜までドライブ行きましょう」
そう言って案内してくれた駐車スペースには、銀色のポルシェ──私の額にじっとり汗が浮かぶ。
「なんか……悪どいことしてきた成金に見られそう」
蓮君がきょとんとする。いや、彼は詐欺師じゃないもん。困った人を助ける、真っ当な仕事だし。
そういうのは、私だけが知っていればいいか。
「いいなー! 大夢くん、どうしてポルシェじゃないのぉおお」
背後で、彼氏を責める真奈美ちゃんの声がした。蓮君はチラッと振り返って、不安そうに私に聞いた。
「国産の方が良かったですか? 二十五歳の誕生日プレゼントにNSX-R GTを譲ってもらったんですが」
「私、車分からないから、なんでもいい」
金銭感覚が違うのは、早く慣れなきゃ。
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